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#251 南の敵軍

 

 3日目の夜になると、大鎧の重さも少しは慣れてくる。

 指令所のある大型天幕に入ると、何時ものように御后様の隣に座る。従兵の出してくれた黒パンサンドをお茶で喉に流し込みながら作戦地図を眺める。

 王都とジャブローの間にある畑の南端には、2重の柵が設けられたようだ。王都側に数十m程張り出した柵は東進してくる西の敵軍には有効に使えるだろう。

 ミーアちゃんは監視所に戻ったようだ。やはり敵本体の情報は姉貴も欲しいに違いない。

 サーシャちゃん達は、畑南端に設けた柵の南東…これは移動しているのか?

 アルトさんがサーシャちゃんの部隊を追うようにやはり移動している。

 ケイロンさんとセリウスさんの部隊は入れ替わっていた。ケイロンさん率いる正規軍はジャブローの南西に斜めに部隊を配置している。セリウスさんは西の狼煙台の南に展開していた。


 「西の部隊が東進したら、セリウスさんが後退しながら敵を削減。ケイロスさんが南に追いやる。という配置に見えますが、西の部隊は動き出したんですか?」

 「いや、未だじゃ。…ミズキは時間の問題と言っておる。」

 「サーシャちゃん達は南の部隊を叩くのですか?」

 「そうじゃ。まぁ、嫌がらせじゃな。大蝙蝠の攻撃中は、南の部隊はおとなしい。そこを攻撃する手筈じゃ。」

 多分南側の城壁を修理するための時間稼ぎだな。


 「ジュリーさんが見えませんが?」

 「王都の応援じゃ。対空クロスボーは新たに15台を配置したようじゃが、大蝙蝠の来襲の数が減ったとはいえぬ状況と聞く。そして、今夜は左周りで沖に帰る大蝙蝠がおらぬようじゃ。少なからぬ損害を出したという事じゃな。」


 そう言いながら御后様は地図を1枚テーブルに乗せた。

 「王都周辺部の詳細版じゃ。我等には必要ないが、ジュリーが王宮で模写してきた。」

 その地図では王都の南の楼門どころか、南の城壁の3分の2が破壊されている。広場を隔てて隣接している家並みを使って第2の城壁を作っているようだ。

 「城壁は破壊されても障害にはなる。南の部隊が散発的に攻撃を加えているようじゃが、まだ、第2の城壁に辿り着いた敵兵はおらぬそうじゃ。」

 

 弓兵が駆け込んできた。

 「王都からの連絡です。…市民を西の水場に脱出させるそうです。警護は王都にいるテーバイ正規軍100人で行う。以上です。」

 「一晩で可能か…。ジャブローから人は出せぬが、食料の支援は必要じゃろう。至急、ネイリーに連絡じゃ。急ぎ食料を搬送せよ。とな。」

 弓兵は御后様に一礼すると直ぐに天幕を飛び出して行った。


 「敵兵が一気に雪崩れ込む事を想定したか…。」

 「しかし、これで王都には200の兵力しか残りませんよ。」

 「ジャブローから出せる兵力は屯田兵の半分が良いところじゃ…。敵の総攻撃が開始されたら、屯田兵50を増援に回す事にしようぞ。」

 

 「報告します。王都の南に多数の炸裂光を確認しました。」

 弓兵が天幕に入るなり、そう言って引き返した。

 「時刻は10時じゃな。機動バリスタ20台の攻撃は嫌がらせとは思えぬが、ミズキに言わせればそうなのじゃろうな。」

 「大蝙蝠と連携した地上部隊の攻撃がこれで遅延しますね。」

 「多分、ミズキの狙いはそれじゃろう…じゃが、所詮一時凌ぎじゃ。」


 「アルトさんもいますから、再度攻撃するはずです。敵は攻撃を躊躇せざる得ないでしょう。」

 「そうすると…。南の敵軍は全て徒歩じゃったな。なるほど、反復攻撃は可能じゃ。元々が海上の船を攻撃しようとして作った武器じゃからの。敵軍は攻撃地点さえ判らぬかも知れぬのう。」

