#256 ジャブロー防衛戦 2nd
俺はミケランさんの部隊の最後尾に1人で立つ。
荒地を近づいてくる黒い影が個々に分かれ、やがて人の姿となる。
その姿の顔の目が見える程に近づいた時、敵は一気に足を速める。
そして、顔の鼻が見えた時、敵軍の中で爆裂弾が続けざまに炸裂する。その炸裂は少しの間を開けて、次々と敵軍の中で発生する。
サーシャちゃんがバリスタを3段に構えたのは、この攻撃間隔を短くする為だったようだ。しかも一箇所に集中して発射するのではなく、広い範囲に分散させている。
あれだと、危険区域の予想は出来ないな。
ミケランさんが教えてくれた柵の、60m程先にある低い柵に敵が押し寄せてきた時、突然大地が爆ぜた。地中に埋設された爆裂球が次々と炸裂していく。
横に爆裂球を埋設したのではなく、縦方向に埋設していたようだ。
ディーのレールガンを発射したように南に向かって敵兵が刈り取られていく。
だが、そんな障害を物ともせずに、敵兵たちは長剣や槍を振りかざして駆け寄ってくる。
「いまにゃ!」
ミケランさんの声と共に持っていた投槍が下ろされる。
前列20人の亀兵が投石具で爆裂球を一斉に投げ付けると、弓を取り出して先端に小型の爆裂球を行けた矢を弦につがえて待機する。
それでも敵兵はタグの群れのように近づいてきた。
手前の柵に近づく敵には容赦なく爆裂球の付いた矢が襲い掛かる。
そして、亀兵隊の後段20人は10個ずつ交互に爆裂球を群れに向かって投げ付けている。
200m程先で炸裂していた、バリスタの攻撃が停止している。
球切れか?と思っていると、また再開された。
少し、位置がずれている所を見ると、ボルトの補給と攻撃目標地点の変更をしていたのだろう。
手前の柵を回りこもうとする敵兵を、1人ずつショットガンで確実に仕留める。
身体機能の強化はまだ継続している。
亀兵隊の目には俺が連続して発射しているように見えるだろう。
素早くマガジンに弾丸を詰め込み、敵を撃つ。
そんな時、アルトさんが敵の右側面に強襲を仕掛ているのが見えた。
爆裂球を投げ込んだ後は、戈で敵の側面を刈り取って行く。
そして、黒い鎧の集団が消えると…、赤い集団が爆裂球を投げ付けて去っていく。
鮮やかな攻撃を見とれていると、遂に敵兵が30m程先にある柵に取り付いた。
爆裂球の付いた矢を2つの柵の間に無差別に発射すると、ザーっという爪音を立てて亀兵隊達が一斉にジャブローに避難する。
俺も慌てて後を追う。ショットガンを手にすると、ジャブローの出入り口でバジュラを下りた。
そして急いでサーシャちゃんの立つ見張り台に駆け上がる。
見張り台の上では、2枚の盾の横に立つサーシャちゃんが弓を片手に指揮を取っていた。
「どうじゃ。今のところは計画通りじゃ…。」
どんな計画だか判らないけど、俺には劣勢に見えるぞ。
押し寄せる津波のような敵兵にエイオス達が爆裂球を浴びせている。
それでも炸裂する中を敵兵は足早に駆け抜け、街道に差し掛かった時…、街道に沿って爆裂球の炸裂が走る。
いったい、幾つ仕掛けたんだ。と言いたい気分だが、それなりに効果はある。
サーシャちゃんを見ると、にたりって口元が笑っているのがちょっと怖いぞ。
「今じゃ!」
サーシャちゃんの指示で、荷馬車を横にした障害の隙間から亀兵隊達が矢を射掛けはじめた。
ここからは戦場が良く見える。
2回程爆裂球を投げた、エイオス達は何時の間にか去っていた。大きくジャブローを迂回して東の出入り口に押し寄せる敵兵の横を突く為だ。
そして、ケイロスさんの部隊が槍衾を作りながら少しずつジャブローに近づいてくる。
あと少しすれば、ジャブローを迂回して王都の北の楼門に向かうルートは閉ざされる。
「遅くなりました。」
そう言って見張り台に上がってきたのはミーアちゃんだった。
「十分間に合う。アルト姉さんへの補給は?」
「爆裂球、矢共に提供して来ました。」
「では補給次第、広場の北側を頼むのじゃ。」
「既に配置は完了してます。西から、アルトさん。南西からセリウスさんが側面を突いてますから、逃げ場を失った敵兵が南に戻るか…、それともジャブローに雪崩れ込むか…。」
