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#031 カラメルの試練

 篝火の明かりでぼんやりと照らし出された広場で、俺と姉貴の前に2体のカッパが立っている。

 身長は2m弱。体重は100kgはあるだろう。肌と同色の全身タイツみたいな衣服を着ている。

 衣服というよりは薄いウェットスーツに近いものかもしれない。


 背中には平べったい甲羅があり、口先は尖った嘴。

 そして、彼らの体格は、レスラー並の筋肉であることを薄い衣服の起伏から見て取れる。


 おもむろに背中の甲羅を取り、両手を顔に持っていき嘴を取外した。カッパの甲羅と嘴って水中呼吸器だったんだ。

 村人が数人出てきて、彼らの取外した装備品をカラメルの長老の前に丁寧に運んでいった。別の村人達が籠やテーブル等も片付けている。


 「先ずは礼を言う。我ら2人、今回の試練が受けられぬ時は川を上り、スラバと戦う事になっていた。

 スラバを探すのは困難を極める。ここで済ませられるのは幸いだ。俺の名はグプタ。彼はタペト。……さて、どちらが先か?」


 「俺、アキトが先になる。赤7つでランクは低いが、タグとスラバは倒している。実績で評価してほしい」


 俺は、もうカッパの姿ではない彼らに向かって言った。そして、装備ベルトを外して姉貴に渡す。


 「十分だ。スラバを単独で狩れる者。それだけで十分驚嘆できる」

 

 グプタと名乗った元カッパが1歩踏み出した。タペトの方は後ろに下がる。姉貴も、後ろに下がったようだ。

 

 波の音だけが聞こえていた広場が、ウオォー!!という歓声に包まれる。

 いよいよ、祭りのハイライト。試練が始まるのだ。


 俺とグプタは2m程の距離を開けて対峙しながら、少しづつ広場の中央に向かって横に足を運ぶ。

 広場の真ん中付近で、両者の足が止まった時、いきなり俺の顔めがけてグプタの拳が飛んできた。


 右足を引いて体を回転させる位は意図しなくとも、体が反応してくれる。そして俺の顔の横すれすれにグプタの拳が通り過ぎていく。

 だが、これは不自然だ。俺とグプタの距離は相変わらず2m程度離れている。

 カッパの両腕は繋がってるって聞いたけど……、これのことか?

 よく見ると、拳が戻されるにつれ、左腕が伸びている。俺達と体の構造が少し違うのかも知れない。


 初撃を避けると、グプタに対して斜めに低く構える。こうすることで彼から見た俺の前方投影面積は最小になるはずだ。

 次の右からの攻撃を再度体を半回転させて受け流し、伸びきった左手首を掴み右手でグプタの肘を押すと……肘が曲がった!


 俺は慌てて、後ろに飛び離れる。

 ホントにカッパ伝説の通りだ。腕は伸びるし、間接も自由自在に切り離しができる。よくもこんな奴相手に、グレイさんが惜しいところまで行ったと感心するけど、今はこれからどうするかを考えねばならない。


 そもそも合気とは、体の気と宇宙に満ちる気の統合を図るためのものだ。護身術では断じてない。かといって超能力者でもない。気の流れに逆らわず、自らの気をその流れに沿えて戦うことが本来の姿である。気の流れは時間をも超越する。よって流れさえ見極めれば、戦う前に結果を予測できるのだ。

 相手の体力、姿、形に惑わされること無く、この広場に満ちた気を掴むことに専念する。


 体の中心丹田に気を集中する。意識して集中させていくと、見えないものも見えてくる。俺の場合はこの広場に流れる気の流れだ。山から海に漂うように流れる中にグプタの姿があり、その周りは彼の発する気によって乱れが生じているのが判る。

 この状態では完全に先を読むことができる。たとえフェイントであっても、本筋の攻撃を出す方の乱れが激しいのだ。


 両手に集めた気を通す道を意識して気脈を確認して、こちらから攻撃に出る。

 グプタの前に素早く進むと、体を回転させながら頭部に回し蹴りを叩き込む。

 だが、グプタも体を半回転させて、俺の蹴りをやり過ごした。

 そして、正拳突きのような形で俺に反撃してきた。


 俺は、小さく身を回すと彼の右横に出た。彼のガラアキになった右横腹に左の掌低を送り込んだ。

 俺の気脈から一気にグプタの体内に気が流れ込む。

 そして、グプタは呻くことも無く崩れ落ちた。


 「勝者。アキト!!」


 カルメルの長老が叫ぶと、広場は熱狂して叫ぶ者達で耳を覆いたくなる状況になった。

 静かにグプタの首に手を添える。

 やはり、脈動は感じられない。慌てて姉貴を呼ぶと、姉貴はグプタを仰向けにして心臓付近を小さく拳で2度殴った。


 「グウゥ……俺はどうなった?」


 「アキトに心臓を止められてました。今、私が起動させましたが体に異常はありませんか?」


 グプタは寝た状態で四肢を動かして、からだの変調を確かめた。


 「異常は無いようだ。……攻撃したはずだがその後の意識がない。しかも何処も痛感がないのだ。なぜだ?」

 「貴方の脇腹に掌低を当てた時、瞬間的に気を送って心臓の拍動を止めたみたいですね。

 脳への血流が無くなったためにその後の記憶も無いんです。彼の攻撃は心臓のみを狙ったようですから体に異常がないんです。でも、そのままでいたら確実に死にましたよ」


 「そうか……。流石はスラバを狩っただけの事はある。まだ俺は未熟なのか……」

 

