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#281 遠い春への準備



 朝からどんよりと空が暗い。顔を洗いに井戸へ行くと…、これは降るな。アクトラスの山々が煙って見える。

 ぴゅーっと吹く北風に身震いすると急いで家に入った。

 俺達の家は暖炉で暖かだ。テーブルに着くと、直ぐにディーがお茶を入れてくれる。

 何時の間にか起きてきた姉貴が俺と入れ違いに井戸へと出かけていったが、急いで戻ってきた。


 「降り出しそうね。…今日ぐらいに帰ってこないかな。」

 ディーの入れてくれたお茶を受取りながら、姉貴が呟く。俺は軽く頷いて姉貴に同意した。

 

 確かに、そろそろ帰らないとガルパスでこの村に移動する事は困難になる。それに、姉貴がアルトさん達に纏めて頼んだ品物も気になる。

 もし、手に入らない物があれば、この村で作る他に手はない。

 そういえばあれから俺もユリシーさんに頼んだものがある。どうなったか聞いておこう。


 3人で慎ましい朝食を終えると、ジャンパー代わりの薄手のマントを纏って早速家を出た。

 先ずは何時も通りにギルドに向かい、課題の有無を確かめる。セリウスさんがしばらく留守になるから、筆頭ハンターとしては何かと面倒を見る必要がある。


 「おはよう!」と扉を開けて挨拶すると、シャロンさんがルーミーちゃんとカウンターで何やら帳簿を捲っていたところだった。

 「「おはようございます!」」って俺に微笑み掛けたところを見ると、とりあえずは重大な問題は発生していないようだ。


 「どんな感じ?」

 「もう直ぐ雪ですね。…今の所あんな感じです。」

 カウンターに近付いて訊ねた俺に、シャロンさんが依頼掲示板を指差した。

 掲示板には10枚も依頼書が貼られていない。…そろそろ冬なんだな。と実感する光景だ。


 「ルクセム君達は?」

 「あの2人ならフェイズ草に挑んでますよ。10本の採取を昨日受けて行きました。」

 

 ロムニーちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど、ちょっと心配だな。カルキュルがやってこなければ赤5つなら十分に対応可能な依頼なんだけどね。

 「カルキュルなら大丈夫だと思いますよ。その前には2人で3匹狩って来ましたから。」

 俺の心配顔が分ったのかシャロンさんが教えてくれた。

 そういえば、量産型クロスボーを渡していたな。あれなら近距離で撃てば倒せるだろう。でもクルキュルには効果が無い事を今度会ったら教えておこう。


 「何かあったら、連絡してくれ。」とシャロンさんに伝えて、今度は株式会社へと足を運ぶ。

 一旦通りを家に向かって歩いて、家を通り過ぎたところにあるT字路を左に曲がると、株式会社の建物が見えてきた。

 大分規模が拡大したんだけど、この本社は小さなログハウスのままだ。

 確かに小さいから、気後れしないで会社に入れるところが良いと商人達が言っていた。


 「今日は。」と扉を開けると、何時ものように2人が定位置にいる。

 かつて知ったる何とやらで、ユリシーさんが座る暖炉前のソファーに、挨拶しながら座り込んだ。

 「何だ、お前か。…例のものは一応出来たが、これの販売権も会社で良いのか?

 ついでに小型の物も作ってみた。お前の注文は5人用だが、3人用のやつじゃ。」

 「構いませんよ。確かに依頼はしましたが、形にしたのはユリシーさん達です。」


 「欲のない奴じゃ。それと橇じゃが、なるべく軽くそして2台を接続して一体化すると言うのは、ワシも苦労したぞ。両方とも後で届けてやるが、今度は何処に出かけるのじゃ?」

