#243 補給所造りは最盛期
ネイリー砦からテーバイの王都までは約600M(100km)程あるらしい。歩いて6日と、女王も言っていた。
この距離の情報伝達を迅速に行う為に、20km程の間隔で狼煙台を作っているようだ。見張り台に上ってみると、遠くに狼煙台が見えた。
館の広間で食べた朝食は、野菜スープと黒パンだ。
「兵達も兵の家族も皆同じ物を頂いています。この砦の資源は全て周辺より運んできた物。出来るだけ効率的に使用するようにしています。」
アイアスさんが申し訳無さそうに俺達に話してくれたけど、省力化を考える指揮官って重要だぞ。イザという時も省力化を考えて貰っては困るけど、そこはガリクスさんが付いてるから大丈夫だろう。
「何の、十分に美味しく頂ける。アイアスにはこの砦の運営をよろしく頼むぞ。」
そんな事を言ってガリクスさんを感動させている御后様もアイアスさんは戦に向いてないと思ってるんだろうな。
「ところで、これからの予定だが…。」
「先ずはミズキの作った池を見に行こうぞ。我等は先遣隊の一員として、池の周辺に補給所と狼煙台を作ることになる。」
食事が済むと、早速荷馬車に乗り込んでネイリー砦の東門を出た。ミーアちゃんとリムちゃん。それに亀兵隊10人が同行してくれる。
俺達は、御后様を交えた3匹の亀に先導されて、荒地を整備して作られた真直ぐな街道を進んでいる。
緩衝地帯を通ってテーバイの国境に差し掛かったが、テーバイの砦はまだ作られていない。将来、この道を使って大勢の商人は往来するように成った時には立派な砦が作られるのだろう。
亀兵隊の連中なら、100kmは1日の移動距離なんだろうけど、荷馬車の速度は遅い。昼頃にようやく最初の狼煙台に着いた。
狼煙台は高さ3m程の石の台座の上に、2m程の櫓を乗せたように見える。
頑丈そうな扉が付いていて、それを開けると台座の中が6m四方程の空間になっていた。周囲の壁は等間隔に丸太で補強されている。どうやら、この丸太の外側に荒地に転がっている大き目の石を積み上げたらしい。
櫓に上ってみると、西にネイリー砦が良く見える。東には櫓が見える。あれが建設中の狼煙台らしい。
この狼煙台を守っている5人の若者に、水と食料を差入れると俺達は先を急いだ。
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テーバイの荒地に2回野宿しながらひたすら東に進むと、3日目の夕暮れ時に遠くに明かりが見えた。
前方を進んでいたミーアちゃんと御后様のガルパスが近づくとなにやら話をしているようだ。
直ぐに、ミーアちゃんが俺達の荷馬車に近づいてきた。
「このまま進みます。あの明かりの場所が補給所の建設予定地です。」
そう俺に告げると、直ぐに後の荷馬車の方にチロルを移動していく。
「ようやく着いたか。」
セリウスさんの呟きに俺も頷いて同意する。
「しかし、姉貴がいますから…。明日から忙しくなりますよ。」
「仕方あるまい。だが、それも迎撃準備だと思えば気が楽になる。」
俺達の到着は深夜になってしまった。
それでも、姉貴とアルトさん、サーシャちゃんが出迎えてくれた。
大きな天幕に案内されて、遅い夕食(いや、夜食だな)を頂く。
「この肉は初めて食べるが…。」
「カルートの肉じゃ。意外といける味じゃ。」
やはりカンガルーと同じで食べられるんだな。ちょっと固めで脂身が無いけど、確かに美味しく食べられるぞ。カルートはステーキに限る。なんて思いながら食事を終えた。
「ところで、どんな状況なのだ?」
食後にディーが入れてくれたお茶を飲みながら、御后様が姉貴に問うた。
「水は確保しました。ちょっと多い位ですけど…。」
そう言って姉貴が俯いた。いったいどれ位の水場になったんだ?
