#313 火攻め
敵の襲来が一段落し、カルナバル砦の状況を知らせに、伝令達が次々と仮設本部に来る。
敵が群がった南門から東の柵はかなり痛手を受けているが破られた場所は無い。唯一、南門がイネガルの突入で破られたけれど、あれは仕方が無いと思っている。後段に荷車を並べておいて良かったと、自分の機転を褒めてしまう。
西の川原はリムちゃん達が何とか食い止めたようだ。川は元々要害として役立つし、投石具で投げられる爆裂球は動きの取れない渡河中では防ぎようが無いと思うぞ。
散々に痛手を受けた敵軍は早々に退散したという事だ。
そして、俺達の問題はカルナバル砦の東の林に潜む敵軍だ。
エイオスたちの小隊が姉貴の命を受けて北の村に急遽出撃したが、姉貴は薪を取りに行ったと言っていたけど本当の目的は別にあるはずだ。
さて、これからどうするのかと近くの焚火に座ってのんびりとタバコを吸っていると、ザーッと言うガルパスの爪音が近づいて来た。誰かが急いで砦に来たらしい。タバコを焚火に投げ捨てると姉貴の所に歩いて行った。
やって来たのはセリウスさんだった。
何やら姉貴と話し込んでいる。俺は急いで仮設本部へと走って行った。
「俺と、ケイモスは賛成だ。アルト様も何故直ぐにやらぬと言っていたぞ。」
「でも、これをやれば皆殺しになりますよ。向かってくる敵を殲滅するのであれば直ぐにも実行しますが、相手は潜んでいるだけです。」
「俺にはどちらも変わらんと思うが…。ケイモスは達はそんな方法があるのかと感心している。そして、何よりも味方に損害が出ないことが我等にとっては嬉しい話だ。この作戦、連合王国軍創成時の輝かしい歴史となろう。」
まだ悩んでいるのか、俺なら今更なんだけどね。その辺が姉貴の良い所でもあり欠点でもある。
「姉さん、仮にも一軍を預かったんだ。自軍に被害を与えずに敵軍を殲滅出来るなら、俺はやるべきだと思うよ。」
俺の言葉に姉貴はジッと俺を見た。…そして頷く。
「そうだね。敵には鬼となるべきよね。」
姉貴は直ぐに各部隊の小隊長を仮設本部に集合させた。
そして、命令を伝える。
「セリウスさんはアルトさんの部隊と共にカルナバル北の林に部隊を並べてください。林の長さは100M(15km)もあります。林から10M(1.5km)程の所に小隊規模の部隊を展開すれば良いでしょう。
アキトは、1小隊を率いて、カルナバルの直ぐ北で待機すること。
ミケランさんはバリスタを10台、北の林に移動してください。北の林は戦闘工兵1小隊とミケランさんの1小隊で対応します。
リムちゃんはカルナバルの警護をお願い。南と西の方向に監視を置いておけば、いざという時に対応出来るわ。バリスタ要員の20人は東の監視をお願いします。」
「私達は?」
姉貴の部隊配置に入っていなかったブリューさんが姉貴に詰め寄った。
「本部に待機してください。ブリューさん達とアン姫の部隊で80人はいます。予備兵力として残します。」
姉貴は言葉を区切って俺達をもう一度見渡した。
「カルナバルの北の林に火の手が上がったら、セリウスさん、アルトさんとアキトの部隊は小隊毎に2分隊を使って林に火矢を放ってください。火矢と爆裂球付きの矢を交互に3斉して引き上げれば良いでしょう。」
「分った。直ぐにアルト様にも伝えよう。準備出来次第、発光信号で連絡する。」
セリウスさんはそう言ってグスタフに跨ると一目散に自軍へと駆け出して行った。
ミケランさんもバリスタの移動を副官と話している。
ナリスとラベルが俺の所にやって来た。
「南の守りを解かれましたので、私の隊がカルナバルの北に展開します。武器は長弓ですから火矢も放てます。」
