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#277 クオークさんの危惧

 「…と言う訳で、天文台は一応完成した。まぁ、内装は好みで仕上げればいいだろう。

 ドームは2つ。経緯台と赤道儀をそれぞれ設置している。口径10cmでF12だから、中級者用ってとこだな。天文学を始めるには丁度良いだろう。」


 朝早くに、ユング達が天文台の完成報告にやって来た。機能的には終了って事だな。そこで観測しながら暮す為には色々と用意したり作らなくちゃならないんだろうけどね。それでも、見た目が天文台なら姉貴は満足に違いない。現に、ユングの両手を握ってブンブンと振って感謝の意を表している。


 「哲也君なら出来ると思ってたわ。でも、少し早くない?」

 「俺とフラウなら昼夜兼行で工事が出来るからな。それに俺達の力は通常で2倍だ。出す気なら更に上げられる。そして、協力者もいたしね。」

 

 ん…。ユング達が東の広場の北側、それもリオン湖に面した岩場に天文台を作っていることは、あまり知られてはいないはずだぞ。

 「そんな不思議そうな顔をするなよ。明人も知ってる筈だと思うが、カラメル人だよ。」


 「カラメル人が協力してくれたのか?」

 「あぁ、特に、整地と岩の加工は世話になった。実際の話、正確な極軸合わせが出来たのは、彼等のおかげだ。ここは地震がないから数百年は極軸修正をせずに済む。」

 

 「でも、良く手伝ってくれたな。」

 「彼等も興味があったのだろう。だが、手伝った事はあまり広めないでくれと釘を刺された。…お前ならかまわんと言っていたぞ。」


 確かに、カラメル人の技術水準は俺達を遥かに凌ぐ。その上身体機能だってジェイナスの人々より上回っているから、数人の手伝いでも相当な戦力となるはずだ。

 

 「それでだ。東の広場に測量原点の杭を打ち、測量の技術を伝えれば俺の役目は取り合えず終了となる。そしたら、俺達はのんびりとククルカンに向かおうと思うが、一体何時になったら測量士の卵がやってくるんだ。それが聞きたいのと、これをコピーして欲しい。」


 そう言ってバッグから1冊のノートを取り出した。

 ノートを開くと、姉貴がバビロンから貰ってきた測量器具のマニュアルと実際の使い方が書いてある。そして、6桁の数表が10ページ近くあるぞ。


 「簡単に説明して実際に使わせてみるつもりだが、将来的には三角関数は必携だ。」

 俺にはユングの言う事は理解出来るが、教える事は出来ないぞ。

 

 「そう言う意味で、もし学校を作るのであれば加減乗除だけではなく、関数と幾何学を学ばせる必要があるだろう。バビロンに再度出かけて教科書と参考書を探すと良い。」

 こいつは、頭は良かったからな。俺には理解出来かねるけど、姉貴は真剣に聞いている。

 

 「測量をする人は御后様に頼んであります。狩猟期が終れば陶器の窯焚きにクオークさん達がやって来るんで、多分その中に入っている筈です。」

 「人が来れば直ぐに始める。場所を確保しておいてくれ。俺達は天文台にいるが、道はまだ作っていない。連絡はここの庭から爆裂球を空に投げてくれれば良い。同じリオン湖の辺だ。十分聞えると思う。」

 そう言って、ユング達は帰って行った。


 相変わらず、自分達の都合で動いているな。こっちの生活リズムをあまり考えてくれない所は昔と変り無いが。信義には厚い奴だ。頼りにはなる。


 「これで、地図作りに目処が立ったわ。やはり、こんな大事業を始めるにはシンボルが必要よね。」

 姉貴の言うシンボルって、天文台の事だよな。確かにグリニッジ天文台は有名だけど…。

               ・

               ・


 それから1週間程過ぎた頃、山荘からお呼びが掛かった。

 夕食を皆で取ろうという事だから、アルトさん達が釣り上げた黒リックを手土産に山荘を訪れると、クオーク夫妻が出迎えてくれた。

 早速リビングに通されたけど、その前に黒リックを調理人に手渡しておく。


 「昼頃村に着きました。10日後には各国の王女達もやって来るでしょう。その前に陶器作りの手筈を整えるつもりです。

 そして、今宵来て頂いたのは…。」

 「バビロンの話ですね。夕食後にお話します。楽しみにしていてください。」

 俺の言葉にクオークさんは目を輝かして頷いた。


 扉が開き、御后様と3人の男が入って来た。30前位の聡明さを感じさせる男達だ。

 早速リビングの大テーブルの席に着く。

 「婿殿、来てくれたか。…例の地図作りを行なう為に呼んだ者達じゃ。右から、エリル、ストーン、そしてジョシアと言う。貴族の次男、三男じゃから親の後は継げぬ。じゃが聡明さは我が保証する。こやつ等ならば、測量という技術を物にするに違いない。」


