#235 商人達
山荘の1階にあるリビング兼食堂の暖炉には太い薪が赤々と燃えている。
秋の最中の山村は、夜に入ってグンと気温が下がるが、この部屋は暖かだ。部屋の照明も光球ではなく、大きなテーブルの上のロウソクを灯した数個の燭台が暖かい光で辺りを照らしている。
俺達が部屋に入ると、10人近い客人が一斉に席を立ち御后様を出迎える。
彼等の向かいの席に俺達が座るのを待って、客人達は腰を下した。
「夜分にお訪ねする非礼をお詫びいたします。我等、モスレムの周辺諸国の御用商人を勤めております者共です。
我等は普段は互いに商売敵でありますが、アキト殿に商会の真意をお訪ねした折、年に1度は互いの商売を忘れて酒を酌み交わそうと話し合いました。
そして、此処には御后様がおいでです。周辺諸王国とも貴族が排斥されている現状を踏まえると何らかの王族間の計画があるようにも見受けられます。
差し支えない範囲で、今後の計画を我等にご教授願いないものかと…。」
偵察と見るべきだな。御后様も苦い顔をしているぞ。
そこに、侍女達がお茶を運んでくる。トレイに乗ったお茶は陶器のカップだ。形と色が段々と統一されてきたようだ。クオーク君も中々の仕事をしているように思える。
出された陶器の器に商人達の視線が奪われている隙に姉貴と御后様の視線が交差する。あれって、目で話してるって奴なのだろうか…。
「王族達の目標は、…国家連合の構築による各国の軍事力は削減。その削減された資源を荒地の開墾に投資することにより、庶民の生活が豊かになると言うものです。
また、国家の連合により領民が相互に行き来するのに、規制や関税は必要が無くなります。商取引は今以上に活性化するものと考えています。」
「そのような国家であれば、私達も嬉しい限りです。」
姉貴の話に、商人の1人が応える。
「じゃが、制約は付けるつもりじゃ。段階的にお主達の各王宮への出入りを緩和する。そして、税についても各国で共通化を図る事を考えておる。」
「我等御用商人が将来も御用商人とは限らない…という事でございましょうか?」
「その通り。だが、心配は無用じゃ。我等王族が最も恐れるもの…、それは領民という事になる。じゃが、アキトは商人…それも、お前達御用商人が最も恐ろしいと我に言うた事がある。」
「その話は、私達も聞きました。成る程と納得し、此処に集っておりますのもその一言が原因です。」
「ならば、話しが早い。我等の連合は、物流を途絶えさせない限り、その方達の活動に大きな制約は付けないつもりじゃ。そして、税も分かり易くしなければならん。」
「現在の最高税率は、陶器の4割ですが…。」
「それも緩和されるはずじゃ。クオークの製作も順調のようじゃぞ。」
商人達と御后様の会話はそんな感じで進んでいる。たまに姉貴がフォローしているけど、商人達の当座の疑念は晴れたに違いない。
「有難うございました。我等の為に時間を頂きまして申し訳ございません。」
そう言ったのは、モスレムのラジアンさんだった。
「これは王宮より御后様にと預かった品。お納めください。」
小さな包みを2つ御后様に渡す。
御后様が中を確認すると、2つの短剣が出て来た。
「ギリギリで間に合ったようじゃな。…こちらはアキト達の物じゃ。」
そう言って俺に渡してくれた物は、銀の短剣だった。確か、王都の工房に作らせると言っていた物だ。
御后様に頭を下げると姉貴に渡しておく。
「ところで、アキト殿。我等は跡継ぎと考える者達を連れて参りました。皆、機会があればアキト殿に会いたいと申しておりましてな。…1つ、若い者達の参考になる話を聞かせて欲しいのですが。」
ケルビンさんは隣に座った20歳過ぎの男の肩を叩いて言った。
「それはいい…。」何て、他の商人も言っている。
姉貴と御后様は我関せずで、お茶を飲んでいる。
う~ん、困った。商人達の子息、息女はじっと俺を見ている。ここは、当たり障りの無い話をするしか手が無いようだぞ。
「そうですね。俺はハンターですから、商人を目指す人達の参考になるかどうかわかりませんが…。」
そう、前置きをして話を始める。
「ハンターは1人で狩りをするという事はあまり例がありません。困難な狩り程、仲間を必要とします。ザナドウもさも俺が狩ったように言う人がいますが、姉貴や御后様を始めとした大勢の仲間がいたから出来たものです。
所詮、人間1人の能力は小さいものです。しかし、集まってその能力をあわせれば、ザナドウさえも狩る事が出来る。
これは、貴方達にも言えることです。多分将来は親の店を継ぐ事になるでしょう。その時に、自分1人で全てが出来るとは、考えないで下さい。
貴方達の継いだ店はザナドウよりも危険で凶暴なものと考えた方が良いでしょう。信頼できる仲間を集め、その継いだ店を狩り、それを越えるものにしてください。
そして、これが最大の貴方達の試練に成るでしょう。信頼できる仲間が3人出来れば親と同じ商人になれるでしょう。そして5人出来れば、親を超える事も可能になるはずです。
しかし、貴方達には沢山の人間が言葉巧みに近づいて来るはずです。そのような人間を相手にせず、能力のある人材を仲間にするために、人を見る目を磨きなさい。
それが、出来れば貴方達の家は安泰です。」
