#268 もう一組の旅人
朝早くからギルドに集まってるのは、スロット達とロムニーちゃん達、それに俺達だ。アンディ達ともう一組のハンター達は俺達を無視して依頼書をシャロンさんの所に持って行った。
まぁ、マイペースでも依頼書を減らす事には寄与しているんだから文句は言いたくないけど、少しは協力して貰いたい気持ちもある。
「良いか、あの数を直ぐに減らす等と考えずに、依頼をこなすのじゃ。先は長い。そして周辺国を含めてどこのギルドも似たようなものらしい。この先増えるハンターは微々たるものじゃ。」
「という事で、今日も頑張りましょう。…臨時チームの変更があります。リムちゃんのところから私が抜けて御后様がリムちゃんと一緒になります。私はディーと組んで、アキトをフリーにします。
アキトにはあの掲示板依頼書を私達の能力に合わせて分類してもらいます。そうする事で、選んでる時間が節約できるし、明日の予定も立つわ。シャロンさんの了解は貰ってますから、アキト…頑張ってね。」
え!…俺って、ひょっとしたらお留守番?
どちらかというと姉貴に代わってもらいたいような気がするけど…。
俺がそんな事を考えてる間に、各チームから代表者が壁の依頼書を2枚ずつ剥がしてシャロンさんの確認を受けている。
そして、チーム毎にギルドを出て行った。
「では、婿殿。分類をよろしく頼むぞ。…さて、リムは何を選んだのじゃ。ふむ…。マンドリルの根を10本とカルネルが6匹…。マンドリルとは久しいの。これは雑貨屋に行かねばなるまい。紐を買うぞ。」
何か、珍しい依頼のようだ。2人して嬉しそうにギルドを出て行ったぞ。
そして、ポツンと俺だけ残ってしまった。
「申し訳有りません。…何時もアキトさんにはご迷惑をお掛けしてしまって…。」
シャロンさんが済まなそうな顔をして俺にお茶を運んでくれた。そして、俺の対面にマイカップを持って座った。
「構わないよ。…セリウスさんだって、こっちの都合でまだ戻ってないんだし。」
「御后様から正規兵のハンターに休暇を出したと聞きました。この村にも何人か来てくれるのでしょうか?」
「微妙なところだと思うよ。去年の狩猟期で高レベルのハンター達が少なかったよね。あの影響もあるし、テーバイ戦で多くのハンターが軍に雇われてる。一応決着は付いたと思うけど、モスレムの軍はまだまだ強力だ。容易に海岸監視を止める訳にもいかないと思うよ。」
「ハンターの方って、結構上手く使われてますね。」
「そうだね。」ってシャロンさんに同意する。確かに重宝がられてる気がするぞ。まぁ、俺達は少しでも将来楽になりたいからそうしてるところもあるけれど、一般のハンターもそんな使われ方をしているような雰囲気ではある。
技量はレベルで分るし、普段はギルドの依頼で生計を立てているけど、いざという時には軍で雇うことも可能だ。傭兵的な扱いになるんだろうな。
このシステムをもっと上手く使う手立てもあるに違いない。これは姉貴や御后様と相談だな。
お茶を飲み終えると、シャロンさんに筆記用具を借り受けて依頼書の分類を始める。
大体、各チームの依頼を先行して用意しておくと言っても、チームの格差がありすぎる。
ここは、最弱と考えられるロムニーちゃん達から、最強であるはずの姉貴達の間に、スロット、アルトさんそれに御后様達がどの位置にいるかを先ず判断してみる。
Aが姉貴達、Bがアルトさん達、Cはスロット達だな。何時の間にか赤の7までレベルを上げてたぞ。Dは御后様の実力だと最上位なんだけど、リムちゃんがいるからな。リムちゃんのレベルが低いけど、そこは御后様が何とかしてくれるだろう。そして、ロムニーちゃん達もこの位置だ。
そして、壁面の依頼書の内容を読んで、A~Dの文字を左肩に付けていく。良く読まないと、薬草採取ではあるが、薬草の生えている場所が危険地帯ってこともあるからね。
壁の左側から順番に作業を始めて、昼近くになるとアルトさん達が本日最初の依頼をこなして帰って来た。
カウンターの手続きをサーシャちゃんに任せて、午後の依頼を探しに俺の所にやってきた。
「やっておるな。…それで次の我等の依頼はどれじゃ?」
