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#303 2つの依頼

 村に帰って一月も経つと、そろそろ嬢ちゃん達の我慢が限界に近づいてきた。

 確かに雪深い山村だから、春までジッと待つのは辛いかも知れないけど、俺に当たる事はないんじゃないかと思うぞ。

 それでも、そんな嬢ちゃん達の希望もあり、先程リオン湖にチラ釣りの小屋を曳いて行ってあげたから、今頃はコンロで暖を取りながら獲物を釣り上げているはずだ。


 家の暖炉では勢い良く薪が燃えて部屋を温めている。姉貴はスノービューの毛皮の上でお昼寝中だ。…でもまだ10時だから、正確には朝寝中になる。


 扉を叩く音に姉貴が身を起こした。いそいでテーブルに走りよってきたけど、髪の毛があちこち立ってるぞ。

 ディーが静かに扉を開くと、御后様とジュリーさんが立っていた。

 急いで、部屋に招き入れてテーブルに案内している。


 「どうじゃ。少しは落着いたか?」

 「はぁ…少しは。」

 俺の答えに満足したかのように御后様が微笑んだ。

 「どうぞ。」と言いながらディーが木製の取っ手付きのカップにお茶を入れて御后様や俺達に配り、姉貴の右に座った。


 「やはり、婿殿達がおらぬと面白くないの。まぁ、それでも昨年の狩猟期はそれなりに楽しめたぞ。我等の屋台も盛況じゃった。アヤツら近衛兵を何時辞めても食べていけるじゃろう。」

 それって、褒め言葉じゃないような気がするぞ。

 

 「昨年は、お忍びで各国の王族がいらしたのです。…トリスタン様とクオーク様はイゾルデ様とアン様の姿に飛び上がって喜んでおられました。」

 それって、吃驚したって事だよな。あれを見た以上、今年の参加は猛反対されるぞ。


 「あの位飛び上がれればイネガルの突進も避けられるのう。奴達にも我の血が流れておると確認したのじゃ。」

 御后様は呑気に言ってるけど、俺と姉貴額には汗が流れてきた。クオークさん元気に生きろよ。そう思わずにはいられない。


 「各国の王族は狩猟期のハンターの獲物よりもその道筋にあった屋台に興味を持ったようじゃ。

 その夜の晩餐での、あのような祭りを自分達の国でやるにはどうしたら良いかと言う話が出よった。

 我は言ったのじゃ。元は小さな出店が並んだに過ぎぬ。これほど賑やかな祭りにしたのは婿殿の功績じゃとな。」

 

 少し、話が見えてきたぞ。モスレムだけにこのような民衆の楽しみがあって、我が国には無い。なら俺に作らせようと言う魂胆だな。


 「ひょっとして俺達に祭りを企画しろと…。」

 「流石婿殿、話が早い。」

 

 「分りました。私達が頑張って企画しますけど、各国の協力は得られるんですよね?」

 「企画が出来た段階で聞かせて欲しいと言っておったぞ。その企画を買うと言っていたから、まぁ、ギルドを通さぬ王族からの依頼と思って良い。」


 王族の依頼と言ったら、ギルドでは不可能なレベルで国としても見過ごせない獣や魔獣の狩りだと思っていたが、こんなのもあるんだ。

 しかも、姉貴が快く返事をしてるし引くに引けないぞ。


 「でも、祭りなんか簡単に開けるんですか?」

 「領主が決めれば、何も問題があるはずが無い。そこに利益や娯楽が加われば領民は自ずと集まるはずじゃ。」

 どうやら、日本の祭りとは違ってイベントに近いのかな。なら、元学園祭実行委員長だった姉貴の経歴が生かせそうだぞ。


 「3つ考えれば良いんですよね。」 

 「出来れば、4つにしたい。我がモスレムと言えども狩猟期に来れる領民は限られておる。」

 「期間は5日~10日で良いですね。」

 「初めての祭りじゃ。それ位で良かろう。」

 

 「ではお引き受けしました。…そうですね。モスレム王都をかわきりに始めますか。」

 「良い案があるのじゃな?」

 「はい。これはトリスタン様がやっていたと思いますが、チェスの大会を開きます。」


 チェスって室内競技だよな。そんなんで祭りが出来るのか?

 「確かチェスの人気は高かった筈ですよね。」

 「トリスタンが執務室に持ち込んでおるほどじゃ。自称名人が多くて困るとこぼしておったぞ。」

 

 「なら、雪解け前に企画書をお届けします。楽しみにしていてください。」

 「任せたぞ。」

 そう言って御后様と姉貴は握手をしている。大丈夫なのかな。


 「さて、次の案件じゃ。…カナトールの状況が芳しくない。それにスマトル王が3カ国の貴族を粛清したそうじゃ。これも後々の問題が孕む。

 だが、スマトルは後回しにしても良かろう。内戦で兵力を消耗しておるし、食糧事情も芳しくない。

 問題はカナトールじゃ。婿殿達がアクトラス山脈の裾野を通らずに来た事は幸いじゃった。去年開放できた町村は2つ。国境から比較的近い場所じゃ。カナトールの2割にも満たぬ。その最大原因は組織だった狩猟民族の騎馬隊とノーランドの獣使いじゃ。」


 結局、ノーランドを使おうとしたカナトールは失敗したんだよな。カナトールの将来を見据えて協力をしなかったのかも知れないけどね。

 カナトールが無くなった事に乗じて山を越えてきたという事になるのかな。


 「獣との戦いは亀兵隊は慣れているのでは?」

 「新兵器の使い方が分らぬようじゃの。まぁ、仕方が無い事ではあるが、亀を使うなぞ参謀達が考えるには飛び抜けておるわ。」

 頭が固い連中が集まっているのでは仕方が無いか。

 

