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#291 魔族と漢字

 


 朝食を終えて緑茶のようなお茶を飲んでいる時に、2人のエルフが尋ねてきた。

 

 「おはようございます。私はケイン。こちらはクレシアです。」

 エルフは年代が良く分からない。容貌はどう見ても30台後半って言うところなんだけど、聞いてみるのも気が引ける。

 髪は両方ともポニーテールのように後で纏めている。温和な顔立ちは誰からも好感を持たれるに違いない。

 2人は革の上下ではなく、綿に似た材質のパジャマのように見える衣服を纏っていた。昨日、俺達を案内してくれたエルフは革の上下だったが、何らかの身分の相違があるのだろうか?


 「どうぞ、お掛け下さい。」

 姉貴の言葉にケインさん達が俺達の対面に着座する。ディーが2人にお茶を出してあげる。

 「私と、クレシアが…今回の、いや、最後の移民の責任者になります。過去の移民がどのような形で南方に付いたのかは余り情報がありません。出て行く者は多いのですが、里に帰ってきた者はおりませんでした。

 500人を預かり、安全に皆を連れて行くのは至難の業ではありますが、装備等の点で出来る限りの準備をしたいと考えております。」


 早速ケインさんが来訪の理由を俺達に話し始めた。

 「そうですね。…私達の装備が参考になるかどうか分かりませんが、お教えすることは出来ます。」

 姉貴の言葉に、ケインさん達は粗末なメモ帳を取り出した。

 姉貴の話がどれだけ役に立つかは疑問だが、聞いて準備することで苦労が減るのであれば、やるだけの価値があるはずだ。

 嬢ちゃん達も真剣に姉貴の言葉をフォローしている。意外と姉貴の話って、飛ぶ時があるから聞いてる方は疲れるんだ。相手も自分と同様の価値基準を持っていると考えてるんだろうな。そんな事は先ず無いんだけどね。


 そんな姉貴達に一応断わって、俺は散歩に出かけることにした。

 そして、外に出ると直ぐに長老のいる巨木の扉を開ける。1階の周り階段を上って長老の間に行く。


 「待っていたぞ。…座るが良い。」

 真中の長老が、少し顔を上がると俺に言った。そして枯れ枝のような細い腕で俺に着座する場所を示した。

 昨日の謁見よりも遥かに近い。丁度、7人の長老に取り囲まれる感じがする。


 ん?…その長老に違和感を覚える。

 生命反応が、真中以外の長老には感じられないのだ。

 ひょっとして、ミイラなのか?


 「魔法はさほど使えなくとも、気の操者には分るか…。そうだ。この部屋の長老は私1人。私の周りの長老はこの里の歴代の長老だ。魔石に自らの意思を封じ込めその肉体の腐敗を停止させて、死して尚我等が里の行く末を見守り続けている。

 話は私が出来るのみだが、この話は全ての長老が聞いている。そして、私に助言を与えてくれるのだ。」


 カラメルの長老もたまに俺の元に現れる。あれと同じなのかな?…長く暮らした人の意見は貴重だ。少々場違いな時もあるけど、それはその人の人生に照らし合わせた判断だと思えば聞く耳を持った方が良い。

 最初から年寄りの意見と切り捨てる者もあるが、それは間違いだ。

 そういう意味では、バビロンの電脳システムよりも効率的だと思うぞ。あれは過去の事例を根拠に判断するには適しているが個性が無い。心情的な判断をする上では生きた人間を自分の背後で討論させるやり方が一番いい。

 俺の左右に並んだ6人の長老は肉体は死んでいるのだろうがその精神は今も盛んに活動しているのだろう。


 「教えていただきたい事が2つあります。1つは魔族とは何か?…もう1つは、この世界にとって漢字とは何なのか?」

 俺の膝元にスイーっと大振りのカップが移動してきた。この部屋には、俺と長老達以外にはいないはずなんだが…。


 俺の質問に長老はしばらくジッとしていた。他の長老と討論しているのだろうか?


 「最初の質問から、分る範囲で教えよう。…時間は幾らでもある。飲み物を飲むが良い。パイプも構わんぞ。」


 そう前置きをすると長老の長い話が始まった。


 魔族が最初に確認されたのはククルカンという事である。

 ククルカンからの定期的な情報通信に空間断裂箇所から現れた魔族の3D映像が送られてきた時のユグドラシル側の衝撃は相当なものだったらしい。

 

 「送られた映像は我等に類似していたが、全身に体毛は全く無く、身長はおよそ我らの半分。ククルカンの連中は、魔族を使って何かを作っていた。我等は、それを生物兵器と見抜き、エルフの魔法力で対応できるかを調査していた。」


 ここで重要なのは、かなり以前からユグドラシルとククルカンは空間断裂から現れる怪物を知っていたという事だ。

 しかし、その情報は、バビロンとコンロンには断片的な形でしか伝わっていない。

 表面的には4つのコロニーは協力し合っていたように思えるが、実の所は地上の覇権を争う立場だったのかも知れないな。


 そして、ある日。ククルカンからの定期通信が途絶えた。

 ククルカンが我等を攻める。この情報が3つのコロニーに蔓延したという。

 そこで各種のそれまでは禁忌とされた生物を作り出す行為がコロニー毎に始まった。

 俺達が狩っている肉食獣の多くがこの時代に作られたらしい。

 そして、伝説も生まれた。


 ラグナロクそれは魔族とエルフ族の最終戦争。何時果てるとも無く繰り返される戦いだ。

 ラグナロクに参加する種族はエルフと魔族のみ。その時には他の種族は全て滅ぼされているという言わば選民的な話だから、エルフ以外に口にするものはいないと言う。

 俺が、ラグナロクの言葉を出し掛けた時にジュリーさんが慌てて止めたのは、そう言う裏事情があったためだろう。


 作られた生物兵器は直ぐに野に離された。最初の魔族の侵攻が始まったからだ。

 この後は人間と獣そして魔族との三つ巴の戦いがしばらく続く。


 ここにまた予期せぬ事態が生じた。

 コンロンの暴動だ。遺伝子改変ナノマシンの漏洩により住民の容姿がみるみる変化して行った。

 まだ、理性を保っていたコンロンの市民は、戦が続く平原を西に逃れていった。

 