「量が多いからね。全部の分類を終えていないんだ。とりあえず依頼書の左上に『B』とかいてあるのがアルトさん達の担当分だよ。」
「ふむ…。これじゃな。…スラバじゃと!…確かに他の連中には手に余るな。」
そう言って、アルトさんとミーアちゃんはサーシャちゃんを交えてテーブルで相談していたが、やがて依頼書をシャロンさんの所に持って行った。
そして、依頼確認の印を押して貰うと、俺に手を振ってギルドを出て行った。
西北の沼地に住み着いたから何とかしてくれ!って依頼だったよな。まぁ、あの3人なら大丈夫だろう。
そんな事を考えながらも、次々と依頼書の内容を見ながら、分類記号を左上に付けていく。
次にギルドにやって来たのは、ロムニーちゃん達だ。
「私達の依頼書を選んでくれるんですよね?」
ロムニーちゃんが俺の作業を見ながら問うてきた。
「うん。この『D』って書いてある依頼書がロムニーちゃん達の担当だ。少し、多いようにも見えるけど、御后様達もいるから大丈夫だと思うよ。」
「どれにしようかな…。」
「選ばずに端からやっていきましょう。」
「そうね。そうしましょうか。」
ロムニーちゃんはルクセム君と相談していたが、結局一番左端の一番下から1枚を壁から外すと、シャロンさんのところに持っていった。
確か『D』は全て採取だったよな…。分類を間違えると事故に繋がりそうだ。慎重に割り振ろう。
「ただいま!」って姉貴が元気にディーと一緒に帰ってきた。
早速カウンターでキャサリンさんに完了報告と討伐証を渡している。
そして、とことこと俺の所にやって来る。
「次はどれにしようかな?」
「左上に『A』と書いてあるのを選んでね。」
「あぁ、これね。…ええー!クルキュルが出たの!!」
グライトの谷にクルキュルが出たらしい。小型版のカルキュルなら、アルトさん達に任せるけど、クルキュルとなれば話は別だ。姉貴のクロスボーでも深手を負わせる事が出来なかったんだからね。それが数匹となれば、姉貴とディーに頼む他はあるまい。
「これは明日朝出かけるとして、簡単な奴でも良いんでしょ。」
そう言って、『C』ランクの依頼書も持って行った。
シャロンさんのところに持っていって依頼確認の印鑑を押して貰う。
再び俺のところに戻って、「頑張ってね!」って言うとギルドを出ようとした姉貴の足が止まった。
何事かと俺もホールの方を振り返る。
2人のお嬢さんが入って来たようだが…。その姿を見て俺も驚いた。
作業を中断すると、入って来た2人の後姿を凝視する。
やって来た2人は、真直ぐシャロンさんのところへ行くと、村への到着手続きをしているようだ。
「あの2人…。」
「あぁ、間違いないと思う。あの拳銃、ベレッタだ。散々練習させられたか今でも覚えてる。」
「バビロンの長老は2年前に私達が訪れた時と同じような歪みを観測したって言ってたわ。」
「だが、意外と軽装だな。ジーンズにTシャツ。それにちょっと長めのGシャツだ。武器はベレッタとナイフそれに杖かな。腰のバッグだって小さいものだし。被ってる帽子だって、普通のキャップだぞ。」
「マスター…。彼等は人ではありません。私と同じ、オートマタだと推測します。私より数段戦闘機能は上の筈です。」
何だと!…だとすれば、彼等の目的如何ではこの世界が崩壊しないとも限らない。
ここは、彼女達の目的を探るべきか…。
「…ギルドは現在、依頼書が溜まってとんでもない状態です。黒3つのハンターが2人来ていただいて助かります。…丁度、あそこにこの村の筆頭ハンターのアキトさんがいますから、挨拶しておいた方が良いですよ。」
手続きを終えたシャロンさんが俺を紹介したようだ。
だが、セミロングのお嬢さんは、アキトと言う言葉にいきなりこちらを向いた。
ハっと息を呑んだかと思うと、いきなり俺の所に走ってきて抱きついてきた。
そして、俺の腹を左手で殴り始めた。…俺だからいいけど、結構良いパンチだぞ。
「明人じゃないか。2ヶ月もどこに行ってたんだ。あれから大変だったんだぞ。」
「アキト…。このお嬢さんは何方なの?」
姉貴の目がマジになってるぞ。早いとこ誤解を解く必要があるんだけど、こんな娘に会ったことあるかな?
