#284 早春の旅立ち
ユング達が旅立って10日もすると、村の周辺の雪も大分少なくなってきた。
「そろそろ峠の街道も通れる頃じゃと思うが…。」
「後2日後に峠の砦の兵員交替があると聞いたわ。その時、峠で暮らしてきた兵がギルドに様子を伝えに来るそうだから、峠付近の状況を聞いてから出かけましょう。」
「早ければ3日後じゃな。我らの準備は万全じゃ。何時でも良いぞ。」
嬢ちゃん達は全て腰のバッグに必要な物は入っているようだ。一部を纏めてディーの持つ2つの特大魔法の袋に入れているけど、あの大きさは半端じゃないぞ。軽くテーブル3つは入るんだからな。
お蔭で食料の運搬が楽になった。その上携帯用の焚火台と3回分の薪まで入れることが出来た。その上、小さな風呂桶と冬用天幕が1つに夏用天幕を2つ入れている。姉貴や嬢ちゃん達の薙刀やディーの剛剣も入っている。
その特大魔法の袋を、ユリシーさんが作った片方の肩で担ぐリュックに入れてある。
昨年切出した杖は暖炉の上で乾燥させながら、各自の好みの長さにしてある。あまり変わらないような気もするけどね。
姉貴と俺はナップザックをそのまま魔法の袋に入れてある。ここには俺達の世界から持ち込んだものは何も残していない。
そんな感じで、俺達は出発の時を待っていた。
次の日の午後。トントンと扉が叩かれた音で、リムちゃんが扉を開けると、御后様が大きな荷物を持ってリビングに入ってきた。
早速、席に座ってもらうと、ディーがすかさずお茶を皆に出してくれた。
「峠の当番兵が先程やってきた。峠道の積雪は1D程じゃと言う。じゃが、日陰は凍っておるし、吹き溜まりは10Dを越す程の雪じゃそうな。…通れるぞ。行くが良い。」
御后様の話を聞き俺達全員は頷いた。
「ミーアちゃん。私達が明日早朝、出発する事をギルドのシャロンさんに伝えて。帰りは年末。場合によっては来春になるかも知れないって。」
直ぐにミーアちゃんは席を立つと御后様に頭を下げて直ぐに家を出て行った。
「サーシャちゃんは、行くところがあるんじゃない?」
微笑みながらサーシャちゃんに言うと、サーシャちゃんはリムちゃんを連れてミーアちゃんと同じように家を出て行く。
「まだまだ子供じゃの。雑貨屋へ菓子を買いに行ったか。…それで母様、ノーランドの様子はどうじゃ。」
「ノーランドの主力はどうやら西に展開しておるようじゃ。東は、ノーランドと馴染みのハンター達が行き来しているだけじゃ。…とは言え、ノーランドの東を進むのであれば十分注意する事じゃ。」
御后様はそう言って大きな包みを俺に渡してくれた。
「王都から取り寄せたハムじゃ。干し肉ばかりでは詰まらぬであろう。持参いたせ。」
俺達は、有り難く頂くことにした。
「それでは、何事もなく旅から帰って来るのを祈っておるぞ。カナトールの事も案ずるな。兵力を削減しつつあるが、2つの軍団を得ておる。何かあっても耐えられるはずじゃ」
そう行って御后様は席を立った。
「なに、今年の暮れには戻れるのじゃ案ずるには及ばん。」
アルトさんの強気の発言に御后様は顔をほころばせた。
俺と姉貴が戸口で見送る中、御后様は俺達に手を振って通りへと消えていった。
しばらくしてミーアちゃん達が戻って来た。どうやらミーアちゃんはギルドから雑貨屋に向ったらしい。そこにいたサーシャちゃんと合流したと言っていた。
3人が買ってきたのはお菓子の他に黒パンがある。
「店にあるだけ購入しました。それと携帯用の黒パンもです。」
