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#246 敵の偽計

 

 大型天幕の中に入ると御后様とジュリーさんが顔を突き合わせている。

 やばい相談でもしてるのかな?って少し離れたテーブルの席に着くと、御后様の手が俺に向かっておいでおいでをしている。

 「何でしょうか?」

 おずおずと御后様のところに近づいて声を掛けた。

 「まぁ、座るが良い。…ちょっとな、気になっておるのじゃ。ミズキも同様で、テーバイ王宮に着いたらラミア女王に確認すると言うておった。」

 

 御后様の隣に座ると、従兵が冷たく冷やしたお茶を出してくれた。

 「まぁ、そう改まらずとも良い。…ミズキから知らせが来るまで、まだ間があるじゃろう。のんびりと一服したら良い。」

 

 ありがたく、タバコを取り出した。

 「実は、ディーさんの報告内容にミズキさんが疑問を投げたのです。8,000は多すぎる

…。そう申しておりました。」

 「我も同じ意見じゃ。大型軍船の兵員は100人程、じゃがそうだとすると80万人の兵がいる事になる。ありえぬ数字じゃ。」

 

 モスレム王国の総人口は約30万人程度。正規兵は5,000人だから2%にはならないはずだ。この比率で80万人の兵を考えると…4,800万人の国民がいることになる。

 この世界の王国は都市国家的な色彩が強いから、こんな数値になるはずがない。

 何がおかしいんだ…数?船?…。

 

 「トリスタンにスマトル王の人物を調べて貰った。スマトル王の名はラディスという。ラミア女王より5歳年上じゃな。性格は温和と冷酷を併せ持っている。文武両道で特に古来の戦を研究するのが10歳前後からの趣味と言っておった。

 希代の軍略家じゃよ。…じゃが、この話をミズキにすると笑っておったぞ。どんな勝算があるのかは無言であったが…。」


 そう言って御后様は銀のパイプを取り出した。火を点けに立ち上がろうとするところを呼び止めてジッポーで火を点けてあげる。ついでに俺も咥えたままのタバコに火を点けた。


 「たぶん姉はスマトル王、ラディス王でしたか…、その人が秀才と呼ばれる範疇だと思ったからでしょう。

 頭脳明晰な人材が過去の戦を研究すれば、現在の状況が過去のどの戦いに似ているかを判断できます。その戦いがどのように行われその結果がどうだったかも分っている筈です。そして、最善の方法を現在の戦いに反映する。

 これが、姉貴が思い描くラディス王の人物像だと思います。」


 「それでしたら無敵ではありませんか?」

 ジュリーさんが俺の言葉を聞いて驚いたように言葉を発した。

 「いいえ。無敵ではありません。王都の士官学校の講師連中には荷が重いでしょうが…。」

 「重いどころか、逃げ出しおるわ。…ところで婿殿。無敵ではないと言うところをもう少し補足して貰いたいのじゃが…。」

 

 う~ん…何が良いかな。

 「例になるかどうか…。古来より陣は川があれば敵と自軍の間に川を挟みます。川の流れに足が縺れるところを弓で容易に倒せますからね。敵を追い詰める時も川を利用する場合があります。川に行く手を阻まれて右往左往しているところを殲滅できるからです。」

 「その通りじゃ。川を渡り敵陣に切り込むは愚の骨頂。そして川を背にするも同じじゃ。」

 

 「ですが…俺の国では、こんな例がありました。…倍する敵にあえて川を背に陣を構えたのです。そして、その結果は…倍する敵を殲滅できました。これを背水の陣と言って、その陣を構えた軍師を褒め称えています。」

 「待て、それはあり得ぬ話ではないか?…倍する敵に攻め込まれれば、後ろは川じゃ。逃げること適わず、自軍の兵は混乱して討ち取られるのが……、混乱しなかったのじゃな?」

 「軍師は全軍に言い聞かせたそうです。前には倍する敵、後ろは川であると…我等が助かる道は前にいる敵を倒す事のみ可能性があると…。そして、倍の兵力を持つ敵軍は川を背にした者達を侮っていましたから、奮い立った者達の敵ではなかったのです。」


 御后様は俺の話を目を閉じてジッと聞いていた。

 「なるほどのう…。そのように兵を使える者もおるのじゃな。」

 「姉は前から俺によく言っていました。…秀才は問題ないと。私が恐れるのは天才だと。」

 

 「ミズキが恐れる天才とはどういう者じゃ?」

 「古来の常識を一切無視して、一瞬のひらめきで軍を動かすと言っておりました。古来の戦の戦術を聞いてもまるで感心しないそうです。天才にしてみれば当たり前の事だからだそうです。

