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#271 屋台を巡る人々

 


 ユング達は3日で帰って来た。

 昼夜歩き通したとは恐れ入る身体機能だと思う。有機体でないから筋肉運動による疲労物質の蓄積が無いのは分るけど、知らない人が見たら変に思われるぞ。

 家のテーブルでディーの入れてくれたお茶を飲みながら報告を御后様を交えて聞いている。

 嬢ちゃん達は朝早く、作戦会議だ。と言ってセリウスさんの家に出かけてしまった。


 「…で、リザル族長は何と?」

 「参加を表明しました。4人のチームを2組、送るそうです。」

 

 ユングに首尾を問うた御后様は、その返事を聞くとホッとした顔つきになった。さっきまではちょっときつめだったからな。リムちゃんには決して見せない顔だった。

 

 「そして、これを見てください。」

 そう言ってバッグの中から取り出したものは、何かの実を乾燥させたものだった。

 「何じゃ。これは?…何かの実のようじゃが。」

 姉貴が小さな実を一個手にとって、口に入れた。途端にすっぱそうな顔になったけどね。

 「これって、コケモモ?」

 

 ユングが頷いた。

 「そうだ。リザル族の森で沢山取れると聞いた。…彼等はこれを冬越しの食料として天日干しで保存食にしているけど、これ自体の栄養価は低い。」

 「ジャムならいけそうだけどね。」

 コケモモは秋に取れるはずだ。ここでも村人が取っているけど、それ程量が取れないから市場に出る事はない。食卓をちょっと彩る程度だ。


 「俺も、それを考えた。だが、リザル族には砂糖が無い。砂糖があれば、ジャムを作って市場に出す事ができる。その利益で冬越しの穀物を買えば、子供達が飢えずに済むはずだ。

 この村で行う狩猟期には御用商人が訪れると聞いた。彼等から砂糖を購入する事は出来ないだろうか?」


 「我が手配しよう。値段は交渉じゃが、それ程大量に必要とせぬはず。場合によっては非関税とする事で値段を下げる事も可能じゃ。」

 「それは彼等に特権を与える事になりませんか?同じ領民であれば彼等もそのような行為は望まないと思いますが?」

 御后様の関税撤廃を聞いて姉貴が問うた。

 「なに、リザル族全体を屯田兵と位置付ければ良い。彼等も畑は作るじゃろう。そして、北と西の監視を継続しておるのだ。」

 リザル族は戦争を忌避して自ら戦う事はないが、監視兵としては十分な働きをするという事だな。そして森に暮らす彼等も種族の衰退を食い止める為には食料の継続的な確保を図るために何れは畑作を始める。そういう意味では屯田兵と言えそうだ。


 「それでは、俺達は美月さんの依頼に取り掛かる。…だが俺としては、測量基準の原点となる最初の基準点は、それなりのメジャーな場所に置きたいんだが…。」

 「ユングの考えた候補地は?」

 「東門の広場の中心。または南門の広場の中心だ。」

 俺の問いにユングが即答したところを見ると、それに応じて天文台の候補地を見つけているという事だな。


 「東門の広場が良かろう。北と南はそれぞれ村の規模を大きくする事で現在の広場を他の用途で使うやも知れぬ。東は急峻な山裾じゃ。開発するには多大な労力を必要とするじゃろう。」

 御后様の言葉にユングが頷く。


 「その通りです。そして、そこを基準点とすればリオン湖の東の岩場地帯に天文台を築けます。…早速取り掛かりたいのですが、資金はどのように用意していただけますか?」

 「私の我が侭ですから、私が出します。とりあえず金貨10枚をお渡しします。」

 「天文台と測量原点の設置なら、銀貨10枚もあれば十分だ。…但し、内装は範囲外だぞ。それと、リオン湖周辺から建設用の石と木材を切り出す事も了承して欲しい。あぁ、そうだ。ドームはユリシーさんに頼む事にするから、その支払いは明人で良いな。」

 何か、俺の支払いの方が高いような気がするけど、ユングに頷いた。


 俺が頷いたのを確認してユングとフラウは家を出て行った。

 「屋台を手伝って貰おうと思ったのに残念じゃ。」

 御后様はパイプを咥えてそう言ったけど、元々外交的な奴じゃないから無理だと思うぞ。それにあの衣装を着ろ。何て言ったら、この村を破壊する位の事はやりそうだ。


 「彼等には出来る範囲での助力に留めるべきです。元々内向的なところがありますから、外に出るのを好みません。」

 「それでは仕方が無いのう…。で、婿殿。今年も屋台を増やすのかの?」

 何で御后様が知ってるんだ?

