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#264 バビロン

 衛星通信塔の出入口広間の奥にはバビロン中枢区画に繋がるエレベーターがある。

 俺達はディーが開いた別室に入っていった。

 その部屋は広さが6m程の四角形な何も無い部屋だ。俺達全員が入ると、部屋の奥にある扉の前でディーが何やらスイッチの操作を始める。すると、俺達が入ってきた扉が閉まる。


 「部屋の中央で両手と足を開いて目を閉じて下さい。私が終了を告げるまで、その状態を保持して下さい。…よろしいですね。始めます。」

 目を瞑っているから何も見えないけど、肌に湿気を感じる。そしてそれが収まると、強い光線が俺達を包みこむのが目蓋を通して感じる事ができた。

 

 光が唐突に止んだ。

 「終了しました。姿勢を元に戻して目を開けても大丈夫です。…エアロックを開きます。」

 ディーが立っている後ろの扉が開いた。

 俺達はディーに続いてぞろぞろと次の部屋に入る。

 「婿殿。今のは何だったのじゃ?」

 「バビロンに外部からの病原菌が入るのを防ぐ防疫システムだと思います。…早い話が俺達に付いた汚れを落とす装置ですね。」

 「【クリーネ】では防げないのか?」

 「多分、バビロンの人達は魔法を使えなかったんだと思うよ。」

 俺は咄嗟にアルトさんにそう応えたけど、考えてみればおかしな話だ。人間がそう簡単に魔法を使えるようになれるのだろうか。

 

 今度の部屋は先程のエアロック室よりも小さい。全員が乗り込むと、部屋の扉が閉まった。そして、この部屋には俺達が入って来た扉以外に扉は無かった。

 「バビロン中枢区画に繋がるハブに直行します。」

 ディーがそう言って、手元のスイッチを操作した途端、俺達の体がスーっと軽くなるのが感じられる。

 「これって、エレベーター?」

 「はい、リニアエレベーターです。現在分速1・5kmで降下中です。」

 姉貴の質問にディーが淡々と応えてるけど、上手く停止出来なかったら俺達は即死だぞ。


 急速に体が重くなる。エレベーターの停止動作が始まったようだ。

 嬢ちゃん達は不安げな表情を俺に向けるが、俺は大丈夫!と応えておいた。

 やがて体の重圧感が消える。

 「リニアエレベーター、停止しました。ハブに到着です。ここから別のエレベーターに乗り換えます。では第2エアロックに向かいます。」

 エレベーターの扉が開き、ディーが先頭になって俺達は次の部屋に進んだ。

 エレベーターに乗り込む前にあったようなエアロックだ。

 意外と防疫対策がしっかりしているように思えるが、それでも住民の遺伝子変異を防げなかったんだと思うと、危機管理の難しさが実感できる。

 エアロックで再度殺菌措置が行われ、それが済むと反対側の扉が開いた。


 扉を出た先は塔にあった広間位の大きさだ。

 中央にドーナツ型のデスクがあり背後に3つの扉がある。そして、デスクと扉の間には金属製の柵が設けられていた。

 「バビロンの入国審査室です。許可無き人物はこの先に入る事ができません。」

 「俺達って、許可が無いと思うけど…。」

 「塔の端末から中央電脳とコンタクトを取って私達の訪問に関する許可を得ています。」

 そう言ってディーは俺達をドーナツ型のデスクに連れて行く。


 「この黒い板の部分に手の平を当ててください。1人ずつお願いします。」

 俺が最初に手の平を乗せた。赤いレイザー光が黒い板の下から俺の手の平を走査していく。2度光が往復すると、黒い板の右端に緑の表示が現れる。

 「終了です。次の方、手の平を乗せてください。」

 俺達は次々と手の平を乗せていく。


 「これは何の為じゃ?」

 「サーシャちゃんをサーシャちゃんとバビロンに教える為だよ。個人識別って言うんだけど、俺達の手の平は同じように見えても、皺の位置や、本数は皆違うんだ。それを利用してるみたいだね。」

 

 全員の登録が終ると、デスクの脇にある柵の出入口に向かう。出入口と言っても柵の間が1m程途切れたゲートみたいなものだ。横から3本のパイプが突き出ていて簡単に柵の向こう側に行けないようになっている。