 「エルフの里を訪ねようと思っています。位置的にかなりの北方。そして、険しい場所もあるでしょう。」


 何時の間にか、チェルシーさんが俺達にお茶を持ってきてくれた。そしてちゃっかりとソファーに座って俺達の話を聞いている。

 ユリシーさんはパイプを取り出して、暖炉で火を点けた。美味そうに一服すると俺の方を見る。


 「かなりの北方だ。2重構造の簡易天幕なぞ考えても見なかったが、それなら理解できる。そして、橇も必要だろう。永久に氷の融けない湖もあると聞く。」

 「そう言えばドワーフ族にも里がありますよね。」


 「あぁ、あるぞ。ワシも里の工房で腕を磨いてから外に出たからのう…。大分昔の話じゃが、里は今でも賑わっておるじゃろう。」

 ユリシーさんは、そう呟くと暖炉の薪が燃える炎をジッと見詰め続ける。多分、故郷の炉の炎を思い出しているんだろうな。


 「社長の故郷って、どこにあるんですか?」

 「エルフの里よりは近いが、ダリル山脈の真中じゃ。…ダリルはアクトラスの北西にある山脈じゃ。カナトールに続いているがな…。」

 チェルシーさんの質問に、本当は秘密らしいドワーフの里が少し判ったぞ。


 「エルフの里とは違って、今でも少しは里のドワーフと交流を持っている。じゃが、例のカナトールの一件で交流が途絶えてしまったわい。」

 「そういう事なら、カナトールが安定すればまた交流が可能になるんでしょうか?」

 「あぁ、俺達の技と里に伝わる技は定期的に交わる事で、技術の維持と向上を図るんじゃ。是非とも安定させて貰いたいと思うておる。」


 ユリシーさんに御礼を言うと、家に向かって歩き出す。

 そういえば、4カ国でカナトールの国境付近の併合を図るような事御后様が言っていたけど、どうなったのだろうか?…後で聞いてみよう。


 家の扉を開けると、嬢ちゃん達が帰っていた。

 「どこに行っていたのじゃ。土産がたんまりとあるぞ。」

 テーブルで皆でワイワイと話していたサーシャちゃんが言った。

 

 「ギルドと会社だよ。…生憎とサーシャちゃん達向けの依頼は無かったな。それでも10枚位依頼書があったから、ロムニーちゃん達で対処出来ない時は頼むからね。

 会社の方は頼んでおいた品物が出来たらしい。後で届けてくれるそうだ。」

 そう言いながら自分の席に座ると、ディーが切り分けた菓子とお茶を出してくれた。


 「王都で流行しているケークという菓子じゃ。シャロンとルクセムの所にも届けておいたのじゃ。それはアキトが食べるが良い。」

 アルトさんは、俺がフォークで菓子を口に運んでいるのを見ながら言った。

 