意外と冷静に話しているけど、内容的には物騒だぞ。
敵は隊列を組み替えながら、小休止をしているようにも見える。
そんな僅かな時間を利用して亀兵隊達も補給をしたり、荷馬車にその辺に転がっていた木杭何かを積み上げている。
そして広場には外に向かって半円に盾を並べ、その後ろにガルパスを並べている。ガルパスはこんな事にも役立っている。
ミーアちゃんがサーシャちゃんに【アクセル】を掛けると、見張り台を下りていく。
「頑張るのは良いが、無理しちゃダメだぞ!」
そんなミーアちゃんに台の上から声を掛けると、走りながら俺に手を振ってくれた。
「矢が来るぞ!…隠れろ!!」
亀兵隊の叫びに、サーシャちゃんを盾の影に隠してその後ろに俺も入った。
直ぐに、数百本の矢が広場一帯に降り注いできた。
トン…トンと乾いた音が盾からするのは矢が突き刺さる音だろう。
「「「うおおぉー!!」」」と言う蛮声が敵軍から聞えてくると数百人の兵たちが一斉にジャブローに押し寄せてきた。
「絶対に盾から姿を出さないようにして、周りを良く見るんだ。泥濘地だって、敵が来るかも知れない。」
サーシャちゃんにそう言って台から飛び下りて、広場を取り囲む亀兵隊の所に行く。
「ミケランさん。サーシャちゃんのいる見張り台に2人程上がらせて。」
「分かったにゃ。」
それだけ言うと、急いでショットガンに銃剣を取り付けた。20cm程の短い物だが両刃だ。突く事も斬る事も出来る。
ジャブローを迂回しようとした敵兵が街道脇に仕掛けた地雷で飛び散る。
すかさず、ケイロスさんの部隊が槍衾を突き立てて前進を始めると、全ての敵兵がジャブローに押し寄せてくる。
ミケランさんが懸命に亀兵隊を叱責して爆裂球を荷馬車の向こう側に投げ付けている。
炸裂する爆裂球を物ともせずに血だらけの敵兵が荷馬車を乗り越えようとすると、ミーアちゃん達の部隊が弓を射掛けて倒していた。
それでも、ガルパスの取巻く広場に辿りついた敵兵は、機動バリスタの操作兵が放つ矢を浴びて倒れていく。
どうやら、アルトさんの部隊の強襲がかなり近くで行なわれているようだ。
それでも、荷馬車を乗り越える敵兵が多くなってきた。ガルパスが支える盾まで数歩近くに来る者まで出始める。
俺はガルパスを足場に広場に飛び出すと、敵がワラワラと俺目掛けて押し寄せてくる。
ショットガンを乱射気味に放って、少しの間合いを取る。その隙にマガジンに弾丸を込めると、再び乱射する。
3度乱射を繰り返すと手持ちの弾丸が無くなってしまった。
近寄る敵を銃剣で突き刺し、足で蹴って剣を抜き取る。
「ミケランさん!」
そう叫んで、ショットガンをミケランさんに投げると、グルカを持って構える。
荷馬車を乗り越えてくる敵兵は、長剣や、片手剣が殆どだ。
剣を振りかざして俺に迫ってくる敵兵に、体を捻って一撃を避け、その体をグルカで裂く。
数人が俺を囲むと離れている敵兵を亀兵隊達が確実に矢で倒してくれる。
何となく餌になってるような気分だけど、連携が良くて助かる。
「ウオォー!」っと叫んで突っ込んできた敵兵が突然倒れる。首にボルトが刺さっている所をみると、サーシャちゃんが助けてくれたみたいだ。
更に別な敵兵が駆け寄ってくるけど、俺の前に来るまでに数本の矢を受けて仰け反るように倒れていった。
そしてケイロスさん達の部隊から、雨のようにジャブローの出入り口に矢が飛んできた時、遂に敵兵は逃走に転じた。
ケイロスさんの部隊が街道に縦隊となり、南に向かって槍を突き出す。
これで、この先、こちら側からの攻撃は無いだろう。
血に濡れた広場を後にミーアちゃんの所に歩いて行く。
「ミーアちゃん、東の出入り口を見てきてくれないかな。何があるか判らないから、部隊毎出発してくれ。」
俺の言葉にミーアちゃんは頷くと、直ぐに部隊を東に向かって移動していった。
後始末を考えて途方に暮れている俺の所に、数人の副官を連れたケイロスさんがやって来た。
俺を見咎めて手招きしている。
「これだけ倒したとは大した者だ。アキトも大分血にまみれているが、大丈夫なのか?」
「全て返り血ですよ。良い所で来てくれました。手持ちの矢が尽き掛けていましたからありがたいです。」
