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#297 ダリル山脈の南へ

 


 姉貴が用意した新聞紙位の紙に凄い速さでディーの持ったペン先が動く。

 姉貴はまだ完成に至っていない地図をジッと見続けている。瞬きもせずに地図を見つめる姉貴の横顔はまるで大理石の彫像のようだ。

 

 「完成しました。この山脈の途切れはおおよそこのような形状です。」

 俺達が用意したお風呂になる木桶をひっくり返して作った即席の机からディーが立ち上がった。


 地図が風で飛ばないように何箇所か小石を乗せている。

 その地図を皆で見てるんだけど、果たして俺と姉貴以外にこの地図を読み取れる者がいるかどうかは怪しい限りだ。


 「アキト、説明するのじゃ。」

 やはり…と思ったが、多分アルトさんは皆を代表して言ったんだと思う。ディーが先行して得た情報がこのようなミミズの這い跡のような細い線でうねるように書かれていたのでは、初めて見るものにはさっぱりだろう。


 「あぁ、…そうだね。これは地図だ。しかも極めて精巧なんだ。

 ここから南に約100kmこれでダリル山脈を越える事が出来る。そして、途中の山は最大でも高さが300mを越える事は無い。

 ここから、ここまでの線の間隔が広いだろ。この線は同じ高さを結んでいるんだ。その間隔が広ければ広い山の傾斜が緩い事になる。

 この南の山脈の切れ目は天然の峠道だよ。

 しかし、問題がある。ダリル山脈を越えた先は広大な荒地という事だ。

 どう考えてもカナトールよりも西の狩猟民族の土地になる。」


 「もう直ぐ11月ですから、南に進路を取るべきです。果たして狩猟民族の人達が移民団の国内通過を認めてくれるかどうか。…ここは南に移動しつつ、先行して狩猟民族との交渉を行なう必要がありますね。」

 

 そんな姉貴の言葉に飛びついたのはアルトさんだった。

 「狩猟民族とは何度会うた事がある。我とアキトで先行して交渉をするぞ。」

 

 「となれば、何らかの贈り物を用意しなければなりませんね。灰色ガトルの毛皮は使えませんか?」

 ケインさんが思い出したように言った。

 「十分に使えるはずじゃ。20枚をくれてやれば彼等の態度も軟化しよう。」


 「食料の良い交換品になると思ったのですが…、他所の土地を通して貰うのですから仕方ありませんね。」

 姉貴が諦め顔で呟くと、皆もその言葉に頷いている。

 

 「それで、我等は何時出発すれば良いのじゃ?」

 「明日から南に向えば、5日でダリル山脈の南に出られます。山脈の出口で休息をとりますから、その前日に出発してください。」

 

 アルトさんは大きく頷くとその場を去って行った。今から準備をするのかな?

 残った俺達は行軍の順番と魔道師部隊の配置を再度確認すると、それぞれの天幕に戻っていった。


 「アキト。明日から山を抜ける間だけ、ディーとアルトさん達を率いて先行して欲しいんだけど…。」

 「やはり、心配か?」

 「これだけ緩やかだとね。人の往来は無くても獣は考えられるわ。」

 

 姉貴は先程の行軍の配置で魔道師隊を2隊殿に変更している。そして、移民団を囲むように左右に2隊を縦に配置した。先方はどうするのかと思っていたが、こういう理由があったわけだ。

 俺と嬢ちゃん達ならある程度の対応が出来るし、ディーの探知距離ギリギリを先行していればイザという時にディーが介入してくれるだろう。

 そして、移民団の先頭にはディーと姉貴がいる。俺達が気付かずに見過ごしたとしても十分に対応が可能だ。

 

 「分った。アルトさん達には連絡したの?」

 「お願いしたら、直ぐに皆で横になっちゃった…。」

 多分、やる気まんまんなんだろうけど、そんなに気が高ぶった状態で眠れるのだろうか?

