#032 海老を獲ろう
俺達は、長老達の前に作られた宴席で、グプタ達とお祭りの特別料理である鍋料理を頂いた。
この暑さに鍋料理とは、考えるものがあるのも確かだが、美味いんだよな。
「いやぁ……驚いた。今までの試練でもあれほど早く結果が出たことはない」
「決して、グプタ達が劣っているのではないぞ。我らカラメル族が200年を生きて辛うじて到達できる境地にアキト達がおるのじゃ。ワシが相手をしても互角がいいところじゃ」
「いまだに、何故敗れたか判りません……」
「アキト達の技の到達点の違いかの。個人と世界の一体化とも言うべきものなのじゃが……。後100年以上生きれば少しは見えてこよう」
長老の話を聞きながら、ふと姉貴を見るとコックリ、コックリと船を漕ぎ出している。
「宴席を抜ける事をお許し下さい。私達もまだ未熟故、気の集中と一体化に精神が疲れます。早く姉を休ませたいのですが……」
「その若さではそうじゃろう。遠慮は無用、早く休ませることじゃ。お主も、同じじゃ、早々に休むが良い」
それでは、と姉貴を抱えて宴席を抜け出す。
俺達の姿を見つけたミーアちゃんが踊りの輪を抜け出してきた。
「もう、帰るの?」
「うん。ちょっと疲れたし、姉さんもこんなだしね」
どうやら村人は夜通し騒ぐみたいだ。俺達3人が広場を抜けるのを誰も気にしていない。
宿に帰って、姉貴をベッドに寝かせると、隣のベッドに倒れるようにして眠りに入る。
次の日、ミーアちゃんに起こされたのは、夕方近くになった時だった。
「今日は、誰も起きにゃいの……」
「みんな騒いでたからね。ミーアちゃんは何時も通りに起きたの?」
俺の問いに小さく頷いた。
まだ、頭がすっきりしないし、姉貴は夢の中だ。ミーアちゃんも、随分と退屈だったに違いない。
「散歩に行こうか?」
俺の言葉にミーアちゃんは元気よく頷いた。
装備ベルトを付ければ準備完了。ミーアちゃんと手を繋ぎ、浜辺の散歩に出かけた。
夕暮れの太陽に海が赤く輝いている。
相手がちょっと小さいけど、デートしてる気分になれる。
「ミーアちゃん。この水、舐めてごらん!」
俺の言葉に、ミーアちゃんは波に気をつけながら海水に指をつけた。
ペロッって指を舐めて、途端に顔を顰める。
「塩っ辛い!」
「この水を蒸発させると、リリックを焼く時に使う塩が出来るんだよ」
へ~って聞いている。知らなかったのかな?海を見るのは初めてだしね。
砂浜には昨夜のお祭りの名残は何処にも無かった。村人がきっと総出で後片付けをしたに違いない。
夕日が落ちると、若い人達が砂浜に集まってきた。
驚くことに全員が特定の相手を伴っている。ひょっとして、ミーアちゃんの教育上好ましくない光景が起きるかもしれないので、急いで浜辺を離れることにする。
宿に帰ると、グレイさん達が酒盛りの最中だった。これもこれで教育上よろしくないような気がする。
「オォ!帰ったか。まぁ座れ!」
無理やり座らせられると早速ビールモドキが運ばれてきた。
お腹が減っていたので、目の前の魚料理を適当に食べ始める。ミーアちゃんも俺の隣で早速大きな焼き魚と格闘してる。
「さて、お前の取り分だ。俺達の取り分は3分で、1500L。山分けで750Lがお前達の取り分になる」
「大分稼がせて持ったわい。殆どの者がカラメル側に賭けておったしの」
爺さんはそう言って豪快に笑い出した。
「ところで、グレイさん。10日と言っていましたが、残り8日はどうするんですか?」
「明日は船を借りて海老を獲る予定だ。磯遊びも兼ねている。……お前は泳げるよな?」
「一応泳げますけど、ミーアちゃんは……」
「大丈夫。直ぐに覚えるわ。私もこの海で覚えたぐらいだから」
マチルダさんが言ってるけど、顔には私が教えるんだから……と書いてある。姉貴と取り合いにならないかちょっと心配だ。
「ところで、ミズキは大丈夫なのか?」
「ええ、疲れてるだけです。体の異常ではありませんから、心配ないですよ」
「そうなら、いいんだが。……丸一日寝てるぞ」
「俺だって、夕方近くまで寝てましたよ」
俺の言葉に安心したのか、グレイさんはビールをレニアックにお代わりしている。
「ねぇ……。まだ、付けないの?」
一瞬、何のことか判らなかったが、マチルダさんが自分の耳を指差しているのを見て合点がいった。
ポケットを探ると、小さなピアスが出てきた。真珠がついたピアスだけど、色が少し変だ。普通、真珠はピンクがかった白だけど、この真珠は虹色だぞ。
