#278 次世代王族達の協議
山荘のリビングには俺と姉貴を含め10人の若者が集まっている。
モスレムのクオークさんとアン姫。エントラムズのブリューさんとシグさん。サーミストのモンドさんとローザさん。それにアトレイムのタケルス君とディートル君だ。
若い次世代の王族を集めて将来構想を話し合う場はこの村で行われる。将来はその為の議場や宿泊施設も作られるようだが、テーバイ独立戦争によって一気に連合王国の構想が実現しつつある事から急遽、今年より開催する事になったようだ。
俺達が同席しててもいいのかな?と疑問を持ちたくなる集まりだが、御后様は初めが大事じゃ。と言って俺達に舵取りを依頼してきた。発言権のあるオブザーバーという対場なのかな。
全員が丸い円卓に着いたところで、姉貴が口を開いた。
「本日は、お集まりくださりありがとうございます。連合王国の構想は各国の王様より話を聞いている事でしょう。この集まりは、将来の連合王国設立時の施政のあり方、課題について話し合う場と致します。
一応の目安として、この協議は3日を予定します。少しずつ施政のあり方とその課題について話合いましょう。」
「施政と言っても範囲が広すぎます。神殿の祀り、民政、軍事もありますよ。」
ちょっと片手を上げて、そう言ったのはモンドさんだ。今年23歳で隣には婚約者のローザさんがいる。
姉貴が俺に目配せをする。良い案を出せって事か?
「この場所での話は記録としては残しますが、その言葉を持って現在の4カ国の法律に例え触れる事になろうとも罪に問わぬ。という4カ国の王様の署名を貰っています。また、同じようにここでの言葉が神殿の教義に背く事になっても神殿はその咎を問わないと、4つの神殿の神官長及び大神官の署名を貰っています。
これは貴方達に対する、王家と神殿の期待であると俺は思っています。
極端な話、今からここで4カ国を我が物にするための反乱計画を立てても良いんです。
それ位、規定の概念を超える話をせよ。と貴方達の父、祖父は言っていると思ってください。
この場にいる人達は、連合王国と言う国家を作らねば何れ一国の王様になる人達です。当然、王道と言うべき教育は受けているでしょう。
俺達は、現国王が連合王国の構想を持ってそれを実現しようとする上での課題を、その課題が形を現す前に削除する事を考えねばなりません。」
「連合国家になった場合の問題点を、早期に洗い出して対処するということですか?」
そう俺に聞いてきたのはアトレイムのタケルス君だ。ふむ…まだ少年だが聡明だな。そんな事を考えながら、俺は頷いた。
「できれば、その問題点が何故生まれるのか。まで協議したい。」
「であれば、連合王国の全体像の認識を合わせる必要がありますね。各自が全く違う事を考えていては話は進みません。」
アトレイムのブリューさんが口を開いた。
そして、姉貴が我が意を得たりと席を立つ。そして、この会議の為にわざわざあつらえた黒板を壁から押してきた。そこに腰のバッグから大きな紙を取り出して黒板に貼り付ける。
「これが、ボンヤリとした全体像です。まだ明確にこのような体系を各国の王様が認めた訳ではありません。」
「「これは!」」
数人が思わず声を上げる。
「見ての通り、国王は1人です。そして、王族と貴族を纏めてひとつの国政参加機関とします。計画立案と実施機関である官僚組織。それに政治を行なう議会。これとは切り離して、神官組織と軍事組織を設けます。」
「王族と貴族を同列に置くのですか?」
クオークさんが叫び声を上げる。
「現在はこうなります。但し、貴族であるのは現在の当主のみ、当主が亡くなればその座を失う事になります。最後にここに4つの王家の代表者が入る事になります。」
「貴族達はそれを受け容れるでしょうか?」
「受け容れなければ、国を去って貰います。一部は官僚組織の中に残るでしょうが、官僚組織は能力が無いものはその組織に入る事は出来ません。」
「議会とは何をする場所なのですか?」
「実質の政治機関です。官僚組織の立案した計画に税金をどれだけ投入するかを決める場所であると共に、法律を作る場所になります。」
「誰が議会に集まるのですか?」
「最初は町や村の有力者を集めますが、少しずつ変化させようと思っています。」
そして、場は静かになった。どのような発言でもここでは許される。という事と、姉貴が示した全体像の将来像を考え始めたようだ。
ディーが部屋に入ってくると、各自にお茶を配り始める。丁度いいタイミングだな。
「1つ宜しいですか?…この案で行くと、連合国家というよりは1つの国になると考えられますが。」
「正にその通りです。王国を統一するのが最終形態ですね。…そして、その時には王国と言う名が消える可能性もあります。」
姉貴のその言葉に全員が一斉に姉貴を見た。
「王国とは、王様によって治世が行なわれる国です。いろんな説がありますがここでは、そのように定義します。
この王国ですが、長く善政を敷く事は出来ないでしょう。権力が1つの家系に引継がれて行くからです。親が善政を敷いても子供が善政を敷くとは限りません。
