#254 剣姫と月姫と爆弾姫
テーブルの周りを、皆が囲む。時間は5時を回っている。
「どうやら、スマトルの大攻勢が始まるようじゃ。
ミーアが早朝に確認したところでは監視所から見える全ての砂浜に敵軍が上陸しているとの事じゃ。
現時点のジャブロー兵力は、お主達の兵力のみ。要撃の主力はケイロスとセリウスになろうが、敵兵力規模を考えると、我等もそれに参加せざる得ない状況じゃ。
じゃが、敵の主力は徒歩じゃ。夜襲部隊と夜間の勤めをした者は、軽く休むが良い。」
御后様はそう言ってミーアちゃん達を下がらせる。
従兵がテーブルに残った俺達にお茶を配ると、御后様が銀のパイプでテーブルの地図を示す。
「先ずは状況じゃ。今朝早く、東西の敵部隊の範囲で一斉に敵が上陸した。まだ沖には敵船が残っておるが、それ程多くの兵を乗船してはいないだろうと言うのがミズキの考えじゃ。これから始まる戦がこの戦役の勝敗を分けると言っても過言ではない。
敵の作戦は我の予想を超えておる。最終決戦地である王都に近付く程に敵の戦力が増すのじゃ。
我が軍の総指揮はテーバイ王宮でミズキが執っているが、各部隊とも王宮からの指示が無い限りジャブローの指揮下にいてもらいたい。
さて、敵は上陸したものの、その場で攻略部隊が来るまでは待機しておる。攻略部隊の先頭はドラゴンライダーそしてその後に徒歩の正規軍が進む筈じゃ。
という事は、徒歩兵の移動速度が敵軍の進行速度になる。西の敵部隊との距離は約140M(20km)そして、徒歩兵の速度はこの時計で1時間に20M(3km)と推定する。
もし今、西の部隊が動きだしたなら、そして我等が何もせねば…今日の昼頃には王都に数千人の部隊が殺到する事態となる。」
御后様の言葉に全員が息を呑む。
「…という事は、我等がいかに敵兵を倒せるか。そして王都の南の敵軍との合流を遅らせられるかが重要になる。…誰ぞ、良い案はあるか?」
「遅らせるなら地雷が一番でしょう。」
俺が提案してみる。
「じゃが、仕掛ける場所が問題じゃ。…先行するドラゴンライダーには機動戦を挑む事になろう。その時巻き込まれるのは嫌じゃ。」
アルトさんは否定的だな。自分達でたっぷり仕掛けた事は忘れてるんだろうか?
「我は、仕掛けるのであれば、ここが良いと思うぞ。ここなら、ドラゴンライダーとの戦いに邪魔にはならんし、…後続の徒歩兵は広がってくるはずじゃ。さすれば、後続部隊の進行方向は泥濘地の西側に向かう事になる。」
サーシャちゃんがボルトの先で示したのは泥濘地の南、泥濘地の先から岸辺までは約2km。…その真ん中だ。
中々面白い場所ではあるが、サーシャちゃんの持っているのは爆裂ボルトだ。それでトントンと地図を叩いているから、皆ハラハラしながら見ている。御后様も流石に引いてるぞ。
「なるほど…しかし、相手は人間。杭に爆裂球が結んであれば気付くのではないか?」
「爆裂球を埋めて置くのじゃ。阻止用の紐に結べば問題無しじゃ。」
「埋めた場所の横に小さな杭を打っておけば後で回収も出来るでしょう。俺は賛成しますよ。…そして、サーシャちゃん。そのボルトで地図を叩くのは止めて欲しいな。」
自説を得意げに話した後も地図を爆裂ボルトで叩いているサーシャちゃんに注意しておく。
でないと、皆注意がそっちに行ってしまう。
俺の言葉でどうやら気付いてくれたらしい。ボルトケースに地図を叩いていた爆裂ボルトを戻すと、全員がホッと溜息を着いてる。
「…何もせずにいる事が問題じゃ。アルトとサーシャで今の位置に爆裂球を埋めて来い。」
御后様の指示で、2人は出掛けて行った。