「なら良いが…。ところで、アテーナイ様は何処におられる?」
「東の出入り口の防衛を指揮しています。…東からは爆裂球の炸裂音がしませんでしたから、大方御后様の出番は無かったと思います。あの大型天幕でお待ちください。呼んで参ります。」
俺は、見張り台の上で周囲を伺っているサーシャちゃんにケイロスさんの案内をお願いする。
ピョンっと飛び下りて、こっちじゃ!なんて言いながら案内しているぞ。
さて、誰を呼びに行かせようかな。って考えてると、東の方から御后様とアン姫それにミーアちゃんがガルパスに乗ってやってきた。その後にはリムちゃんが双子をガルパスに乗せて御后様の後を付いて来る。
「東の防衛は温すぎじゃ。エイオスが蹴散らしておったぞ。」
ちょっと御后様は残念そうな顔をしている。
「婿殿の方は面白かったようじゃの…。我も西におれば良かったような気がしてならん。」
「まぁ、そこは用兵の妙と言う奴だと思いますよ。…ケイロスさんも来ております。一息入れて下さい。」
俺達が天幕に入っていくと、座っていたケイロスさんが立ち上がって御后様に挨拶する。
「ご苦労じゃった。連合王国の軍はどうじゃ?」
改めてテーブルに着いた俺達だったけど、それが御后様の最初の言葉だった。
「各国の癖がありますな。…直すのは直ぐには無理ですが、少し修羅場を潜れば統一出来るように思います。」
「隠居なぞ考えずに兵を鍛えて欲しい。テーバイの次もあるのじゃ。」
「次と言いますと…。」
「カナトールじゃ。しかと胸に刻んでおくのじゃ。」
従兵がお茶を持ってくる。
「とりあえず、今夜は街道沿いに陣を張り夜明けと共に出発致します。それで、南の地理を少し教授願いたいのですが…。」
ケイロスさんはそう断わって、地図を眺めている。
「南に行くのであれば、このように進むが良い。…間違ってもここには入らぬ事じゃ。」
サーシャちゃんが地雷原の事を教えてるみたいだけど、そんなアバウトな感じで良いんだろうか。
「岸沿いに進めば問題はありませんな。…厄介な場所はセリウスに任せましょう。」
「じゃが、王都は今日も戦っておる。場合によってはミズキから指示が行こう。その時は夜の南進になるが…。」
「【シャイン】を使える者が何名かおります。それにネコ族の兵士を斥候で放てば夜間であろうと行動は可能です。」
ここでスマトルがどう出るかが問題だ。
王都への進軍に合わせて部隊を増強する作戦は、サーシャちゃんの地雷原等で半ば頓挫している。
ドラゴンライダー部隊は、100人も残っていないだろう。
そして、合流すべき本隊は半減している。
だが、依然として敵の兵力は侮れ無い人数だ。
「王都から連絡です。…連合王国正規軍は泥濘地南に盾を並べて陣を張れ。以上です。」
弓兵が出て行ったけど、また、ミクとミトが通信兵をやってるのかな?
「すかさず、追い立てると言うわけですか。あれだけ攻撃を受けながら良くも我らの事に気が回りますな。」
「王都の南の城壁は殆ど崩れ落ちたようじゃ。…しかし王都の街作りが、実はこの日の為じゃったようじゃ。王都への敵兵の侵入を街並みで防御しておる。」
「それで、王都の兵力は?」
「それは自らミズキに聞くが良い。王都を守った兵士の数は?とな。驚くべき答えが反えってくるぞ。」
御后様がニヤリと笑いながら言ったけど、このニヤリって確かサーシャちゃんもしていたぞ。サーシャちゃんはお婆ちゃん子だから、そんな表情は教育上良くないと思うな。
「皆無事じゃな!」
そう言って天幕に入ってきたのはアルトさんだった。
「大分痛めつけたぞ。…セリウスもやっとコツを飲み込めたようじゃ。」
席に座ってお茶を飲みながら俺達に強襲の様子を話してくれた。
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時刻はもう午後10時を回っている。
ケイロスさんはとっくに自軍に戻り泥濘地の西側を辿って南に陣を張った。
北西にセリウスさんが陣を張っているから、夜襲があっても対応できるだろう。なにせ、ネコ族とトラ族の部隊だからね。