そして、王様の意図によって施政が左右されてしまいます。民衆の声を聞かねば…カナトール王国のようになってしまいます。
そこで、権力を個人に集中させる事になっても、その権力を抑制させる方法を考える必要があります。」
「その為の貴族ではないのですか?」
「本来はそうなんでしょうけどね。果たしてどれだけ、その気概を持った貴族がいることやら…。」
中々意識合わせも難しいな。育った環境もあるだろうし、年齢の上下も5歳程度はある。経験の相違もあるだろう。
それでも、日暮を迎える頃にはおぼろげな連合王国の姿が現れだした。
まぁ、1日目はこんなもんだろう。年に4回は集まろうとしてるんだからね。
夕食を全員で取りながら、クオークさんの要望で俺の国の施政を話すことになった。
「俺の国の政治の形態は、歴史と共にかなり変化してきました…。」
そんな枕詞で、律令政治、貴族政治、武士の政治、そして、立憲君主政治、その変形である現在の民主政治について概略を話してあげた。もっとも、姉貴がかなりフォローしてくれたけどね。
「今の話に出て来た憲法についてもう少し詳しく教えていただけませんか?」
シグさんが俺に聞いてきた。
「憲法は法律の基本となる事項を纏めた物なんだ。いろんな法律を作って規制や啓発をするんだけど、それの根幹にこの憲法があるんだ。
今後協議していくことになると思うけど、王とは何か、王国とは何か、国民とは何か等をまとめている物と考えてくれればいい。
ところで、各国に法律はあるよね。その法律は何を元にしてるの?そして国によって違いはあるの?…多分骨格となる法律があると思う。それを統合すれば連合王国の憲法が出来るかも知れないね。」
「国民も定義するのは面白い考えですね。」
食事が終ってワインを飲んでいるローザさんが言った。
「これは、憲法の序文に関係があります。確か…、そもそも国政とは国民の厳粛な信託に寄るものであって…、とあります。国政が国民により行なわれる事をうたっているのです。ですから、国民を明確に規定する必要が出てくるのです。」
俺の言葉にクオークさんが驚いた。
「国民が政治を行なうのですか?」
「実際には、国民から選ばれた者達で行なうというのが正しいと思う。その国政を行なう者達を、20歳を過ぎた国民が選挙で選ぶんだ。」
「今のこの国の政治と大分異なりますね。」
「あぁ、かなり違う事は確かだ。…このまま愚民政策を取るのか、民衆を教育して政治への参入を促がすのか、この辺が1つの決断だろうね。」
魔法が使えなくなる恐れがある以上、愚民政策は身を滅ぼす事になるだろう。積極的に教育を行い科学技術の発展を促がす必要があるだろう。俺の世界の科学はこの世界では一種の魔法に違いない。俺の持つM29をこの世界で端的に説明すれば魔道具になるという訳だ。
こんな感じで、第1日目は終了した。
すっかり疲れて家に辿り着くと、直ぐにベッドに横になる。
直ぐに隣の姉貴は寝息を立てはじめたが、どうも眠れない。
リビングに下りて、暖炉を掻き立てお湯を沸かした。シェラカップにコーヒーを入れると革のコートを羽織って外のベンチに座ってゆっくりとコーヒーを啜った。
タバコを取り出して1本を咥えジッポーで火を点ける。
吐き出した煙の向こうには、月明かりに銀色に光るアクトラス山脈が見る。…寒い訳だな。
「どうしたのじゃ?」
聞き覚えのある声に隣を見ると何時の間にかカラメルの長老が座っている。
確か、精神体になったんだよな。
「…小さな都市国家を1つに纏めようと国王達が動いているのですが、中々思うように行かないものだ。と思いまして…。」
「それ程、気に病む事もあるまい。お前の学んだ政治形態が必ずしも、満点ではあるまい。少しずつ変わって行くものじゃ。我等カラメル族の治政は長老による共同統治となるが、よい所も悪い所もある。…長い目で見ることじゃ。そして悪いと気付いた時、それを速やかに是正する仕組みを組み込めば、余程酷いシステムでなければ何とかなるはずじゃ。」
カラメル族は長老政治なんだな。ある意味賢人政治なんだろうと思うけど、それでも問題があるんなら、俺達の政治なんか問題だらけだろう。
でも、是正する仕組みというのは使えそうだ。
礼を言おうと隣を見ると、そこには誰もいなかった。
それでも、リオン湖に向かって頭を下げると、家に戻ってベッドに入った。
今度は良く眠れそうだ。
次の日の朝食の時に、昨夜の話を姉貴にしたら、寝ぼけてたんでしょう。って笑われた。それでも、是正する仕組みと言う言葉には、そういう考えも良いわね。と少し考え込んでいた。
姉貴の隣でお茶を優雅に飲んでいたディーにも政治の事を聞いてみた。
「バビロンはある意味都市国家です。1つの議会で政策が決まり、それを電脳の官僚が計画実行します。代表者は議長でしょうね。」
バビロンでの滞在でそのような知識を得たのだろう。でも今は電脳の神官とオートマタがいるだけになったんだよな。