 俺は御后様に頷いた。


 「報告します。王都の南に位置した敵部隊に炸裂光多数。なお、炸裂光は2箇所に集中しています。」

 弓兵がまたしても天幕の入口で俺達に告げると足早に去っていく。

 「なるほど、婿殿の言う通りじゃ。アルトが翻弄してその隙に再度サーシャがバリスタを放ったと見える。」

 「かなりの被害になるのでしょうか?」

 俺達の会話にアン姫が入ってきた。

 「被害規模と言うよりは、…相手を迷わす魂胆だと思うよ。このまま、王都に攻め込めば横から攻撃されると判った筈だ。

 それでも、攻撃に出る可能性はある。大蝙蝠との連携で何としても王都若しくは王都周辺に橋頭堡を作るよう命令されていればね。」


 「それはあり得ぬと思うが…。そのような事をしても兵力を消耗するだけじゃ。」

 「俺はスマトル王の狙いがそこにあると思います。3国を従えたとはいえ、必ずしも軍を掌握しているとは思えません。国内に残し反攻の機会を与えるより、ここで問題と考える部隊を使い捨てる事を考えていると思っているのですが。」

 

 御后様は、パイプを取り出して一服を始めた。そして考え込むように目を閉じている。そして、目を開き俺を見て問うた。

 「確か、スマトル王は冷酷な面を持つと言っておったな…。」

 俺は御后様の言葉に頷いた。


 「ありえるか…。反乱を抑えるためとは言え、惨い話じゃな…。」

 「彼等を迎えることは出来ないのでしょうか?」

 「それは、無理じゃ。全てが白とは言い難い。何個か黒が混じっておれば我が軍の内部に不安が生じる。」

 アン姫を諭すように御后様が話した。


 弓兵が駆け込んでくる。

 「報告します。大蝙蝠の攻撃が開始されました。南の部隊も進軍を開始したそうです。」

 

 「やはり、使い捨てじゃな。後に退けば軍法で裁かれ、前に進めば王都の守備兵に潰される。同じ死ぬなら家族に益となる方を選ぶか…。」

 「その結果、少しでも我等の兵力を減らす事ができれば良い。それがスマトル王の狙いでしょう。」


 「マケルト、カイラムの兵力は1万を超える。これを全て使い潰す事なぞ、不可能じゃ。軍内部に反乱が起こるぞ!」

 「その為の8000艘の船です。分散して乗船させれば反乱が起きても少ない軍勢で鎮圧出来ます。」

 「あの、驚くほどの軍船はその為にあると…。優れた軍略家ではあるが、迎えたいとは思わぬのう。」

 「姉貴も、その辺は理解しているでしょう。…しかし、その効果は決して侮る事は出来ません。」

 「そうじゃな。敵の事情は判るが向かって来る以上、手心を加える事は出来ん。辛い戦いではあるが、敵と割り切る外あるまい。」


 「大蝙蝠の襲撃終了。爆裂球の炸裂光を王都の南城壁近傍で確認。」

 弓兵がそう言って天幕を離れていく。

 