 「この黒い板に手の平を押し付けて下さい。」

 ディーに言われた通り、手の平を門の右にある黒い板に押し付けた。

 ガタン!っと3本のパイプが90度回転して、通れるようになる。俺が門を通った瞬間にまたパイプが回転して元の状態に戻った。


 「面白い仕掛けじゃな。1人ずつ通すのじゃな。」

 そう言ってアルトさんが後に続く。

 全員がゲートを通過した事をディーが確認すると、俺達を率いて真ん中の扉に向かう。

 「イオンリフターで中枢区画に向かいます。」

 扉の脇にあるスイッチを操作して俺達を扉の中に入れる。今度の部屋は直径4m程の丸い部屋だ。俺達は8人だからちょっと窮屈に思える。


 「出発します。…先程のエレベーターより降下速度が速くなります。」

 ディーが空中に浮き出たホログラム上のスイッチを操作すると、グン!っと俺達の体が浮かび上がるような錯覚を覚える。

 足元の床が緑に発光しているのが見て取れたが、直ぐに重圧感に襲われた。そして突然重圧感から開放される。

 部屋の扉が開くと、目の前に長く通路が延びていた。

 通路は直径が6m程の半円形をしている。そして淡い光で壁全体が発光しているようだ。そういえば今までの部屋にも照明は無かったが暗いと感じる事は無かった。

 面照明の完成された姿なんだろうなぁ…なんて感心しながら、ディーの後を付いていく。


 「通路が動いておるぞ!」

 アルトさんが驚いたように声を上げる。

 金属ベルトで駆動する動く歩道だな。

 「大丈夫。乗るだけで先に進んでくれるから楽でいいよ。」

 ディーの後に次々とベルトの上に飛び乗る。ミーアちゃんはちょっと怖がっていたが、意を決して、エイ!って飛び乗った。最後に俺が乗る。

 200m程進むと、ベルトが途切れる。

 そして、50m程歩く事になった。壁にこれまでに見なかった切れ目がある。

 「耐磁力線シールド壁、耐圧シールド壁、それに耐核シールド壁です。緊急時には遮断されます。」

 壁の色の違いを見ていた俺にディーが説明してくれた。結構離れているのに良く俺の疑問に気付いたものだ。

 防護壁区間を過ぎて、俺達は再度動く歩道に乗り込む。

 そして、10分ほど何も無い通路を進んでいくと終点が見えて来た。と言っても白い壁と扉があるだけだが…。


 壁の前に全員が立つとディーが扉を開ける。…その部屋には、1人の女性が立っていた。

 「ようこそ、バビロンへ。…ここからは私がご案内いたします。」

 そう俺達に告げると軽く頭を下げる。


 年齢は20代のように見える。ウエットスーツのような肌に密着した服を着ているから体形が丸分りだ。余分な肉は一切無い、理想的な姿ではあるが…。

 「こら!…じろじろ見ない!!」

 姉貴から鋭い叱責が飛んできた。

 だけど、よく見ると呼吸している気配が無い。ディーと同じようなオートマタなのかもしれない。

 

 女性の後に続いて部屋の両側にある右の扉から延びる回廊を進む。今度の通路は普通の通路だ。もっとも壁面も、床も白く光を帯びているが…。

 回廊は左に湾曲している。かなり曲率は小さい、100M先が見えない程度だ。

 「この部屋にお入り下さい。」

 回廊は大きく円を描いているようだ。俺達が案内された部屋は通路の左側、円の内側の部屋だ。


 通された部屋は楕円形のテーブルに椅子が10脚程並んでいる。教室の2倍位の大きさだ。

 相変わらず壁は白いけれど、テーブルと椅子は真っ黒だった。

 「どうぞ、お座り下さい。…それと、お食事はまだですね。今お持ち致します。」

 そう言うと部屋を出て行った。


 「どういう事だ?…我等は、ここが我らの害になるか否かを確認しに来たはずじゃが…。」

 「とりあえずお客様という事なのかな。お昼はまだだったし、お腹も空いてるから丁度良いけどね。」

 「まぁ、敵対するよりマシじゃ。ゆるりとしようぞ。」

 そんな事を話していると、先程の女性と全く同一の顔をした女性達がトレイに料理を持って現れた。

 

 俺達の前に並べられたのは、サンドイッチとジュース…。

 「宜しければ、コーヒーもありますが?」

 早速、片手を上げておねだりする。ジュースはオレンジジュースらしい。

 

 トレイを持った女性達が下がると、1人だけ、女性が残りテーブルの席に座った。

 「どうぞ、召し上がってください。…このような料理を作ったのは、何年振りでしょう。せっかく生産区画があるのに、毎年収穫物を廃棄していたのですよ。」

 