 侍女が食前酒を運んでくる。嬢ちゃん達には勿論ジュースだから、アルトさんが膨れてる。御后様がいるから、文句を言えないところが辛い所だな。

 

 「「「これは?」」」

 運ばれてきた蜂蜜酒の器はグラスだ。初めてみるその透明な輝きにクオークさん達は声も出ない。

 「バビロンでの貰い物じゃ。…婿殿と商人達でこの再現を行なうそうじゃが、形になるのは先の話じゃろう。今はこのような物があるという事で納得するが良い。」

 御后様の言葉では納得するしかない。と皆の顔に出ているぞ。

 不思議そうな顔付で皆がグラスを傾けているのを御后様は満足そうに見ている。


 「ところで、我等3人を呼んだのはアキト様と聞いているのですが、具体的に我等は何をするのでしょうか?」

 「モスレム…いや、連合王国の隅々まで足を運び、杭を打っていただきます。杭の正確な位置、座標と呼びますが、これを記録して紙に記せば正確な地図が出来ます。

 この地図を元にして、連合王国の事業計画を行なう事になります。大規模な建築物、道路、橋、耕作地、運河…。これらの計画と事業費の算出が可能になります。

 また、他国からの侵略を防御する為の城壁、堀等の工事にも役立つでしょう。」


 「ただ杭を打って行けば良いのですか?」

 「3種類の杭を用意しました。測量点の基準に応じて使い分けます。詳細は測量と地図作りの基本を勉強してからになります。明日、その教師を山荘に派遣しますから、彼女達に教えて貰う事になります。」


 果たして、この人達が使えるかどうかは、ユング達に判断して貰おう。

 そして俺達は久しぶりのご馳走を皆で頂く事になった。

               ・

               ・


 夕食が終わり、リビングでは俺達とクオーク夫妻それに御后様が、侍女の入れてくれたお茶を飲んでいた。


 「そろそろ、話してくれませんか。バビロンでの出来事を…。」

 「そうですね。クオークさんには伝えるべきでしょう。」

 

 そう前置きをすると、カリストの港を出ての船旅から再び港に帰還するまでの経緯を、お茶を飲みながら俺は話し始めた。


 「…というような事で俺達の旅は終りました。これがバビロンの入口を開く笛とバビロンの神官と対話した時の記録です。これはクオークさんにお渡しします。将来、バビロンに行く必要が生じた時に使ってください。そして、戯れに行く場所ではありません。大森林地帯と同じように海も危険です。」

 

 クオークさんはその2つの品をジッと見つめていた。

 「驚くばかりですね。…魔法が使えるとはそういう事なんですね。でも、アキトさん達がその歪みを破壊したら、魔法はどうなるんでしょうか?」

 「徐々に廃れて行くと思います。魔法の効果は残るでしょうが、魔法を使えるという因子が少しずつ人から離れていくと俺は考えています。」


 尚もクオークさんは考えている。

 「数百年を経てもあまり変化がなく、遠い将来において大規模な変化があるとなれば、早急に手を打つ必要が無いようにも思えますが…。」

 「それは、違うような気がします。歪みが小さいなら消せるかも知れません。でも大きくなりすぎると消せない可能性があります。そうなったら、ジェイナスは滅びへの道を進むだけになるでしょう。

 魔法が無くなったら、それに変わる物を考えれば良いんです。少しずつそのための学問を発展させれば良いでしょう。」


 難しい問題だろうな。将来に不安はあるが現状での問題は無い。なら無理に破壊する必要は無いという事になる。

 「クオークよ。もし将来、我等の手でその破壊を試みることが生じた場合、対応する事は出来ぬぞ。科学の発展とミズキは言うたが、必要に迫られねば発展は無い。そして直ぐに発展する事は無いのじゃ。」

