#312 是か非か
南門に立つ俺の直ぐ傍を鎧姿の亀兵隊が駆け抜けていく。
ミーアちゃんの部隊が北の村で待機するために移動を始めたようだ。
光球の明かりの中を遠ざかっていく部隊を眺めていると、ガラガラと荷車の音が聞えて来た。
「荷車を5台用意しました。テーバイ戦と同じですね。」
「まぁ、そう言うなよ。一番手軽に動かせるし、横にすれば結構な障壁になるんだからね。」
「それは認めますが、何処に並べますか?」
「そうだな。門から100D(30m)に横に並べてくれ。荷車は丸太で頑丈に連結して、出来れば矢を防ぐ盾を側面に並べといてくれ。」
「了解です。」
エイオスは荷車を曳いてきた分隊に指示して素早く障壁を組み立て始めた。
門の近くの焚火に行くと、戦闘工兵の連中がお茶を飲みながら干し肉を齧っていた。直ぐには戦闘が始まらないから、腹ごしらえも良いだろう。
俺が焚火の傍に座るとすかさず従兵がお茶の入った木製のカップを渡してくれた。
「アキト様、敵が8,000と言うのは本当ですか?」
「あぁ、カルナバルを攻める時にはもう少し多くはなるだろう。だが、勘違いしないで欲しい。5,000は獣だ。残りが敵兵だから、襲撃は2段階になる。ディーの偵察だと獣はガトルが主体だそうだ。グルカを砥いでおけよ。」
俺の言葉を真剣に聞いていた連中が頷くと、直ぐに冗談を言い始める。敵の総数だけが一人歩きしていたようだな。
ハンター資格を持った連中が多いからガトルの狩り方を経験の無い連中に教えているようだ。
そんな俺達の焚火のところにエルフの2人組みがやって来た。
そして、俺達を纏めて【アクセラ】を掛けて去っていく。
「ありがたい。ガトル相手だと素早さが大事だ。これでやつらにグルカを叩き込める。」
「そんなに素早いんですか?」
「あぁ、そして群れるんだ。近づかせない事が一番だが、接近戦は長剣では無く片手剣が一番だ。」
若い連中が、経験者の話を真剣に聞いている。
「マスター。ミズキ様の命により、この門を守る事になりました。」
俺の後からディーが声を掛けてきた。席を開けると俺の脇に座った。
「本部は良いのか?」
「ミズキ様は東の柵を守るそうです。アン姫達も同行してます。魔道師隊はサーシャ様とミケラン様に半数ずつ移動しました。本部には治療専門の魔道師が3人残っています。」
「という事は、この門の東方向に敵が押し寄せてくるな。」
「ミズキ様は戦闘工兵を門の東に集中せよと言っていました。ミケランさんの守備範囲にはアルト様が機動防衛を行なうとのことです。」
立ち上がって南を見ると、バリスタの配置換えが行なわれている。門の付近に5台のバリスタが並んでいた。
「梯子を何本か並べて、バリスタの防御をしてやってくれ。余り時間が無いぞ。」
俺の言葉にエイオスが走っていく。
そして再び伝令が走ってきた。
「敵の先鋒、カルナバルまで後10M(1.5km)です。分裂せずに一団でやってきます。」
俺にそう伝えると、全力で本部に走って行く。
「さて、狩りの時間だ!…戦闘工兵の実力を見せてやれ!!」
「「「ウオオォォー!!」」」
立ち上がって叫ぶように号令すると、戦闘工兵の蛮声が辺りに轟いた。
「エイオス、2分隊を借りるぞ。」
「門の防御に2分隊で足りますか?」
「南は梯子で障壁を作った。俺達が倒しきれない敵軍は北に流れる。なるべく阻止するが、備えは頼む。」
「了解です。20枚程盾がありますから、それを並べておきましょう。足止め出来れば、問題ありません。」
