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#267 依頼書の数が多すぎる

 


 肉食海藻の襲撃を逃れ、大森林地帯の海岸を右に見ながら船は進む。

 そして、1週間後には港に戻る事が出来た。

 夕暮れ時に港に入ると、桟橋に停泊した大型商船の間にレオナ船長は船を泊める。

 漕ぎ手が、桟橋に渡り板を掛けてくれた。


 「お世話になりました。俺達にも良い経験になりました。」

 そう言って船長に頭下げる。

 「また出かけるときには声を掛けな。この船がある時はあそこの酒場に私はいるはずだ。」

 船長の指差した先には古びた宿屋がある。多分1階が酒場になっているんだな。


 「おーい…置いていくぞ!」

 桟橋からアルトさんが俺を呼んでいる。何時の間にか皆は下りていたようだ。

 俺も急いで桟橋に下りると、改めて全員でお辞儀をする。

 そんな俺達に漕ぎ手を含めて船上から手を振ってくれた。

                ・

                ・


 ケルビンさんの館に行くと、侍女が俺達を直ぐに広間に案内してくれた。

 生憎と、ケルビンさんは留守のようだ。

 それでも、商店の重鎮と思われる老人が俺達の生還を祝ってくれた。


 「レオナ殿であればと託しましたが、それでも漕ぎ手は余り集まりませんでした。本来はもっと速度が出せたのですが…そうですか、帰りに7日を要したと…。」

 「とりあえず、目的は果たせました。成果も大きなものです。御用商人の皆様に一度協力をお願いする事になるやも知れません。」

 「我が商店のためになるならケルビン殿は協力を惜しむ人ではありません。…そうですか。しかし、4カ国の御用商人を集めて協力を依頼するとは、大きな成果を上げた。…という事ですな。」


 色んな種を貰ってきたけど、ただ撒けば良いとは限らない。この地で育成できるかどうかを見極める必要があるのだ。農業試験場みたいなものを作らねばならないかも知れない。そんな企画はこの際だから御用商人達に丸投げしようというのが、俺と姉貴の考えだ。御后様にも相談してみたが、「何ら問題ない。奴らも暇じゃ。」という答えが帰って来た。

 確か大神官も「…暇じゃ。」の一言で学校作りを手伝わされていたような気がする。

 何か、御用商人達の苦労してる姿が目に浮かぶけどね。


 そして、次の日に俺達はガルパスに乗ってネウサナトラムに出発した。

 「エントラムズとモスレムの王宮には寄らんで良いぞ。各国の部隊の再編で、てんてこ舞いのはずじゃ。下手に寄れば帰れなくなるやも知れぬ。」

 御后様のこの言葉で、俺達はモスレムの王都を街道を外れて遠回りに迂回する。近くだと見つかるかもしれないって、サーシャちゃんの心配を解消する為だ。でも、誰も異議を唱えなかったところを見ると、皆も口には出さないけどその心配をしてたって事だよな。


 サナトラムの町に続く街道脇の休憩所で野宿を取ると、次の日にはネウサナトラム村の東門を夕暮れ時にくぐる事が出来た。

 早速、山荘にガルパスを預かってもらい、久しぶりの我が家に向かう。

 通りの石像に鍵を差し込むと、俺達の家に行く小道が開く。


 早速、薪を暖炉に入れて火を点けると、ミーアちゃんがポットに水を汲みに外の井戸に走って行った。

 久しぶりの家だが食事は保存食になる。明日は雑貨屋や村人から野菜を購入しよう。

 テーブルを7人で囲み固いパンを齧りながらも皆の顔には笑みが浮かぶ。

 とりあえず、テーバイ独立戦争は勝利には違いないし、バビロンへの旅もそれなりに面白かったと言えるだろう。

 となれば…しばらくは、この村でのんびりと過ごせる事になるはずだ。

 

 「ところで、明日は何をするのじゃ?」

 お茶を飲みながらアルトさんが俺達に聞いてきた。他の3人の嬢ちゃん達もその言葉に反応して俺と姉貴を見つめてくる。

 ここで、俺が1日寝てる。何て言ったらクロスボーの的にされてしまう。

 そんな事を考えていると姉貴が足で俺の脛を蹴ってくる。これって、何か良い案を出せ。って言っているんだよな…。


 「明日、ギルドがどんな具合だか見てくるよ。この季節、そろそろ秋の刈り入れ時だから、また狩りの依頼があるかも知れないしね。アルトさん達は黒リックを釣りにトローリングでもしたらどうかな?」

