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#298 毛皮との交換品


 休養日の昼過ぎに、ディーが偵察から戻って来る。早速、ケインさん達を集めて報告を聞く事にした。

 俺達がくつろいでいる焚火に、ケインさん達が駆けつけたところでディーの報告が始まった。


 「南方100km及び東方100kmについて左右10kmの範囲を偵察しました。

 先ず、南方ですが、狩猟民族の姿は確認出来ませんでした。但し、100kmに渡って水場がありません。その先はサンドワームの生息地のようで多数の生体反応が確認出来ています。

 東方は、この先100kmに水場を3箇所確認しました。森林地帯の南方に20km以上はなれて狩猟民族の天幕を2箇所で確認しました。」


 アトレイム王国の西にはサンドワームの生息する荒地が広がっていると言っていたな。意外とアトレイムに近いようだが、それでも200km以上離れているだろう。サンドワームの生息地すれすれに行軍するのはかなり危険だし、水場がないのも問題だ。

 かといって、森林地帯を東に行軍するのも危険だ。もう直ぐ11月だからダリル山脈とアクトラス山脈は冬に向かう事になる。どう考えてもモスレムの西の山村に辿りつくのは2ヶ月はかかるだろう。さらにカナトールの治安の悪さが問題だ。盗賊と化した旧領民との戦闘が予想される。


 「…どちらも問題ですが、最短コースを取りましょう。南に下がってアトレイムを目指します。」

 「しかし、水とサンドワームが問題じゃ。対策はあるのか?」

 アルトさんが異議を唱える。

 「サンドワームの生息地手前で東に向かえば良いのよ。問題は水だけど…。そんなに【フーター】のお湯を飲むのが嫌なの?」


 何か、昔の話に戻ったな。ジェイナスの住民は何故か【フーター】で得たお湯を料理や飲料水として使うのを嫌がるんだ。

 「それは論外じゃ。」

 今回もアルトさんが切って捨てた。周りの人達も頷いている。サーシャちゃん達は分るが、ケインさん達もだ。やはり過去に何かあったようだな。


 「そうなると、ディーに水を輸送して貰わなくちゃならないわ。…大きな水袋は幾つありますか?」

 「そうだな。…クレシア。分るか?」

 「10C(シー:20ℓ)用が50個。5C(10ℓ)用が100個用意しています。個人用に半C(1ℓ)の水筒は全員が携行していますし、家族単位で2C(4ℓ)の水袋は持っているはずです。」

 クレシアさんが言った数字は意外と少ない量だった。多分全部足しても3,000ℓ程度。これでは3日分くらいだな。姉貴も悩み始めたぞ。


 「雨を凌ぐ防水布で水袋を作れませんか?」

 「作れると思うが、幾つ作ればいいのだ?」

 「50C(100ℓ)は入る物を10個以上作ってください。それとディー、魔法の袋の予備はある?」

 「大型の3倍と5倍が1個ずつあります。食料と薪の運搬に使っていたものです。」

 上手く行けば、1日分の水が追加できそうだな。後は、ディーの運搬が頼りになるけど…。


 次の日は移民団総出で荒地を行く準備を整える。 

 男性達は2手に別れ、カルバンの引く荷車を整備し、カルバンの食料となる草を刈る。1日干しただけでも重量は軽減されるのだ。そして荒地には草すら生えていない事も予想される。夕方には草を丸めて束ねると、ディーが特大の袋に詰め込んで南へと運んでいった。

 後の半数の男性は水袋作りと水汲みだ。俺達の使っていた風呂桶にどんどんと汲み入れ、皆の持っている水筒や水袋に補給していく。


 女性達はパン作りをしている。パンでさえ水を使って練るのだ。少しでも水を節約したい以上、この先食べる分をここで作っておく必要がある。

 焼いたパンは天日干しにして袋に詰め、各家族や部隊に人数に応じて配布していく。

 そして、子供達はカルバンにたっぷりと草を食べさせる。

 いくら干草をディーが先行して運んでも限度はある。途中の脱落を減らす為にも、今は沢山の草を食べさせないといけないのだ。


 そして夜になると、焚火を利用して炭を作る。遮る物が無い荒地では焚火の煙を狩猟民族に発見されないとも限らない。なるべく余分な騒動を引き起こさない為にも炭で調理を行う予定だ。