 とりあえず、食べてみた。何時もの黒パンサンドより遥かに味が良い。そして、久しぶりに飲むインスタントではないコーヒー…。懐かしさに目頭が熱くなる。


 2杯目のコーヒーを飲みながら、タバコの許可を取る。女性が灰皿を用意してくれた。そして、天井に数個の穴が空く。排煙システムを作動させたのだろう。


 「ところで、私達のバビロンにどのようなご用件でいらしたのでしょうか?」

 来たぞ、ここは姉貴に任せよう。他の連中も俺と同じ考えのようだ。皆で姉貴を見つめている。


 「え~とですね。表敬訪問もありますが、確認したい事があった事は確かです。まさか、ここに住んでいる人がいるとは思いませんでした。」

 

 微笑みながら女性が姉貴の言葉を聞いている。そして、その女性が発した言葉は衝撃的だった。

 「バビロンには、もう誰も住んでおりません。…1400年程前に最後の人間が家畜を連れて出て行きました。残されたのは私達、バビロンの施設維持を行なうオートマタのみです。…中央電脳が貴方達の来訪を歓迎するように私達に指示を与えました。」


 「ディーの仲間という訳ですか?」

 「全く異なります。そちらのD-8823はバビロンの民を地上に戻す為の先行偵察用のオートマタですが、私達は単なる施設維持を目的としたオートマタ。…性能は及びもつきません。」

 

 そんなものかな。俺には全く同じように見えるんだけどね。

 姉貴はメモを取り出した。いよいよ確信に迫るつもりだな。


 「私達がここを訪れたのは理由は1つでしたが、まだ機能を維持している中央電脳さんがいるなら好都合です。

 3つの質問に応えてください。

 1つ目は、アルマゲドンの始まりと終息。

 2つ目は、アルマゲドンの後で何が起こったのか。

 そして最後は、空に向けて放っているレーザー通信の目的です。」


 姉貴の質問が始まると、俺達の対面にいる女性の笑みが停止した。

 やがて、部屋の照明が少し落とされる。

 そして、壁の1つが透明になると同時に、1人の男性がそこに現れた。立体画像ホログラムだ。


 「しばし、時間を掛けて、お前達に伝えるべきかを考えた。」

 年老いた神官風のホログラムが、まるでそこに人がいるように俺達に話しかける。


 「バビロンとて、何時まで機能を保持していられるかは、はなはだ不透明だ。お前達が知らぬなら、バビロンを出て行った者達はいったい何を後世に伝えたのだろう。

 質問の1と2は関連している。後で話すとして、質問の最後から説明しよう。」


 老いた神官の背面に光の塔の画像が現れる。そして糸のように見えるレーザー通信の先がカメラをパンするように現れた。

 「これは、2,000年前に作られた探査衛星だ。地上では不可能な各種実験機材を積んでいる。その観測目的は次元の歪みの探査にある。

 超磁力兵器の実用実験を月で繰り返す内に、ある日突然月が分裂した。ありえざることではあるが、位相幾何学では可能な現象だ。その現象の起因となるのが高次元の歪みにあり、その歪みを作ったのは超磁力兵器にあるらしいとまでは分かったが、観測方法が確立していなかった。そのため、ありとあらゆる観測機材を1つの衛星に積み込み、観測を続けていたのだ。」


 「危険性は無いんですね?」

 「全く無い。後2,000年は継続して使用出来るだろう。その後は衛星軌道から地球に落下するが、途中で数百に分離する。地上に到達するものはネジ1個すらない筈だ。」

 「分かりました。質問の3つ目はそれが分かれば問題ありません。」


 姉貴はメモ帳になにやら書き込んでいる。

 「議事録はこちらで用意しよう。では、最初の質問から答えよう…。」

 そう言って、後ろを振り向く。

 その壁には、俺の良く知る地球が映っていた。

 虚空に浮ぶ水の惑星。蒼い地球の海が判る。そして、日本が映し出された。


 「この細長い島が日本という国だ…。」

 本州がドンドン拡大していく。都市があり、町があり、農村が見える。

 巨大な建築物と大きく裾野を広げた工場地帯。

 そして、海上に浮ぶ発電システムは核融合炉であろう…。

 都市には人が溢れ、農村は豊かな実りで溢れている。

 俺が住んでいた時代よりかなり進んでいるようだが、人々は活気に溢れている。


 「2232年5月26日…。この日にあのアルマゲドンが始まった。」

 突然、富士山が噴火を始め、磐梯山が逸れに呼応する。2つの火山を繋ぐように地割れ火山が日本を焼き尽くす。

 連鎖的に噴火する火山が増えて行き、日本は地上から姿を消した。


 

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