#276 ジュリーさんの故郷
「俺はケイロス殿の後釜を狙うつもりだ。王都に戻ったら直ぐにトリスタン殿に直訴して…。」
北門の広場の活況を見に来たついでに、ダリオンさんのご機嫌伺いをしたら、捕まってしまった。
広場の端に設えた休憩用のテーブルに2人で座ると、延々とダリオンさんの愚痴を聞かされている。
まぁ、それでも御后様への恨み言を言わないだけ大した者だと俺は思うぞ。
差し入れに持って来た、みたらし団子はシャロンさん達に渡して、ダリオンさんには黒リックの串焼きとザラメ焼きだ。お茶売りを呼び止めてお茶を買い、それを飲んでいる振りをしながら、ダリオンさんはもう1つの俺の差しいれである、小さな水筒に入れた蜂蜜酒を飲んでいる。
「年に1度ですから大目に見てあげましょうよ。ダリオンさんが20日あの席でジッとしていれば済む事です。」
「確かにそうなのだが、1つ問題がある。…あの席にいると血が騒ぐのだ。獲物を倒して得意げなハンターとその獲物を見るとだな。俺なら…、と考えてしまう。そうなると直ぐにでも投槍を掴んで北門を抜け出したくなるのだ。」
遠くに見えるシャロンさんの姿を気にしながら、チビチビと酒を味わっているダリオンさんが話てくれた。
根っからの武人だからね。その気持ちは判らなくも無い。
「今年は昨年同様、高レベルのハンターはあまりおらず、ハンターの数も例年に無く少ないと聞いています。獲物はそれなりに狩れているのでしょうか?」
「それは、心配ないようだ。それに今年は、カルキュルやラッピナまでもが獲物として持ち込まれているから、商人達の評判も良い。とシャロンが言っていたぞ。」
「リザル族はどうですか?」
「あれ程の狩りの腕なら、兵士に成らないのがおかしな位だ。今の所、筆頭だな。」
ダリオンさんもサーシャちゃんと同じようにリザル族を見ているな。
それを考えると、御后様が彼等に託した国境周辺の監視は最適な人選だった訳だ。
「1つどうしても判らぬのだが?…サーシャ様達はリスティンをどうやって仕留めているのだ。仕留めた獲物は全て心臓を一突きで倒している。商人達も不思議がっておったが、背や横腹に傷の無い毛皮はそれだけで値を上げていた。」
確かに不思議がるよな。姉貴や御后様も感心してたしね。
「こんな道具を作って投げるんですよ。相手の足を目掛けてね。そうすると紐が獲物の足に絡むので転倒します。そこを投槍で心臓を刺すと去年聞きました。」
俺の話をダリオンサンは興味深く聞いていた。
「発案がミーアで狩りへの応用がサーシャ様という訳か。何時までも子供と思っていたが…。」
そう言って、北のアクトラス山脈を見る。
今頃はサーシャちゃん達も頑張ってるんだろうな。
「では、俺は戻ります。もう半分過ぎたんですから、もうちょとダリオンさんも頑張ってください。」
「あぁ、アキトもな。」
そう告げて、席を立つと俺達はそれぞれ歩き出した。
屋台に戻る前に、掲示板を見に櫓の下に立ち寄る。
昨年から始めた狩の獲物のセリで得た金額がチーム毎に書き込まれていた。順位で張り出されているから、下位のチームはちょっと肩身が狭いな。
北の目と西の目と言うのは多分リザル族だな。堂々の1、2位だ。サーシャちゃんはジェイナス防衛軍だけど、あれって今は正規軍の名前になってるぞ。
「サーシャ様達は、上から4番目ですよ。」
どれどれ、ミルガルド…。14,250L。ミルガルドってミッドガルドの事か?となればユグドラシルに繋がる話となるはずだ。
「ジュリーさんですね。このチームの名を教えてあげたのは。」
「私の里の昔話を、サーシャ様が小さい頃にしてあげたのを覚えていたみたいですね。…でも、何故アキト様はこの名前で私を連想したんですか?」
「ユグドラシル、ミッドガルド…。多分バルハラとかバルキューレの話もあるのでしょう。そして、ラグナ…。」
「その名はみだりに口にしてはいけません。…でもその通りです。やはり、1度里にお連れする事になりそうです。…今夜お邪魔致します。」