               ・

               ・


 「グェ!…。」

 誰かが俺の腹の上に乗ったようだ。変なうめき声をあげながら、こんな悪戯をするのは?と毛布の上を見るとサーシャちゃんだった。

 リムちゃんなら仕方ないとしても、サーシャちゃんは今年17歳だぞ。こんな事をしてると良いお嫁さんになれないぞ。


 「早く準備をするのじゃ。我等は既に準備が終っておるぞ。」

 嬢ちゃん達を待たせると大変だ。早速準備を整えて、外に出ると小さな焚火を囲んで嬢ちゃん達とディーが食事中だ。

 俺が近づくと、ディーがスープ皿を渡してくれた。早速、硬く焼いた黒パンと一緒に頂いた。

 「ミズキ様からの伝言です。10時、12時、3時に発光式信号器で状況を知らせて欲しい。と言っておりました。」

 「大丈夫じゃ。皆持ってきておる。ディーは持っておるのか?」

 ディーが首を振ると、アルトさんがバックから袋を取り出して、発光式信号器をディーに渡した。

 「我のじゃが、前回も余り使わなかった。これはディーが使うが良い。」

 ディーが腰のバッグに入れているのを、満足そうにアルトさんが見ている。 

 

 食事を終えてお茶を飲んでいると、段々と周りが賑やかになってくる。

 そして、姉貴がボンバーヘッドの状態で天幕から出て来た。いったいどんな寝相で寝ていたのか…。皆が見ているのも気にしないで手櫛で髪を整えると不思議に何時ものセミロングに戻るんだよな。これも不思議な話だと思うけどね。


 「皆、準備は良いわね。…アキト。よろしくね。」

 「あぁ、分った。先行1.5kmをキープする。行軍が終れば戻ってくる。」

 そう姉貴に応えると立ち上がった。嬢ちゃん達も俺に追従して焚火を離れた。


 そして、山脈の切れ目の谷間を目指して俺達は歩きはじめる。

 先頭はミーアちゃんだ。長弓を背負って手には投槍を持っている。その後にアルトさんとサーシャちゃんが並んで歩く。2人とも装備はミーアちゃんと同じだが、俺の直ぐ前を歩くリムちゃんはクロスボーを背負って、杖をついて歩いている。

 まぁ、リムちゃんでは投槍を投げても当てるのが難しいからね。転んだりしたら危ないし。

 俺はショットガンに何時もの杖だ。先に鍛造の小さな鎌が付いている。これはこれで使いやすい。長剣よりは便利に使える。


 30分程歩いて後ろを振り返る。丁度朝食時なのだろう。野営地の至る所で焚火の煙が上がっていた。


 「この辺りで10M(1.5km)と言った所じゃな。ディーの感知距離を過ぎておるが、こちらにもミーアとアキトがおる。ディー程で無いまでも頼りにしておるぞ。」

 褒めてるんだか、貶されてるんだか分らないようなアルトさんの言葉ではあるが、多分褒めてるんだよな。

 「任せてください!」ってミーアちゃんも言ってるしね。

 