 「…そうですね。確かにその通りです。しかし、そんな大事な事をアキトさんにお願いするのが、私としては心苦しい限りです。」


 自分達で出来ればと、考えていたようだ。しかし、俺にだってその方法は判らん。その為にエルフの隠れ里に行ってみようとしているんだから…。


 「現在、判っているのはそこまでです。来年の春に俺達はエルフの隠れ里を訪ねる所存です。バビロンの神官はユグドラシルを訪ねよ、と言いました。ユグドラシルにもっとも近い隠れ里ならば、また違った事が判るかも知れません。」

 

 「ジュリーの故郷ですね。私はアキトさん達が羨ましく思います。是非その時の話も帰って来た時に教えてください。」

 「判ってます。大丈夫ですよ。」


 それからは、アン姫の要望に応じて、バビロン付近の海域にいた怪物達の話をアルトさん達が披露してあげた。

 

 夜遅くに自宅に帰り、クオークさんの危惧を反芻はんすうしてみる。

 魔法は突然使う事が出来なくなるので無く、徐々に廃れていくという事になるだろう。

 全ての魔法が無くなる訳ではなく、使える魔法も少しは残るかもしれない。まぁ、上位魔法は全て無くなり、低位魔法のいくつかが残ると考えられる。

 上位魔法は殆どが攻撃魔法だが、【サフロナ】は違う。この医学が殆ど発展していない世界では貴重な内臓疾患さえも完治する魔法だ。

 出来ればこれだけでも残す事は出来ないだろうか…。


 次の日、朝早くにディーに頼んで爆裂球付きの矢をリオン湖の上空に放ってもらった。

 ドォン!っと炸裂した爆裂球に驚いて、水鳥達が一斉に飛び立つ。きっと村の連中も驚いたに違いない。

 そして、その音に驚いて嬢ちゃん達も起きてきたようだ。

 俺とディーがリビングに戻ると、ジロって俺達を睨んでいた。布団の中でまどろんでいた時に、さぞや吃驚したと思うけどね。


 そして、俺達が何時もよりも早い朝食を終える頃、ユング達が訪ねてきた。

 「呼んだという事は、揃ったのか?」

 「あぁ、山荘のクオークさんを訪ねて欲しい。彼が測量士の卵を確保してくれた。」

 「判った。ところで、天文台から東の広場までの道作りもクオーク氏に頼めるか?」

 「大丈夫だと思う。ダメなら御后様に頼むことだ。」


 ユング達はリビングに入らずにそのまま通りに歩いて行った。

 どんな授業をするのかは分からないけど、これで地図作りの計画が1歩進んだ事は確かだ。


 テーブルに戻ると嬢ちゃん達がムスってしている。

 「ユング達は良い暇潰しが出来るが、我等は暇じゃ!」

 アルトさんが俺に訴えるが、俺だって今日は何をするか考えるとこだぞ。

  

 「それなら、これを頼めるかな?」

 姉貴が取り出したのは、この間一生懸命考えながら作っていた例のリストだな。

 姉貴は、その中の頁を数枚千切るとアルトさんに渡した。


 「何じゃ、これは?…鉄の棘が付いた鉄の枠、テーブルが丸ごと入る魔法の袋、これは両肩で背負うバッグじゃな、後は…我等全員の靴下が5枚ずつと水が入らないブーツが全員分??」

 「これって、もしかすると…。」

 「来年の春に、ジュリーさんの故郷に出発します。その時必要な品物で村では手に入らない物を王都で作ってもらいたいの。今からなら雪で閉ざされる前に帰って来れるでしょ。」

 

 「王都じゃな。王宮の工房も暇じゃろう。分かった。ついでにボルトも作ってこよう。ガルパスなら今日中に着くぞ。」

 そう言うと早速王都に出かける準備を始める。

 そして、4人の仕度が整った所で、姉貴が金貨を渡そうとしたら、アルトさんがそれを断わった。

 「サーシャを両親に会わせに行くだけじゃ。旅費は要らぬ。そして工房の職人達の暇潰しをさせるのじゃ。制作費も要らぬ。」


 そう言って扉を開けると全員で笛を吹く。

 しばらくすると、カチャカチャと爪音を立てて4匹のガルパスがやって来た。

 嬢ちゃん達はガルパスに乗ると直ぐに出かけて行ったぞ。まるで、ちょっとお使いに行くみたいに見えるけど、歩けば4日以上掛かる距離なんだよな。

 

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