「さて、サーシャの案じゃと、徒歩兵達は地雷原を迂回する為に南に向かって岸沿いに進軍する者達と、北に向かう者達に分断される。…そして北に向かった敵部隊は昨日仕掛けた罠に嵌まるのか。すると、更に2分される。泥濘地の南を進む者達とジャブローに向かう者達じゃ。」
単純に5,000の敵部隊と想定すれば、最初に2,500に別れ、次に1,250に分かれるんだな。それでも大分多いが、俺達の使命は部隊合流の遅延と削減と考えれば何とかなりそうな数字ではある。
「1つ問題が…この北側を進む部隊がこのまま王都の北面を目指そうとした場合に、テーバイ市民が避難している場所の傍を通ります。虐殺が始まりますよ。」
俺の言葉に、御后様は地図を睨みつける。
「…その時はジャブローに誘い込むしか手はあるまい。ケイロスの部隊を北の壁にすれば、このジャブローに殺到するはずじゃ。…お主達もその時は覚悟せよ。」
その言葉に俺達は黙って頷く。
「だったら、西側の柵の前に乱杭をもっと打つにゃ。少しでも足が取られればそれだけ有利にゃ。」
「ミケラン…頼めるか?」
「いいにゃ。しばらくは暇にゃ。」
そう言うとミケランさんは天幕を出て行ったけど、何かこれからの激戦を余り考えていないように見える。まぁ、そんなところがミケランさんらしいけど。
「問題はジャブローの入口が2つある事ですね。西は何とか出来ますが東は王都との重要な補給物資の出入り口です。閉ざす訳にはいきません。」
「西の出口は、本日到着予定の荷馬車を横にして、杭で固定すれば立派な柵になる。…確かに東は盲点じゃな。…ある意味賭けじゃな。ジャブローを攻撃するか、王都の西の楼門、北の楼門を攻撃するか…。」
「泥濘の東に設置した対空クロスボーをジャブローに移しましょう。10台の大型クロスボーと屯田兵100それにアン姫の弓兵もおります。ジャブローの東の出入り口は盾を並べて簡易な柵を作れば、押してくる敵兵を要撃出来るでしょう。」
俺の話を聞きながらアン姫が駒を配置して行く。
しばらく地図上の新たな配置を見ていたが…、やおら俺達を眺める。
「それで対応するしか無さそうじゃの。主力を東に集めておけば、王都の助勢も容易じゃろう。…フェルミ、至急対空クロスボーを移動して柵を設けよ。この天幕の周りを囲む盾も使って、2重に作るのじゃ。」
フェルミさんは御后様に頷くと天幕を出て行った。
後に残ったのは、俺と御后様、アン姫にリムちゃんそして、小隊長数人だ。
「さて、最後にリムや…。何時もミクとミトを傍に置くのじゃ。そして我の後にガルパスに乗って待機するのじゃ。良いな。」
「では、後は俺ですね。西の出入り口に陣取ります。…多分、御后様は東の出入り口に向われますね。そちらはお任せします。
西の出入り口は激戦が収まり次第亀兵隊を東に廻します。…最悪同時攻撃を受けた場合は、サーシャちゃんとミケランさんを東に廻します。」
俺の言葉に御后様が頷いた。
「それで良い。…最悪にはならんと思うが、そこまで考えておけば十分じゃ。」
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西の出入り口の補強はエイオスに任せて、御后様とアン姫の3人で地図を睨みながら、西の部隊の動きを考える。
セリウスさんの部隊から偵察を出しているから、その知らせをひたすら待つのが今の状況だ。
時刻は10時を回っている。
「我等の読みが違っているのか…。」
時計を見た御后様が呟いた時だ。天幕にムカデの旗を背負った亀兵隊が駆け込んできた。
「セリウス指揮官率いるジェイナス防衛軍第4小隊のグエンです。…連絡します。敵西部隊東に進軍を始めました。尚、進軍は徒歩ですが、本隊の約3M(450m)先をドラゴンライダー600が周囲を警戒しております。以上。」