 俺も念のために、気を静めて周囲を探る。気の流れは北よりダリル山脈に沿ってこの谷に集まってくる。そしてこの谷を勢い良く流れているのが分る。

 その流れを乱すものは…うん。…今のところは、どこにもいない。


 「移民団が出発するそうじゃ。」

 片手の発光式信号器をバッグの袋に詰めながらサーシャちゃんが教えてくれた。

 「それじゃぁ、俺達も出発だ。坂には見えないけど上り坂だ。ゆっくり歩くぞ。」

 俺の言葉に腰を下ろしていた嬢ちゃん達が立ち上がる。

 互いの距離を取って俺達はゆっくりと南を目指して歩き出した。

               ・

               ・


 昼近くになったので適当な広場を探すと、枯れ枝を集めて早速焚火を作った。ミーアちゃんがお茶を沸かすのをリムちゃんが手伝っている。

 サーシャちゃんは後続の移民団と発光式通信器で交信しているようだ。

 そして、アルトさんが目視で周囲を探っている間に、俺は気の流れに乱れが無いかを確認する。


 「周囲に異変は無い。アキトはどうじゃ?」

 「大丈夫。周囲2M(300m)に異常はない。」

 焚火の傍に輪になって、平べったいパンに挟んだハムを食べながら、皆に状況を知らせる。

 「移民団の連中も順調らしいぞ。坂道も不平を言う者はおらんそうじゃ。」

 「坂が少しずつきつくなっている事は、連絡してくれた?」

 「勿論じゃ。それに途中にある水場も教えておいたぞ。」


 途中に大きな泉があった。泉から流れ出た小川は俺達の歩いている場所からかなり下の方に流れて行ってる。多分ダリル山脈の伏流水がこの谷のような地形の為に地表に現れたのだろうと思うけれど、新鮮な水は何よりのご馳走だ。


 皆でお茶を飲み、それを見ながら俺が一服している風景は何となくネウサナトラムの狩りを思い出させる。

 「村を懐かしんだか?」

 俺の横でお茶を飲んでいたアルトさんが焚火を見つめながら呟いた。

 「あぁ、よくこんな感じで狩りをしていたなと思ってね。」

 「故郷は、忘れまいぞ。…そこが最後に辿る場所じゃ。」


 そうなのか…。故郷は自分を作り育ててくれた場所。何時か故郷を離れても、また何時か戻る場所。それが、故郷なんだな。

 だが、俺と姉貴にはその故郷と呼べる場所には戻る事が出来ない。しかし、俺にはもう1つの故郷と言うべきネウサナトラムの村がある。

 ミーアちゃんやリムちゃんにしたってそうだ。あの村が俺達兄妹の故郷なんだ…。


 「何の話をしてるんです?」

 「いやぁ、ネウサナトラムが少し懐かしくなってきてね。皆でよく焚火を囲んだなって思って…。」

 「もう直ぐ、帰れます。…旅の始まりは、旅の終わりの始まりです。」

 凄く哲学的な言葉がミーアちゃんから出たぞ。

 終わりがあるから始まりがあるって事だよな。ミーアちゃんって何時の間にこんな事を言うようになったのだろうか…。ちょっと寂しい気がするな。


 そんな事を話したり、考えたりしてると休息時間は直ぐに終ってしまう。

 俺達は、焚火の残り火を穴の中に埋めて、再び南に向かって歩き出した。

               ・

               ・


 そんな俺達の先行偵察が3日続くと、俺達の遥か下の方に広大な荒地が広がっているのが確認できた。

 「何にも無いぞ。荒地が何処までも広がっておるのじゃ。」

 サーシャちゃんが望遠鏡を覗きながら呟いた。

 他の嬢ちゃん達と俺も望遠鏡を覗いているからその言葉の通りだと思う。

 

 「問題は、狩猟民族の居場所を探す事じゃな。彼等は家畜化したリスティンや牛を率いて荒地に広がる草地を移動しておる。ある意味遊牧民でもあるのじゃ。

 族長は定住しておるが、多分カナトール付近に戦士とともに移動しておるじゃろう。

 これからの移動方向をどうするかじゃな。」


 姉貴は狩猟民族と交渉してアトレイムを目指すつもりだ。

 多分このまま南に下がりサンドワームの土地に出る前に東へと進路を取るのだろう。その通行許可を得るための相手を探すのは大変だぞ。


 予定より1日遅れて俺達はダリル山脈の南の麓に出る事が出来た。

 明日は休日と言う前の晩、本来は俺とアルトさんで狩猟民族と交渉に行く予定なのだが、姉貴がそれを止めた。


 「ごめんね。相手がいなければ交渉は出来ないわ。急遽、ディーに先行偵察を今晩お願いしたの。」

 「南に向う道筋の狩猟民族の動向と水場の調査じゃな。…確かにそれは我等には向かぬ。」

 姉貴の計画にアルトさんは文句も言わずに頷いた。


 それでも嬢ちゃん達は、次の日は一日中移民団の先頭で周囲を見張っていた。

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