 2日程この地に逗留して準備を進め、いよいよ荒地を南へと進む事になった。

 朝食を早めに済ませ、ゆっくりお茶を飲む。まだポットには半分程お茶が残っているが、これは次の休憩で味わえば良い。スープも大鍋に入ってカルバンに背に括られている。

 

 ケインさんの笛の合図で先行するディーと姉貴達が出発する。そして両脇を魔道師隊に守られた移民団が続き、最後に第5魔道師隊と俺が続く。

 何故かしら籠を背負わされているが、中身は薪と炭だ。幾ら全員の身体機能を【アクセラ】で上げているとは言え、結構な重さだぞ。それでも老人子供を除いて皆何がしかの荷物は背負っているから、不平を言っても仕方ないんだけどね。


 たまに体を捻って後方を見るが特段の変化は無い。だんだんとダリル山脈の裾野を遠ざかるにつれて足元が硬い地面に変わる。まだ周囲には草がまばらに生えているが、夕方にはそれも無くなるだろう。

 最初の休憩地点では、少なくなった草を奪い合うようにカルバンが草を食べていた。


 そして、夕刻に行軍が停止すると、一塊になって天幕を張る。周囲は魔道師が【カチート】で障壁を廻らせているから、その中は安心だ。

 10箇所程に焚火を作り朝食のスープを温める。平たいパンを齧りながらスープで流し込むのが今後しばらくは続くのだ。

 夕食が終ると早めの就寝だ。俺達と魔道師隊が交代で番をする。


 そんな行軍を続けて5日目。砂の中から布に包まった干草がディーの手で取り出された。

 先行して置いておいた物だが生乾きの草をカルバン達は美味しそうに食べていた。残り分は後2食程度だが、果たしてこれで持つのかと心配になる。

 その夜。ディーがダリル山脈を往復して全員の水袋を満タンにする。そして最後に大きな布袋を運んできた。中身は干草だそうだ。


 6日目になると足元が荒地と言うよりは砂混じりになる。この先がサンドワームの生息地になる訳だ。

 その日の昼の休憩で、姉貴は進路を東へ変更する事を皆に告げた。


 「このまま東に進めばアトレイムの北西の森林か、王都の西にある町に着けるはずです。」

 「後どの位でしょうか?」

 ケインさんがおずおずと姉貴に問うた。

 「そうですね…1月は掛からない筈です。早ければ半月も掛からないでしょう。」

 姉貴のかなりアバウトな答えにケインさんは納得したようだ。ようやく終わりが見えて来た。という安心感もあるのだろう。


 東に進路を取って2日目の事だ。昼食時に先行偵察に出かけたディーが東方8km程の所で大きな泉を見つけたらしい。泉の周囲10kmに狩猟民族はいないそうだから丁度良い給水が出来る。

 その日の野宿は泉の傍になった。周囲には草地もあるからカルバンが美味しそうに草を食べて水を飲んでいる。

 「ちょっとしたオアシスね。周りが何も無いから狩猟民族も来ないんだわ。」

 姉貴は嬉しそうだ。これでディーがはるばるダリル山脈まで水を汲みに行かずに済む。

 

 そして更に東に進むと、4日目に森林が見えてきた。明日の昼には森林に着くだろう。

 「どうにか渡りきったわね。狩猟民族と事を構えなくて良かったわ。」

 就寝時にそんな事を姉貴が呟いていたけど結構気に病んでいたのかも知れないな。


 しかし、そんな安心感は裏切られるのが世の常だ。

 次の日の最初の休憩時に突然ディーが立ち上がった。

 「高速で北から移動してくる個体群を感知しました。後1分も経たずにやって来ます。」

 直ぐにケインさんが移民団を纏めて周囲に【カチート】の障壁を張り巡らすと、ディーが障壁の上に俺と姉貴を乗せてくれる。


 高さ10mの障壁の上から北を見ると、馬に乗った狩猟民族の戦士が10人程こちらに駆けて来るのが見えた。しかし、馬は意外と小型だな。もうちょっとでアブミと地面の距離が30cmも無いぞ。

 俺の手前10m程の所に横に並んで馬を止めると俺達に向かって大声を出す。

 

