#253 総攻撃の始まり
ジェイナスには2つの月がある。およそ1月で満ち欠けを繰返すが、その周期には1日程度のズレがある。
結構、どちらかの月が顔を出しているんだが、どちらの月も顔を出さない夜もある。
そんな、漆黒の夜が今夜だ。
明かりと言えば、1km程東の夜空に10個以上の光球を上げ、且つ、爆裂球の炸裂光が絶えず輝く王都の姿だ。
俺は、前方の亀兵隊が背負っている白い旗を、見失わないように目を凝らしてバジュラを駆る。
王都に近づくにつれ、王都の上空に輝く光球の明かりで俺の目にも前方が少し見えるようになってきた。
バジュラをエイオスに近づける。
「車掛かりで2撃。その後右に4M(600m)で部隊を立て直す。良いな!」
エイオスは了解したと俺に左手を上げた。そして右手の拳を大きく上げ回した後に指を4本広げて右に腕を伸ばす。…どうやら、部隊に攻撃方法と離脱方角それに集合するまでの距離を指示しているようだ。
先頭を駆けるネコ族の亀兵隊が後列に戻ると、俺の目にも反時計回りでミーアちゃんの部隊に回り込もうとする敵部隊の姿が見えてきた。
後ろのエイオスに敵部隊を指差すと、彼は右腕を上げて指を1本立てる。途端にガルパスが1列縦隊に並ぶと亀兵隊が一斉に投石具を頭上で回し始める。
「「「ウオオオォォーー」」」
俺達の蛮声が戦場に轟き、本体からにゅーっと伸びた敵部隊の根本に突っ込む。
数十mの距離でショットガンを素早く2撃すると右にドリフトしながら右回りに円を描くように離脱する。
ドリフトの最中にも立て続けに乱射すると、後続の亀兵隊達が一斉に爆裂球を投擲した。亀兵隊達は投擲が終ると、爆裂球の炸裂する中で一斉に戈を左に構えて、敵兵にぶつかる様な勢いでドリフトをする。
まるでノコギリだ。20人の構えた戈で敵兵が次々と刻まれて行く。
そんな光景を見ながら素早くショットガンに弾丸を装填すると、再度突入する。
俺達に気付いた敵兵が雨のように矢を放ってくる。
兜を下げ、前と同じように突入してショットガンを乱射すると、今度は西に向けてバジュラを駆る。
亀兵隊達は、敵部隊に順次爆裂球を投げると、戈を使って敵兵を刈り込んでいく。そして最後尾の数人が爆裂球を後ろに投げると爆裂球の炸裂する音を聞きながら俺達の部隊は西方向に駆けていった。
約500m付近で俺は腕を上げてバジュラの速度を緩める。
「点呼と負傷者の手当てを急げ!…通信兵!」
近づいて来たエイオスに素早く指示すると通信兵を呼ぶ。
「夜襲部隊に連絡。…西に離脱せよ。以上だ。」
通信兵は俺の横で夜襲部隊に向けて連絡を始めた。
位置が不明な為に、通信兵が少しずつ送信方向をずらしながら返答を確認している。
何回か、操作を繰返していると南の方向から光の瞬きがあった。
「…リダツカンリョウ。ソチラニゴウリュウスル。」
どうやら、俺達の攻撃に合わせて離脱を図ったようだ。少しホッとしながら通信兵を労った。
「全員揃っています。何人流れ矢を受けて浅い傷を負っていますが、【サフロ】で完治しています。…この鎧は中々良いですよ。」
エイオスが点呼結果を報告してきた。彼の背中にも何本か矢が刺さっているけど大丈夫みたいだ。意外と俺の背中にも…そう思って手を伸ばすと1本刺さっている。とりあえず折り取っておく。
「夜襲部隊が合流する。夜襲部隊の状況によっては再度攻撃するぞ。」
エイオスは俺の指示を聞くと数人を少し南に配置する。夜襲部隊の接近を確認するようだ。
南面に展開した偵察員が帰ってくる。
「夜襲部隊を確認しました。直ぐに合流します。」
1人が俺にそう告げると列に戻っていく。
そして、ミーアちゃんの部隊が俺達の目にやって来た。背中に数本の矢が刺さってるぞ。
「ありがとう…にゃんとか抜け出せた。」
「無事で何よりだ。全員無事なの?」
「点呼では全員が揃ってる。ここで傷の手当をしにゃいと…。」
そう言うと足早に自分の隊に戻っていく。
そして、俺の前に再びやって来た。
「鎧のお蔭で助かった。…でも3人程重症で【サフロ】では完治出来にゃい。」
「重傷者はジャブローに移送だ。補助者は必要かな?」
「補助者を2名同行させる。…何かあったら大変だし…。」
俺は通信兵を呼び寄せるとジャブローに連絡を指示する。3回送ればミクとミトが目聡く信号を読んでくれるだろう。
「重傷者を送ったら小隊長を集めてくれ。」