 「えぇ…。1台の製作をユリシーさんに頼みました。」

 「サレパルとウドンそれに焼き団子。追加の屋台は何を出すのじゃ?」

 

 「イカ焼きを出します。」

 きっぱりと答えた俺に姉貴が拍手をしてくれた。

 「ヤッター!…イカ焼きが食べられる!!」

 姉貴は大喜びだけど、御后様は怪訝そうな顔をしているぞ。

 「初めて聞く名じゃが、美味しいのか?…ミズキは大喜びじゃが。」

 「美味しいです!そしてお祭りといったらイカ焼きです。」

 姉貴が不思議そうに呟いた御后様に力説している。


 「アトレイムの別荘近くの漁村で見つけました。殆ど二束三文の価値だと言ってましたから、売れる事が分れば彼等も暮らしが良くなります。ギルド経由で頼みましたから狩猟期には十分間に合うと思いますよ。」

 「アトレイムと流通が行われるか…それも良かろう。」

 「それに、御后様も似た物は食べた事があります。」

 姉貴もうんうんと頷いている。

 「前に炙って食べたでしょ。…ザナドウに似た食感なんです。」

 

 姉貴の言葉に御后様は驚いたようだ。

 「あれが、庶民でも食せるのか?…あれは美味い。なるほど、婿殿は商売が巧みよのう…。」

 今の言葉はほめ言葉なんだろうな…。とりあえず微笑みで誤魔化しておく。


 「しかし、狩猟期の屋台の出し物が増えてくるのは嬉しい限りじゃ。昨年も各国の御用商人が来ておったが、王都でこのような祭りが出来ない物かと話しておったぞ。」

 「モスレムに祭りは無いんですか?」

 「祭事はあるが、王宮のみ、或いは神殿のみで行われる。狩猟期のような自由な人の集まりは無いといって良いのう…。」

 「それも寂しいですね。連合王国が形になった時は、その日を記念して実施すればどうでしょうか?」

 「先の話じゃが、それも良いのう…トリスタンに会う機会にそれも話してみようぞ。」

                ・

                ・


 その夜。夕食後のお茶の時間にサーシャちゃんに今年の狩りについて聞いてみた。

 「今年は手堅く、リスティンを狩るのじゃ。去年はイネガルの群れをあらかじめ見つけられたが、今年はまだ見つけておらぬ。」

 手堅くというのはちょっとおかしい表現に思うのだが、サーシャちゃん達だとそうなるのかな。


 「今年はとんでもない隠し玉が出るみたいだから頑張るんだよ。」

 「む…誰じゃ?…アキト達が出ねば優勝は我等のものじゃろう?」

 聞き捨てならぬと言うように、ブンっと勢い良く俺を見た。昨年は僅差でアンドレイさん達のチームに負けたのをすっかり忘れてるみたいだ。


 「リザル族が2チーム参加するの。」

 姉貴が頑張ってねって顔で言ってる。

 「リザル族の勇猛さはアルト姉より聞き及んでおる。うむ、不足無い相手じゃ。」

 ミーアちゃんとリムちゃんもうんうんと頷いてる。

 多分明日からまた皆で作戦会議なんだろうな。俺もそろそろ準備を始めようかな。

                ・

                ・


 数日後、何時ものようにギルドに出かける。

 シャロンさんに「しばらくの間、用心棒代わりにギルドにいてください。」って、お願いされてるから、これも村の為だと信じよう。

 依頼掲示板を覗いて、期限切れ間近の物が無い事を確認すると、テーブルで何時ものようにノートを取り出して今後の計画を練る。

 

 「おっ、いたいた!…アキト。しばらくだな。」

 ドカっと俺の対面に腰を下したのはアンドレイさん達3人だ。

 