 「確かに久しくやっておらぬ…。それも良い考えじゃな。」

 アルトさんの返事と共に残りの嬢ちゃん達も頷いている。とりあえず危機は去ったという事かな。思わずホッと溜息が出てしまった。


 「ギルドで思い出したんだけど…。ギルド長のセリウスさんはまだエントラムズなのかしら?」

 「2ヶ月は掛かりそうじゃ。と母様も言っておったぞ。後一月は帰らぬと思うが。」

 「確かシャロンさんに任せて行っちゃったんだよね。アキト…明日はその辺もよく見てきて頂戴。」

 まぁ、見ては来るけど…ギルド内の話だから、余り協力は出来ないような気がするな。


 そして次の日。俺が起きだすとテーブルにはディーが1人で座っていた。

 おはよう。と挨拶を交わして表の井戸で顔を洗う。

 リオン湖に映るアクトラス山脈の万年雪も少し大きくなったように思える。今後は見る度に大きくなっていくのだろう。そして冬が訪れる。


 家に入るとディーが食事の用意をして待っていた。

 朝食は、昨夜の残り物だった。これは早いとこ材料を手に入れねばならないな。


 「姉貴は相変わらずだけど、アルトさん達は?」

 「朝早く出かけました。4人で黒リック釣りです。」

 早速出かけたか。しかし、相変わらず活動的だよな。疲れないんだろうか?

 となれば、俺も早いとこ様子を見に行かねばなるまい。


 ディーにご馳走様を言って、早速ギルドに出かけてみる。

 半年以上留守にしていたような気もするけど、村の様子はあまり変わりないみたいだ。もっとも、この通り以外は変わってるかも知れないけどね。


 「おはよう!」って声を出してギルドの扉を開くと、シャロンさんが驚いたような顔で俺を見ている。そして、チョイチョイと手で手招きしてるのが、ちょっと不気味だ。

 恐る恐る近づくと、ガシ!って服を捕まれた。そして、グイって俺をカウンターに押さえ付ける。


 「随分と遅かったですね…。ところで、ギルド長はどこですか?」

 「あのう…。俺達だけなんだ。俺と姉貴と御后様に嬢ちゃん達4人とディーが戻って来た。セリウスさん親子は、まだエントラムズにいるはずだ…。多分後一ヶ月は帰ってこないと思う。」

 俺の言葉を聞くと、俺の服を握っていた手が力なく離れた。

 そのままカウンターに突っ伏して肩が細かく震えている。…泣いてるのかな?

 その状態で、弱々しく右手が伸ばされ掲示板の方向を指差した。


 アガ!って俺も素っ頓狂な声を出す。

 掲示板は全く見えない。それ位依頼書が隙間なく張り出されている。前にも掲示板からはみ出した状態の時はあったけど、そんな生易しい状態ではない。一方の壁が依頼書で埋め尽くされているのだ。


 「期限切れの依頼書はサナトラムの町へ送っていたのですが、今年からはそれを認めてくれないんです。モスレム全体のハンターの数が減ったらしく、例年なら春を待って来てくれるハンターも今年は1組でした。

 それで、どんどん依頼書が溜まって…、王都のギルドに連絡したんですけど、今年は諦めろって言われました。」


 粒金探しの護衛で随分とハンターがアトレイムに流れたからな…。それに、海辺の防衛にもハンターがかりだされた筈だ。

 となれば、村に残ったハンターってスロット達とロムニーちゃん達、それにマイペースなアンディ達だ。そこに1組加わったとしても4組。黒レベルはアンディ達だけかもしれない。そしたら…こうなるよなぁ。

 

 「確か前にもありましたよね。シャロンさんはギルド長代理なんですから、一度に複数の依頼をこなせるようにしてください。それに8人も帰ってきたんです。狩猟期までには何とかなるでしょう。」

 「本当に…本当にそう思う?」

 