「その言葉は少し過少じゃな。1M(150m)位の池が2つ出来ておる。深さは3D(90cm)位じゃから、サーシャや兵達が毎日泳いでおる。しかも水源は今でも水面から10D程の高さに水を噴き上げておるのじゃ。」
アルトさんの報告に俺達は声も出ない。
「とんでもない水脈を見つけたようじゃな。じゃが、無駄にはならん。この国の農業にどんなに役立つ事か…。」
御后様の感想は前向きだな。
「しかし、良いこともある。用水路を作るまでは、水は土地の高低差で南に流れておる。このため南の荒地は広い泥濘になってしまった。敵の攻撃を足止め出来る程にな。」
姉貴が溜息を吐くと、一枚の地図を取り出した。
前のテーバイ地図よりも詳細だ。グリッドサイズは1辺が2M(300m)で10km四方を描いている。高低さは1mだから、これを使ってテーバイ王都の西の開拓計画を練ることも可能だろう。
「これが、補給所の全景です。水源は補給所の北にあります。南にある2つの池には地中を土管で結んでいます。
周囲は2重の柵を構築済みですが、北側には更に柵を作ります。
補給所の中を街道が通っていますから、設備類は街道の北側に集中して構築中です。
南側は広くして、荷物の積み下ろしや休憩の場にしています。」
「殆ど完成しているのではないか?」
「いえ、この柵の外側に溝を掘っています。この場所は、鎧ガトルが思いのほか多くて…。」
「アキトのモーニングスターは役立っておるぞ。驚く程効果がある。」
アルトさんの言葉に嬢ちゃんずが頷いてる。
「それに、未だ見張り台が残っています。更に、水場…泉ですね。泉と集積所を迷彩しなければなりません。」
姉貴は、未だ途上である事を力説している。それに、街道に簡単な門も作る必要がありそうだ。
荷馬車の運用がしやすいという事は、侵入しやすいとも言えるだろう。
「それに、セリウスさんにはガルパスに乗れるようになってもらいます。アルトさん達が教えてくれるそうですから、なるべく早く覚えてください。ネイリーから連合王国の亀兵隊120人が送られてきます。セリウスさんにはこの部隊の指揮を執って頂きますからね。」
姉貴の言葉にセリウスさんが凍りつく。
「まぁ、10日もあれば亀兵隊の後を追う位は出来るじゃろう。我等が即席に教授するからな。」
セリウスさんは亀に乗るのを嫌がってたんだよな。大丈夫だろうか?
次の日、朝食を終えると、セリウスさんは嬢ちゃんずに拉致されていった。俺に目で助けを求めていたが、下手に対応すると俺まで犠牲になりそうだから、見ない振りをしてリムちゃんと噴水の見物に出かけた。
集積所の北のほうに歩いていくとシューっという水音が聞えてきた。
音を頼りに100m程歩くと…、成る程見事な噴水だ。30cm程の水柱が3m程の高さに吹き上げている。
亀兵隊達がガルパスに岩を曳かせて運んでいた。何処からか運んできたのが、辺りにごろごろしているぞ。
バシャ!って音がしてディーが水面に現れる。そして大岩をヒョイって担ぐと水底に運んでいった。
そんな光景がしばらく続くと、噴水の高さが突然低くなった。
そして、水底からディーが現れた。
「何をしてたの?」
「地下水の噴出口に、岩で櫓を組みその上に大岩を乗せました。噴出方向が垂直ではなく水平になりましたから、噴水はなくなりましたけど噴出する水量は変わりません。」
そう言いながら、白いビキニ姿で天幕の方に歩いて行った。
泉は直径20m位で周囲は岩で固められている。その一角に大きな穴が水中にあったのは土管の吸水口だろう。吸い込まれないように金属の棒が金網のように乗せられていた。
トントンっとトンカチの音が聞えてくる方に足を向けると、高さ6m位の大きな櫓が立てられている。
下で建設の指揮をしている屯田兵に聞くと、最後に壁となる木材に接着剤を塗って砂を塗ると言っていた。迷彩になるばかりでなく、火矢にも耐えられそうだ。
更に北に目を向けると、1m位の高さの柵が3重に取り囲んでいる。その外側では兵隊達がスコップで一生懸命に溝を掘っていた。
次は南側を見てみようと、2人で歩き出す。
俺達の持ってきた資材が大型天幕の近くに山積みされていたが荷馬車が見当たらない。きっと、次の資材輸送に帰ったんだろう。
大きな広場の反対側には簡単な天幕が張られ、亀兵隊が10人程待機している。
ガルパスの鞍には投槍とモーニングスターが乗っていた。周辺に獣が出ると直ぐに排除に出かけるのだろう。
亀兵隊の天幕の直ぐ東には、大きな池があった。これも泉と同じように周囲を岩で囲んでいる。その南、柵の外側にも大きな池があった。これは池というよりは柵の内側の池の排水が溜まっていると言った方が良さそうだ。同じ位の大きさだけど、特に周囲の補強をしていないからずっと先まで水が行っているようだ。泥濘が出来てるってこの事らしい。