 そして、何時も力説してましたけど、100人の秀才は1人の天才に適わない。秀才は努力すればなれるけど、天才には届かない。天才はその言葉の通り天賦の才だそうです。」


 「我には、ミズキが天才に見えるがのう…。」

 「俺にとっての姉は天災ですよ。」

 その言葉に3人は笑い出した。でも、御后様は、相手にとっての天災じゃな。って呟いてたぞ。

                ・

                ・


 昼食を取っている時に、マハーラさんが俺達の所にやって来た。

 「対空用クロスボーと爆裂ボルトの輸送は完了しました。今度は食料と燃料の輸送を行います。

 それと、ミズキ様に確認するよう言われたのですが…。」

 そう言って御后様から俺の方に視線を移した。


 「沖の船舶の種類は確認出来たか?と言っておりました。」

 「無理だった。多数であることは間違いないので、ディーに距離と隻数を教えて貰った。」

 「やはり…。ミズキ様が言っておりました。船の数が不自然だと…。ラミア女王にスマトルとマケルトの軍船と商船の数を確認しましたが全部で300隻程度です。漁民の船を足しても1000になるかどうか。

 更に南方にも王国があると聞いておりますが、国庫で賄える援軍船の数も100前後であろうとの事です。」

 

 「偽船じゃな…。」

 「ミズキ様もその意見でした。動揺せぬようにラミア様に申しております。」

 「でも、俺は疑問があるぞ。…どう考えても直ぐに分るような事を軍略家と言われるような国王がするんだろうか?…俺はその偽船こそが怪しいような気がするけど。」


 「そこで、アキト様に監視所で待機するように。との事でした。必要に応じて攻撃を許可する。但し、監視所の位置を覚られる事が無いように念を押されていました。…それと、これからは監視所をデル、補給所をサフ、王宮のミズキ様の部隊はフズと呼称せよと…。」

 

 略称は薬草から持ってきたな。

 「じゃが…補給所を信号器でサフとするのは良いが、普段言うには適さぬのう。…婿殿、何か良い名は思いつかぬか?」

 俺にネーミングを問うのはどうかと思うけど…。

 「ジャブローっと名付けましょう。架空世界の大きな基地の名前です。」

 「響きが良いのう…。了解じゃ。今日からこの補給所はジャブローと名付けようぞ。そして、信号ではサフじゃ。」


 マハーラさんは、そんな事を俺達に伝えた後で、荷馬車5台と共に王都に帰って行った。

 そして、帰る間際に俺を呼ぶと姉貴から預かったと言って、小さな包みをくれた。結構な重みがあるぞ。

 テーブルに戻って包みを開けると、これって、フィールドスコープ?…口径60mmの倍率可変タイプだな。最大で40倍と表示してある。小さくて頑丈そうな折り畳み式の三脚が着いている。

 確かにこれなら、俺の持っているツアイスよりも口径が大きく倍率も高いからもう少し詳しく観察できるだろう。


 俺は少し離れたところで控えていたエイオスを呼ぶと、通信兵がいる小隊を待機させるように言った。

 「…広場で待っていてくれ。後の小隊は1小隊を即応待機でもう一小隊はリムちゃんと一緒に輸送を担当してくれ。」

 

 彼が天幕を出て行くのを見て、御后様に出発する事を伝えた。

 「あくまで監視に集中する事じゃ。敵が上陸してもじゃ。」

 そんな御后様の言葉を頂いて、俺は天幕を出た。

 隣の大型天幕の前で笛を吹くと、バジュラがやって来た。早速鞍に跨ると広場に移動する。

 そこには、エイオスが9人の亀兵隊を引き連れて待機していた。

 

 「直ぐに移動可能です。発光式信号器の操作は私以外にもう1人がおります。」

 俺が近づいて来たのを見てエイオスが報告してくれた。

 「…出かけるぞ!」

 片手を上げて出発を告げると、亀兵隊の乗るガルパスはグイと体を起こす。そして、一路南の監視所を目指して走り出した。

 

 監視所には、何時も通り5人の亀兵隊が監視を行っていた。

 「状況に変化は?」

 「ありません。沖に停船したままです。」

 「エイオス。この監視所の迷彩を強化してくれ。ここは良い監視場所だ。なるべく敵に発見されたくない。」

 「分りました。大型の布で更に迷彩しましょう。確かに荒地にガルパスが数匹は不自然です。」


 迷彩をエイオスに任せて俺は丘に上った。

 丘の上から眺めると、相変わらず沖合いを埋め尽くすように多数の船が停泊している。

 平らな場所を探すと、座り込んで腰のバッグから袋を取り出して、フィールドスコープを据え付ける。腹ばいになってアイピースを覗き込むと、焦点を合わせて倍率を上げていった。


 なるほど…。軍船、漁船、商船があるが最も多いのは箱舟とこちら側に板を張っただけの舟だ。

 箱船が流されるのを防ぐようにロープで結ばれているのも見える。

 そして、箱舟にも2つの形があるのが見て取れた。1つはただの箱で他の船に曳かれている。そして、もう1つは、舷側に櫂が見える。その比率はおよそ5対1の割合だ。

 

 「通信兵、一旦書き取ってくれ。

 敵船の内訳は次の通り。大型軍船約100。商船約100。小型船約500。自走箱舟200。箱舟約1000。偽装船約5000以上。偽装船は完全なフェイク。以上だ。」

 