 遺伝子改変ナノマシンの活動期間は約100年。

 この間に、今の世界を形作る生物が出来たらしい。

 そして、魔族にもこのナノマシンは作用した。更におぞましい姿に変わったらしい。

 

 ユグドラシルにもこの作用は及び、昨日のエルフの脱出劇に繋がるという事だ。

 それから数百年後、…今から千年以上前に、大規模な戦闘が始まった。

 人類の命脈が尽きたかに見えた時、カラメル人達が介入した。

 

 カラメル人は、爆裂球の供給を約束してくれたらしい。魔法を使えぬ者でも、【メルト】並みの効果を得られる事から、一気に形勢が逆転して現在に至るという事だ。


 「魔族は2種族となる。空間断裂から現れ続ける魔族とククルカンで人類と融合してその後ナノマシンにより姿を変えた魔族だ。」

 

 更にその魔族によって改造された魔物もいるから、3種類にもなるのか。哲也達に安易に頼んだけど、ちょっと心配になってきたぞ。


 温くなったお茶を飲み、タバコに火を点ける。

 少し頭を整理しておかないと混乱しそうだ。


 「次の話をする前に、お前は言霊を信じるか?」

 「俺の国は多神教でしたから、物には全て神が宿ると祖父から聞いた事があります。」

 「面白い宗教感だな。しかし、それならば理解もし易いだろう。」


 文字の歴史と呪術の歴史は螺旋のように互いに係わり合いを持っていたらしい。

 最初の文字は全て表意文字だったのだ。文字自体が1つの物、あるいは行為等を表わしていた。しかし、話し言葉をそのまま書きとめる表音文字が発達すると、たちまち表意文字は駆逐されていった。

 また、表意文字もその複雑な作りから徐々に簡易化され、本来の表意を意味しないものが現れ始めた。


 「表意文字と呪術の関連が重要なのだ。原型を止める表意文字を最後まで使っていたのが日本という国だった。」


 何故、日本で漢字が残っているのかは俺には分らない。しかし便利な文字だと思う。1つの文字で表す内容が豊富だから、平仮名で書くよりは説明が少なくて済むし、平仮名ばかりの文章は読み辛い。適当に漢字が混じっている方が読み易いのだ。

 

 「漢字を複数並べると特殊な働きをするようになった。特に魔道師の持つ杖には顕著に現れる。ただし、漢字の書き方に誤記があれば全く発動しない事になる。」


 日本と言う国が無くなった為、各コロニーに在住していた僅かな日本人とその書籍を使って魔道師の杖が作られたらしい。

 そして、その杖に刻まれる文字は作られる毎に少なくなって来たようだ。


 「今では魔道師の杖に文字を彫る行為が出来る者が、果たして何人いるのだろうか。私が持つ杖でさえ12の文字が刻まれているのみだ。」

 

 という事は、ジュリーさん達に送った魔道師の杖は途轍もなく貴重なものになるはずだ。ジュリーさんが、作らないようにといった訳が少し理解できた。


 「お前の考えは正しい。作れるのは分かるが作らないで欲しい。杖の力を自分の力と勘違いする者が多いのも確かなのだ。」


 「モスレムで俺達が倒した魔族は日本語の本を持っていました。魔族も杖を使えるのでしょうか。」

 「端的に言うと、使える。…制約もあるようだが、基本的には使えると考えるべきだろう。」


 果たして、魔族との再戦はあるのだろうか。アルトさんが魔族と戦ってから少なくとも10年以上は経っている。

 次の機会も前回と同じように退けられるとは限らないのだ。

 これは、ちょっと課題だな。


 これで、会談を終えて俺が引き上げようとした時に、長老から声を掛けられた。

 「待つが良い。…これを持っていくが良い。」


 そう言うと懐から小さな魔石を取り出して俺の方に転がした。

 「これは?」

 「ジュリアナに渡せば分るはずだ。」


 俺は、ポケットに魔石を入れると長老に丁寧に頭を下げて、長老の間を後にした。

               ・

               ・


 宿では、俺の帰りを待っていたようだ。

 「いったいどこに行っていたのじゃ。探しに出ようかと相談しておったのじゃ。」

 アルトさんの叱責に皆がうんうんと頷いている。


 「長老にちょっと聞きたいことがあったんでお邪魔してた。」

 「何を聞いてきたの?」

 「あぁ、魔族と漢字だよ。」

 姉貴にそう答えると、後で教えてね。って言われてしまった。


 「ところで準備の方は?」

 「うん。エルフの人たちもあらかじめ準備をしていたみたい。少し物が増える程度なんだけど、ここには魔法の袋が無いのよ。だから、ソリや籠を背負っていく事になるわ。」


 魔法の袋って、モスレムでは意外とポピュラーな定番アイテムだよな。

 何でここには無いのかと不思議に思ってしまう。

 ん、ひょっとして、バビロンの技術で可能としたのか?…それならユグドラシルの人達は知らない事になる訳だが、帰ってからジュリーさんに聞いてみよう。


 「ということは、出発は早いという事だね。」

 「えぇ、聞きたい事は分かったし、早々に帰りましょう。でないと帰りが冬になってしまうわ。」


 

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