 彼はそう言って、後ろに下がる。

 そして、ジッと成り行きを見ていた、タペトが中央にやって来た。

 次の試練が始まるようだ。俺は姉貴の装備ベルトを受け取り、俺の装備ベルトが置かれている場所まで下がった。


 タペトと姉貴もさっきの俺達同様、2m程度距離を開けて対峙した。

 俺と同じ技を使うと思っているのか、容易に姉貴へ攻撃を仕掛けない。


 まだ俺には広場の気の流れが見えているが、姉貴の周りには気の乱れが一切無い。まるで姉貴がその場にいないように見える。完全に気の流れと一体化しているのだ。

 

 姉貴がタペタに一歩近づいた。途端にタペタを取巻く気が乱れて渦を巻く。

 更に姉貴が一歩近づいた時、タペトは上空に飛んだ。

 垂直ジャンプで3mは飛んでいる。そして、アンバックをするように姿勢を変えると、姉貴めがけて蹴りを放つ。


 姉貴は体を半回転させながらしゃがみ込むように姿勢を低くして、タペトの着地点に全身を回すように低い蹴りを放った。


 しかしタペタはアンバックを巧みに使うと僅かな差で攻撃をかわす。

 そして、蹴りの遠心力を利用して立ち上がった姉と、再び対峙する。


 今度はタペトが攻撃する。グプタと同じように正拳で姉貴を捉えようとしたが、姉貴は俺と同じように半回転しながらこれを避けた。そして、伸びきった腕を掴むとタペトの懐に潜り込み、お辞儀をするような動作でタペトを投げ飛ばすと同時に腕を離す。


 2m程の距離を投げ飛ばされたタペトは回転するように受身を取り立ち上がったが、腹を片手で押さえている。どうやら、姉貴の奴、潜り込んだ時に肘を入れていたようだ。あれって禁じ手じゃなかったか?


 姉貴の右手に気が集中していく。俺にはぼんやりと光っているのが見えるが、この広場にそれを見る事ができる者はたぶんいないはずだ。

 姉貴は左手を前にしてぼんやりと立っているように見える。自然体だが何処にも隙はない。この姿に何度騙されて道場の床に倒れたか数え切れない。

 案の定、タペトは走りぬけるように姉貴に近づき顔面を拳で攻撃してきた。


 タペトの全体重が拳に乗っているのが判る。

 姉貴はスィーっと横に移動したかと思うと、伸ばしきった腕に右手刀を振り下ろした。

 

 ボタッ!……タペトの右腕が落ちる。

 更に姉貴は体を回転させると、彼の首筋に手刀をあてた。


 「勝負あった!……勝者ミズキ!!」


 カラメルの長老が一際甲高い声で叫ぶ。

 そして、広場は爆発したような喚声に包まれた。

 

 ゆっくりと長老が広場の真中に歩いてくる。

 でも、カメの姿なんだよな……。偉い人みたいだけど、見た目がね。


 タペトの所まで歩いていくと、砂地に落ちた腕を取り上げる。そして、青い顔で切断された腕の上部を左手できつく握って止血している彼の右手をくっ付ける。

 長老が何か呟くと右手の接合面が光り始めた。なんどか明暗を繰り返すと……、彼の右手は何事もなかったように基に戻っていた。

 

 「それにしても……。赤7つでエーテルを操るとは恐れ入った。我等カラメル族でさえ200年をかけて覚えられるかどうか……。ほれ、勝者の証じゃ。受取るが良い」


 カメは甲羅の中から、真珠で出来た小さなピアスを俺と姉貴の手のひらに載せてくれた。

 そして、グプタ達の方に歩いて行く。


 「今回は余りにも相手が悪かったようじゃな。だがそれ程落ち込む事はない。アヤツらに奥義を使わせたのじゃ。それを誇るがよい。次は必ず勝者になろう」


 グプタ達はカメに平伏している。やはり偉いカメなんだろうか・・


 俺は姉貴に装備ベルトを渡すと、2人でグレイさんの所に歩いていった。


 「ヨォーーシ!!」


 何故かしらグレイさんは、天に向かって拳を振り上げてガッツポーズをしている。


 「彼ね、全財産を貴方とミズキに賭けたのよ。とんでもない配当金が入るみたいなの」


 呆れた顔でマチルダさんが姉貴に愚痴をこぼしてる。

 その後は、ドンチャン騒ぎのお祭りだった。

 酒が運ばれ、キュウリが運ばれ……、海からはカルメル達が次々に魚を運んでくる。

 広場の真中には大きな焚火が焚かれ、魚を炙っては酒を飲む。そんな光景があちこちで始まる。

 やがて焚火を中心に輪が出来て、音楽に合わせて踊りが始まる。

 やはり、お祭りであることは確かなようだ。

 

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