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#252 疑えば切りが無い

 

 3日目の夜が明けて、ジャブローの見張り台に上ってみた。

 見張り台の上には、ミクとミトに代わって屯田兵と弓兵の通信兵が周囲を監視している。昼は発光式信号器の伝達距離が1kmを切るから、伝令と監視で状況を見極めねばならない。

 

 「ご苦労様。…変わった事は?」

 「先程、ミーア様の部隊がジャブローに帰還しました。他に変わった事はありません。」


 ミーアちゃん帰って来たんだ。俺と入れ違いになったのかな?

 そんな事を考えながら王都を見る。3km程離れているが、双眼鏡で見るまでも無く幾筋も立ち上る煙が敵の攻撃の凄まじさを物語る。煙の色が白いから消火は捗っているようだ…。


 2kmも離れていない水場には天幕が沢山張ってあった。

 王都からの避難民がどれ程いるかは未だ判らないけど彼等の対応も考えねばなるまい。御后様は早急に食料送付をネイリー砦に依頼したが、状況が分り次第追加する必要もあるだろう。


 西に目を向けると横に2段の陣を敷いた連合王国の正規軍が見える。ケイロスさんが指揮官だから見事な陣形だ。後ろに多数の天幕が並んでいるのは兵の半数に休息を取らせているのだろう。

 更に、西に小さく見える一団はセリウスさん達に違いない。

 朝だからどの部隊からも朝食を作る薄い煙が上がっている。


 さて、今日はどんな1日になるかな?…そんな事を考えながら櫓を下りて指揮所の大型天幕に入った。


 テーブルにはミーアちゃんがまだ残って御后様に報告していた。

 「…そうか。やはり、兵力の順次投入をしておるのじゃな?」

 「今日も夜明け前に1艘が着岸しました。船は順次解体されて防衛陣地を作る材料ににゃっています。焚火にも使われているようです。」

 「それと、監視所に立ち寄り沖の船を見てきました。昨日より確実に減っています。大蝙蝠の発着用の箱舟の数は、更に1艘減って3艘になりました。…報告は以上です。」


 ディーの間欠的な嫌がらせの成果だろう。レールガンの使用は結構制約があるけど、確実に敵の船を沈めているようだ。

 しかし、敵も考えたな。箱舟はこの戦の為に使い捨てる考えで、築城材料と燃料にするとは…。

 

 「ご苦労じゃった。今夜に備えて早く休むが良い。」

 ミーアちゃんは御后様に頭を下げると、天幕を出て行った。

 「婿殿も早く休むが良い。我も、アンが顔を出したら休むゆえ…。」

 「南の城壁を巡って戦いが膠着しているのが気になります。東と西の敵部隊に偵察は出しているのでしょうか?」

 「ミズキの事じゃ、抜かりはあるまい。婿殿が起き出す頃には連絡も入っているじゃろう。」

 後は御后様にお願いして、休息用の大型天幕に入りゆっくりと休む事にした。

                ・

                ・


 ふと目が覚めた。時計を見ると2時過ぎだ。

 早速、貯水池に出かけて顔を洗う。結構大きな池だから、泳いでる奴もいるぞ。

 指揮所の天幕に入ると、アン姫とフェルミ、それにエイオスがテーブルに着いていた。何時もの席に座ると、早速地図上の駒を確認する。

 ミーアちゃんの部隊はジャブローで休息中だな。ケイロスさんとセリウスさんは動いていないが、敵の西部隊を偵察してる分隊がある。

 アルトさんとサーシャちゃんの部隊が泥濘地の東南に移動しているけど何をしてるんだろう。南の敵軍は王都攻略でこっちには回ってこないと思うけど…。


 「アン姫、アルトさん達の出撃理由は何ですか?」

 「南へ泥濘地を広げようとしております。ついでに地雷原を作るのじゃ。と言って元気に出発なされました。」

 あまり変な仕掛けを作るとこっちが引っ掛かりそうだけど、大丈夫かな?

 確かにジャブローが発見された場合には役立つけど、この位置に仕掛けると敵部隊への攻撃が西に大きく迂回しなければならなくなりそうだ。泥濘地の東側を通った出撃ならば問題ないと思うけどね。


 「王都の方はどうなってるか判る?」

 「午前中に荷馬車3台の物資を補給しました。その時に、アキト兄さんに伝えてくれって頼まれました。」

 そう前置きをしてリムちゃんが王都の様子を話してくれた。

 「王都に荷を運ぶ時に畑に向かう途中で、王都から来た2台の荷馬車とすれ違いました。雑木を切って沢山荷馬車に積んでました。」

 「王都の王宮のテラスから南の崩れた城壁が見えました。そして、南の楼門前の広場に皆で柵を作ってました。王宮の1階にある広間に女王、ミズキ姉さんと数人の隊長が集まってテーブルに広げた地図を見ていました。皆元気そうでした。」

