表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
239/541

#236 防衛軍の帰還

 狩猟期2日目の朝は、ちょっとのんびりとしたもので、客は商人や見物人が主体となる。休憩所の話題も狩りではなく、村や町の噂話が飛び交うので、近場で屋台を開いている俺は興味深く聞き耳を立てている。


 「…カナトールにはあれから行ったのかい?」

 「あぁ、行っては見たが酷い有様だったよ。王族と貴族がいなくなるとあれ程、酷くなるものかな。盗賊と西の部族の侵入で廃墟になった村もあるそうだ。俺は、エントラムズの国境に近い村までで、その先は諦めた。とても商売にはならない。」

 「カナトールの軍隊が北方に都市国家を作ったと聞いたが…。」

 「あれは、町だと聞いたぞ。敗残兵を町が雇って賊に対処しているらしいが、詳しい事は分からんな。」


 革命軍は、自滅したのだろうか…。それとも、革命とは名ばかりで実際は暴動に近い物だったのかもしれない。

 ある程度組織だった体制を維持していれば、隣国に救援を要請することも出来ただろうが、今ではそれも出来ないのだろう。


 「悲惨な様じゃな。」

 「施政の失敗を償うのは仕方ないとしても、領民まで巻き込むのはちょっと頂けませんね。まぁ、領民側にも早急に事を急ぎすぎた部分はありますけどね。」

 「カナトールにようやく軍を派遣することが決まりそうじゃ。但し、連合軍としてじゃがの。モスレム、エントラムズ、アトレイムの3国が500人ずつ軍を出すと聞いておる。来春にはある程度結果が見えよう。」


 「カナトールを再興するのですか?」

 「いや、カナトールのそれぞれの国境に近い町村までを3国の所領として、そこに領民を集める。残された地は緩衝地域とするつもりじゃ。

 カナトール全域を取り込むのは、連合国家体制が出来た後にするつもりじゃ。カナトールの国境は北のノーランド、西の部族連合と接しておる。どちらも大国じゃ。場合によっては泥沼の戦いになる。」


 俺の所に様子を見に来た御后様とそんな話をしていると、御用商人の一行がやってきた。

 「ここで屋台をやっておられたのですか。まさかとは思って来てみたのですが…。」

 「な~に、余興じゃよ。何を食べるのじゃ。お主達には色々と世話になっておる、たまには奢るのも一興じゃ。そこの休憩所が空いておる。座って待てばよい。」


 素早く、ディーが布巾でテーブルを拭きあげた。

 商人達が子供と一緒に席に着くと、アルトさんがジュリーさんに言いつけられたのかお茶を運んでいる。

 「どうぞ!」と言いながらお茶を渡すと、「良く気が付くお嬢さんだね。」と言いながら頭を撫でようとした、20歳位の息子の頭をオヤジ殿がゴツン!っと殴る。

 「モスレムの剣姫様だ。トリスタン殿の妹だぞ。お前が頭を撫でられるような身分ではない。それだけでタレット刑にされても文句が言えん。」

 その言葉を聞いて息子さんは顔を青くして、アルトさんに頭を下げている。

 普段があれだから、文句は言わないと思うけどね。


 「はい。どうぞ!」と言いながら、姉貴とディーが次々にうどんのドンブリを運んで行く。イゾルデさんもサレパルを運び、近衛兵が焼き団子と黒リックの串焼きを運んだ。


 「これは、何とも…。これ程の品を今年は商っていたのですか。」

 「狩猟期の我等の楽しみじゃ。狩りも良いが、これはこれで楽しみじゃ。」

 ケルビンさんの呟きに御后様が応えた。


 「うどんにこれを掛けてみてください…一振りですよ。でないと辛くて食べられなくなります。」

 俺はそう言うと小さなビンを取り出した。七味唐辛子…うどんにはこれが必要だ!