ラベルが俺に進言してくれる。
「そうしてくれ。俺は姉貴の所にいるつもりだ。ナリスの隊もミケランさんの部隊と上手くやってくれ。」
「私の部隊はクロスボーですから、ミケランさんの部隊が来てくれるのは助かります。任せてください。」
2人はそれぞれ部隊に帰ると、早速、ラベルの率いる戦闘工兵達が火矢の準備を始める。
「これで、完全に袋のネズミになるわ。…そうだ。ミーアちゃんと北の森に出かけた戦闘工兵の小隊長にも手筈を伝えといて。」
早速、アン姫の従兵が文面を書き上げ、大木から下げられた紐に結ぶとスルスルと上に引き上げられて行った。
伝声管があればもっと便利かも知れないな。
そこにディーが油の入った樽と爆裂球を運んできた。
「爆裂球を布で包んで頂戴。10個もあれば良いわ。そしてたっぷりと油を布に染み込ませてね。残りはミケランさんの所に持って行って火矢にして頂戴。」
アン姫達が一生懸命に爆裂球に布を巻き始めた。2回り程大きくなってヌルヌルだからちょっと投げ辛いぞ。
油まみれの爆裂球を今度はディーが袋に詰めている。3個程を革袋に詰めたものを3個つくった。革紐がしっかり付いているし、あの紐で振り回す心算だな。
「アルト様から…準備完了。です。」
「セリウス様、ミーア様、エイオス様から、同じく…準備完了です。」
大木の上から大声で弓兵が俺達に伝えて来た。女性の声って遠くまで明瞭に届くな。
ラベルとミケランさんからも準備完了の知らせが届くと、全ての準備が整った事をもう一度姉貴は確認しているようだ。
そしてやおら林を見ると、片手を林に向けて叫んだ。
「攻撃開始!…全て焼き尽くしなさい!!」
発光信号がミケランさんの部隊に届くと10台のバリスタが一斉に発射される。続いて20本の火矢が飛んで行った。
たちまち北の林から火の手が上がる。
風は夜明け前の無風時だ。それでも乾燥した冬の林だからたちまち周囲に燃え広がる。
その後にも燃え残りを残さぬように火矢が集中して発射される。
そして、林の東側からも火矢が飛び始めるのが見えた。
1時間も経たぬ内に、川辺に沿って十数km程続いている林が炎の川になる。
「アキト、亀兵隊を前進させて!」
姉貴の命を受けてナリスたちの所に駆けていく。
俺が林に到着した時も、まだバリスタで爆裂球の付いたボルトが林の奥に継続的に発射されていた。
従兵に急いでナリスとミケランさんを呼ぶように伝える。
2人が来たところで、素早くこれからの行動を話した。
「…という事は、我等はガルパスを降りて横隊を作って林に潜む敵兵を各個殲滅すればよいのですね。」
「そうだ。だが、武器を持たぬものは投降の意思を確認した上で砦に護送する。重症でも武器を手放さぬ者は射殺して構わない。それと、まだ林は火の海だ。【フーター】を使える者は遠慮なく使って良い。」
「それでは、部隊の準備を進めます。ミケランさんの方に護送隊は頼めるでしょうか?」
「了解にゃ。槍も予備を貸してあげるにゃ。」
てきぱきと準備が整い俺達が踏み出そうとすると、ナリスが俺を慌てて止めた。
「北に大量に地雷を仕掛けてあります。林に入れば仕掛けはありませんから、林までは我々の後を着いて来てください。」
バリスタの一斉発射を合図にナリス達が先行する。
どうやら、通れる道筋に印を付けてあるようだ。彼等の後に続いて俺達も地雷源を歩いて行く。
伐採した場所を離れて火が消えたばかりの林に足を踏み入れると、ナリスが部隊の展開を号令する。
俺は、採取鎌の付いた杖を持ってナリスと共に前列に出た。
戦闘工兵は横2列に東西に並ぶ。前列が投槍を持ち、後列がクロスボーを持っている。