「ん…、その声は。やっぱり美月さんだ。俺ですよ。明人と同じクラスの哲也です。」
俺に抱きついてた娘は俺から離れると、ミズキの前に顔を向ける。
「哲也君って、何時もアキトと一緒にいた男の子よね。」
姉貴が首をかしげながら昔を思い出してる。
「でも、貴方は女性よ。どちらかと言うと、隣のクラスにいた祐子ちゃんに似てるわ。」
哲也と名乗った娘さんはガックリと首を下ろした。
「まぁ、俺達の事を知ってるようだし、俺も哲也という男は知っている。俺も少し気になる事もある。少し俺達と話をしないか?」
哲也と名乗った娘は、一緒にいた娘を呼ぶと、俺達と一緒のテーブルの席に着いた。
ディーが俺達にお茶を運んできた。全員にお茶を渡すと自分も姉貴の隣に座る。
「しかし、驚いたよ。まさかこんなところで合えるなんてさ。美月さんの携帯に『探さないで下さい。旅に出ます。』何て残ってたから、大変だったんだぞ。」
「俺の両親は?それと姉貴んとこのおじいさんは?」
「それが、あまり心配してなかったな。その内、子供でも連れて帰ってくると言ってたぞ。」
そういう親だった。姉貴と一緒なら安心だといったところか…。
「だが、哲也はどうしてここに?…それにその姿は確かに祐子ちゃんだよな。」
「これには深~い、訳があるんだ。聞いてくれよ。」
そう言って彼?いや彼女か…混乱するから、ここは哲也のジェイナスでの名前『ユング』という事にしよう。
どうやらユングは事故にあったようだ。だが、その事故は本来あるべきではない事故。そんな理由でユングを助ける者がいたらしい。
だが助ける過程で更に事故が発生し、ユングは全ての肉体を失った。だが、精神は死ぬ事が無かったらしい。
その精神を中枢においたオートマタ、それが現在のユングらしい。
「お前の望んだ姿にする。って言ってたんだが、俺の初恋の相手の姿に成ってしまった…。」
そう言ってユングはお茶一口飲む。
何か気の毒な身の上だな。姉貴も涙ぐんでるぞ。
「ところで、ユング達はこれからどうするんだ?」
「どうって…何もしないさ。ハンター登録をしておけば暮らしに困る事はない。…だが、気になることが1つある。事故る必要がない俺が事故ったという理由だ。俺を助けた者は因果律がどうのとか言っていたけど、その原因がこの世界にあるみたいだ。出来れば探して破壊したい。」
「アキト。例の話に似ていない?」
「うん。俺もそう思った。…ユング。しばらくこの村で暮らさないか。面倒は俺達が見てやる。お前の話の気になる点を少し調べたいんだ。」
「あぁ、いいとも。元々行くアテは無いからな。俺達のレベルだが本来はもっと上の筈だ。全くレベルが上がらないのでエントラムズ王都のギルドで交渉してこのレベルにして貰った。グライザムを群れで倒せるぞ。」
ちょっと待て。どんだけチートなんだお前達は…。
「倒したのか?」
「あぁ、これで1発だった。」
そう言ってベレッタをテーブルに取り出した。
間違いない。ベレッタM92F…。刻印だってそうだ。
俺が手に持って調べていると、ユングがニコリと笑った。
「精巧なモデルガンだ。俺も最初はベレッタだと思ったんだが。それはレールガンだよ。射程は200mしかないが、ガスガン並みに連射が出来る。そして反動もガスガン並みだ。そして、俺達にしか使えない。このベレッタモドキのレールガンに発射電力を供給出来なければ、唯の鉄の塊だ。」
俺達にとんだ仲間が加わったようだ。
哲也ならいろんな事を任せられそうな気もする。悪い奴じゃないし、欠点は気が弱いとこだが、一緒にいるパートナーのフラウがその辺は気使ってくれるだろう。
姉貴達も今日の狩りは見送るようなので、ユングを誘って、俺達の家に案内する。
ユングにはバビロンの神官の話をしておいた方が良いだろう。そして、ディーの通信手段でバビロンの意見も聞きたいところだ。
意外と、ユングの旅も俺達と似たような運命なのかもしれないな。