姉貴が待機している大型の天幕に戻っていくと、俺達が運んできた盾が天幕の周りに並べられていた。
高さ1.2m程だが連結して並べると確かに壁として機能しそうだ。
大きなテーブルには地図が乗せられ、姉貴達がそれを眺めている。
「結構充実してるようだね。泉の水量は申し分無い。ディーが水着で作業してたよ。」
「噴水は目立つからね。櫓の上に立つとテーバイの王都も見えるよ。」
姉貴はそう言って俺に隣の席を示した。
席に着くと、地図には集積所の兵員配置が示されている。
亀の駒が10個にスコップの駒が10個それに弓の駒が4個地図に乗っけてある。
「この端にいる亀兵隊は何をしてるの?」
「海岸から300mは離れてるんだけど、ここはちょっとした丘になってるの。此処を拠点に、王都から南に下りる街道から西に20kmを監視してるのよ。」
地図だと王都と海岸の距離は約3kmだ。そこにある入り江に簡単な港を作ってあるようだ。将来は貿易港になるんだろうけど、今は小さな倉庫に桟橋があるだけだと姉貴が教えてくれた。
どうぞ!と言って従兵が運んできたお茶は真鍮製のカップだ。そして、キンキンに冷えている。
水魔道師と豊富な水があるから、こんな贅沢も出来るようだ。
「天幕は、3つしかないようだけど…。」
「アキト達が運んできた資材で2日後には、もう1つ出来るわ。それを含めて後3つ作る予定なの。雨は少ないようだけど資材は濡らせないし、露天だと狙われるかも知れないし…。」
「フム…。テーバイは我等の行動をどう感じておるかのう。」
「女王は感謝していますが、一部の者に動揺もあるようです。本国が攻めてくるとはやはり考え難いのでしょうか?」
「母国からの攻撃は、士気も下がるじゃろうな…。幾ら追い払われようとも少し前まではその国の国民だったのじゃ。
虐げられたとは言え、母国ということは今でも彼等の誇りなのかも知れんな。
じゃが、それは変わるであろう。それまでは表立った行動は控える事じゃ。」
そう言って御后様は冷えたお茶を飲んだ。
此処は風通しも良さそうなので、タバコを取出し火を点ける。
「ところで、ミズキ様は開戦がどのように始まるか、想定しておりますか?」
アン姫が興味深げに姉貴に問うた。
「開戦は2つのやり方を想定しました。
一つ目は、使者を王都に送り穏やかに属国化を進め、それが蹴られた場合に、沖合いに泊めた軍船で一気に攻撃してくる場合。
二つ目は、最初から一気に攻撃してくる場合です。
どちらも相手方しだいですが、決定的に此方の準備期間というか余裕時間が異なります。
1つ目は、軍船が見えてから実際の戦闘が開始されるまでに2日は余裕があります。
しかし、2つ目の場合は最短で数時間後には戦闘が開始されるでしょう。
私達は、最短で始まる戦闘を意識して作戦を立てねばなりません。
そして、その余裕時間も段々と減ってきています。」
「だとすれば、そろそろ例の兵器を輸送せねばならぬな。」
「そのためにも大型天幕を早く完成しなければなりません。テーバイの軍人が何時訊ねて来るとも限りませんので。」
「無用な詮索を嫌うか…。まぁ、それも判らぬではない。」
そんな話をしている時だ。外が騒がしくなっったかと思っていると、1人の亀兵隊が天幕に入ってきた。
「大変です。サーミストの港が炎上しました。商船と周辺の倉庫、それに事務所が被害を受けたそうです。」
そう言って、書状を姉貴に渡す。
姉貴は素早く読み終えると、俺にスイっと書状を滑らせた。
これは、サーミスト王からの書状だな。日付は2日前だ。
書状から見るとそれ程の被害ではない。大型商船が1隻に倉庫が2棟と事務所が1棟だ。
だが、これは…。
書状を御后様に渡す。それをアン姫とジュリーさんが覗き込んでいた。
「陽動じゃな。しかし…。」
「あまりにも明らか過ぎますね。そして、各国は海辺に軍を進めなければならなくなりました。」
「直ぐにテーバイに侵攻が始まるのでしょうか?」
「たぶん、もう一度陽動が行なわれます。そして、各国の海を武装商船が徘徊する事になるでしょう。」
姉貴の言葉に御后様が頷いた。
「兵器の輸送を開始しましょう。スマトルは2つ目の方法を選択しそうです。」
「うむ。我も賛成じゃ。そして、ネイリー砦の亀兵隊の移動を開始すべきじゃ。途中で狼煙台の工事を行なわせるという名目でな。この場所にいなければテーバイの連中が来ても判らんじゃろう。」
何か風雲急を告げるって感じになってきたぞ。
でも、セリウスさんの訓練って間に合うのかな?ちょっと心配になってきた。