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#273 狩猟期の始まり

 


 能天気に朝から良く晴れている。この世界に天気予報は無いけど、新しい屋台を昨日届けてくれたユリシーさんは、ずっと良い天気じゃろう。と言っていた。

 そんな訳で俺達は屋台の最終調整と売り物の準備に朝からてんてこ舞いの状態だ。大体、屋台5台は多すぎるんじゃないか?そんな気がしてきたぞ。


 「サレパル屋台の準備完了です。焼き団子屋台も後少しで終ります。」

 「じゃぁ、表通りに並べてください。この配置でお願いします。」

 俺がバッグから取り出した今期の屋台配置図を全員が眺める。


 「なるほど。了解です。…テーブルとベンチもこの通りに運んじゃいますよ!」

 そう言って手際良く次々とテーブルや屋台、ベンチを運び始めた。臨時に拵えたカマドの大鍋ももう直ぐお湯が沸騰しそうだ。

 その隣のテーブルを見ると、新しいハンターが一生懸命麺棒で生地を伸ばしている。

 人数は多いんだけど、屋台の種類が多いから意外と面倒なんだが、どうにか、間に合ったようだ。

 「ちょと通りを見てくるよ。」

 そう、屋台仲間に告げて林の小道を歩き出した。

 

 壮観な眺めだ。何時の間にかこんなに屋台が増えている。3年目にもなると荷車の数より屋台の数が遥かに多いし、荷車も簡単な屋根を作ったりして屋台モドキに改造しているようだ。確かに、小間物や、薬草を扱う小商人なら屋台にこだわる必要は無い。

 それでも同じように作ろうとするのは、統一性を求める人間のさがなんだろうか。

 そんな事を考えながらも、両隣と向かいの屋台には挨拶をしておく。これから20日間の商売を始めるわけだから、仲違いなんかしたら面白くない。

 

 「あなたがアキトさんですか。この屋台を初めて作ったと聞きました。こちらこそよろしくお願いします。」

 そんな挨拶を返してくれた小商人はジャガイモに似たメイクを蒸かして売るらしい。バターがあればこれも人気が出そうな気がするぞ。

 一通り挨拶が済んで俺達の屋台を見ると、何じゃこりゃ?って言うような看板が新たに付いていた。

 『モスレムいちのおいしいサレパル』、『元祖うどん1号店』これは前の通りだけど、うどんの屋台には『元祖うどん2号店、王都にて近日開店』と張り紙がある。グルトさん達、やるなぁ。これって暖簾分けになるのかな?まぁ、これ位は良いだろう。

 問題はその後だ。『1本でも焼き団子』って俺は意味が理解出来ないぞ。『甘い海のザラメ焼き』は、海を知らない人が見たら、海水が甘いと誤解されそうだ。そして最後のが『貴方もイチコロ美味しいバブー!』…食べたら最後って読めるぞ。こんな看板出して大丈夫なのか?


 途方に暮れて看板を見ていた俺の肩を誰かが叩く。誰?と振り向いた先にはアンドレイさん達がいた。新たに2人の若いハンターを加えて5人で狩猟期に望むらしい。


 「そんな暗い顔をして何を見てる?」

 「この看板ですよ。良く理解出来ないです。」

 ん~っとアンドレイさんが看板を見上げる。

 

 「俺には問題ないと思うがな。…少なくとも何を売っているのかは理解できる。」

 そんなんでいいの?と言いたくなるような回答だった。

 「ザラメは見たことはあるが食べた事は無い。バブーはアトレイムの西に広がる草原地帯の民が食べるご馳走だ。狩猟期に来れば各国の食い物が食べられると知れば近隣の領民も訪れるだろう。まぁ、頑張れよ。」

 

 そんな事を俺に言って、通りを北の広場に向かって歩いて行った。

 ちょっと面白い事を考え付いた。アンドレイさんの話じゃないが、各国の名物料理を屋台にするのも面白いかも知れない。これは来年の狩猟期の楽しみにしておこう。


 休憩所のベンチに座って一服していると、シャロンさんとルーミーちゃんが数人の村人を従えて俺の前を通った。

 「「おはようございます。」」の声に、俺も返事をする。

 シャロンさんがルーミーちゃんに2,3話をするとルーミーちゃんは村人と共に先を急いだ。


 「2人だけで心細かったんですが、御后様が立会人を用意してくれました。狩猟期の間はずっといてくれるんです。」

 そんな奇特な人が思い浮かばない。しいて言えばクオークさんだが、1日で飽きてしまうだろう。

 「ダリオンさんです。あの人なら強そうですし、私達も安心です。」


 気の毒に…。同情が先に出た。はたから見れば確かに適任だが、本人にとっては苦痛以外の何ものでもないぞ。それでも御后様の命令なら近衛兵の隊長であるダリオンさんは従うしかないだろう。ちょっと可哀想だから後で何か差し入れてあげよう。