エイオスとミーアちゃんに指示を出す。
「せっかく5小隊いるんだし、全員で再度夜襲を掛けたい。攻撃箇所は敵軍の後尾を狙う。
攻撃は、夜襲部隊が先行して爆裂球を投擲後、俺達の部隊が炸裂光を目安に突入する。
夜襲部隊は一撃した後は離脱して監視所に待機。海岸地帯の敵を監視してくれ。今回の攻撃に連動して敵が動く可能性が高い。
監視所に敵が接近した場合は直ぐにジャブローに引き上げる事。敵が接近しない場合でも夜明けを期してジャブローに引き上げる事。
最後に一番大事な事だ。緊急時以外は発光式信号器の使用は禁止。…以上だ。」
周りの小隊長達が一斉に頷く。
「ヨシ!…準備出来次第、夜襲部隊が出発!!」
小隊長達が自分の部隊に戻るところで、エイオスを呼び止める。
「俺達の部隊は夜襲部隊が退避した事を見届けて、敵の右面に圧力を加えながらジャブローに戻る。俺は最後尾を行く、そして敵を刻むより爆裂球を使え。近づくと食われる…いいな!」
「敵の側面に爆裂球を投げつけながら帰るんですね。了解です。」
ザー…っとガルパスの爪音が重なって聞える。ミーアちゃん達が出撃したようだ。
「エイダム!先行しろ。我等も出発だ。!!」
ネコ族の亀兵隊を先頭にエイオスが俺達の部隊を率いて進む。その最後尾にバジュラを付けると、俺達は一路南を目指す。
俺達は敵の上陸拠点近くまで足を伸ばした。それでも距離は4M(600m)程とっているから、例え敵にネコ族がいようと俺達を見つけるのは難しいだろう。
上陸地点には数箇所に焚火があってかなりの人数がまだ残っているのが確認出来た。
そして、静かにミーアちゃん達の攻撃を待つ。
突然北北東に爆裂球の炸裂光が上がる。
それを目安に俺達は一列縦隊で荒地を駆け抜ける。
敵部隊に数個の光球が上がった。お蔭で敵兵の状況が俺にも見える。
殺到する敵兵の中をガルパスの群れが走り抜けるのが見て取れる。そして遅ればせながら逃げるガルパス目掛けて矢が撃たれているようだが、あれだけ離れては有効な攻撃にはならないだろう。無駄矢を放っただけだ。
彼等には、襲い掛かる俺達をまだ見つける事が出来ないのだろうか?
潮が引くように喧騒が収まると、ひたすら王都に足を進めている。
突然、先頭のエイオスが蛮声を上げると、部隊の全員がウオオオォォー!!と叫び、ガルパスの速度が上がった。
アクセルを踏むイメージを浮かべると、バジュラが一気に速度を上げて亀兵隊に追い付いた。
ショットガンを右手で持つと、左手で爆裂球を取出した。
エイオスを先頭に敵軍に接近すると亀兵隊達は次々と爆裂球を投げ付けて行く。駆け寄ってくる敵兵に、俺も爆裂球を投げ付けてショットガンを手にした。
走る抜ける俺の直ぐ脇で次々と爆裂球が炸裂する。もう少し、奥に投げてくれ!って言いたいけど、この場では無理な話…。
お蔭で、俺達に走り寄る敵兵はその場で留まっている。中には、飛び出してくる敵兵がいるけど、俺はそんな敵兵をショットガンで確実に倒していく。
やがて、手持ちの爆裂球が尽きた俺達の部隊は敵兵から離れて一気にジャブローへ駆けていった。
相変わらず、右手に見える王都は大蝙蝠の空襲を受けているようだ。空に向かって、【メルト】が連続して放たれている。
ジャブローに近づくにつれてエイオスはガルパスの速度を緩めていく。ジャブローの中に入ったときには、殆ど人が歩く位の速度だ。
エイオスが右腕を上げるのを合図にガルパスが整列した状態で停止する。
先頭のエイオスの所に走って行き、直ぐに点呼と負傷の有無を確認させる。
「全員無事です。流れ矢は刺さっていますが負傷には至っていません。」
「ご苦労様。補給をして休息を取ってくれ。しばらくは休めるだろう。」
そう言って、先に指揮所の天幕に入っていった。
俺の到着を目聡く見つけた御后様が聞いてきた。
「ご苦労じゃった。…夜襲部隊の負傷兵の手当ては終っておる。明日には原隊に復帰出来よう。」
「それは何よりです。ミーアちゃんも心配していました。」
「ミーアは優しいからの。…じゃが敵に対しては鬼にもなれる。」
そんな話をしていると、従兵がサレパルとお茶を運んできた。時間は何時の間にか3時を回っている。腹が空く訳だ。
「ミーアちゃんには、夜明けまで南の岸辺を広範囲に偵察するように言ってきましたが、南の敵軍陣地もかなり賑わってましたよ。」
