#234 屋台をしながら今後を思う
ディーが強弓で空高く放った爆裂球の炸裂音を合図に、今年もネウサナトラム村の狩猟期が始まった。
天気も上々、見上げた空には雲1つない。
狩猟期の開始間際は猫の手も借りたい位に忙しかったが、北門を飛び出していくハンター達の歓声が此処まで聞こえてきてからは、客足が急速に鈍ってきた。
そんな状況を利用して、休憩所に俺達は集まって一服している。俺達がそんなだから、周囲の屋台の連中も集まってきた。
屋台の店主の殆どが通常は小商いをしている者達だから、噂話を聞きながらお茶を飲むのも良いもんだと思う。
「私は、この狩猟期が終ればマケトマムに行こうと思っています。知り合いが教えてくれたんでは、何でも大きな開墾事業が始まるようですよ。王都から大勢の若者が東に向かっているとの噂もあります。こんな店ですから動きは簡単です。そして早めに出店すれば、贔屓の客も出来るでしょう。上手く行けば定住する事も出来るかもしれません。」
小間物を荷車の荷台で商っているオヤジがそんな事を言いながら、パイプを楽しんでいる。
今の話だとバルバロッサ砦の跡地は大規模な開墾が行われているみたいだな。
森の東60M(9km)に国境線があるとして、泉の森の小川を利用した灌漑設備を作れば森際に南北に伸びた耕作地が出来るだろう。
バルバロッサは森から10M(1.5km)の場所にあるから丁度いい村の建設地になるはずだ。
「へ~、そりゃいい話を聞いた。俺もそこで一旗上げようかな。」
「食べ物屋や酒場は歓迎されるみたいだぞ。王都から移った者は独身の男が多いらしいからな。」
小間物屋がそれに賛同した。
「トリスタン達が、周辺諸国より先走って軍縮を始めたようじゃな。」
御后様が休憩所で話す屋台の店主の話を聞いて呟いた。
「ですが、これで輸送部隊の目処が立ったのでは有りませんか。派遣部隊の切り崩しをしないで対応出来ますよ。」
「ふむ…。となればテーバイの王宮の外に物資の集積所を作ることも視野に入れねばなるまい。警備と襲撃を考えると厄介な問題じゃ。」
兵站を考えることが出来るのは良い事だ。半分は現地で、何て考えてると派遣先の民衆から反感を買うのは目に見えている。
そして、新たな問題は物資の集積所になる訳だ。
モスレムから運搬しやすく王宮周辺に展開した派遣軍に供給し易くとなると、結果的に王宮周辺になってしまう。でも、それは大蝙蝠を使った夜間爆撃の恰好の目標になるだろう。これはちょっと難問かも知れないぞ。
「どうだ、売れ行きは?」
そう言ってセリウスさんとシャロンさんがやって来た。
「お昼を早めに取ろうとしてやってきたんですが…。」
「大丈夫ですよ。何にします?」
注文はセリウスさんがうどんと黒リックの串焼き。シャロンさんがサレパルだった。その外に焼き団子を2本…これは戻って食べる。と言っていたけど…。
シャロンさん、食べすぎじゃないかな。
「今年のハンターはどれ位集まったのじゃ。」
「128人です。最高で黒7つ。ミーアちゃんですね。最低は赤1つでミクちゃん達です。」
「まぁ、ミク達は遊びのようなものだ。ミケランもいるし心配はしていないが、例の開拓に中堅ハンターがかなり同行している。今年の狩猟期の猟果はあまり期待しない方がいいかも知れんな。」
セリウスさんは、そんな事を呟きながらハンターが持ってきたうどんを啜る。
「それでも100匹を超えるリスティンが狩れるじゃろう。…商人の数も何時も通りなのじゃな。」
「彼等の主要な取引なのでしょう。数にそれ程変化はありません。どちらかというと昨年よりも増えております。何でも御用商人達がこの祭りに来るとか申しておりました。そのため、彼等との取引の糸口が得られるかも知れぬと集まったようです。」
セリウスさんの話を聞いた御后様は、俺に振り向いた。
「例の商会の話で、1年に1度狩猟期に集まろうって言ってました。たまには敵対感情を捨てて話し合うのも良いだろうとも話してました。」
「なるほど…。我等に連絡が無い事を見ると、狙いは婿殿じゃな。彼等も、取引先が減っておる。先を見越す力が無い商家は没落するじゃろう。」
「とは言うものの、彼等の財力は莫大です。対立は避けたいところです。」
ジュリーさんが俺に言った。要するに言動には気をつけろ。って言う事だよな。
「気を付けますよ。貴族社会の没落の次には中産階級の広がりがあると思います。必ずしも没落するとは限りません。むしろ台頭してくることを考えるべきでしょうね。」
「婿殿もそう考えるか…。ある程度それを制御しようと商会の構想を持ったのじゃが…。」
「私は、御后様の考えでいいと思います。商会はどちらかというと政治色が強い団体ですよね。何を規制してどれを伸ばすかを領民の立場で考えることが出来れば、国政への提言が出来ます。それは御用商人達の自由な商売に対する規制と緩和となって制御が可能と考えますが…。」
「ふむ…。規制と緩和で制御するのじゃな。そして、それが有効に機能しているかどうかを商会で確認するという訳じゃな。…成る程、使えそうじゃ。」
