#245 海が4で船が6
補給所に着いて1週間。俺とセリウスさんの乗亀の腕もそれなりに上達したと思う。
御后様とリムちゃんは関心してたけど、アルトさんに言わせると「まだまだ切れが無い。」との事だ。
流鏑馬の腕は、俺よりセリウスさんの方が上だ。どうも弓との相性が俺には無いらしい。一度、M29で挑んだところ全弾命中したぞ。
「矢が前方1M(150m)以上飛べば問題ない。味方に当らなければ十分だ。」
俺の弓の練習を見ていたアルトさんが、そう言って慰めてくれた。
ネイリー砦から亀兵隊を西の狼煙台付近に移動した事で、狼煙台の建設速度が上がり、今日中にも完成しそうだ。
キーナスさんが屯田兵100人に発光信号器とモールス信号を覚えさせたと言っていたから、今夜にでも、ネイリー砦との連絡試験が出来るだろう。
この補給所の司令部とも言える大型天幕のテーブルで、何時もの作業の打合せをしていると、亀兵隊が飛び込んできた。
「モスレム王宮からの連絡です。ラザドム村で戦闘がありました。」
そう言って姉貴に書面を渡したので、俺も隣から覗いてみる。
戦闘と言うより小競り合いと言った方が良いのかも知れない。双方に死人が無く軽症者が数人出た程度だ。
襲ってきたのは商船に乗ったスマトル兵らしい。沖合いに船を止めて小船で漁村に押しかけて来たようだ。
村を少し離れた場所に駐屯していた正規軍が駆けつけて来た時には、村在住のハンターと漁民の手で押し返した後だったらしい。
姉貴が書面を御后様に渡すと、アン姫達が俺と同じ様に書面を覗き込んでいる。
「潮時じゃな。」
そう言って、御后様は書面をセリウスさんの方に廻した。
「ネイリーの状況は?」
「屯田兵を200M(30km)程、南方に移動しました。南方海岸には3チームのハンター達が、100M(15km)程の間隔で監視しています。」
姉貴の問いに、亀兵隊が即答する。
「…となれば、現在のネイリーの防備はどうなのじゃ?」
「屯田兵の家族が民兵となって駐屯しております。」
元正規兵の家族だからな。それなりの働きは期待できそうだ。御后様も頷いてるところを見ると俺と同じ考えだな。
「連合国の亀兵隊はどうなってる?」
「現在、教導隊が訓練中です。装備を整えて、3日後には出発出来ます。…しかし、連合国の正規兵は現在マケトマムに移動中とのことです。」
「正規兵が到着するのは早くて10日後になるのう…。」
御后様が困った顔をして呟いた。
「部隊編成を兼ねて連合の亀兵隊を西の狼煙台まで移動しましょう。装備の不足分は後日送って貰えば問題ありません。…アルトさん部隊が到着次第、速やかに配属人事を行って下さい。」
「了解じゃ。セリウス達の教練が出来なくなるのが問題じゃが、リムと一緒に南方の海岸を偵察してこい。戦場の地理を知るのも指揮官の仕事の内じゃ。」
アルトさんの一言で、俺とセリウスさんはリムちゃんを連れて海岸に行ってみる事にした。
「あぁいう場は息が詰まるな。」
全くその通りとセリウスさんに頷いた。
ガルパスのいる大型天幕で3人が笛を吹くと、トコトコとガルパスがやって来る。
少し大きめのガルパスはバジュラとグスタフだな。クローディアは比較してみるとちょっと小さく見える。でも雌雄の区別は俺には出来ないぞ。
早速、鞍を着けると乗り込んで大型天幕から外に出た。するとそこには数人の亀兵隊が小さな荷車をガルパスに取り付けていた。
何をしているのか訊ねると、海岸の観測所に食料や水等を届けに行くらしい。
丁度いいので、彼等に同行して出かける事にした。
俺達は荷車を引いたガルパスの後ろをのんびりと進んで行く。
荷車の車輪は幅広で荒地に車輪が取られないようになっている。積んでいる荷物が軽いのか、進みは結構速い。自転車よりちょっと遅い位の速度だ。
うねるような荒地を30分程進むと数枚の天幕が見えてきた。緩やかな丘のような場所の北側に天幕は張られている。そして、斜面の頂上付近に数人の亀兵隊が南方を見ていた。
天幕近くにガルパスを止めると、3人で丘に上る。天幕から3m程の高さだが、野営地を直視出来ないはずだから、しばらくここを使って監視が出来るはずだ。
丘の上からはテーバイの海岸が広く見渡せる。入り江は思ったより小さく、商船なら辛うじて2艘が停泊出来る位だ。その代り広い砂浜が東西に伸びている。
ここからだと、20kmの範囲で監視が出来そうだ。
「状況に変化は無いか?」
「ありません。平和そのものです。」
セリウスさんの質問に、監視していた亀兵隊が即答する。