 見た感じではバームクーヘンだよな。丸くて真中に穴が空いているし、年輪模様もハッキリしている。パクって食べると爽やかな甘さが広がる。

 どうやって作ったか判らないけど、これってミルクを使っているよな。こっちに来てから牛乳を飲んでる風景を見たことが無いから、飲む習慣が無いと思っていたけど…。


 「美味しいね。バームクーヘンとしては、果物の風味があるのが新鮮な感じだな。」

 「お姉さんと同じ事を、お兄ちゃんも言ってる!」


 ミーアちゃんが俺の言葉に驚いている。

 「不思議な話じゃな。ミズキもこのケークを見て、アキトと同じ名前、同じ感想を言ったぞ。アキト達はやはりこのケークを食べた事があるようじゃな。」

 アルトさんも、驚いているようだ。


 「あぁ、確かにこのお菓子と似ている物を良く食べていた。同じ形だから作り方も一緒だと思うけど、味がね…。こっちのが美味しい気がするよ。」

 「どうやって作るのじゃ?…我等にも作れるのか?」


 俺に身を乗り出して聞いてくるサーシャちゃんを、まぁまぁって宥めながら少し考えてみる。

 これって、どうやって手に入れたんだ?これに必要な物は、小麦粉、卵、ベーキングパウダーそれにミルクと果汁だと自分なりに分析する。

 小麦粉、卵、ベーキングパウダーそれに果汁は何とかなるが、ミルクを入手する手立てが分からん。


 「話を変えて済まないけれど、この国では牛の乳を見たことが無いんだけど、手に入れる事が出来るの?」

 「牛の乳じゃと!…そんな物を飲む者がどこにおるか。」

 何か地雷を踏んだかな。かなり怒ってるぞ。


 「お兄ちゃん…。生まれて直ぐの赤ちゃんは、お母さんのお乳を飲むわ。でも、人間はお乳を飲むのは赤ちゃんの時だけ、それからは一切お乳を飲む事は無いわ。」

 「という事は、牛やヤギ、馬の乳を手に入れることは出来ないんじゃないかな?」

 ミーアちゃんの話を聞いて俺が呟いた。


 「当たり前じゃ。そんな店が出てたら、直ぐに近衛兵に捕まってしまうぞ。」

 アルトさんが怖い口調で言ったけど、それって禁忌ってこと?

 でも、この舌触りは確かにミルクを使わないと出せない感触だ。


 「それにしてもこだわるのう。アキト達が食べていたお菓子は牛の乳を使って作るのか?」

 俺が頷くと、嬢ちゃん達4人が一斉に引いたぞ。

 

 「私達は牛の乳を飲むのに何のこだわりが無いの。それこそ数千年前から飲んでいたと教えてもらった事があるわ。そして、乳を出す専用の牛を育てて、その乳から色んな食品を作ってるのよ。…アルトさん達が何故飲まないか…私達には理由が分からないの。」

 姉貴が困った顔で言った。


 「習慣の違いとは理解するが、牛の乳を飲む者達がおるとはのう…。世間は広いものじゃ。」

 そんな年寄りじみた言葉をアルトさんが呟いた。


 「別に禁止されている訳ではありません。でも、そんな人を今まで見たことがありませんでした。」

 リムちゃんが言った事が多分真実なんだろうな。飲む者がいなければ、飲む習慣は生まれない。そして何時しかそれは人の飲む物では無いと理解されたんだろう。


 「ところで、このお菓子を作っているところを見せて貰ったの?」

 俺の言葉に4人が首を振る。

 「見せて貰えませんでした。見てしまえば誰でも作れるだろうと。そうすると私のところに買いに来る者がいなくなる。そう言ってました。」

 残念そうにミーアちゃんが呟いた。


 「意外と作り方は簡単なんだよ。でもね、このように丸く綺麗に作るには何度も失敗を重ねて腕を磨いたんだろうね。」

 ケーキ職人がいたとは驚きだ。その内、弟子達が色んな店を出すだろう。そしてケーキのレシピも広がるだろう。その時に材料を聞いて驚くのも良いかもしれない。この件はこれ以上追求するのは止めておこう。


 「でも、嬉しいよ。また俺達の国の食べ物に似た物が食べられるなんて…。」

 「我等もお前達が喜ぶ顔が見れて何よりじゃ。」

 そう言って嬢ちゃん達は微笑んだ。


 「ところで、ミズキより頼まれた品じゃが、全て揃ったぞ。大きな魔法の袋は残念じゃが2つしか手に入らなかったが、後は全て購入又は王都の工房で作らせたのじゃ。」

 

 そう言ってアルトさんがテーブルの上に荷物を取り出した。なるほど大きい魔法の袋だ。確かにテーブルが入るぞ。…1つで袋の大きさの5倍入って重さは変わらず。これが2つだから冬用装備の他に8ヶ月以上になるだろう6人分の食料も十分入れることが出来るだろう。


 「エルフの里は遥か北方の地にあると聞いたぞ。どんな装備で行くかは任せるが、我らに出来るものがあれば遠慮なく言うが良い。」

 「うん。頼りにしてるよ。」

 俺の言葉を聞いて、アルトさんはニコリと微笑むと皆を引き連れ暖炉の前で早速スゴロクを始めた。

 ん?…チラリと見えた盤面がまた新しいぞ。王都では色んなスゴロクが出始めているらしい。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 様々な要因で自給率低いのに食わず嫌い多すぎ問題
[気になる点] 「という事は、牛やヤギ、馬の乳を手に入れることは出来ないんじゃないかな?」  ミーアちゃんの話を聞いて俺が呟いた。  「当たり前じゃ。そんな店が出てたら、直ぐに近衛兵に捕まってしまうぞ…
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