姉貴の考えを御后様はじっくりと考えて応えた。
通産省と消費者庁が合体したようなものを姉貴は考えているのかな。
「さて、もう直ぐ昼じゃ。一番忙しくなるぞ。」
そう言って御后様が立ち上がる。
屋台を見ると行列が出来ている。早速俺達は屋台を代わると、長蛇の列を少しでも減らす為に懸命にうどんを茹で揚げる。
御后様達もサレパルを次々と焼き上げているようだ。
この時間帯で今日の売り上げが決まる。それを考えると自然にうどんのお湯を切る手にも力が入る。
山荘の小道から、茹で上げたうどんが新たに運ばれてきたが、たちまち行列を作った人達のお腹に収まってしまった。
昼の時間帯が過ぎると、また客足が遠のく。
夕方にも少し忙しくなるのが判っているので、残りの生地を確認しに山荘の庭先に歩いて行く。
そこでは、イゾルデさんがサレパルの生地を捏ねている最中だった。
「あら?…まだ生地は馴染んでないわよ。」
「いや、サレパルじゃなくてうどんの方を見に来たんです。」
「うどんは、あと1回ですね。山荘の中で料理人が明日の生地を捏ねています。今日よりも少し多めに作るそうですよ。」
大鍋でお湯を沸かしているハンターが教えてくれた。
「じゃぁ、俺は明日用の黒リックを釣ってくるよ。」
「出来ればサレパル用のも欲しいわ。後3枚に下ろした切り身が2つしかないのよ。」
イゾルデさんのお願いで、山荘の庭先からカヌーを出してトローリングを始めた。
日が高いから多くは望めないけど、3匹も釣れればサレパル作りに困る事は無いはずだ。
ゆっくりとカヌーを進めながらタバコを一服。何となく充実した時が過ぎていくのが感じられる。
アクトラス山脈には大勢のハンターが入っているはずだが、リオン湖から眺めるアクトラスの山々は何時も通りの風景だ。
今頃はサーシャちゃん達も頑張って狩りの腕を他のハンターと競っているのだろうが、リスティン以外に何を狩るのだろうか。
そんな事を考えていると、竿先に当たりが来た。グイグイと竿先を引き込んでいる。
じっくりと道糸を手繰り、網ですくい上げた黒リックは50cm程の大きさだ。
ルアーを外して、次の獲物を期待しながら仕掛けを湖に沈める。
4匹を釣り上げたところで急いで山荘に戻る。もう直ぐ夕暮れだ。また屋台が賑わう時間が訪れる。
山荘に戻ると、黒リックを料理人に渡す。3枚に下ろして明日のサルパルの包みにするのは料理人に任せておけば安心だ。
小道を通って屋台の所に行くと、皆てんてこ舞いの忙しさだ。
「ホントに何処に行ってたの?…こんなに忙しいのに!」
姉貴はお冠だ。
「イゾルデさんに頼まれて黒リック釣さ。4匹釣れたからサレパル作りに当分困らないと思うよ。」
「黒リックと言えば、串焼きは昼で売り切れたそうよ。此処は私達で何とかするから、今度は串焼き用の黒リックを釣った方がいいかもね。」
今度は岸からの釣りか…。早速、焼き団子の屋台にいたグルトさんを誘うと、山荘の庭先からハムの切り身で黒リックを狙う。
「いや~、忙しい商売ですな。…でも、それなりに楽しみもあります。ハンターでは味わえない、人との触合いがありますからな。」
「どうですか?続けられますか。俺達はたまにやるから楽しみでいいですが、これを商売にするとなると大変な気がします。」
「そこは、3人で良く話し合って見ます。しかし…あの醤油は問題です。魚醤で代用出来ますかな…。」
俺は驚いて、グルトさんに顔を向けた。
「魚醤があるんですか?」
「はい。あまり一般的ではありませんが1度醤油に似た調味料を口にした事があります。不思議な味なので、材料を聞いて見ると小魚だと言っておりました。」
これは、いい事を聞いた。
確か御用商人が来ている筈だ。彼らに頼んでみよう。
何時しかリオン湖は闇に閉ざされたけど、俺達の頭上には光球が1個上がっているから釣りは続けられる。
30匹程度釣れたところで竿を畳んだ。
道具を片付けながらアクトラス山脈の山々を見てみると、数箇所に焚火の明かりが見えた。サーシャちゃん達はたぶん森の西側だろうから此処では彼女達の焚火を見ることは出来ない。
今日は、白の爆裂球が使われなかった事を見ると、皆元気に狩りをしているんだろう。
アクトラス山脈で上がる煙を監視する櫓とその近くで臨時のギルドを開設しているセリウスさんはさぞやストレスが溜まるだろうな。
そんな事を考えながら山荘前の作業台に来ると全員が集まって屋台の残り物で夕食を取っている。
早速、俺もうどんに焼き団子を入れて食べ始めた。
「たまには、このような場所で残り物を皆で食べるのも良いのう。テーブルでナイフとフォークで食べるよりも、何故か美味しく感じられるのじゃ。」
御后様の言葉に全員が頷く。
上下の隔てなく、1日皆で頑張ったんだ。それが何よりの調味料だと思う。
「そういえば、婿殿。…先程御用商人達が我等を訊ねて来た。夕食は済ませたようじゃから、山荘のリビングで待たせておる。どんな話をしてくるかは判らぬが、アキトとミズキよ、我に付き合ってくれぬか?」
姉貴と俺は御后様に頷いた。
商人連合と商会、さてどんな話しが始まるか…少し楽しみではある。