#299 移民団のアトレイム到着
11月の中旬、ようやく俺達はアトレイム王国の西北にある森林に辿り着いた。
森林と言ってもそれ程広くは無い。大型の獣が生息しているわけではなく、周囲の荒地に住むガトル達から避難する小型草食獣達が住んでいる位の森だ。
だが、この森林はアトレイム王国によって厳重に管理されている。それは、この国の貴重な燃料資源の供給源となっているからだ。
常時森林には軍の1部隊が派遣され、森林伐採と植樹の管理を行っている。
そんな森だとブリューさんに聞かされた事があるので、姉貴は森の手前で南に進路を変更する。森を南側から迂回する考えのようだ。
森の数km南で俺達は野宿の場所を探していると森林警備隊の一行が俺達の元に訪れた。
やってきたのは3人。30歳前後の精悍な兵士達だ。
「この一団の責任者は誰か?」
早速俺達の素性を確認するようだ。ケインさんがつかつかと馬に跨った兵士の前に出る。
「私が責任者のケインです。遥々エルフの里より移民として訪れました。」
「エルフの里?…かなりの人数になっているが武装しているのは何人だ?」
そこに姉貴が加わる。
「武装と言えるのは私達7人です。約4ヶ月彼等を護衛してきました。」
そう言って姉貴は俺と自分のギルドカードを兵士に見せた。
「…貴族粛清の最大の功労者であるミズキ様とアキト殿ですね。…アトレイムに対する功績は私も聞き及んでいますが、移民と言うと私では判断出来ません。出来れば、アキト殿の所領に一時的に移動願いたいのですが。勿論、移動については不問にします。」
「所領をお持ちだったのですか?」
兵士の話に興味を持ったのかケインさんが聞いてきた。
「名目ですよ。この国の南方に修道院があるんです。そこを目指しましょう。ただ、食料と燃料それに水は早急に手配する必要がありますね。」
「でしたら、アキト殿。私と一緒に王都に行かれませんか?…移民の一時的な保護は報告しませんといけませんし、その時に王都の商人に必要物資の供給も依頼してはどうでしょうか?」
兵士の1人が俺に告げた。姉貴もそうだねって顔をしている。
それでは馬を引いてきます。と言って3人は森の方に帰って行った。
「どういう事になるのでしょうか?」
ケインさんは心配顔だ。
「昨年私達が手に入れた土地があるんです。訳があって修道院と果樹園にしようと思っています。その近くに誰も住まない荒地がありますから、そこにしばらく滞在して頂きます。」
姉貴が俺達の所領といった場所について説明する。
「農業等は出来るのでしょうか?」
「先ず無理じゃな。果樹園にしても10年計画じゃ。…それより我等はモスレムに戻って相談しようと思う。移民先を早急に確定せねばなるまい。」
クレシアさんの質問をそっけなく否定した後で、アルトさんは俺達に向かって告げた。
確かに俺達が引き受けた以上、最後まで面倒を見るべきだな。幸いモスレムには山間部が多い。彼等の住む場所も見つかるだろう。
多分、アルトさんは王宮ではなく御后様に会いに行くんだろうな。御后様なら何か良い方法を探してくれると思う。丁度貸しもある事だしね。
「俺は賛成だが、姉貴は?」
「王都に寄って、ジュリーさんを連れて行くと良いわ。こちらは、私とディーがいれば大丈夫。もう、危険な場所は過ぎたからね。」
姉貴も、賛成のようだ。やはりアルトさんの目的は御后様と睨んでいたな。
「それじゃぁ、アキトは兵隊さんと馬で一足先に王都に出かけて頂戴。アルトさん達は街道まで一緒に行って左右に分かれましょう。街道を辿って王都に向かえばアキトに馬車を回して貰えるわ。」
嬢ちゃん達の目が輝いてるぞ。4人だけだと危ないような気もするけど、この4人に勝つには1部隊では不足かもしれないから、ある意味大丈夫なのかな?悩むところではある。
王宮に行ったら王様に進呈しなさいと言いながら姉貴が灰色ガトルの毛皮を5枚渡してくれた。確かに手ぶらで頼むのもちょっとね。
小さな焚火を囲んでいると、兵士達がやって来た。馬を1頭曳いる。
「遅くなりました。…ところで馬に乗った事は?」
「一度もありません。大丈夫でしょうか?」
自慢じゃないが、メリーゴーランドに乗って以来、馬と名の付く物には乗った事が無いぞ。
兵士は、やはり…と思ったに違いないが顔には表さなかった。
「馬は歩くだけでも人間よりは遥かに速いです。私達が前と左右に付きますから、先ずは乗って下さい。」
という事で、緊張しながら馬の鞍に腰を下した。
「では、アキト殿をお預かりします。」
そう言って馬を歩かせる。俺は手綱を持っているだけだが、前と左右に兵士がいるお蔭で俺の乗った馬も大人しく一緒に歩き出した。
後ろを振り返ると移民団も東に向かって歩き出したようだ。
後は姉貴に任せて、一足先にアトレイムの王宮に向かう。
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「駆ければ王宮は半日も掛かりませんが、この速度ですので夜更けになると思います。」