 一旦、話を区切ってリムちゃんはカップのお茶を飲んだ。


 「お姉さんから、伝えてくれって言われたのは、東の部隊と南の部隊の事です。フェイクとは断言できない。それを伝えて欲しいと言われましたが…、フェイクって何の事かは判りませんでした。」

 「大丈夫。俺にはそれで判るよ。姉貴は周りの人達に心配させないようにしたんだと思う。フェイクって言うのは偽りっていう事なんだ。姉貴は東と南の部隊が陽動部隊ではない可能性を指摘してくれたんだ。」

 リムちゃんは頷くと話を続けた。

 「帰ろうとした時に、黒く日焼けした長身の男の人が入ってきました。革の上下を肌に直に着て羽根で飾り付けた人です。ミズキ姉さんと短い会話をして私と一緒に王宮を出たのですが、男の人が乗ったのは、大きなカルートでした。私は吃驚しましたが、男の人も、私がクローディアに乗るのを見て吃驚したようです。」


 多分、この地方に古くから暮らしている狩猟民族の戦士なんだろう。…でもカルートってカンガルーだよな。凄いのに乗ってるな。

 東と南の敵部隊については御后様がやってきたら、再度話し合えばいいだろう。後は…。

 

 「そういえば、フェルミ。水場に避難した市民達はどうなってる?」

 「荷馬車5台分の食料を中心に避難民への緊急援助として持って行きました。約5千人が避難しています。男子の多くが王都に残っているそうです。

 脱出時に食料や調理器具を持ち出しておりますから、数日の生活には対処出来ますが、長引く場合は食料が確実に不足します。」

 「獣に対する対策は立ててあったかい?」

 「柵を廻らす事は実際不可能です。北に市民を保護する正規軍を配置しているだけです。もっとも、簡単な堀を作って低い土塁は市民の手で作っておりました。」


 避難民に比べ護衛の数が少ないようにも思えるが、この近所は嬢ちゃんずが積極的に鎧ガトルを狩っていたから何とかなるかも知れないな。対応出来ないようなら、低い柵と地雷を組合わせた物を屯田兵に作らせれば良いだろう。


 昼食のサレパルを食べながら地図を睨んでいると、亀兵隊が入ってきた。背中の旗がムカデだという事は、セリウスさんの部隊だな。


 「セリウス指揮官率いるジェイナス防衛軍所属のルディンです。ジャブローに、西敵軍の状況を報告しに参りました。」

 ちょっと待て、ジェイナス防衛軍って狩猟期に使うサーシャちゃん達の登録名称だぞ。後でサーシャちゃんが怒り出すような気がするけど、セリウスさん大丈夫かな?


 「御后様は不在ですが、俺が責任を持って伝えます。」

 俺の返答を聞いて、亀兵隊は報告を始めた。


 「現在の敵軍の数は、ドラゴンライダーが600、徒歩の弓兵が200、徒歩の槍兵が1,500、剣兵が1000の約3,300人の軍勢です。

 夜間、小型の船で100人単位で兵力を増強中ですが、今朝までの偵察では動きはありません。

 現在、我が防衛隊が布陣している場所からの距離は約100M(15km)程です。

 以上、報告を終ります。」


 アン姫が伝令の言葉をメモに取って鳩時計の時間を書き込む。

 「ご苦労でした。確かに伝えます。」

 俺の言葉を聞くと亀兵隊は胸に手を叩きつけるように答礼して天幕を出て行った。

 

 「動きが無いのが気になります。東はそれなりに動いているようですけど、西の敵は少しずつ兵力を増強しています。」

 「それでも100人単位は少なすぎる。そして動かない…。そして、西の増援では船を使い捨てにしてないのも気になるね。」

 「船の処理については何も言っていませんでしたが?」

 「当たり前過ぎて言わなかったんだと思うよ。兵員を乗せてきた船を壊して柵を作る方が異常だと思う。」


 地図をもう一度確認する。意外と、アルトさん達の地雷原が役立つかも知れないな。

 4時を過ぎた頃に、王都への大蝙蝠の襲撃の知らせが見張り台から届いた。ここにもそれと判る爆裂球の低い炸裂音が届いてくる。

 しかし、こうも繰り返されると何か慣れてきたような気がするぞ。

 そんな事を考えていると、弓兵が走ってきた。

 「報告します。大蝙蝠の中に攻撃をせずに上空で旋回している部隊がいます。」

 報告を聞いて直ぐに外に出る。そして双眼鏡で王都の上空を見る。

 確かに3匹の大蝙蝠が攻撃に参加せずに上空を旋回している。観測していると考えるべきだな。

 