姉貴は、小麦粉で焼こうとしてたみたいだけど、出来れば購入しておいた方が何かと便利だ。小麦粉を溶いて焼くだけってのはパンなのかどうか疑わしいけどね。
そして次の火の早朝。簡単な朝食を取って俺達は装備を整える。
全員が革の上下に革のブーツ。それに毛皮のマントが標準装備だ。
俺と姉貴は灰色ガトルの帽子に姉貴の作ったマフラーを首に巻き、サングラスを掛ける。
嬢ちゃん達は雪レイムの帽子を被り、自作のマフラーを付けている。そして雪が眩しい時に直ぐ掛けられるように細いスリットが付いた雪めがねを首に掛けている。
ディーは亀兵隊が着ける革の帽子だ。寒さは関係ない。って言ってたから、マントを嫌ってたけど、嬢ちゃん達の敷物に使うと言ったら、装備してくれた。
意外と嬢ちゃん達には気を配っているようだ。
皆で外に出ると姉貴が杖を配る。俺の杖は頭に小さな鎌が着いてる奴だ。
全員が腰にグルカや小太刀を差している。ディーはブーメランを背負ってるな。
ヒョイっとディーがリュックを担ぐのを見て、俺も小さな籠を片方の肩に背負う。途中で、薪を拾う為だ。そのため小さな斧を俺とディーが腰に差している。トマホークモドキで投げる事も出来るが、この斧の頭を使ってテントのペグを打ち込むのが一番の目的になる。
全員の準備が出来た事を確認して家の外に出る。
姉貴が全員纏めて【アクセラ】を掛ける。これで雪道歩きも苦にはなるまい。
そして、姉貴を先頭に、通りへと歩き出す。
早春の朝だ。通りには誰もいない。…石像に鍵を差し込んで俺達の家に続く林の小道を閉ざすと東の門に向けて歩き出した。
ギルドを通り過ぎ、東門の広場に出ると、小さな焚火をしながら御后様とシャロンさんが俺達を待っていた。
「あれ程、見送りはいらぬと言ったはずじゃが…。」
アルトさんはプンプンしてるけど、ミーアちゃん達は嬉しそうだぞ。
「途中で食べてください。」
そう言ってシャロンさんがお弁当を渡してくれた。有り難く頂いて背中の籠に入れて置く。
「では行くが良い。次の冬には帰って来るのじゃ。」
御后様の言葉に、俺達は2人に頭を下げて街道へと続く道へと足を踏み出した。
早朝だからか、道は凍り付いているので結構歩きやすい。泥濘だとこうはいかないだろう。
山裾に沿って作られた道を進み、大きく道が曲がる所で村を振り返る。村の門で手を振る2人を認めると俺達全員がもう一度手を振る。
そして、前を見ると振り返る事無く、ひたすら凍った道を歩いて行く。
1時間程歩いて10分程度の休憩を取りながら歩いていくと、昼近くになって街道へ出た。
籠に入れておいた薪を使って、ディーがお茶を沸かす。
カップ半分位の暖かいお茶は、それ自体が凍えた体にはご馳走だ。
さらに、シャロンさんに貰った黒パンサンドのお弁当を焚火で軽く焼いて食べる。
そして、食後にはポットの残りのお茶を皆で飲んだ。
食後の休みを終えると、街道を左に進んで峠を目指す。
「ここで、昼食を取ったとすれば、峠に着く前に日が暮れるぞ。」
アルトさんの忠告で、峠を越えるのは明日に持ち越す。後3時間程歩いて野宿の場所を探す事になった。
野宿となれば焚火の薪を沢山準備する必要がある。
キョロキョロと辺りを見渡しながら枯れ枝を落として背中の籠に入れて行く。
そして、凍った坂道は意外と滑る。嬢ちゃん達は大丈夫かなと見てみると、何時の間にか、ブーツに紐を巻いている。簡単な滑り止めだな。次の休憩の時に俺達も真似をして滑り止めを作った。
遠くに、石造りの砦が見えてきた。