俺は話を終わりにしてお茶を飲んだ。
「我等にとっても有意義なお話しでした。しかし、先に我等にして頂いた内容と少し違いますな。」
ラジアンさん、覚えていたな…。
「物事には順序があります。一流の商人である貴方方に人を見る目は必要ないでしょう。ですから、その次に大事な先を見る目と言ったのです。
そして、覚えて置いてください。これはあくまで俺の考えでしかありません。そして、世の中には、自分を凌駕する存在が必ずいるのです。
その時の為に、信頼できる者達を如何に多く集めて備えるかが課題となるでしょう。」
そこで、言葉を切った。
腰のバッグをゴソゴソと漁って、小さな細工物を取り出す。
「とは言え、商人に一番大事なものは何かと聞かれれば、計算だと応える時もあります。計算が出来ない商人なぞ、誰も取引をしないでしょう。そこで、こんなものを作ってみました。俺の国で使っていたものを真似したんですけどね。」
俺が取り出した細工物を興味深げに見ていた女の子が口を開く。
「小さな球が並んでいますね。子供の玩具ですか?」
「いいや。これは、算盤というもので、俺の国では100年前までは誰もが扱えた計算機なんだ。足し算、引き算、掛け算、割り算、全てこれで行なえる。商船の積荷の計算は大変だろうけど、これを使えば今までより簡単に出来るはずだ。これの使い方を教えてあげようと思うけど…、どうだい。覚えてみるかい。」
女の子が小さく頷いた。
「我等にもお願いします。今でも計算は苦手ですが、それが簡単に出来るとなれば覚える価値があります。」
そう俺に訴えたのは、20代後半の男だった。
「我も覚えたいものじゃ。そうじゃな。明日の夕食後に此処で教えて貰おうぞ。…だが、算盤は幾つあるのじゃ?」
「ユリシーさんに10個作って貰いました。まだ、数個はあるでしょうから、全員で出来ますよ。」
「それはいい。簡単ならばそれも商売になりそうですな。」
そんな感じで、御用商人との会話は終ったけど、算盤を教える事が新たに加わった。まぁ、何れ普及させたいと思っていたから丁度良いと思うけどね。
姉貴とディーと3人で自宅に戻る。
通りに出ると、俺達の屋台は綺麗に布が被せてある。そして、休憩所のテーブルの周りも掃除がされていた。
たぶん、近衛兵とハンターでやったんだろうけど、こんな心使いが嬉しかった。
自宅に戻り、【フーター】でお風呂を準備する。姉貴が風呂に入っている間に、暖炉際でちょっと一服を楽しみながら、屯田兵の装備を考える。
参考になったのは、カナトール軍の装備だ。カイナル村で戦ったカナトール正規軍の装備は、まるで足軽だった。そのように見えたのは、三角の丸い帽子だったからだけど、良く考えれば、中々上手く出来ている。
薄い鉄板製だから、頭への矢や剣の打撃を軽減してくれるだろう。それに、頭上からの落下物対策にもなる。
やはり、ヘルメットは必要だと思う。カナトール軍のだと、ちょっと格好が悪いから、少し丸みを持たせて耳まで被うようにすればいいか…。
鎧は亀兵隊のように重くは出来ない。現在の革鎧に鎖帷子を部分的に取り付ける事にすれば、それほど重量が増える事も無いと思う。
前回のテーバイ戦で負傷した部位は主に肩口だった。首から胸まで、革鎧の裏側に取り付ければいいと思う。
そんな事を考えながらどんどんラフなスケッチを描いていく。
そして、武器だ。通常よりも3D長い槍を槍兵に持たせる。アウトレンジを狙うわけでは無いが、攻撃距離が相手よりも長いだけで優位性を感じさせる事ができる。
亀兵隊の装備は嬢ちゃん達が大鎧だから、胴丸位にしておかないと格好が付かないだろう。兜も鍬形をつけない簡易な物でいいだろう。10人隊長には1本角を付けて目印にしてもいいかも。
これも、同じようにスケッチを描いておく。
「何をしてるの?」
どうやら、姉貴が風呂を出たらしい。俺のスケッチを手にとって眺めている。
「鎧に兜ねぇ…。効果はあるんでしょ。」
「あぁ、亀兵隊は日本の鎧だ。嬢ちゃんずは大鎧だし、兵隊は胴丸。機動部隊だから矢を受ける可能性が高い。その点、大鎧は矢合わせに向いてるし、胴丸は大鎧から発展した鎧だ。
屯田兵は、乱戦と爆裂球対策をしておけば良いと思う。特に大蝙蝠は脅威だからね。大型のヘルメットが必要だ。そして、乱戦には前回のテーバイ戦を考慮して、鎖帷子を肩から胸まで革鎧の下に付ける。」
俺は、姉貴が見ているスケッチを見ながらその内容を説明した。
「装備はこんな物で良いと思うよ。後は…、長距離の信号伝達を考えてくれると助かるわ。アキトとディーだけでは作戦伝達が上手く行かないし、今度の戦場はかなり広いと思うの。亀兵隊だけでも300を越える数だから、伝令以外の方法で意思を伝える方法を考えなければならないわ。」
スケッチを俺に返しながら姉貴が次の要求をしてくる。
要するにトランシーバー代わりの方法を探せという事だな。まだまだ時間はあるから、じっくりと考えてみよう。
スケッチを腰のバッグに入れて、俺は風呂に行く。
何か慌しい1日だったけど、明日も早くから屋台の準備をしなければならない。
風呂上りにディーにお休みを言って直ぐに布団に入る。
信号伝送か…。昔の方法を思い出しながらあれこれと考えてみる。そして、何時しか寝てしまったようだ。