それだけ伝えると、慌しく天幕を出て行った。
「後数時間じゃな。…しばらくは食事も取れんじゃろう。先ずは少し早いが昼食を取ろうぞ。昼食後には、兵達に非常食と水筒の確認をするのじゃ。次に食事を取れるのは何日先になるか判らんぞ。」
確かに、腹が減っては…。って言うしね。
俺達は、昼食のサレパルをゆっくりと食べる事にした。モグモグと食べてる時にアルトさん達が帰ってきた。
「まだ、昼には早いではないか!…いったいどうしたのじゃ?」
「西の敵が動きおった。そなた達も早く食事に致せ。次の食事は何時になるか判らんぞ。」
御后様の言葉に2人は外に飛び出してった。食事なら従兵に頼めばいいのに…。
少し経って戻って来た時には6人に増えていた。
アルトさん、サーシャちゃん、ミーアちゃんにリムちゃん。それにミクとミトだ。
ミーアちゃんと双子は起こされたみたいだな。
そして、テーブルの端で仲良く昼食を食べ始める。なんか姉妹みたいに見えるぞ。
そんな4人を、優しそうに笑みを浮かべて御后様が見ていた。
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「たっぷりと仕掛けたのじゃ。」
そう言ってサーシャちゃんが得意そうに、テーブルの上にある地図をトントンとボルトで叩いている。そこが地雷原なんだな。アン姫が鉛筆で囲んでいるぞ。
「さて、優秀な亀兵隊が揃った所で、先行するドラゴンライダーの殲滅を考えようかの…。」
「そういえば、セリウスの部隊の斥候がそんな事を言っておったな。…本隊との距離はどの位じゃ。」
「3M、と聞いておる。」
「ならば前と同じじゃ。アルト姉が対峙した後で我等がバリスタで迎え撃つ。横をミーアが襲えば良いじゃろう。」
ふうむ…。問題は後続だよな。後続が追い付くと、この前の、ミーアちゃんみたいに囲まれかねない。
「サーシャちゃんの案に少し追加したらどうかな?…サーシャちゃんが全弾発射した後は直ぐにジャブローに向けて逃走する。西に大曲して逃げるんだ。その後はミケランさんに敵に向かって爆裂球の付いた矢を放ってもらう。これで近づけないだろう。
ドラゴンライダーは当然後を追い駆ける。それをアルトさんが東から左回りで強襲する。たっぷり爆裂球を投石具で放ってやればいい。
当然追い駆けてくるから、ある程度数が減った所でミーアちゃんと合流して殲滅させれば良いと思う。」
「敵を2つに分けるのじゃな。…アルト姉の攻撃が遅れると我の方に全軍が来そうじゃのう。」
「サーシャちゃんの後にはミケランさんが40率いているし、俺もここで30を率いているから敵に逆走しながら攻撃するつもりだ。」
「相手はドラゴンライダーじゃ。矢は全て爆裂球に替えるのじゃ。」
最後にアルトさんが注意してくれた。
「準備が出来次第、広場に集合じゃ。」
アルトさんの一言で3人が天幕を出て行く。ミケランさんも多分外にいるんだろう。
「俺も行ってきます。」
「頼むぞ。決して侮れぬ相手じゃ。我は屯田兵50を率いて西の出入り口に待機する。東の守りは、フェルミとアンにそれまで任せるのじゃ。」
俺は御后様に頷くと席を立つ。
起床している天幕に行き、急いで大鎧を着る。兜を被りショットガンを手に持って広場に行くとエイオスを探す。
直ぐに六文銭の旗でそれと判るエイオスの傍に行くと、早速3小隊の出撃を告げる。
「…敵は600だ。爆裂球は多めに持てよ。それと、矢は全て爆裂球付きの矢にするんだ。」
「ドラゴンライダーですね。前回は我等は直接戦いませんでしたが、部隊でその強さは教えて貰いました。侮る事は出来ない相手ですが、頑張りますよ。」