 「ここにいましたか。大体の所は終了しました。皆集まっていますから来て下さい。」

 近衛兵の1人が俺を呼びに来た。

 早速戻ると、うどんを茹でる大鍋の前に皆が集まっている。

 「まだ、人は余り出ていないが、屋台は準備が出来ているようだ。今年も昨年を上回る売り上げを期待したい。…では早速、腹拵えだ。」

 ハンターの1人がグラグラと煮え立つ鍋にうどんを入れた笊を入れた。

 去年同様に、釜揚げうどんを皆で食べて気勢を上げる。


 そして、裏方の調理人を残して屋台に陣取った。

 今年はザラメ焼きを担当する事にした。うどんは折角2号店を出そうとしているグルトさん達にお願いする。

 焼き団子は特製のタレを後付け出来るように深皿を用意した。魚醤と蜂蜜それにメイクから取った澱粉で作り上げたのがみたらし団子のタレだ。魚醤と蜂蜜で焼き上げた団子と併せて売るつもりなんだが…、果たしてどちらが沢山売れるかな?黒リックの串焼きも一緒に火鉢の周りに差しておく。この屋台は新しく仲間になったハンターのメクトスさんにお願いする。

 俺も、タレに浸したザラメを火鉢の焼き網の上に乗せて焼き始める。とりあえずは数匹で良いだろう。串に刺してあるからたまに串を持って裏返す。


 「どうじゃ、婿殿今年の衣装は?」

 そう言って俺の前に現れた御后様は…ヘソ出しパンツに短いベスト。その下には何を着てるんだ!って言いたくなるぞ。足は膝までのブーツだけど頭にはバンダナ巻いてる姿はリトルインディアン。嬢ちゃん達が着れば可愛いかも知れないけど、御后様とイゾルデさんは止めといた方が良いと俺は思うぞ。

 そして、その後から現れたブリューさん達新参の姿を見て、遂に俺の鼻はブシューって血を流しそうになった。少しは出たかも…

 何と、ベリーダンスのあの衣装で現れた。幾らなんでも…。アトレイム王に言いつけたい気分だ。

 「海の向こうのダンスの衣装なんですよ。今度見せてあげますね。」

 いや、そんなダンスを見たら姉貴に何と言われるか…。


 「ちょっとアトレイムの娘に驚かされたが、な~に、来年は我らの勝ちじゃ。」

 これって勝負なのか?

 そんな事を考えていると、ディーがインディアンルックで通りに現れる。ディーはおへそが無いから姉貴のTシャツを下に着ている。

 「マスター。出かけてきます。」

そう俺に告げると広場の方に歩いて行った。


 「さて、我等も始めるぞ。」

 御后様の合図でサレパルとバブーの屋台に分かれて仕度を始めた。御后様が早速にサレパルを焼き始める。

 ブリューさん達が連れてきた娘さんは見たことがある。しばらく考えてようやく思い出すことが出来た。確か御用商人の娘さん達だ。

 強制的に連れ出されたか、それとも自分から参加したのか判断に迷う所だが、意外に手馴れた手付きで屋台の仕度を始めた。

 どうやらバブーとはケバブらしい。羊の串焼き肉って感じだな。それを薄いパンに挟んで食べるらしい。

 

 少しずつ、屋台に客が集まってくる。今の時間だとハンターだな。結構若い連中が多そうだ。皆無事に狩猟期が終えられれば良いと思う。

 「おい。これは何だ?」

 若いハンターが俺に焼いたザラメを聞いてきた。

 「ザラメという海の生物だ。食べてみるか?」

 試供品の皿を取って彼の前に置く。小さな切り身を1つ掴むと、しばらくジッと見ていた。次に匂いを嗅いでいる。そしておもむろに口に放り込んだ。

 しばらく、噛んでいたがやがてゴクリと飲み込んだ。

 「不思議な食感だな…。3枚貰おう。」

 早速の客だ。直ぐに紙に3枚のザラメを入れて彼に渡して代金を貰う。1枚3Lにしたが、彼は文句も言わずに去っていった。

 直ぐに次の客が俺の前に並ぶ。

 

 意外と初めての食べ物を敬遠する者は多い。だが、試食して美味いと分かれば直ぐに手が出るものだ。そういう意味では最初の客には少しおまけしてあげても良かったのかもしれない。

 たちまち焼き貯めしておいたザラメまでもが売り切れる。仕度中の札を出して次のザラメを焼き始めた。

 スロット達に後を頼んで、休憩に入ろうとしていると、山荘の小道からリザルのハンターが現れた。

 鱗に覆われた筋肉質の体が革の服を通しても感じられる。3本の投槍持ち、石斧を腰のベルトに挟んだ姿は勇ましく見える。絵描きがいたら直ぐにその姿を描きそうだ。

 俺に片手を上げて通りを歩いて行った。


 カチャカチャという聞き慣れた音はサーシャちゃん達だな。

 ミケランさん達を休憩所に残すと、サーシャちゃん1人で北門広場にシルバーを進めて行った。

 「受付を済ませると言っていたにゃ。ここで待たせて貰うにゃ。」

 「ところで今年はどこを狙うんですか?」

 「サーシャ様に任せてあるにゃ。大丈夫、無茶は無しにゃ。」

 