 「お久しぶりです。今年も家の連中が出ますから、よろしくお願いします。」

 「去年はもう少しでやられる所だった。あんな狩りの仕方もあるんだな。と感心したよ。そして、その毛皮も痛みが無いから高く取引されていた。」

 隣に座った2人も頷いている。

 ひょっとして、あの狩りをマネるのかな。俺は止めといた方が良いと思うけど…。


 「アキトを知ってるよしみで頼みがある。昨年は3人だったが、今年は5人を何とか面倒見てくれないだろうか?」

 「面倒って…、屋台ですか?」


 「そうだ。昨年の3人が今期の狩猟期の屋台の状況を見てハンターを廃業する事にしたいと言っていた。残りの2人は予備軍だな。やはり同じような事を考えている。」

 「実は今年屋台を1台増やすんです。都合4台になりますから、俺としてもありがたい話ですが、その人達は何時来てくれるんでしょうか?」


 「狩猟期の3日前には来ると言っていた。…ところで、セリウスがギルド長を辞めたというのは本当か?」

 「長期休業ってところですね。王都で軍を鍛えてますよ。セリウスさんがいない間はシャロンさんがギルド長です。」

 「なるほど、そしてお前が用心棒な訳だ。」

 そう言ってアンドレイさんは笑い声を上げる。

 

 「でも、良く来てくださいました。今年はハンターが何処でも手一杯なんで、狩猟期にハンターが集まらないのでは?と心配していたんです。」

 「な~に、俺達にも楽しみがあったって良い筈だ。この祭りは俺達の楽しみの1つだから、外す訳には行かないのさ。」

 

 「今年の狩猟期は意外な人達が参加しますよ。」

 「まさか、カラメル族じゃないだろうな?あいつ等の能力はダリオン以上だぞ。」

 「それも、面白そうですが、リザル族ですよ。」

 

 アンドレイさんが俺をジッと見詰める。

 「本当だな?…石槍でグライザムを倒すというのが本当なら、それを見るだけで価値がある。その話が本当なら、来年の狩猟期はくじ引きで参加者を選ぶ程にハンターが集まるぞ。」

 3人とも一気に闘争心が上がるのが分る。

 リザル族の狩りの腕って本当なのかな?意外と噂が先行しているだけかも知れないぞ。

 「それでは、5人を頼んだぞ。」

 そう俺に告げると3人はギルドを出て行った。


 夕方になって、家に帰ると御后様とイゾルデさんが来訪していた。

 「おや、婿殿遅かったのう。お邪魔しておるぞ。」

 御后様については何時もの事だ。この家を自分の家と勘違いしてるんじゃないかと思う時もある。

 ここに、イゾルデさんがいるという事は…。

 

 「今年の新作は出来たのですか?」

 「あら、良く気がついたわね。今年もバッチリ皆の注目は私達のものよ!」

 

 そう言った後で、大きな胸を張り、ほほほ…と笑う姿はサーシャちゃんには見せられないぞ。

 「今年も、廃業予定のハンターが屋台を手伝ってくれますので、出来れば穏便に…。」

 そうお願いしても無理な事は分かっているが、そうせざる得ない心境だ。

 

 「私としてはそうしたいんだけど、今年は対抗馬が現れたのよ。アトレイムの2人の王女を覚えてるでしょ。あの2人に、御用商人の娘共が一緒になって屋台を出すと言うの。それに、スロット達もあわよくば私達から屋台を取り上げようと画策してるし。…大変なのよ。」

 

 さいですか…。何か、とんでもないことが起きなければ良いんだけど。

 「でも、手伝ってくれるハンターが増えたんなら丁度良いわ。アキトには裏方をお願いするわね。」

 何か、俺がいない間に役割分担が決まっていたようだ。

 姉貴がスイっとテーブルの上にあった紙を俺の方に寄越す。

 取り上げてみると、メモ書きだ。炭、油、小麦粉、醤油、砂糖、黒リック…。色々と書きつけてある。その横には分量が書いてある。


 「小麦粉と砂糖は御用商人が届けてくれる手筈じゃ。山荘の調理人と近衛兵は自由に使ってかまわん。領民の楽しみの為なら我等の苦労なぞ、たかが知れておる。」

 御后様の言葉に他の女性陣はうんうんと頷いてるけど、俺は騙されないぞ。自分達の楽しみで屋台をやるのは皆が知っている。


 次の日から、ギルドの用心棒をアンドレイさん達にお願いすると、俺とディーとで姉貴達が作ったリストに従い食材の調達を始めた。

 調味料等は裏技で何とか出来るけど、野菜や魚は購入したり、釣らねばならない。

 全く持って、屋台を始めたのは失敗だと思う今日この頃だ。これ程、この国の王族が乗り気になるとは思わなかった。

 やはり、それだけ娯楽に飢えているのかと考えてしまう。

 娯楽と言えば、チェスの方はどうなったのかな。最初の年は王都で大会を開くなんて言っていたけど。その後の話は聞いてないな。陶器作りにクオークさんがくるはずだからその時にでも聞いてみよう。


 

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