「ラザドムが武装商船の襲撃を受けたようだ。小さな変化も見逃さず、補給所に報告してくれ。」
セリウスさんの言葉に、監視していた4人の亀兵隊が頷く。
しばらく、海を眺めて一服した後、丘を下りて西の狼煙台を目指してガルパスを駆る。
リムちゃんの後を懸命にセリウスさんが追いかけているのを見ると、かなり上達したのが分かる。
それでも、小回りは苦手のようだ。
西の狼煙台は大勢の亀兵隊で溢れていた。
大型天幕が張られ、その北側に砂塵が上がっているところを見ると、訓練の真っ最中らしい。
俺達が近づくと大型天幕からミーアちゃんが出てきて、俺達を手招きしている。
大型天幕近くのガルパスの溜まり場でガルパスを下りると天幕の中に入って行く。
天幕の中では大きな板を前に30人近くの者達が騒いでいる。
何だろうと中に入っていくと、板の前にいたのは嬢ちゃんずだ。そして嬢ちゃんずを亀兵隊の隊長達が囲んでいる。
どうやら部隊の小隊編成を変更しているらしい。
「…その案ですと、我等の部隊に発光式信号器を使える者がいなくなります。」
「ならば、こうか?」
「彼はネコ族ですが余り目がよくありません。夜間襲撃は控えるべきかと…。」
アルトさんが名前の入った札を、パタパタと移し変えてこちらに振り向いた。
俺達を見咎めると手招きしている。
「良いとこに来たのじゃ。…これが、我等の編成になる。セリウスの所には4人しか札が無いが、彼等は教導隊じゃ。連合の亀兵隊を訓練しながらこちらに来るじゃろう。」
「全部隊に発光式信号器は配布出来たの?」
「各部隊に2個配布している。部隊を分散した作戦も可能じゃぞ。」
アルトさんが踏ん反り返りながら言ってるけど、そんなに体を反らすとひっくり返るぞ。
「しかし、アキトが輸送担当なのは腑に落ちんぞ。」
「補給所で火消し待機じゃから、交替で輸送任務をさせるのじゃ。イザとなれば、2小隊で駆けつける。」
セリウスさんの質問にアルトさんが応えてるけど、自分の名前の上に突撃部隊と書いてあるのを知ってるのだろうか?
俺とリムちゃんの名前の上には輸送部隊、ミーアちゃんは夜襲部隊、サーシャちゃんとミケランさんは機動バリスタ1と2、アルトさんは強襲部隊そしてセリウスさんが突撃部隊とそれぞれ書いてある。
ネーミングは、そのまんまだな。セリウスさんは曲るのが未だに苦手みたいだし。
「セリウスの部隊は未だ来ぬから、しばらくはガルパスの小回りを練習する事だ。アキトの部隊と共に流鏑馬をすれば少しはマシになるやも知れぬ。
では、明日からこの部隊編成で訓練を行なうぞ。…アキト何か言う事はないか?」
いきなり俺に振ってきた。
「…そうだな。発光式信号器を受取った者は、【シャイン】を持っている事が前提だ。大丈夫だな?」
頷いている所を見ると大丈夫みたいだな。
「では、信号器の操作を今夜から練習だ。…簡単に各部隊をシリトリで廻せ。相手の信号を読む練習にもなるし、言葉を信号として相手に伝える練習にもなる。…それとこれは手作りだけど使ってくれ。」
腰のバッグから袋を取り出して、ノートと鉛筆モドキの入ったポシェットを渡した。黒鉛が無いから炭を木片で挟んだ筆記用具だけど、文字を書く位なら出来る。
有難く受取った亀兵隊だけど、これからは通信兵として活躍するんだろうな。
後はアルトさん達に任せて帰ろうとした時に、1人の亀兵隊が俺の所にやって来た。
「お久しぶりです。また、アキト殿とご一緒になります。」
一瞬誰だっけと思ったけど、ようやく思い出した。バルバロッサの外で戦ったエイオスだ。
「エイオスが一緒だと心強いよ。ところで後の2人はどうなんだ?」
「私並みに戦えます。火消しとは嬉しい限りですが…。1つお願いがありまして…。」
何だろう?と俺は首を傾げた。
「アルト様達の部隊は全て旗印があります。我等の部隊も旗を作ろうとしているのですが、アキト様に決めて頂きたく…。」
「判った。俺の国に伝わる家紋を使おう。…こんな家紋なんだけど。」
腰のバッグから通信兵用ポシェットを取り出してノートに簡単な家紋を描く。
「地の色は白。そして家紋は黒だ。…数百の軍で数千の軍と戦った戦士達の紋章だ。」
「丸が6つとは、変わっていますな。」
「丸ではなくて、お金なんだよ。俺達の国では死者の国に行く為には川を船で渡るという言い伝えがあるんだ。その渡し賃がこの六文銭さ。こちらでの6Lって事なんだろうね。」
俺の話を神妙に聞いていたエイオスだったが、有難うございます。と言って自分達の部隊に帰っていった。