 王都の破損状況を確認したとなれば、次は攻勢か…。問題は、何処に残りの兵力を上陸させるつもりかという事だ。


 指揮所に戻ると御后様が座っている。

 アン姫がメモを元に御后様に状況を報告していた。

 アン姫の報告が終わり、御后様が頷くのを確認して、先程の大蝙蝠の話をする。


 「婿殿の言う通り、偵察が目的じゃな。…しかし、4日目の夜を迎えようとする時になっても、色々と面白い事が起きるものじゃな。狩猟民族の戦士がカルートに乗っておるとは、是非見たいものじゃの。

 ミズキとスマトル王の軍略の読みも面白い。我はずっと東西の敵部隊が本命と思っておったが、偽計を疑っておるとは流石と言うべきじゃろう。」

 「それでも、3,000を越える兵力は無視できません。姉貴が迷うのはその辺にあるのかも知れません。」

 

 そんな話をしているとアルトさんが入ってきた。

 「少し仕掛けをしておいたぞ。この辺りにたっぷりと地雷を仕掛けたのじゃ。…これで進軍すれば進路が南に反れる。北を回ろうとすれば大きく迂回せねばならず、その先はここ、ジャブローじゃ。」


 何か余計なお世話言うか、ありがた迷惑というか…、微妙な場所に仕掛けてくれた。

 しかし、確かに有効な手ではある。南の部隊が増強されて、且つそこに西の部隊が合流したら、動きが取れなくなりそうだ。そこへサーシャちゃんの機動バリスタでボルトを打ち込んだら…。


 「面白い場所じゃな。まぁ、ジャブローに来たとしても、ケイロスの部隊がおる。面白い戦いになるじゃろう。」

 御后様の顔が綻んでいる。ヤル気満々だな。

 「でも、相手は3,000を越えてますよ。ここには200程の兵力です。辛い戦いになります。」

 「ケイロスの部隊を含めると600。更にセリウスの部隊もおる。実状は5倍程にも満たぬ。」

 

 まぁ、確かにそうだけど…。

 確率的には大きく迂回する方が低いだろうなって考えたけど、声には出さなかった。

 

 アルトさんはとっくに引き上げていた。きっと疲れたんだろうな。

 そして、入れ替わりにミーアちゃんがやって来た。


 「南の敵部隊の側面を攻撃します。攻撃は深夜と明け方の2回を予定していますが、特に指示はありますか?」

 「ご苦労じゃが、明け方の襲撃はせずに監視所で南の部隊と西の部隊の動向を見てくれぬか。特に、敵の増援には十分注意して見て欲しい。」

 「了解しました。」


 ミーアちゃんはそう言うと天幕を出て行った。

 時間は7時を過ぎようとしている。ミーアちゃんが天幕を出る時に外がチラッと見えたけど、もう薄暗くなっている。

 

 「さて、どちらに増援を送るかですね。」

 「昼間の偵察の後には大蝙蝠の攻撃が無いと聞く。ここは敵が一気に動くと考えるのが常識じゃが…。」 

 「相手に常識があれば…ですね。ディーの敵船への攻撃はそれなりに効果が出ています。総攻撃が長引けば長引くほど敵は不利になるでしょう。軍略の秀才であれば十分理解出来るはずです。夜陰に紛れて何処に主力を上陸させるかで本命が判るでしょう。」

 

 夜食に黒パンサンドとカップスープを食べながらそんな事を話しあう。

 お茶を飲み、御后様とタバコを吸っていると、弓兵が飛び込んで来た。


 「報告します。大規模な敵軍の攻撃が始まりました。王都の上空に大蝙蝠多数。広範囲に爆裂球と【メルダム】の炸裂光を確認。」

 更に弓兵がやって来た。

 「ミーア様から連絡。…南の敵軍が一気に攻勢を掛けた模様。現在側面攻撃を継続中。以上です。」

 そう言って急いで天幕を去っていく。


 「エイオス、救援の準備だ。」

 俺の指示にエイオスは天幕を駆け出した。


 「行くか…。」

 「王都の西の城壁に沿って攻撃します。ミーアちゃんの部隊はたぶん反復攻撃を仕掛けていると思います。あまり側面を突くと…。」

 「ミーアの部隊は30…。あっという間に取り囲まれる。少なくとも脱出路を確保すれば一旦後方に下がるじゃろう。」


 御后様の言葉を聞きながら、腰のバッグからショットガンを取り出して肩に掛ける。そして、御后様に頷くと天幕を出る。

 

 「準備は既に。投石具に爆裂球を全員セットしています。」

 俺は頷くと、エイオスの傍らのバジュラの鞍から兜を取って被る。バジュラに跨るとショットガンを持つ手を高く掲げた。


 「良いか。俺達はアケロン川の渡し賃を背中に背負ってる。しかも2Lも余分にだ。死んでも渡し舟の良い場所を確保して貰えるだろう。…行くぞ!」

 「「「オオォ!!」」」

 広場を蛮声が覆う。

 その声に、広場に飛び出してきた連中の視線の中、俺達総勢21人はネコ族の亀兵隊を先頭に一路王都に向かってジャブローを飛び出して行った。

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