 「この地は我等部族の土地だ。何故にこの地に入ったのか?」

 「荒地を横切りアトレイムに向かう為です。山沿いはそちらが紛争を起こしていると聞きました。」

 紛争と聞いて彼等はちょっと黙り込んだ。やはりカナトールを巡って揉めているようだ。


 「それはお前達の都合で、ここを通る理由にはならん。」

 まぁ、確かにその通りだ。やはりここは、通行料を払うしかなさそうだな。


 「ここに灰色ガトルの毛皮が10枚ある。我等がダリル山脈で仕留めた物だ。これは通行料の換わりにならないか?」

 そう言って、ディーの持っている袋から毛皮を1枚取り出して彼等に投げた。

 狩猟民族の戦士の隊長が、槍先で毛皮引っ掛けて手元に落とすと、しげしげと毛皮を見詰めている。


 「確かに灰色ガトルの毛皮だ。…これが10枚と言ったな。この地の通過を認めよう。俺の名はアパラチア。レングル族を治める族長だ。」

 姉貴が、ディーに指示して早速残りの9枚を彼等に渡した。


 「ところで、アパラチアさん。私達は食料に困っています。保存食を分けて頂けませんか。支払いは手元に残った灰色ガトルの毛皮でお支払いします。」

 「まだ持っていたか。…確かに我等がこの毛皮を取引するなら、かなりの食料を譲らねばならない。しかし我等の食料をお前達が食せるのか?」

 姉貴の取引依頼に族長は答えた。そして、馬の鞍に付けた袋から汚れた塊を取り出し手俺達に見せた。

 皆はそれを見てがっかりしたようだが、俺と姉貴は違った。

 族長が取り出した物、それは紛れも無いチーズその物だ。


 「それは大きな塊をその大きさに切り取った物ですね。」

 「そうだ。…知っているのか?」

 「その塊の元の大きさのものを2個で毛皮1枚というのはどうですか?」

 「その取引は我等に有利すぎる。3個で1枚出良い。後何枚あるのだ?」

 

 姉貴は、ディーの持つ袋の中から5枚を取り出して族長に見せた。

 「用意しよう。…先に進むが良い。我等は直ぐに追いつく。」

 そう言うと、馬に乗った戦士達は北に去って行った。


 俺達がディーに抱えられて障壁の屋根から下りると、早速ケインさん達がやって来た。

 「上手く行きましたね。…でも、あの汚れた塊に毛皮5枚は高すぎませんか?」

 「とんでもない。極めて安い値段だと思いますよ。あれは濃縮された食料です。この世界で探していたんですが、やっと見つける事ができました。」

 

 ケインさんはまだ疑問に思っているようだ。確かにこの世界に乳製品は見掛けなかったからね。


 次の日の朝に、族長に率いられた20騎程の戦士が丸いチーズを15個持って現れた。

 直径は30cm程で厚さは10cm以上ありそうだ。ズシリと重量感がある。


 「我等のダイガを欲しがるとは、…変った連中だ。」

 そんな事を言いながらも、嬉しそうに毛皮を受取った。姉貴も嬉しそうにチーズをなでなでしている。

 

 「そんな事はありません。ホントは定期的に購入したいんですけど、現金ではまずいですよね…。」

 「当たり前だ。そうだな…。塩ではどうだ。同じ重さの塩と交換と言うのであれば我等に異存はない。」

 俺は素早く姉貴に目配せをする。俺の視線に気付き、小さく頷いた。


 「ダイガと言うんですか…。それでは、その重さの2倍の塩と交換しましょう。ダイガの大まかな作り方を私は知っています。それに見合うには2倍の塩でないとつりあいません。」

 「欲の無い奴だ。無論我等に異存は無い。名は何と言う?」

 「私は、ミズキ。こっちのアキトの許婚になります。」

 

 「なるほど。そして虹色真珠を持つハンターと言う事か。…これを持て。パイという交易許可の印だ。これを持つ商人なら、我等が土地を自由に往来出来る。」

 俺と姉貴の耳元を見た族長は、そんな事を言って青銅の板を姉貴に渡した。


 「旅の無事を祈るぞ!」

 そう言うと戦士を連れて北に向かって馬を駆って行った。

 後には、呆れたような顔をした嬢ちゃん達とケインさんが俺と姉貴を見ていた。

 次の休養日にでも味見をさせてやれば驚くんじゃないかな。でも、乳製品ってお腹を壊し易いと聞いた事があるけど…大丈夫だろうか。ちょっと心配になってきたぞ。

 

 

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