ジュリーさんは俺の話を途中で遮って、それだけ話すと雑踏の中に消えていった。
俺も、急いで戻らないといけないのを忘れてた。
通りの人込みを掻き分けて俺達の屋台に帰ると、近衛兵とスロット達が屋台を切り盛りしている。という事は…、休憩所を見ると、派手な格好をした娘達に混じって姉貴達が一休みしていた。
「遅い!…皆あれから頑張ったのよ。」
姉貴の叱責に肩を窄めていると御后様が口を開いた。
「まぁまぁ、…大方ダリオンの愚痴を聞いていたのであろう。ダリオンの不満の捌け口と思って大目に見てやることじゃ。」
やはり、御后様はダリオンさんの事が良く判っているようだ。
それでも、今期は人が足りないんだからと、渋々シャロンさんの隣に座らせたのだろう。
御后様の執り成しもあって、またワイワイガヤガヤと休憩所の中がうるさくなったぞ。
俺はそんな人達を掻き分けて姉貴の傍に行く。
「姉さん。ジュリーさんが今夜来るって!」
小さな声で耳打ちすると、姉貴はしっかりと頷いた。そして、アルトさんと楽しげに話をしているジュリーさんをジッと見た。
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その夜。夕食が終ってテーブルでくつろいでいると、ジュリーさんがやって来た。
早速テーブルに案内すると、ディーが俺達にお茶を出してくれる。
「…多分お二方には私が来訪した目的はご存知だと思います。」
「ジュリーさんの里。…エルフの隠れ里についてですね。そして私達がそこを訪ねる許しが得られたと考えて良いのでしょうか?」
ジュリーさんは俺達をジっと見ていたが、やがて深々と頷いた。
「待て、ジュリーよ。里を訪ねる事が出来る者は何人じゃ?」
「10人以内なら良いと仰せつかっています。」
となれば、俺達全員が行けるな。問題はその隠れ里までの距離だ。
「遠いんでしょうね…。何時出かけられますか。私達だけで行けるものなのでしょうか?」
「隠れ里は遥かな北の大地。…冬では無理です。村の雪解けを待って出かけるのが良いと思います。これが地図の写しです。そして、ユグドラシルと呼ばれる地方の東200万M(300km)の地にあります。」
地図と言うより詩だな。簡単な絵とそこに数行の文字が描かれている。
こんなんで辿り着けるのか?と疑いたくなる。
「隠れ里は大きな洞窟の奥にあります。洞窟の周囲は夏でも日差しの差さない場所は氷が融けません。寒冷の地ですから、装備は十分になさってください。」
「洞窟の目印になるような判りやすいものは無いんでしょうか?」
「ここに記述があります。赤いオーロラと…。」
「確認しました。ジェイナスで赤いオーロラの発生する場所は一箇所だけです。通常のオーロラと異なりピラー状に空に聳え立っています。」
「座標は?」
「問題ありません。GPS機能で100mの誤差で特定できます。」
「今の会話は?」
「バビロンのコロニーに行ってみたんです。そこの神官から色々と教わって…。現在の場所を正確に知ることが出来るようになりました。目的地が特定できる何かがあればそこまでの距離と方位を知る事が出来ます。」
ジュリーさんは俺達をまたジッと見る。
「ユグドラシルについて何か分かった?」
「1つだけ…、将来的な話ですが、ジェイナスを破壊する可能性があるものがユグドラシルの近くにあると。それを破壊する為に、ユグドラシルに向かえとバビロンの神官に言われてきました。」
「バビロンにはまだ人々がいたのね。…だったらユグドラシルにも…。」
「それは行ってみないと分かりません。バビロンの神官はディーのように動く事はできません。バビロン自体が神官なのです。ですから、人と言えるかどうか…。」
姉貴が溜息をつきながらジュリーさんに応えた。
「私は、隠れ里に行く事ができません。まだ小さい頃に、リムちゃんより小さい頃に里を大勢の大人達と後にしました。