「あれが、モスレムとノーランドの国境を警備するための砦じゃ。200名の兵士が駐屯できるが、平常時は20名のみじゃ。商人達もこの季節は峠を通らぬゆえ、門は開いたままじゃな。」
良いのかな、開きっぱなしで…。まぁ、おかげで俺達は支障なく通れるんだけどね。
山間をうねりながら峠へと続いている街道だから、直ぐに峠は見えなくなったが、再びその姿が見えた時は優美な中に勇壮さが伺える砦が真近に見えた。
「ここから4M(600m)はあるじゃろう。峠と関所の門は直ぐじゃが、確実に日が落ちる。ここで、野宿するのが良かろう。」
アルトさんは道の脇にある吹き溜まりを指差した。
確かに、まだ日は暮れていない。今なら雪洞を掘れるな。
早速手分けして野宿の準備だ。
俺とディーで雪洞を掘って、掘り出した雪を風上に積み上げる。数人が寝転べる広さを確保した所で、床に防水処理した布を敷いた。
寝るときはこの上にマントを敷いて毛布を被れば暖かいだろう。
「出来たよ!」って言ったら、早速嬢ちゃん達が中に入っていった。
姉貴が苦労しながら鉄で出来た小さな三脚の上に焚火台を乗せて火を点けようとしていた。
最初から薪では無理だと思わない所が不思議だ。
薪の1つに燃料ジェルを塗りつけてジッポーで火を点ける。それを焚火の薪の中に入れるとたちまち赤々と燃え上がった。
焚火の上に今度は長い三脚を組む。そこからフックの着いた鎖を下ろして、ポットを掛ける。
水が入手出来ないので、街道の崖から下がるツララを確保してきた。
鍋に少量の水を入れてツララを入れる。そこに乾燥野菜と塩に干し肉を入れて、少量のコショウも入れれば簡単なスープの出来上がりだ。
ポットのお湯が沸いたところで、鍋を三脚にぶら下げた。
やがて良い匂いが辺りに立ち込めると、嬢ちゃん達が雪洞から這い出してきた。
焚火の残り火で黒パンを焼いて皆に配る。ディーが深皿にスープを入れて同じように配っている。姉貴は…スプーンを配っていた。
日が落ちて気温がどんどん下がってくる。こんな時は体の芯まで温まるスープが一番良い。
食事が終ると、食器を雪で洗って袋に仕舞う。そして皆で雪洞に潜り込んだ。
ディーの生体探知では半径1km以内にけものは存在しない。ディーに監視を頼んで俺達は毛布に包まって眠る事にした。
姉貴の足蹴りをモロに受けて目を覚ますと、外はまだ薄暗い。
ディーがジッと雪洞の外を眺めていた。
「何か異常は?」
「ありません。雪レイムと思しき個体が探知範囲すれすれに活動していた位です。」
時計を見ると朝の5時だ。そろそろ朝食を作っても良いだろう。
昨日の薪を焚火台に載せると薪を斧で薄く割って火を点けた。
ツララを入れたポットを三脚に吊るしてしばらく待つとお茶が沸く。ディーと一緒にお茶を飲みながらタバコを楽しむ。
そんな俺を見ながらディーが今度はスープの入った鍋を吊るした。
昨日のスープの残りだけれど、この寒さだ。悪くはなっていないと思う。
少なくなった分をツララを入れて補充してるけど、良いのかな?最後に味見をしながら薄く切ったハムを刻んで入れていた。
1時間程経って起きてきた姉貴達だけど、美味しそうにスープを飲んでいたな。
以外と全員お腹は丈夫らしい。
食後のお茶を楽しんだ後は、ポットのお湯を水筒に入れて後始末を全員で行なう。
冷えた焚火台と三脚は厚手の布に包むとディーが魔法の袋に入れてバッグに詰め込んだ。
姉貴が、全員の顔色を見ながら【アクセラ】を掛けた。
「忘れ物はないよね。…では出発!」
そして俺達は、姉貴の合図で俺達は凍った峠道を歩き出した。