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#237 鎧が届いた

 

 数日前に狩猟期も終わり、あれ程賑わっていた村が、シンと静まっているようにも見える。そしてアクトラス山脈の万年雪も少し麓に下りてきたようだ。

 後、1月もすればすっかり山々は雪に埋もれるんだろう。そしてその後はこの村も雪に埋もれる事になる。


 通りへの小道から賑やかな声が聞えてきた。姉貴と嬢ちゃん達が帰ってきたようだ。

 今朝早く、王宮に戻るイゾルデさん、アン姫を山荘に見送りに行っていたのだ。

 姉貴が俺の描いたスケッチをイゾルデさんに渡していたから、王都の工房は忙しくなりそうだな。

 

 「あれ、アキト…起きてたんだ。」

 「ぐっすり寝ておったのでそのままにしておいたが…。」

 姉貴とアルトさんに言われてもね。何時もは俺の方が早いと思うぞ。


 姉貴達と一緒にリビングに戻ると、ディーが熱いお茶を入れてくれた。

 「これで、今年も終わりなのじゃな。…キャサリンも数日後には王都に旅立つと言っておった。今夜にもお別れに来よう。」

 「いよいよなのね。私達も行きたかったけど派手な披露宴はしたくないと言っていたわ。」

 たぶん、アン姫の披露宴や各国の王宮での話を聞いていたに違いない。

 それに、嬢ちゃんずが出席するだけで、周辺には近衛兵の一団が取り囲むのは目に見えている。


 「贈り物は、今晩渡せば良いんだね。…用意しとかなくちゃ。」

 俺の言葉に皆が頷いた。

 「アキト。まだ、スモークがあったでしょ。持たせてあげたら、王都では珍しい物だと思うの。」

 「そうだね。まだ2匹分位残っているから、1匹分を贈るよ。彼の友人と一緒に食べられるようにね。」

 仲間の幸せを願いながら贈り物の相談をする。ちょっと幸せな気分になれた。


 「ところで、ロムニーちゃんは?」

 「朝早く、ギルドに出かけたわ。掲示板の依頼書は減ってきたけど、まだ沢山あるからルクセム君と狩りに行くような話しをしていたけど…。」

 今頃の狩りって何だろう?ちょっと気になるけど自分達のレベルを超える狩りはしないだろう。そんな慎重なところがロムニーちゃんにはあるからね。


 「掲示板はまだ依頼書があるのじゃな。我等も見てくるのじゃ。」

 そう言って、アルトさんは嬢ちゃん達を連れて家を出て行った。アルトさん達は次の戦いまでに少しでもリムちゃんのレベルを上げたいみたいだな。

 という事は、リムちゃんを連れて行くのか?


 「姉さん。テーバイ独立にリムちゃんを連れて行くの?」

 「そのつもり…。それなりの役目はもう見つけてあるわ。」

 狩猟期の前の書付を確認している姉貴に聞くと即答で返ってきた。

 「問題は後1人の指揮官よね。イゾルデさんが何とかする。って言ってたけど…。」

 イゾルデさんに頼んだのか。さて、誰が来るのやら…。


 「とりあえず狩猟期は終ったし、のんびり出来ると思うんだけど俺が手伝える事ってある?」

 「戦の準備と言うか作戦は私の方で何とか纏めるわ。その結果で仕事を頼むことがあるかも知れないけど、しばらくはのんびりしてて良いと思うよ。…でもその前に、アキトを御后様が呼んでいたわ。相談したい事があるそうよ。」


 思い出したように姉貴が言った。

 あまり、待たせると後が怖そうだ。「それじゃぁ、出かけて来る。」と姉貴に断わって山荘に向った。


 山荘の扉を叩くと、侍女さんが直ぐに俺をリビングに案内してくれた。

 「やっと来てくれたようじゃの。」

 御后様は俺を見るとそう言って、隣の席を勧めてくれた。

 俺が席に座るのを待って、御后様が言葉を続ける。


 「アキトも1度は会っておるじゃろうが、大神官のカイザーじゃ。」

 俺の前にいる2人の神官の内、1人が俺に頭を下げる。俺も礼を失う事が無いように頭を下げた。

 確か、火の神殿であった人だ。白の法衣の襟や裾等に金の刺繍糸で細かな模様に見覚えがある。隣の神官にはそのような刺繍が無いところを見ると、大神官の付き人なのかもしれない。