 「そこで、もう1つの依頼じゃ。…現在の参謀を解職する。全く使えん奴等じゃ。実家に帰ってチェスの腕でも磨けばよかろう。その方が害が無い。

 そして、新たな参謀を集める。指揮官は4カ国一致でミズキに決まったぞ。これはと思う人物を好きなだけ集めるが良い。そして、参謀を育てて欲しいのじゃ。」


 姉貴が指揮官か。テーバイ戦の実績を買われたのかな。

 「それは、何時から始めれば良いのですか?」

 「速いほど良い。ガルパスの移送は毛布で包んでソリで行なえば良いじゃろう。それはこちらで手配しておく。」

 「司令部はどこにあるのですか?」

 「エントラムズの国境にある。1度モスレムの王都に寄って亀兵隊を率いて行くのじゃ。場所はセリウスが知っておるはずじゃ。」


 「それでは、2日後に出発で宜しいですか?」

 「それで良い。我等も同行するのでよろしくな。」

 

 もう無いよな。祭りの企画と戦では姉貴も気の毒だけど、まぁ、しょうがない。少しは手伝ってやろう。


 「今年には東の山を挟んでエルフの村が出来ます。今までの移民は周辺の国に拡散してしまいました。里が出来るのは嬉しい限りです。次の移民も無事に来られると良いのですが…。」

 ジュリーさんが俺達に改めて頭を下げながら言った。

 そういえば、長老から預かった魔石をまだ渡してなかったな。

 

 「これは長老から、ジュリーさんにと預かった物です。」

 そう言って魔石を渡すと、ジュリーさんが魔石をジッと見ている。何かいわれでもあるのだろうか。

 それでも、懐からハンカチを取り出すとその魔石を包み大事そうに懐に仕舞い込む。

 「新しい通信用の魔石です。これで里との交信が可能です。」


 喜んでいるジュリーさんを目にして、俺も思い出した。確か哲也の奴、モールス通信は有線よりも無線が先に出来たと言っていたな。戦には情報が必要だ。何とかしたいが時間が無いな。それに代わるものを考えないといけない。


 「しかしジュリーさん達も大変ですね。俺は行った事はありませんが、20年近くほったらかしでいたとなるとかなり荒れていますよ。」

 「それでも、そこが故郷です。今度はそう簡単に魔族の襲撃で村が無くなる事はないと信じています。」


 ジュリーさんの顔は晴れやかだ。新しい里の建設に使命感を持っているのだろう。

 そんな話を終えると御后様達は帰って行った。


 カップのお茶を、暖かいお茶にディーが交換してくれた。

 「2つも請け負って何とかなるの?」

 「実質はカナトールになるかな。お祭りの方はアテがあるのよ。学園祭の時に将棋部の人達を覚えてる?」

 俺はちょっと考え込んだけど、やがて思い出した。

 あれは、ちょっと新鮮だったな。人間将棋と言う奴だ。

 ダンボールの鎧を着た連中が紅白に分かれてグランドで熱戦してたな。そしてその脇には大きな掲示板があって遠くの人にも見えるようになっていた。

 もっとも、生徒よりは父兄や近所のおじいちゃん達に人気があったのは意外だったぞ。


 「あれをやろうと思うの。チェスの駒なら皆知ってるしね。トーナメント戦をすれば数日かかるから、丁度いいわ。」

 成る程、それを企画書にして提出すれば終わりだな。姉貴の事だ、面倒な所は実行委員会をつくってそこに任せる心算だな。


 昼過ぎに大量のチラを釣り上げてきた嬢ちゃん達にお祭りとカナトール戦の話をすると、目が輝きだした。

 「我等の亀兵隊の活躍を見せ付けてやるのじゃ!」

 サーシャちゃんがそう言って片手を振り上げる。

               ・

               ・


 次の日。俺達は慌しく出発の準備をする。

 今度は、人が相手だ。本当だったら話し合いで解決したい所だが、狩猟民族達もノーランドも全く応じる気は無いようだ。

 

 俺とディーがお土産用のチラを暖炉で焼いている脇では嬢ちゃん達が武器の手入れに余念が無い。

 姉貴は先程焼き上げたチラを持ってギルドに出かけて行った。シャロンさんとルミナスちゃんへのおすそ分けだな。そして村をまた留守にする事を一緒に告げるのだろう。

 何か忙しない帰宅だったような気がする。ホントはのんびりとチラを釣って過ごしたかったんだけどね。

 

 次の朝早く御后様と近衛兵が俺達を迎えに来た。

 大きなソリは近衛兵達が引くようだ。5台のソリに3人ずつ配置されている。そのソリの上に厳重に乗せられているのは俺達の相棒であるガルパスだ。

 「さて、出発じゃ。サナトラムには王宮からの迎えが来ておる。ガルパスもまだ動けんじゃろう。王都までは荷車で運ぶ事になる。」


 御后様の言葉に姉貴達は外に出た。俺は、火の始末を確認して最後に家を出る。

 毛皮の帽子に厚手の革の上下の下にはセーターを着込んでいる。そして毛皮を裏打ちしたマントに身を包んで俺達は村を出る。

 嬢ちゃん達はソリに乗ってるけど俺達は徒歩の移動だ。ソリの前後を移動して重い荷を運ぶソリを押していった。


 


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