「面白い、いわれだな。…死を覚悟して戦えと味方を鼓舞したのだろう。語らずに悟らせる…。良い話を聞いたぞ。」
セリウスさんが感心して呟いた。この人も物事前向きに考える人だよな。
「セリウスおじさんは、どんな旗にするの?」
リムちゃんの言葉に思わず吹いてしまったぞ。
「あぁ、考えたぞ。俺もアキトと同じように里に伝わる紋章だ。…これにしようと思っている。」
そう言ってノートに描いた物は…、ムカデだ。どう見てもムカデ以外に見えない。
「これって、何という虫かは判りませんが、決して後に下がらない。何て言われてるものですか?」
「そうだ。ダムドという虫で嫌われ者だが、アキトの言う通りの話しがある。里の刺青にも良く使われる図案だ。」
確か、そんな旗印もあったような気がするぞ。
「ネイリーの連中に連絡したところ、凄い反響だった。皆賛成している。」
御后様が、連合の亀兵隊がネコ族とトラ族で独占されてる。って言ってたから、賛成したんだろうな。
ちょっと心配していたけど、姉貴のところに帰ったら、俺にも鎧が支給された。箱を開けたら黒地に赤糸の鎧が出て来た。これだと、アルトさんと同じだな…。
そして、戈も支給された。作らせたが、まさか自分で使う事になるとは思わなかったぞ。
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ラザドムで争いが起きて8日目の事だ。
俺達が大型天幕で当日の作業と訓練内容を、朝食を取りながら話していると、亀兵隊が駆け込んで来た。
「報告します。テーバイ南方沖が船で埋め尽くされています。」
姉貴が俺を見る。直ぐに俺は席を立って、ディーを呼ぶと隣の大型天幕に行き笛を吹いた。
カチャカチャとやって来たバジュラにディーと乗り込んで、一気に南に走らせる。
10分足らずで監視所に着くと、丘を駆け上り双眼鏡で沖を眺めた。
いるいる。海が4で船が6ってとこかな。
「ディー。距離と概略隻数を確認。…おーい!発光式信号器を持っているか?」
天幕から亀兵隊の1人が転がるようにして此方にやって来た。
「自分が信号を送れます。」
「では、俺の言葉を伝えてくれ。」
「マスター。敵船舶距離6500m。約8千隻です。」
ディーに頷くと、補給所に狙いを定めた通信兵の肩を軽く叩く。
「アテ…ホキュウショ。ハツ…カンシショ。テキオオガタセン8000。キョリ6500。フネハテイシ。イジョウ。」
「2回送信しろ。」
「了解です。」
再度、双眼鏡を覗く。大型船であることは分かるが、種別までは遠くて分からない。
「動きがあれば、その都度補給所に連絡してくれ。伝令でなくとも発光信号器で良い。」
「了解です。…返信です。アテ…カンシショ。ハツ…ホキュウショ。リョウカイシタ。アキトモドレ。以上です。」
「分かった。有難う。」
俺は通信兵に礼を言うと、急いで補給所にガルパスを駆った。
補給所に戻ると、広場に屯田兵が集合していた。荷馬車も5台程並んでいる。
屯田兵の装備は大型のお椀型ヘルメットに肩と胸までの鎖帷子が表に張られた革鎧を着込んでいる。武装は背中に量産型クロスボーを背負い、ボルトケースを腰のベルトに下げた格好だ。腰には大型のバッグを帯びて、その中には、予備のクロスボーと爆裂球は入っている。
荷馬車の荷物は対空用クロスボーだろう。30台を持って行くと言っていた。残り10台はこの補給所の防衛に使用する計画だ。
大型天幕に入ると、姉貴達が出発の用意をしていた。
姉貴がテーバイ王宮に移動した後は、御后様がここの指揮官に納まる。
「いよいよだね。…いい、絶対に無理をしない事。そしてミーアちゃん達をお願いね。」
俺は頷く事で姉貴に応えた。
「ミズキよ。連絡は密にな。…あまり心配するな。それに、直ぐに兵力が倍増する。明日には連合の亀兵隊が来るし、後5日もすれば連合の正規兵400人も来るのじゃ。」
「分かっています。」
そう姉貴が応えた時だ。大型天幕に見慣れぬ兵隊が屯田兵に案内されて来た。
「派遣軍最高司令官ミズキ殿にテーバイ王国ラミア女王からのご依頼です。テーバイ王国はスマトル王国の宣戦布告を受けざる得ない事態となりました。我が軍への参戦をお願いいたします。」
「テーバイ王国派遣軍はテーバイ王国への参戦を表明します。かねての約束に基づいて直ぐに出発いたします。」
使者と共に姉貴達は慌しく補給所を後に、王都に向かって行軍して行った。
総勢150人全員無事に帰ることを祈ろう…。