そう言うと門の東の柵に部隊を引き連れていった。
そして俺の後に20人の戦闘工兵が残る。
「荷車の後に爆裂球投射器を持って備えてくれ。2段に構えて交互に発射すれば弾幕を造れる。爆裂球は持っているな?」
「1人10個を持っています。それに長弓を予備に持ってきました。矢は12本内3本は爆裂球付きです。」
「予備の矢も用意しておけ、乱戦になる可能性が高い。武器は多いほど助かるはずだ。」
戦闘工兵達は急いで荷車の後ろに移動してバッグから弓矢を取出し始めた。
「敵先鋒、距離800。やはり一団で突入を図る心算のようです。」
門の右側で待機しているバリスタは大型のボルトが乗せられている。後は発射の命令を待つだけのようだ。
カルナバルの周囲は柵と乱杭それに地雷が仕掛けられているが、この南門だけは真直ぐ南にやや開いた形で何も仕掛けは無い。この砦の唯一の出入り口だから、地雷原に入らぬように太い杭で安全圏を示している。
もし、敵軍がこの南門を目指すなら、それを阻止するのはバリスタと爆裂球投射器それにディーと俺が当たらねばならない。
「後、500m。真直ぐこの門を目指してきます。」
背からショットガンを下ろして銃口に銃剣を着ける。そして初弾を装填すると。マガジンに新たに1発を装弾した。弾種は全て散弾だ。そして、荷車の傍には愛用の鎌を置いてある。
「距離300。」
ディーの言葉に俺とディーは門の左右に退避する。
「距離200…。」
ドドォォン!!っと前方に爆裂球の炸裂が始まる。バリスタの一斉射撃だ。
そして、光球に照らされてガトルの群れが突っ込んでくる。
パシュ!!っという音が俺の後から聞えると、門を目掛けて突っ込んできたガトル達の中で爆裂球の炸裂が続けざまに起こる。
土煙の中から飛び出してくるガトルをショットガンで撃てば2,3匹が纏って吹き飛ばされる。
ディーは剛剣とブーメランを両手に持ち体を回転させてガトル達を切り伏せている。
ガトルの群れ目掛けて数回の一斉射撃が行なわれると、次に来たのはイネガル達の暴走集団だった。
門を破壊して数匹が俺達を掻い潜り後の荷馬車に体当たりをするが、太い丸太で連結された荷馬車が破壊される事はない。
工兵達が隙間から至近距離で爆裂球付きの矢を射って仕留めたようだ。
数人の工兵が立木の先端部分を担いできた。
門に立て掛けて即席の逆茂木にする。
残り2発となった所で爆裂球の発射を止めて、長弓の矢が前方に飛び始めた。
更に、獣たちが押し寄せてくる。
「ディー、門から南にレールガンを発射。1発で良い。」
ディーの援護をしながら発射を待つ。
ビィィーンっと言う耳に残る音が前方に飛んでいく。光球の明かりで獣達の吹き飛んだ丸い穴が前方に見える。
しかし、直ぐにその穴が塞がり、再び押し寄せてきた。
【メルダム!】後で魔法の言葉が木霊すると前方100m程に広範囲な爆裂が起こった。
振り返ると、ミレアともう1人の魔道師が立っている。
「川原の方は何とかなっています。こちらに救援に向えと…。」
「ありがたい。南の荷車の後から攻撃してくれ。」
2人は直ぐに場所を移動する。
移動した場所から【メルト】で支援してくれるから、破壊された門の隙間から潜り抜けたガトルを捌きやすくなってきた。ショットガンのマガジンに弾丸を補給する時間が持てる。
再度ショットガンを構え直して門を狙うと、ディーが収束爆裂球をバッグから取り出した。テーバイ戦で活躍した奴だけど、まだ持ってたのか?