 商人達は、俺の言葉にうどんのドンブリにちょっとずつ振り掛けた。

 「これは…。これがアキト殿の言っていた調味料ですか。成る程…。商売になることは間違いない。」

 他の商人も頷いている。

 「たった1振りでこんなにも味が変わるのですね。不思議な品物です。」

 「前に来た時に余った商船でこれを探せと言った訳が分かりました。成る程…。」


 商人達の受けは良いようだ。

 そんな商人達を遠目で見ていた小商人達が彼らに近づいてくる。

 彼らにしてみれば大きな飛躍のチャンスだ。小商人達との商談を息子達に任せて御用商人たる親達は成り行きを見守っている。商談のトレーニングと言うところだな。


 「すみません!…アキトさんのところで出前をしてるって聞いたので来てみました。」

 やって来たのはシャロンさんだ。

 北門のギルド出張所は忙しいに違いない。

 「試しに始めたんだけど、何がいい?」

 「うどんを2個と焼き団子2個それに串焼きを1本です。」

 「了解!…代金は持って行った時にお願いします。」

 俺の言葉を聞いたシャロンさんは通りを走って戻って行った。


 「忙しそうね。」

 「うん。でも、何時白の煙が上がるか分からないから、緊張してるんじゃないかな。セリウスさん真面目だからね。」

 岡持ちにさっさとドンブリを入れると、空いたスペースにサレパル等を詰め込んでディーに配達を頼んだ。


「行ってきます!」って出かけたけど、通りを滑るように走っていくから、皆が注目して見ている。


 そんな事で狩猟期2日目が終了した。

 夜は、山荘で臨時の算盤講習行なったけど、それぞれの商家で独自の計算の仕方があるみたいだ。このように統一した計算の仕方を教わるのは、彼らとしても初めてのようで興味深々に俺の話を聞いていた。


 そして、3日目は近衛兵とスロット達に店を任せて、俺と姉貴は休息を取る。

 今日は、サーシャちゃん達が最初の狩りを終えて帰って来る日だ。


 朝食を屋台で取って、北門でサーシャちゃん達を待ち構える。

 何時の間にか、姉貴は櫓に上がると双眼鏡で森への小道を監視していた。

 幾らなんでも、そんなに早く帰ってくるとは思えないので、俺はのんびりと櫓に張られた掲示板を見ている。

 数枚のチーム名が張られている。トップでもまだ2400Lだから、今年は獲物が少ないのかも知れない。




 「今日の夕方には30枚を越すぞ。」

 その声に振り返ると、何時の間にか俺の後にセリウスさんが立っていた。

 2人で櫓近くのテーブルに移動すると、お茶売りを呼び止めてお茶を飲みながらタバコを楽しむ。


 「昨日、最初の獲物が届いた。黒4つの5人のハンターが今の所一番だな。それにアンドレイ達常連のハンターは今日の昼には戻ってくるだろう。そうすれば今期の狩猟期がどんな感じか分かるのだがな。」

 「ミケランさん達も今日戻るはずです。姉貴は何を狩ったのか知りたくてあの上にいます。」

 俺がそう言って櫓の上を指差すと、セリウスさんが苦笑いを浮かべる。

 「さもあらん。俺だって知りたい所だがとうとう教えてくれなかった。まぁ、俺としてはカルキュル辺りを狙っていると思うぞ。」


 「アキト、荷車が来たよ。…でも、あれはサーシャちゃん達じゃないわ。」

 櫓の上から姉貴が大声を上げる。

 とたんにセリの会場に人が集まり始めた。

 「荷車4つ。確認しました!」

 櫓の上から見張りの村人が広場に大声で告げる。

 

 「さて、俺は立会人だからな。アキトはゆっくりと休んでいろ。御后様から聞いたが、夜も色々と大変らしいな。」

 そう言って立ち上がったセリウスさんに頷く事で応える。


 しばらくすると、最初の荷車が見事なリスティンを乗せて北門から広場に入ってきた。

 早速セリの場に供される。

 たちまちセリの会場からは、11とか13とかの威勢の良い声が聞えてくる。

 

 セリが済んだ獲物は商人の荷車に引き渡され、村人は空の荷車を引いて森への小道を戻っていく。その後を予備の荷車を引いた村人が続く。

 結構な獲物が森の手前の休憩所に集積されているようだ。

 

 「今度は荷車3台です!」

 次々と到着する荷車の列が櫓の上から告げられる。


 「アキト!サーシャちゃん達が来たよ。荷車5台。何を狩ったんだろうね!」

 大声で俺に告げると、さっさと櫓を下りてきた。


 姉貴が確認しても、村人が確認するまで少し間がある。次の次だな。

 「御后様達に知らせてくるよ。未だ時間がありそうだしね。」

 俺の所に戻ってきた姉貴に告げて、早速通りを駆けていく。

 そしてサレパルを焼いていた御后様にサーシャちゃん達が戻ってきた事を報告した。


 「何と。荷車5台分とはな。何時までも子供と思っておったが、中々じゃな。皆、聞いたであろう。しばし、屋台をスロットに預けて、サーシャの凱旋を見に行こうぞ!」

 という事で、派手なゴスロリメイド服に身を包んだ一行を引き連れて俺は北門に戻る事になった。


 「さっき、櫓から知らせがあったからもう直ぐやって来るわよ。」

 広場に着いた俺達に姉貴が教えてくれた。

 ガラガラと荷車の音が聞えてくる。そしてカチャカチャという特徴的な音がそれに混じって聞えてきた。


 村人の引いてきた荷車がセリの場に入ってくる。たちまち威勢の良いセリの声が聞えてきた。

 「中々のリスティンじゃな。…待て、あのリスティンどうやって狩ったのじゃ。心臓に一撃は位置的に見て不可能じゃろう。」

 御后様が荷車の獲物を見て訝しげに呟いた。


 そんなリスティンが次々と荷車に乗せられてきた。背中に傷の無いリスティンは意外と高値でセリが終る。段々と他のハンターにもそれが知れれ始めセリの会場には一段と人が集まってきた。