 また、弓兵が天幕に入ってきた。

 「サーシャ様よりジャブローに連絡。…補給と休養のためジャブローに立ち寄る。以上です。更に、アルト様よりジャブローに連絡。内容はサーシャ様と同様でした。」

 それだけ伝えると天幕を出て行った。


 「フェルミよ。2つの部隊に補給を頼むぞ。天幕に空きが無ければ、簡易天幕を至急張るのじゃ。」

 御后様の指示を受けてフェルミは小隊長の1人と共に出て行った。


 「ミーア様の連絡は無いんですね。」

 アン姫が心配そうに呟いた。

 「これからがミーアちゃん達の舞台ですよ。明け方まで敵の側面を突くでしょう。」

 「確かに、夜戦特化部隊じゃ。じゃが、部隊規模は小さい。万が一の時はアキト…、頼むぞ。」

 「エイムスが2小隊を待機させています。直ぐに救援に向えますよ。」

 俺の言葉に御后様が頷く。


 弓兵が走ってきた。

 「王都からジャブローへ連絡。…市民の脱出開始。テーバイ正規軍が守護。食料の支援請う。以上です。」

 「了解したと応えよ。」

 弓兵が出て行くと直ぐに従兵を呼ぶ。

 「フェルミに伝えるのじゃ。王都の西の水場に食料を支援せよ。とな。馬車5台分を送り、足りない場合は更に送るのじゃ。燃料と食器、鍋等も積むのじゃぞ。」


 「さて、王都は守備兵のみじゃ。市民を気にせず思い切り攻撃が出来よう。少しはミズキも荷が下りるじゃろう。」

 「市民はある程度残りますよ。テーバイの産業基盤が崩壊せぬように蚕の世話をしなければなりません。」

 「蚕とは…、利き慣れぬ言葉じゃが、家畜の一種か?」

 「家畜化された蛾の幼虫ですよ。蚕の幼虫が5回脱皮をすると成虫となるために蛹を保護する繭を作ります。その繭を熱湯に入れると繭の糸がほぐれます。その糸を寄り合わせたものが絹糸で、それを織ると絹になるんです。これが絹の秘密です。」

 「あの美しい絹が芋虫から作られるのですか?」

 「芋虫と言ったら、怒られますよ。大切に育てられているはずです。そして、蚕は自ら餌を求めて動く事はありません。人間が餌を与えてくれるのを待っているのです。何万匹の蚕が一斉に餌を食べる時はサーっという音が聞えるほどです。そして、蚕の食べる餌は唯一桑という植物です。水場の南に大きく広がる畑に雑木のように植えられた植物が桑です。」

 アン姫の問いに俺が応える。

 「飼いならされた昆虫なのじゃな。そこまで手が掛かるとは思わなんだ。昆虫であれば、餌を与えぬと死んでしまうか…。難儀な話よのう。世話をするための市民は残る訳じゃな。」

 「はい。産業基盤が無くなれば彼等は難民に成ってしまいます。」

 「国を興すというのも中々難しいものじゃのう。」

 御后様の言葉に俺は頷いた。


 不意に天幕の外が騒がしくなったかと思ったら、サーシャちゃんとミケランさんが天幕に入ってきた。

 「大分痛めつけてやったぞ。我等の攻撃は最後まで悟ることができぬようであったぞ。」

 「アルト様の攻撃に翻弄されてたにゃ。最大射程で攻撃したから向こうからは見えないにゃ。」

 それでも、ネコ族なら見ることは出来ると思うけど、注意がアルトさんの部隊にいっていたという事だな。

 

 「ご苦労じゃった。補給を受けて兵達を休めるが良い。フェルミ。よろしくな。」

 そう御后様が指示すると、フェルミの案内でサーシャちゃんとミケランさんは天幕を出て行った。

 そんな所に、アルトさんがやって来た。矢が背中に2本刺さってるけど痛くないのかな?…何となく落ち武者みたいな姿だぞ。


 「敵の士気は高い。我等の嫌がらせを物ともせずに王都へ進軍して行った。」

 「あのう…。背中の矢は痛くないんですか?」

 アルトさんの話の途中でアン姫が心配そうに聞いた。やはり、気になるよな…。

 「?…刺さっておるのか。なら、引き抜いてくれ。」

 俺は傍に行くとグイって2本の矢を引き抜いた。そして、刺さっていた矢をアルトさんに見せる。

 

 「結構強く入っていたようじゃが、何も感じなかったぞ。…流石、アキトの国の鎧だけの事はある。革鎧なら【サフロ】を必要とするな。」


 「無茶はしないで下さいね。大鎧と言っても弱点はあるんですから、あくまで流れ矢から身を守る手段と考えてください。」

 俺は一応クギを差しておく。そうでもないと、これは良いって敵軍に切り込みかねない。


 「我等が攻撃の最中にディーが数個の爆裂球を束ねた物を敵軍に投げ込んだ。凄い威力ではあるが、その時、炸裂光で一瞬敵軍の全容が見えた。2000を越えておるぞ。

 じゃが…、王都攻撃の為に進軍した部隊は500にも満たぬ。

 それと、海上に向けてディーの放ったレールガンで陸に近づく箱型の舟を見た。南の部隊は更に膨らむぞ。」

 

 やはり、個別に上陸させている。

 狙いはスマトルとカイラムの兵士の磨り潰しと見て良いだろう。となれば、スマトル王国の正規軍は東の部隊と西の部隊になる。

 その2つの部隊が動く時が最大の激戦になりそうだ。


 

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