 「以前、火の神殿でお会い致しました。その節はお世話になりました。」

 「いやいや、私の方もあの言葉の意味を知り、嬉しく思っております。」


 と、通常の社交辞礼を交わすと、改めて御后様を見た。

 俺の視線に気付いたのか、コホンっと咳払いをして口を開いた。


 「集まって貰ったのは、教育についてじゃ。…使えぬ貴族を追い出したは良いが、その穴埋めを行なうには人材を登用しなければならぬ。じゃが、使えぬ者を登用する訳にもゆかぬ。その選択の基準を何処に置くかを考えねばならぬ。さらにじゃ、将来の国を背負う者達は貴族で無くとも良い。…そのための教育をどのようにするか。今がそれを考える時じゃ。」


 「しかし、御后様は現在の貴族をどうなされるおつもりですか?」

 「エントラムズの方法が参考となろう。試験で適材適所に配置する。足りなければ民より選出するも良いじゃろう。との国王の仰せじゃ。」


 侍女が俺達にお茶を配ってくれる。

 意外と難問だから、お茶を飲んで頭をすっきりさせなければ…。


 「国の運営に関わる話はトリスタン達に任せれば良い。国王もいるのじゃ、良い案を示してくれようぞ。ここでは、長期的な人材の発掘と教育を考えたいのじゃ。」

 「国民は親達から読み、書き、計算を教わります。この3つを覚えれば、暮らしに困る事はありますまい。」

 大神官が御后様に応えた。


 「親の職業を継ぐならな。…しかし、それでは国としての発展がない。現状維持のままじゃ。そこで、全ての子供達に教育を義務付ける事を考えたが、問題もある。子供達は遊んでいる者ばかりでなく、村では貴重な労働力でもある。」

 「確かに、その通りです。子供の労働報酬も一家にとっては貴重です。」


 「そこでじゃ。婿殿の国の教育がどのようになされているのかを聞きたい。皆も良く聞いておくのじゃ。」

 御后様はそう言って俺を見る。


 「…教育は、義務教育があります。国民は9年間必ず教育を受けねばなりません。その後も、教育を欲する者は、3年間、更に4年間の教育を受ける事が出来ます。しかもそれで終わる事はありません。その後の教育を受ける者もおります。

 俺達がこのような教育を受けるのは、誰もが国政に参加できる機会を持つためです。

 幅広い知識は1年程度で終えることは到底出来ません。…俺は、義務教育を終えて、その後の3年間の教育を受けている途中でこの国にやってきました。」


 「それ程長い教育を受けるのか…。まるで神殿の教義の教えを受けるようにも思える。」

 大神官が呟いた。


 「しかし、このように教育期間が延びたのは最近のことです。200年程前は、読み、書き、算盤でしたし、100年程前に作られた義務教育も期間は短く、教科も少ない物でした。…もし、国民に教育の機会を与える義務教育をお考えなら、教育期間を3年程度にして教科も少なくして開始してはいかがでしょうか。」

 俺の応えに大神官が水を向ける。


 「教科は何を考えますか?」

 「読み、書き、算盤。そして社会と道徳です。

 読み、書きは当然必要です。出来れば本を読ませたいですね。物語、紀行文等が良いでしょう。書く事は、自分の意思を文字で相手に伝えるという事で重要になります。遠く離れた友人との交流を取る上でも重要です。

 算盤は計算です。算盤を使った加減乗除を覚えさせます。商取引、工事、細工色々と使い道があります。

 社会は、仕事の種類、地理、そして政治を教える必要があります。自分の進む道を選択する役に立ちます。政治は税、法律、治世の仕組み等を教える事になります。

 最後の道徳は人としての道を示す事を教えます。法律を守るだけではなく、法律は最低限の決め事である事を知らしめるべきです。」

 