 

 そして、5台目の荷車がセリの会場に入ってくると、ウオォー!っと言う声が上がった。その荷車にはイネガルが4匹横たわっていたのだ。


 「イネガルを1匹なら、そう難しくも無いじゃろう。じゃが、4匹となると…。」

 アルトさんも悩みだした。

 そのイネガルも致命傷は心臓への一撃だ。


 「先回りして、サーシャちゃん達を待ちましょう。セリが終ればアキトさんの家に帰ってくるはずです。」

 「そうじゃな。どう考えても腑に落ちん。」

 イゾルデさんの提案で俺達は急いで自宅に戻る事になった。

 

 俺と一緒に歩く姉貴も、攻撃方法を色々と考えているようだけど、やはりあの傷は理解できないらしい。

 途中で、人数分の焼き団子と串焼きにサレパルを購入して、家に戻った。

 急いで暖炉に火を入れると水を入れたポットを火に掛けた。そして、お湯が沸き始めた時にカチャカチャという音が聞えてきた。


 扉が開かれ「「ただいま!」」と言いながらサーシャちゃん達が帰ってきた。広場で別れたのかミケランさん達はいなかった。

 テーブルの何時もの位置に座ると、姉貴が皆にお茶を配る。


 「獲物を見たぞ。…大猟じゃな。」

 「リスティンが14匹、それにイネガルが4匹じゃ。中々の値が付いたのじゃ。」

 御后様の言葉に、嬉しそうにサーシャちゃんが応えた。


 「じゃが、我等にはどうしても理解できん事がある。全ての獲物が心臓を一撃じゃ。あれではまるで獲物全てが寝ていた事になる。」

 モグモグと焼き団子を齧っていたサーシャちゃんが、ゴクンと口の中の物を飲み込んだ。

 

 「その通りじゃ。寝ている所を一撃にしたのじゃ。」

 「寝込みを襲ったのか?…いくらミーアとミケランがいてもそれは不可能じゃろう。」

 「寝ていなければ、寝かしつければいいって、サーシャちゃんが…。これを使いました。」

 

 ミーアちゃんが腰のバッグから取り出したのは、両端に石が結ばれている紐だった。

 「この仕掛けの紐を持って廻しながら投げると…。」

 

 確かそんな狩猟方法を聞いた事がある。足を狙って投げると両端の石によってクルクル回りながら飛んで足に絡みつくんだ。走っていた獲物が転倒する訳だから、確かに寝かしつけた状態になる。後はゆっくりと止めを差したんだな。


 「そんな仕掛けを良く思いついたね。」

 「前の国境争いの夜襲の時です。お兄ちゃんが被害を増す為に紐の両端に爆裂球を結んで投げろと指示を出しました。それを投げた時に不思議な飛び方をしたんです。」

 

 あの時だな。俺は敵の被害拡大を図る為に考えたんだけど、ミーアちゃんはあの時の爆裂球の飛び方に気が付いたんだ。

 「両端に爆裂球を付けた棒のように成って回りながら飛んで行き、大蝙蝠の足に絡み付いて炸裂したんです。その話をサーシャちゃんにしたら、狩猟期に使えそうだと…。」

 

 「応用したのじゃな。…見事じゃ。」

 「私には、そのような考えに至りませんわ。」

 御后様とイゾルデさんが関心している中、姉貴はじっと考え中だ。

 

 「ミーアちゃん。リスティンは横から狙えばそれで倒せるわ。でも、イネガルはどうやったの。横から狙える相手では無いはずよ。」

 「前方から突撃して、横方向に一撃離脱です。イネガルは急に方向を変えませんし、チロルは急激な方向転換をしても私を落とす事はありません。転倒してもがいている所を群れの後から追い掛けていた3人で止めを差しました。」


 テーブルの上にある飲みかけのカップを使って、狩の説明をしてくれた。

 「何とまぁ、度胸のいる狩りじゃな。確かにミーアに言う通りじゃろう。突撃したのは、ミーアとサーシャじゃな。」

 2人はもぐもぐと食べていたので頷く事で御后様に応えた。

 俺と姉貴はそんな2人をじっと見ていた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