「最後まで手の内を明かさぬつもりじゃな。…我が軍の軍師はどう判断するじゃろうのう…。」
食事をしながら御后様と話をする。
食事を終えると、お茶を飲みながらタバコを一服…。
「あれから、セリウスさんの方から連絡はありました?」
「無い…。それを考えると、やはり我には本命に思えるのじゃ。」
「明け方には少し敵の動きが見えるかも知れません。今回の大規模攻撃がこれで終るとはとても思えません。」
「我も同じ考えじゃ。胸騒ぎが止まらん。」
弓兵が飛び込んできた。
「王宮より連絡です。…至急、泥濘地南に地雷原を設置せよ。以上です。」
「ジャブローより少し東南に離れて連絡じゃ。…設置終了。それで良い。」
「エイオスの部隊に頼んで送信して貰え。その方が早い。」
御后様の指示に俺が付けたした。
弓兵は直ぐに飛び出して行った。
「サーシャ達の読みが当ったということかの…。ミズキは西の部隊が動くと読んだようじゃ。」
「こっちにも小さな軍師がいますからね。ある程度自由にさせたほうが結果が出るかも知れません。」
「全体はミズキに末端はサーシャにと言う訳じゃな。…アルト、ミーアとサーシャの部隊は任せるか。…じゃが、婿殿、場合によってはよろしく頼むぞ。」
「判ってます。…多分、夜明けまでは膠着でしょう。敵は夜陰に紛れて兵力を増加、そして一気に攻めてくるものと思われますが。」
弓兵が駆け込んでくる。
「王宮より連絡です。沖の全ての軍船が動いた。と言っています。」
そう言うと、直ぐに去っていった。
「単なる連絡じゃな。」
「ディーの嫌がらせで確認したんでしょう。…問題はどう動いたかです。それが判るのはミーアちゃんの帰還を待たねばなりません。」
「どちらにしても明日は総力戦の始まりじゃな。」
御后様の言葉に俺は頷いた。
銀のケースからタバコを1本取り出して、火を点ける。
何時の間にか、王都から聞える爆裂球の炸裂音が聞えなくなった。
一旦、補給をしに空母に引き上げたのだろうか…。
「王宮からの連絡です。…上空に脅威なし。至急補給品を送れ。以上です。」
天幕に入るなり俺達にそう告げた弓兵は足早に去っていった。
「フェルミよ。そういう訳じゃ。矢、ボルト、爆裂球を多めに王宮に届けてくれまいか。」
フェルミさんは直ぐに席を立つと御后様に頭を下げて出て行った。
「確かに良い頃合じゃ。今の内に運べる物を運んでおけば、夜明けの大攻勢にも対処出来よう。」
「ジャブローはどうしますか?」
「まだ何もせずとも良い。…堅牢な柵は無いがそれなりに備えが出来ておる。」
時計を見ると、4時を回っている。
そろそろ辺りが明るくなる。さて、動き出した軍船は何処に向うのか…。もう直ぐミーアちゃんが帰ってくる。
お茶を飲みながら、ミーアちゃんの帰りを待つ。
時計が5時に指しかかろうとした時、ミーアちゃんが現れた。
夜には判らなかったけど、体が返り血を浴びて鎧の至る箇所に黒い染みが付いている。顔にも乾いた血の跡があった。
背中と横腹にも数本の矢が折り取られている。
何とも凄惨な姿だった。
「報告します。敵軍船の上陸地点は沿岸全てです。一様に上陸しており、偏りは見られませんでした。上陸と共に進軍開始。現在上陸地点から真直ぐに王都を目指しています。」
「直ぐに、王宮に連絡じゃ。今の戦いが時間と共に過酷になるぞ!」
待機していたエイオスが立ち上がると駆け出していく。
「直ぐにジャブローの全員を起床させるのじゃ。装備を整えて待機させよ。そして各部隊の指揮官は直ぐに指揮所に集合させよ。」
「ケイロスとセリオスにも連絡を取るのじゃ。知らせるだけで良い。」
御后様の指示で皆が一斉に動き出す。
そんな中、俺と御后様はテーブルの地図をジッと眺めた。
「中々やりおる。西の部隊は王都に近づく程に兵力が増強される。」
「そうなれば、サーシャちゃんの仕掛けが役に立ちます。ここで、一旦進軍が止まる可能性が高いですね。」
王都への補給は朝方の補給からしばらくは実施出来ないだろう。補給担当の亀兵隊を偵察員として配置するか…。
ジャブロー固有の守備兵は200に満たないから、俺達を含め全員が配置に付かざるえない。
その配置も問題だ。何処までケイオスさん達を考慮出来るかで全く違うものになる。
姉貴の返答はまだ確認出来ないが、ジャブローを放棄する事は無いだろう。
そんな事を考えていると、指揮所に続々と指揮官や副官が集まってきた。