俺達の10m程後にミケランさんが同じように横2列に部隊を展開する。こちらの後段は長弓を装備している。
後からディーが俺達を追いかけて俺の右に付く。来て直ぐに、先程作った爆裂球の革袋を林の川岸方向に放り投げる。ドオォン!っと言う音と共に炎が再び舞い上がった。
「敵兵が川岸に集中しています。11時方向400mに敵兵です。」
ナリスが左方向に兵を集中させる。
更に100m程前進すると、炎に包まれた林の奥に敵兵が見えた。何処に逃げて良いか分からずに、同じ所をグルグルと回っているようだ。
炎に追われた敵兵が川に飛び込んでいるようだ。バシャン!という音がひっきりなしに聞えてくる。
「普段なら川に飛び込むのも良いでしょうが、今日は拙いですね。砦の西からの襲撃で多数が川で命を落としました。この川の下流はダリム山脈から流れる川に続きます。そこには肉食の大型の魚が住んでいるのです。血の匂いでこの流域に溯上しているでしょう。」
ナリスが前方を見ながら俺に話してくれた。
普段は良い釣り場なんだが、今夜は危ないって事か。
「それにしても熱いな。まだ焼けたばかりだから仕方ないかも知れないが…。」
「敵はもっと酷いですよ。炎の中にいるんですからね。」
そんな雑談をしながら更に前進すると、焼けた敵兵の亡骸がポツリポツリと見掛けるようになってきた。
ディーは周囲に生体反応が無いとは言っているが、一応遺体を槍で刺して確認していく。
まだ燃え残っている林にディーが爆裂球を投げて山火事を誘っていく。爆裂球で吹き飛ぶ方が、炎に巻かれて焼け死ぬよりは幸せなのかもしれない。
苦悶の顔した黒コゲの遺体を見るにつけそう思えるようになってきた。
2km程林を北に移動したが焼け野原に生存者はいなかった。
「2時方向900mで戦闘が始まっているようです。」
ディーが俺に告げる。
たぶん、逃げ場を失い、無謀な突撃を亀兵隊にしたのだろうが、機動戦に長けた亀兵隊の敵ではあるまい。
冷静に投降しようとするものはいないのだろうか?
「ここで少し待ちましょう。この先はまだ燃えています。」
ナリスが俺に確認を取る。
俺が頷くのを見て、直ぐに小隊の前進を停止させる。
「今の内に、部隊の中心部を左右の兵と交換しておけ。真中は暑さで相当参ってるぞ!」
「そうするにゃ。」
ナリスに指示すると、俺の後を歩いていたミケランさんがピョンピョンと跳ねるように自分の部隊に走って行った。
交替で林の外に出て体を冷やす。勿論、発光式信号器で俺達がいる場所を定期的に襲撃部隊に連絡しているから、林から出た所をクロスボーで狙い撃たれる事は無い。
煙でむせ込む者もいるが、俺は不謹慎にもタバコに火を点ける。前方はまだ赤々と燃えているから足止めの時間は直ぐに終りそうも無い。
突然、川のほうから大きな物音がする。
「例の肉食魚が、やはり来ているようですね。川際を歩いていた兵達の話では、溺れている者を引き摺り込むのを何度か見たようです。」
「ジッとしていれば炎に焼かれ、川に飛び込めば肉食魚そして林を出れば矢の餌食か…。なぜ、投降しようとしないんだろうか?」
「たぶん、ですが…。投降という言葉自体を知らないんじゃないでしょうか?3,000人は林に逃げ込んでいるはずです。さっき発光式信号器で確認しましたが、セリウス様やアルト様の部隊にも投降者が現れていないそうです。」
そんな事があるのか?投降する事を教えなかった日本軍でさえ、捕虜になった兵隊がいることを考えれば、余りにも不自然だ。
まさか…洗脳?
だが、この時代にそんな人の意思を操る技はあるんだろうか?
でも獣は操っている事を思えば、人間を操る事もその延長上にありそうな気がするな。