これをつけるの?って俺の耳に持っていくと、ピシ!って耳にくっ付いてしまった。ピアス穴も無いのに……。
引張って外そうとしたが、まるで外れない。
「虹色真珠って綺麗よね。だいぶ前に王都のハンターが付けてるのを見たけど、アキトよりは色が薄かったわ」
「でも、これ取れないんですが」
「絶対に取れないわよ。無理に取れば色が無くなるって聞いたことがあるわ。カラメルの試練でしか得ることが出来ない物。それが虹色真珠よ」
取れないならば諦めるしかないか。……姉貴に笑われるかな。
そんなことを考えながらビールを飲んで寝てしまった。
眩しい光りで起された。
ミーアちゃんがゆすっても起きない俺に、窓のカーテンを開けて部屋をあかるくしたらしい。
おはよう。って言ったら皆起きてる。って言われてしまった。
装備ベルトを身につけると、1階に下りていった。
「おはよう。よく寝てるわね」
姉貴の挨拶だが、昨日一日姉貴は寝てたんだぞ!とは言えないのが辛い所だ。
豆のスープと焼き魚それに黒パンが朝ご飯。モシャモシャと食べていると姉貴が俺に水着を手渡した。
俺と同じように方耳に虹色真珠のピアスを付けている。
「今日は海老を獲りに行くんだって。アキトの海パン、持ってきて良かったわ」
唖然としていた俺の手にメガネまで乗せる。
ひょっとして、潜って捕れ!ってことか?
「私は、ミーアちゃんに泳ぎを教えないといけないから、アキトは頑張ってね」
チラッてマチルダさんをみたら、姉貴を睨んでた。
「アキト。潜ってたほうが良いかもしれないぞ。」
グレイさんが俺に小声で呟く。俺も小さく「そうですね。」って同意してしまった。
朝ご飯を終わった所で、海老獲りの準備だ。
水着に着替えて部屋を出る。姉貴は俺を追い出した後で着替えるそうだ。ミーアちゃんの分は昨日マチルダさんが手に入れたって話してくれた。
「部屋の荷物は心配するな」
グレイさんはそう言って俺に銛を1本渡してくれた。銛の長さは2m位だけど銛先の金属部分は30cm程度ある。返しも付いてるが、これで獲る海老ってどの位の大きさなんだろう。
「それと、ナイフだ。足に巻いておけ」
刃渡り20cm位のナイフを脛に布で巻きつける。包帯みたいにクロスするように巻いておけばずり落ちる心配もないだろう。
「お待たせ!」
階段をミーアちゃんと下りながら姉貴が俺達に声をかける。
「ピューー!」ってグレイさんが口笛を吹く。
まったく。……何時ビキニなんて手に入れたんだか、困ったもんだ。
「お揃いね!」
今度はマチルダさんだ。うん黒いビキニが似合ってる。姉貴は赤だけど、黒ってのが何とも……。
ミーアちゃんは何故かスクール水着。……この世界に何故にある?
ま、そんな感じで俺達5人は浜に出かけた。
俺とグレイさんは銛を持つ。姉貴達はお弁当の入ってる小さな籠を持っている。
砂浜は、海水浴の客が結構いる。適当に砂浜に布を敷いて寝転んでいる。波も遠くの岩礁の方は結構高いけど、湾の内側は静かだ。
「あの船を借りている!」
グレイさんの指差した先には小型のカタマランが浮いていた。
浜辺から20m位沖に浮んでる。姉貴達は早速泳いで行ってしまったが、ミーアちゃんはどうするんだよ!
結局、俺が肩車してカタマランまで連れてった。結構遠浅で助かった。船まで歩いて来たけど、俺の腰までしか無かったぞ。
俺とグレイさんとで、パドルを漕いで岩場を目指す。
海底の岩場の穴に大物が潜んでいそうな感じがするな。
ところで、俺の世界の海老を同じなんだろうか?
銛だってマグロだって取れそうなゴツイ奴だし、少し心配になってきた。
波が静かな岩場を目指してどんどん漕いでいく。
姉貴達は「風が気持ちいいね。」なんてマチルダさんと話してるけど、こっちは結構疲れてきた。
そんな俺達の苦労が報われ、岩が乱立して波静かな岩礁を見つけることが出来た。
早速、メガネをかけると銛を持って、船から飛び込む。
水の透明度は高く、遠くの魚まで見通せる。水深は10m位だ。素もぐり漁には丁度いい。
俺の傍をグレイさんが潜っていく。早速、海老を探してるみたいだ。
まず、海老が俺の知ってる海老だと確信するまで、俺は水中散歩を楽しむことにした。
頭上を見ると、ばた足で水面が泡立っている。姉貴達がミーアちゃんと遊んでるようだ。姉貴がミーアちゃんに泳ぎを教えられるか?……それが問題だな。