 すうっと顔が上がると、その顔はやはり涙に濡れていた。

 シャロンさんはそんな自分の顔をゴシゴシと袖で拭き取ると改めて俺を見た。


 「そうですね。帰ってきたのが何れも高レベルのハンター…。そして、その方法も過去で実績がありますね。早速村長に相談してみます。」

 少し元気が出て来たようだ。

 「それじゃぁ…。」ってシャロンさんに言って、急いで家に帰る。

 

 意外と微妙なバランスでこの世界は成り立っているみたいな気がする。

 モスレムの貴族放逐に近い粒金騒動がなければ、それなりにハンターは集まっていただろう。そして、テーバイの独立戦争が無ければ…。

 早急すぎる政治的な対応がこれを招いたとすれば、今後の改革を行なう際に充分な事前の検討が必要だ。

 今度の事だって、風が吹けば桶屋が儲かるって諺のまんまなような気がしてきた。


「ただいま!」って家の扉を開けると、御后様が姉貴達とお茶を飲んでいた。

俺が席に着くと、早速ディーがお茶を入れてくれる。


 「それで、どうじゃった?」

 御后様が銀のパイプを口にして、俺に言った。

 「シャロンさんが泣いてました。…前回のリザル族の時の倍以上の依頼書が貼ってありましたよ。掲示板では足りなくて壁の1面をほぼ全面使っています。

 下の町や王都にも助けを求めたらしいのですが…。」


 「モスレム全体で、自由に行動しているハンターが減っているという事か…。」

 「それって?」

 御后様の言葉に姉貴が問うた。


 「例の粒金騒ぎとスマトルの陽動が引起したようじゃ。」

 「どうしようも無いのでしょうか?」

 「フム…。ない事も無い。どれ、我もギルドに出かけてくる。アルト達が戻ったら、早速依頼をこなすように伝える事じゃ。」


 そう言って御后様はギルドに出かけて行った。

 そんな御后様の後姿を見ている俺に姉貴が教えてくれた。

 「多分、王宮へ連絡しに出かけたんだわ。御后様が考えた方法って、兵隊達へ休暇を与える事だと思うの。近衛兵の人達って結構ハンター資格を持ってる人がいたでしょ。」


 成る程、軍の再編は別に兵隊達を実際に動かして行なう訳ではない。編成が終了するまで一時休暇を与えても問題ないはずだ。ハンター資格を持っているものを優先して一時休暇を与えれば、どこのギルドでも溜まって処置に困っている依頼書を一掃出来る筈…。

 

 「でも、こんなところにしわ寄せが来るとは思わなかったよ。」

 「そうね。何事も程々って事なんでしょうけど。テーバイ独立戦争がこんな結果になるとは思わなかったわ。」

 「端的に考えずに広く考えろ。って事かな。これも1つの勉強だと思って、次に繋げよう。」

 俺の言葉に姉貴が頷く。


 そして、昼近くになって帰ってきたアルトさん達は20匹近くの50cmを越える黒リックを釣り上げてきた。

 そんな嬢ちゃんず達にギルドの話をすると…、たちまち自分達の部屋に飛び込むと装備を整え始めた。

 「黒リックは半分をルクセムとシャロンの家に届ける。残りの半分をユリシー達に届けるが良い。我が家には数匹あれば充分じゃろう。」

 気前がいい話だが、皆喜ぶはずだ。こういうところを見ると、アルトさんは王族なんだなって感じられる。

 4人が扉を開けて笛を吹く。あれでやってくるから不思議だよな。

 ふと見ると、姉貴がロフトから下りてきた。すっかり装備を整えてるぞ。


 「アキト。前回同様で行きましょ。アルトさんとサーシャちゃんそれにミーアちゃんがいれば殆どの依頼は対処出来るわ。私はリムちゃんと採取系をこなします。アキトはディーと一緒に古いのから片付けて。」


 そして俺達の奮闘が始まることになった。

 依頼書の仕事を一段落させて、夕食を食べている時に御后様がやってきた。

 やはり、姉貴の考えが当っていた。2ヶ月限定でハンター資格を持つ兵隊の内、100人程に休暇を与えたそうだ。意外と来年からは恒例行事になりそうな気もするな。

 そして、御后様が姉貴のチームに加わるみたいだ。そうだとすると採取だけでは勿体無いなんて姉貴は言ってるけど、リムちゃんがいるんだからね。…でも、リムちゃんはやる気満々で姉貴と御后様を見ていたぞ。

 

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