 早速、通信兵はカチャカチャと発光式信号器で王都に連絡を始めた。

 「ダメです。王都からの着信確認が取れません。」

 「補給所に連絡しろ。補給所もダメなら。伝令だ。」

 通信兵は俺の言葉に頷くとジャブローに向けて信号を送る。

 ひとしきり操作していた通信兵が「伝令!」と怒鳴り声を上げる。

 直ぐに走ってきた兵隊に、通信兵はノートを破って補給所に行くように伝えた。


 「やはり昼間の遠距離通信は無理か…。」

 「見にくいので確認出来ない時が多いです。夕暮れから日の出までは問題ないんですが…。」

 まぁ、光を通信手段とする以上仕方ないのかもしらないな。となれば、伝令システムを整備する必要もあるぞ。


 そんな事を考えながら、監視兵と交替で沖を眺めていた時だ。

 丘の陰に隠れてのんびりとタバコを吸っていると、亀兵隊の1人が俺の所にやって来た。

 「動きがあるようです。お知らせするようにと…。」

 急いで丘に上り、フィールドスコープを代わって貰うと、アイピースを覗き込んだ。

 

 2隻の箱舟が大型の軍船に曳かれて近づいてくる。片舷に数十の櫂が一糸乱れぬ動きで水を掻いている様子が手に取るように分るが、箱舟の動きはゆっくりとしたものだ。余程の荷物を積んでいるに違いない。

 そして、その箱舟の構造も気に掛かる。箱型の船よりも屋根が極端に広くて平らなのだ。

 それは…まるで…空母のようだ!しかもその大きさは大型軍船を凌いでいる。


 「通信兵。相互通信は出来るか?」

 「確認します。」

 ひとしきりカチャカチャと信号器を操作する音が聞こえる。

 「王都間の通信不可能。補給所とは可能です。」

 「至急送信しろ。あて先は王都のミズキ姉さんだ。文面は、…敵空母2隻発見。岸に向かいつつあり。現在大型軍船にて岸側に移動中。大蝙蝠100匹は運用可能と思われる。…以上だ。」

 

 それだけ伝えると、再度アイピースを覗く。

 箱舟の中に似た構造が無いかを入念に調べると更に3隻を見つけた。これは未だ動きが無いようだ。

 

 監視兵を2人残して、丘を下りていくと、大きな布が土を塗られて張られている。

 「大型天幕の布を使って隠蔽しました。表面は土を塗ってありますから迷彩も問題ないでしょう。ガルパスも10匹以上中に入れておけます。」

 そう言いながらエイオスがお茶のカップを渡してくれた。

 「有難う。とりあえずはこれで良いだろう。後は、夜になったら焚火は自粛だ。パイプも外では使わないでくれ。」

 「了解しました。焚火は使わず、炭を使っていますから、明かりが漏れる可能性は低いと思います。」


 夕暮れが近づくと、監視所の周囲の杭に鳴子を結びつけて、夜に備える。少し早いが夕食も準備しているようだ。

 「変化がありました。来て下さい。」

 俺を呼ぶ声に急いで天幕をでて丘を登る。

 「屋根に黒い物が見えます!」

 フィールドスコープで監視していた兵が俺に告げる。

 そして、アイピースを覗くと、なるほど屋根に一杯並んでいた。粟粒のように見える人の姿と比べてもその姿は黒くて大きい。

 間違いない、大蝙蝠の姿だ。その数は…ざっと60位か。

 

 「通信兵を呼べ。」

 監視兵が丘の下に怒鳴ると、直ぐに通信兵が丘を登ってきた。

 「お呼びですか?」

 「王都と補給所に連絡だ。…空襲の可能性あり。敵は120。他に3隻空母あり。…以上だ。それと、ここの監視所をデル、補給所はサフ、王宮はフズと略称を決めたから、連絡はそれを使えば少しは楽になるだろう。監視所がデル、補給所はサフ、王宮はフズだぞ。」

 通信兵は俺の言葉をノートに書きこむと丘を下りるなり信号器をカチャカチャと操作し始める。

 さて、敵の王様はどんな作戦に出てくるのかな。これから始まるのは偵察と攻撃を兼ねたものだろうけどね。


 「王都から返信です。敵空母と海岸との距離を知りたがってます。」

 通信兵の声に、丘の上から海岸と空母との位置を確認する。…どう見ても3km以上は離れている。フィールドスコープで見ても周囲の軍船と大きさを比較してそれ程位置が変わったようにも見えない。ディーは6500と言っていたから、5km位なのかも…。海上の物体は比較する物が無いから、距離は不確定だ。」


 「王都への返信…距離推定5000。以上だ。」

 通信兵が信号を王都に送る。夕暮れが段々と迫ってきた。フィールドスコープの埃を掃って丁寧に包みバッグに仕舞いこんだ。

 今度は、目が頼りになる。

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