何故、私達が里を離れたのかを親に尋ねることはしませんでした。そして、私達は人々の中に拡散したのです。もう、知りたくてもそれを教えてくれるエルフはおりません。」
単なる仲違いなのか、それとも食料を巡る争いを避けたのか、それは定かではない。
俺としては、後者が一番可能性としては高いと思う。
これだけエルフの血を受け継ぐ者が多いという事は、隠れ里からの旅は何度もあったんだろう。その理由が、今になってジュリーさんは知りたいんだろう。
「ところで、ここからどの位離れてるんだい?」
「約1,500kmです。直線距離ですから、実質は2倍以上になるはずです。」
約4ヶ月の道程だな。4月の残雪の中を出発して、大雪になる12月前に戻るには隠れ里の滞在は1週間程に切り詰める必要があるだろう。
嬢ちゃん達を置いていく案もあるが、承知しないだろうな。絶対付いて来るぞ。
「ジュリーさん。俺達は隠れ里に行って、里の長老に会う事は出来るんでしょうか?」
「魔石による通信では、歓迎すると言っております。貴方達を長老が知りたがっているようです。」
「なら、問題はありません。私達は4月1日に出発します。」
「無事に帰還される事をお祈りします。最後の隠れ里との通信用魔石を使ってしまいましたから、こちらからは里に伝える事は出来ません。どうぞ、ご無事で…。」
そう言ってジュリーさんは山荘に帰って行った。
往復いったい何千kmの旅になるんだろう。そんな事を考えていると、姉貴がノートと鉛筆を持ち出した。早速何か書き始めている。
「何を始めたの?」
「持ち物リストを作らなくちゃ。…とんでもなく長い旅よ。途中に村なんか無いような気がするの。」
ジュリーさんの残した地図を見てみると、長い旅の道筋になる町や村は確かに無い。
となれば、どれだけの食料を詰め込んで行くんだ。それだけでも俺の気は重くなった。
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20日の狩猟期が終わり、ハンターと商人達は帰って行った。
リザル族は5日程、山荘の兵舎に滞在して、食料品を大量に買い入れて彼等の集落に帰った。
魔法の袋を16個も買い入れてそれに入るだけの食料を手にした彼等の表情は明るい。その上、余った銀貨で自分達の装備も整えていたから、来年も来てくれるだろう。
北門で見送る俺達に何度も振り返りながら手を振って彼等は森への小道を歩いて行った。
「どうじゃ。戦はせぬが勇猛な男達よのう…。」
「流石じゃ、最後の灰色ガトルには皆驚いておったのじゃ。」
そんな彼等を褒め称えながら山荘に御后様を送って行くと、数人のハンターが俺達を待っていた。
「世話になったな。魚醤でうどんが出来る事が分かったし、うどんの作り方も何とか物に出来た。
王都の外れに店を構えられそうだ。王都に来た時には是非寄ってくれ!」
俺の肩を大きな手でガシっと掴むとそう言って、俺達に頭を下げて通りに出て行く。
「これで王都でもうどんが食べられるの。あれは癖になる。」
そんな事を御后様が言うと、うんうんと頷いているのは嬢ちゃん達だな。
「そういえば、リザル族に大量の砂糖を持たせたようじゃが、あれは何に使うのじゃ?」
「あれで、ジャムを作ってもらうの。リザルの戦士が干したコケモモを持って来てくれたでしょ。あれで作るのよ。パンに塗ると美味しいんだから。」
そんな事を言うから全員の顔が姉貴を見たぞ。
多分、明日の昼食には全員集まるような気がするな。
そして次の日。俺が作ったコケモモのジャムは全員の賞賛を受けた。
「これは良いのう。これが来年には食べられるのじゃな。」
「はい。本当は取って来て直ぐに作るんです。これよりもっと美味しいと思いますよ。」
来年の屋台でこのジャムを売れば飛ぶように売れるだろう。
そうなれば、更にリザル族の暮らしは良くなるだろう。