「申し訳有りませんね。」
「いや、そんな事はありません。どちらかと言うと皆に誇れます。…しかし、どうしてこのような事態になったのです?」
王都まではまだまだ距離がある。
兵士の言葉に、俺は春先にモスレムを出発してエルフの隠れ里に向った事をかいつまんで話した。
そして、里の長老に託された民の事も…。
そこで見た、白いワンタイ、民家よりも大きな獣等々。
「凄い冒険ですね。約8ヶ月の旅ですか…。私等は精々3日程度の旅の経験しかありません。」
「家より大きな獣等、いるところにはいるんですね。」
俺の話に兵士達はそんな相槌を打ってくれる。確かに退屈だもんな。
そして俺達が王都に到着したのは、深夜になってしまった。
王都の南に門にある小さな潜り戸を兵士が入っていくと、閉じられていた大門が左右に開く。
俺は、兵士が潜って行った小さな門で十分なのだが、彼等に言わせると、俺には大門を開くだけの資格があるらしい。
「真直ぐ、王宮に向います。先程、衛兵が先ぶれに走りましたから、ゆっくり向かっても大丈夫ですよ。」
それこそ僭越な気がするぞ。
「出来れば王女様にお話したいことがあるんですが…。」
「多分、2人ともお待ちしているはずです。」
俺達は王都の大通りを真直ぐ北に進んで王宮についた。
馬を下りると、2人の兵士が馬を引いて行く。
残った1人の兵士の案内で王宮の入口に続く広い階段を上がって行く。
4人の衛兵が入口を守っているが、俺達が近づくと左右の兵士が大きく扉を開けてくれた。
更に絨毯が続く通路を歩き、階段を上る。そして、突き当りの部屋が謁見の間だ。
左右に近衛兵が番をする扉の前に着くと、兵士が扉を開けてくれた。そして部屋の中に声を張り上げる。
「アキト殿、参られました!」
その声に合わせて俺達は謁見の間に入って行った。
夜分だというのに王様と王妃が席に着いている。
右手の椅子には2人の王女様が座っていた。
「アキト殿が参った。と聞いて直ぐに皆を集めたのじゃが…。今回は何とした?」
「実は…。」
俺はモスレムを出てから今までの出来事の概要を話した。
王様達は目を見開いて俺の話を聞いている。
「ちょっと待ってください。それではアルト様達は街道を歩いて王都に向かっておいでなのですか?」
俺が頷くと、ブリューさんは慌てて王様に目配せをする。御后様が軽く頷くのを見て直ぐに謁見の間を2人で飛び出して行った。
「落ち着きが無い娘達で困っておるが、たぶんアルト様達を送り届けに行ったのじゃろう。…ところで移民の話じゃが、ひとまずアキト殿の所領で休養するには何も問題はない。しかし、この地に移民となると適当な森林がない。やはり、モスレムに託するのが良いと思う。」
「しかし、あの地には食料、燃料それに水がありません。出来れば御用商人の力をお借りしたいのですが…。」
「それも問題はない。取引は商人の常。商売が成り立つなら喜んで馳せ参じるだろう。しかし、移民団が良い品を持っているとは思えんが。」
「これはどうでしょうか?」
俺はバッグの袋から灰色ガトルの毛皮を取り出した。
「アトレイム王国の通過料としてお納め下さい。」
王様の左手にいた近衛兵が、俺の手から5枚の毛皮を受取って王様に手渡した。
「これは…、灰色ガトルの毛皮ではないか!…前の大臣が大事に持っておったが、これほどの毛並みでは無かったぞ。しかも、5枚とは…。」
「まだ持っております。旅の途中で大群に襲われまして何とか退治した証ですので。」
「この毛皮であれば、十分な食料を手に入れられるだろう。」
そう言って王様は俺を安心させてくれた。
「アキト殿はこの毛皮の価値をそれ程重視していませんね。私はその理由が知りたいですわ。」
ずっと俺を見つめていた御后様が言った。
「灰色ガトルの毛皮であれば俺も帽子を持っています。モスレムで仕留めたものです。俺には冬用帽子の良い材料にしか見えないもので…。」
そう言って、バッグの袋から帽子を取り出した。
「中々立派な帽子ですね。確かにそうですが、この地では希少価値という別な値の付け方があります。ハンターの狩った灰色ガトルの毛皮はそれこそ王都では金貨を積んで購入するものなのです。そして、金貨があってもその品が無いことには積みようがありません。…私は嬉しいですわ。念願の帽子が手に入るのですもの。ですから、あなた!」
「そうだったな。…アキト殿。前回の借りもある。荷車5台分の小麦粉で買取ろう。」
「そのお心だけで十分です。実の所、毛皮は残り30枚もあるのです。この後、エントラムズ、モスレムと通っていく事になります。同じように通行料を払っても20枚は残ります。それを売り払えばしばらくは暮らしていけるはずです。」
「相変わらず欲がないな。では、表向きの話はここで終わりじゃ。次の間に簡単な食事を用意した。食べながら、ゾウの話を聞きたいものじゃ。」
王様はそう言って自ら俺を隣室の食事に招待してくれた。
深夜だと言うのに、豪華な食事を用意してくれていたのだ。