 俺の言葉をじっと考えている。そして大神官の隣にいる神官はそれを書き取っているようだ。

 「婿殿の国は理想郷じゃな。我が国…いや周辺諸国を持ってしてもそこまで国民に教育を行う事は困難じゃ。じゃが、婿殿の言った教えるべき教科については我も賛成じゃ。農繁期を除けば午前中であれば義務として教育を行う事も可能じゃろう。」

 

 「道徳を教えるとは、驚きました。それは神殿の教義にも適います。人としての生き方と法律を教えれば、無法を行なう者も少なくなるでしょう。」

 御后様は大神官の顔を見る。

 「大神官殿も賛成か…。なら、この教育を各神殿に依頼しようぞ。分神殿の無い町や村には王宮から資金を供与するので至急作るが良い。」


 大神官はじっと俺と御后様の顔を交互に見ていた。

 「最初から、そのつもりでしたな…。相変わらずでございますな。しかし、王族達の覚悟は此処の所の騒動で分かったつもりです。教育とは必ずしも王族の味方にはなりませんが、それもご存知でございましょう。判りました。各神殿に教育を担当させましょう。」


 「先ずは始める事じゃ。そして問題を1つずつ潰していけばよい。」

 そう言って御后様は温くなったお茶を飲んだ。

 その後は、ジュリーさんを交えて実際の学校をどうするかについて議論を始めた。

 神殿側としても教義を広めるチャンスと捉えているのか意外と乗り気だ。

 ある程度形が見えてきたところで、俺は御后様に挨拶して山荘を後にした。

                ・

                ・


 家に戻ってみると、大きな木箱が届いている。

 「ギルドに行ったら、これがアキト宛に王宮から届いていたのじゃ。運ぶのに苦労したぞ。早速開けてみるのじゃ!」

 アルトさんがそう言って俺を急かす。

 暖炉の前の邪魔にならない所まで箱を動かして中を開けると、大鎧が入っていた。

 

 「何じゃ?」

 「大鎧と言ってね。俺の国の昔の鎧なんだ。ガルパスで戦うにはこれが良いと思って作らせたんだけど…。着てみる?」

 4人が俺を見て頷いた。

 

 「じゃぁ、綿の上下に着替えて来て。着替えた順に着せてあげるから…。」

 4人は、ビューンっと自分達の部屋に飛んで行った。姉貴がその光景を見て笑っている。

 

 最初に出て来たのはミーアちゃんだった。

 ミーアちゃん用のは…、と箱を漁ると、ちゃんと小箱に名前が書いてある。

 ミーアちゃんの鎧は、朱色の鉄板を黒い組紐で結んである。胴も赤く染められていた。兜も同じ色調で鍬形は鈍い朱色だ。

 一通り装着してみると5月人形のように見える。

 

 「どう、重くないかな。動き辛い所はない?」

 ミーアちゃんは少し歩いて見たり、腕を広げたりしていた。

 「大丈夫。ちゃんと動けるわ。でも、少し重い…。」

 「次は、我の番じゃ!」

 アルトさんが待ちきれない様子で名乗りを上げた。


 3時間程経って、俺と姉貴の前に5月人形が4体並んでいる。

 ミーアちゃんの朱色に黒。

 アルトさんの黒地に朱色。

 サーシャちゃんの白地に朱と緑。

 リムちゃんの緑地に白と赤。

 

 この鎧、目立ちすぎる位に目立つぞ。


 「さて、母様に報告じゃ!」

 ガチャガチャと鎧を鳴らしながら4人が家を出て行った。


 「アキト。あれで良いの?目立つことは確かだけど…。」

 「俺も、あれ程目立つとは思わなかった。でも、防御は革鎧の比じゃないぞ。」

 姉貴は呆気に取られて、アルトさん達を見送っている。

 そんな姉貴の呟きに俺はそう応えた。


 

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