エイオスは俺の小隊を集めに走っていく。
ガルパスの天幕に行って笛を吹くとバジュラがやって来る。その背には鞍が乗せられていた。
バジュラに乗って広場に行くと、嬢ちゃんず達が広場の東西に部隊を率いて出て行く所だった。
手を振る嬢ちゃんずに、俺もショットガンを掲げて激励する。
「全員集合しました。各自爆裂球は10個。爆裂球付きの矢は背中に8本バッグに8本です。」
「俺達の役目はサーシャちゃん達がジャブローに戻るのを援護すると共に敵の追撃部隊を始末することだ。ドラゴンライダーに効くのは、爆裂球と爆裂球付きの矢だけだ。先頭はエイオスに任せる。敵の側面に沿って大きく右回りだ。攻撃は1回のみ。そして俺は最後尾を進む。」
大きな声で亀兵隊達に告げると、エイオスを見て頷く。
「行くぞ!…我が部隊に不可能無し!!」
エイオスが蛮声を振り上げて拳を上げる。
「「「ウオオォォー」」」と亀兵隊が拳を振り上げて応えた。
俺達はジャブローの西の出入り口を足早に南西に進む。
遠くにケイロスさんの陣が見える。此方に手を振る正規兵に俺達は一斉に戈を振り上げて挨拶すると、正規兵も手を振って応えてくれた。
そして、ジャブローから500m程はなれた所で俺達はガルパスを止めた。
ガルパスを下りて双眼鏡でサーシャちゃん達を確認する。
サーシャちゃん達の前方にミケランさんの部隊が2列になって斜めに陣を敷いている。だが、良くみると部隊の人数比がおかしい。確か40人ずつだったよな…。
どうやら、サーシャちゃんは一撃したら即逃げ帰るようだ。
ミケランさんの率いる部隊は6小隊。前列が投石具で後列が爆裂球付きの矢を弓で撃つ2段構えだな。
60人が落としていく爆裂球の中を追い掛けるのは、さぞかし苦労するだろう。
エイオスにサーシャちゃんの作戦を説明すると笑い出した。
「サーシャ様らしい作戦ですね。亀兵隊の一部には爆弾姫って噂されてましたよ。」
「確かに、爆裂球が好きみたいだからな。だけど本人の前では言うなよ。優しい娘なんだから。」
「判ってますよ。そんな噂をしている奴も悪気で言っている訳ではありません。バルバロッサの戦いで何度かサーシャ様の投げた爆裂球に救われたらしいんです。」
なるほどね。尊敬の思いでつけた2つ名なんだな。
アルトさんは剣姫だよな…。ミーアちゃんは何なんだろう?ひょっとして俺にもついてるのか?…ちょっと気になってきたぞ。
「ひょっとして、ミーアちゃんとか俺にも付いてるの?」
「えぇ、ミーア様には月姫という2つ名が付いてますよ。残念ながらアキト様とミズキ様にはまだありません。」
月姫は夜襲から来たんだろう。俺にはまだ無いらしいが、3人の嬢ちゃんにそれぞれ2つ名が付いてるのは、それだけ亀兵隊の設立に寄与したからなんだろうな。
そんな事を考えながら、タバコに火を点ける。
そして静かに双眼鏡を覗く。アルトさんやサーシャちゃんもジッと散弾の銃弾に似た単眼鏡で西を見てるんだろうな…。
そして、双眼鏡の視野にドラゴンライダーの姿が浮かび上がる。
4列の縦隊になって後続の徒歩兵との距離を保ちながら槍を構えてゆっくりとサーシャちゃん達の方に近づいていく。
サーシャちゃん達に動きがある。ミケランさんが率いる2段の亀兵隊が武器を取り出したのが見える。サーシャちゃんはバリスタの前に立ち亀兵隊にバリスタの方向と距離を指示しているようだ。
そして、ドラゴンライダーにも動きがある。後続を置き去りにして、進行速度を速めた。
たちどころに両者の距離が狭まっていく。
サーシャちゃんが腰からグルカを抜いて頭上にかざす。そして、それが振り下ろされると、バリスタから一斉にボルトが発射された。