ハンマー投げの要領でディーが体を回転させながらブーンっと飛ばすのを俺達は呆然と見ていたが、はるか彼方で大音響と共に獣が吹き飛んだ。
地面に刺していた剛剣を抜取ると門を抜け出たガトルを両断する。ギャン!っと言う鳴き声で我に返った俺達も戦闘に再び入っていく。
「信号所より発光信号です。…敵第2段列と獣が同士討ち。夜襲部隊側面を攻撃中。アルト部隊側面攻撃中。…繰り返しています。」
荷車の後から、信号を読み取って俺に大声で伝えてくれた。
「なら、あと少しで休憩出来るぞ。持ちこたえるんだ!」
俺の怒鳴り声に周りから、オオォォ!っと声が上がる。
そして、突然。獣が門の前からいなくなった。
「カルナバルの南からの攻撃軍敗走しています。探知範囲ギリギリの所で襲撃部隊と交戦中。敵兵の大部分が北の林に逃げ込んでいます。」
「この門に押し寄せる敵兵はいないんだな。」
「いません。北もしくは北東方向に敗走しています。」
どうやら凌げたみたいだな。問題は北の林に逃げ込んだ連中だ。
今度はそっちを何とかしなければなるまい。
荷車の後で弓を持っていた従兵にエイオスを探すように命じる。
直ぐに、従兵とエイオスが俺の所にやって来た。
「南側の敵は敗走したそうだ。負傷者の手当てと陣地の補修を頼む。俺とディーは北側の林の陣に向う。」
「北側の部隊は長弓を使わず、全員がクロスボーです。名人ぞろいですから、陣を抜かれる事は無いと思いますが、気を付けて下さい。」
片手を上げて了解した事をエイオスに告げると、先ずは姉貴の所だ。
姉貴の守備している北側の塀はかなり崩れている。負傷者も結構出たに違いない。
そんな状況の中、小さなテーブルにカルナバルの地図を広げてジッと睨んでいる姉貴の姿を見つけた。
「姉さん、大変だったみたいだね。東は何とかなったから北の林に向かうよ。」
「アキトか…。もう、大変なんてもんじゃなかったわ。ガルパスを並べて防衛線を造るなんて思っても見なかったけど、テーバイでやったんですって。教えてくれても良かったんじゃないかな。」
「まぁ、それはそれとして、状況は?」
「負傷者多数…でも、死亡者はゼロよ。ガルパスって動く防壁なんだ。と思い知ったわ。…それで、問題が1つ。敵が林に潜んでしまったの。ちょっと、フェアじゃないけど、力技で一気に決めようと思うんだけど…やり方がねぇ…。」
姉貴が躊躇うとはどんな作戦だ?姉貴がよく読んでいたのは三国志、しかも孔明ノファンだとしたら…。
「まさかとは思うけど…火攻め?」
姉貴は小さく頷いた。
「ケイモスさんとセリウスさんの同意を得るべきだろうな。あの2人が作戦を支持してくれるなら、禍根を残す事は無いと思うよ。」
俺の言葉に姉貴は頷くと、直ぐに作戦内容を短い文章にする。
それをアン姫の副官に渡すと、副官は大木の所に走っていく。大木の上の信号所からぶら下がっている紐に紙を結ぶとグイグイと引いた。直ぐにスルスルと紐が信号所に引き上げられた。
なるほど、便利な仕掛けだな。
感心して見ている俺に、アン姫が訊ねてきた。
「私は良い作戦だと思います。ミズキ様は何を悩んでいるか分りますか?」
「たぶん。…それは人道的な作戦じゃないからだと思うよ。敵兵だって人間だ。剣や槍で殺されるなら納得もするだろうけど、焼かれて死ぬことになる。林から焼け出された所を矢で射殺されるのはちょっとね。もし自分が…と考えると納得しかねる所があるという事じゃないかな。」
「でも、味方の損害は殆ど出さずに済みますよ。」
「そうだ。俺達の国の隣の大国に昔、それが得意な軍師がいた。それこそ、100万の軍勢を焼き殺す程の凄い作戦を立てた人だ。今でも知らない人がいないほど人気がある。けっして嫌う人はいないんだけどね。」
「生死は戦の定め…。軍を動かす者がそれを躊躇うべきではありませんわ。」
「俺達は軍人じゃない。そこが姉貴の躊躇う理由だと思うよ。非情になれないんだ。」
軍を動かす者は、情を持つ事が大事だ。しかし一旦軍を動かしたら、情を持つ事は危険だ。自らの作戦を冷徹に実行し勝利を得る。これが指揮官の務めのはず。
でも、俺達は軍人では無い。そこに情が入るのは仕方あるまい。それでも勝てるならばと言う条件は付くんだけどね。