 ミクとミトもいるしね。リムちゃんだってまだ赤の7つだ。ミケランさんは黒5つでミーアちゃんの銀1つやサーシャちゃんの黒8つよりはランクが下だけど豊富な経験を持っている。

 そういえば、狩猟期の前に久しぶりに俺達のランクを調べて貰った。俺と姉貴が銀5つ、アルトさんは銀4つでこれ以上は上がる事が無い。ディーは銀相当ってやつだな。

 銀5つが世に出るのはここしばらくは無かったらしい。「凄いです!」ってシャロンさんが驚いてた。


 「受付を終えたのじゃ。今年は少し少ない気がしたぞ。」

 そう言いながらサーシャちゃんが帰ってきた。

 早速、俺達の屋台の品を購入していく。そして、休憩所を占領して戦利品を食べ始めた。しっかりとサパレルを人数分ミケランさんがバッグに詰め込んでいる。

 ミーアちゃんは対面の屋台に気が付いて、蒸かしたメイクを買い込んでる。多分スープに使うんだろうな。

 前回はうどんを食べてたが、今回はバブーとみたらし団子を皆は食べてるぞ。

 「ザラメはまだ出来ぬのか?」

 「もうちょっと待ってくれないかな。人数分だろ。」

 リムちゃんが俺に頷いた。

 食事が終る頃にリムちゃんに袋に入れたザラメを渡した。

 

 俺達に手を振りながらガルパスで北門に進む彼女達に皆で手を振って激励する。

 そして、空高くドドォン!!っと爆裂球の炸裂音が鳴り響くと、大勢の足音が遠ざかるのがここまで聞えてきた。


 通りで屋台を開いている者達は通りに出てその足音を聞いた。始まった…。皆がそう思ったに違いないと俺は思う。

 そして、北の広場からディーが帰ってきた。

 「遅くなりました。全てのハンターが北を目指して走って行きました。先頭はサーシャ様達です。その後をリザルの戦士達が同じ位の速度で後を追い駆けていました。後のハンターは団子状態です。」


 「ご苦労様。とりあえず一休みが出来るよ。…皆も交代で一休みだ。昼近くなると俺達の方がハンターより忙しいぞ!」

 俺達は半分ずつ休む事にした。商売物を皿に盛ると休憩所に持ち込んで食べ始める。

 ディーが気を利かせて俺達にお茶を入れてくれた。


 周りの屋台からも店主達が休憩所に集まってくる。今年はテーブルを3つ用意してあるから、20人位は十分に座る事が出来る。


 「どうだい商売の方は?」

 「アトレイムの南はもう誰もいないよ。あれ程粒金で賑わったのが嘘のようだ。」

 「儲けた者も大勢いたと聞いたぞ。」

 「確かに金は取れたみたいだ。1月程で帰った者がそれだな。3年程は遊んで暮らせる金を手にしたようだ。だが…、そこで帰らなかったのは、死んだかもしくは死んだ方がマシな体になったと聞いたぞ。」


 「この国から大勢の貴族が粒金を取りにその土地に行ったと聞いたが…。」

 「ハンターと私兵に守られながら、いまだに採取を続けているようだ。

 そんな所から逃げ帰ったハンターに聞いた話だと、今でも金は取れるらしい。だが、サンドワームの群れが至る所にいるそうだ。そして、水が一切無い。

 まるで、地獄のようだと言っていたよ。」


 「でも、サンドワームは水辺には来ない筈だ。渚を進めば良いのでは?」

 「それを試した貴族は帰ってこなかったそうだ。理由は判らねぇ…」


 小商人達の話が漏れ聞えてくる。 

 モスレムを出て行った貴族は、かなり悲惨な目にあっているようだな。もっとも、荒地の開拓に力を入れているんだったらそれ程悲惨な目に合わなかったかも知れないが…。

 「やはり、あ奴等は金を取りに出かけおったか…。欲に目が眩んだ者達の末路じゃな。」

 「その内諦めて帰ってくるでしょう。」

 「それは出来ぬ。国王との約定がある。彼等はかの地の開墾を請け負った。それが出来ぬなら、帰れる訳が無い。他の国なら平民として受け容れてくれる可能性はあるが、それは彼等の誇りが許さぬじゃろう。自分が貴族だと言っている内はどこの国も受け容れぬ。」


 無理ならさっさと諦めて遠くに逃げる手はあったかも知れない。

 だが、あの荒野の粒金が彼等を狂わせたのかもしれない。去るには惜しい。もう少し、もう少しと西の荒地を進んで行ったに違いない。

 まるで1度踏み入れたら逃れる事の出来ない、蟻地獄のような場所だったのだ。

 

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