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#233 狩猟期の朝

 

 白々と夜が明け始めた。モノトーンの風景が水墨画のように広がり始める。

 リオン湖に写るそんな風景を楽しみながら、俺はひたすら黒リックを釣り上げた。

 俺の隣ではグルトさんが、セリウスさんから拝借した竿で同じように釣りをしている。

 

 本来ならば、楽しい釣りなんだけど今日ばかりはそうではない。何と言っても商品を揃えねばならないのだ。

 俺達が釣った魚は、直ぐ後ろでグルトさんの連れのハンターが腸と鱗を取って焼き串に差してざるに並べている。

 「しかし、忙しい事になりましたね。」

 そう言ってタバコを取り出して火を点ける。

 「まぁ、しかたがない。…これも売れると思うからやっているようなものだが、遊びと仕事は違うという事だな。沢山釣れる割には面白みに欠ける。」

 そう言いながらも釣り上げた魚を後ろのハンターに渡している。


 なぜ、急に釣りを始めたかと言うと、火鉢の炭の周りに団子を並べて焼き始めたところに現れた姉貴に問題がある。

 「こんな感じで団子じゃなくて魚を焼いてたお店もあったよね。」

 そう言って直ぐに去って行ったけど、その言葉を聞いたハンター達がやってみようと言う事になって、急遽早朝の釣りをする事になってしまった。


 「30を越しましたよ。初日はこれで様子を見てはどうでしょうか?」

 「そうだね。売れ行きが良さそうなら夕方また釣ればいいし…。」

 そう言って俺とグルトさんは竿を畳む。


 「しかし、この湖は魚が豊富ですね。それに、この仕掛け…こんな小さな釣り針は初めて見ます。」

 「村の雑貨屋で扱ってますよ。後は行商人に販売を依頼してますけどね。」

 仕掛けを竿に巻きつけながら釣り針をしげしげと見ていたグルトさんに教えてあげた。

 

 山荘の玄関先に並んだ3台の屋台はそれぞれ準備が整ったようだ。串焼き団子の火鉢の周りに早速、塩を降った黒リックの串刺しを並べて遠火で炙り始める。ゆっくりと焼き上げていけば、皆で屋台を並べる頃には丁度食べ頃になるだろう。串団子は軽く茹でてあるからタレを付けて炙れば問題ないはずだ。


 近衛兵が兵舎のテーブルを持ち出してきた。

 「後は、私が…。」と言いながらディーが通りに運んでいく。

 前回は1個だったが今回は2個を運んでおく。ベンチ数個は近衛兵が運んでいった。

 

 更に1個のテーブルが持ち出される。これはサレパルや団子、それにうどんを作るための作業台になる。

 その脇には大きな鍋が簡単なカマドに据えられた。早速、料理人の指導の下でハンター達がお湯を沸かし始めた。


 「大分、屋台や出店が並び始めましたよ。我等も場所を確保した方が良いと思いますが…。」

 通りからベンチを運び終えた近衛兵が教えてくれた。

 う~ん…。必要な物は積み込んだから、並べても大丈夫だよな。

 「じゃぁ、俺達もそろそろ屋台を並べようか?」

 俺の言葉に、周りの男達が頷いた。


 ガラガラ…と、石畳を通りに向って屋台を引いていき、北門から、串焼き団子、サレパル、そしてうどんの順に屋台を並べる。

 道に短いロープが何本も引かれて区画が出来ている。どうやらその区画内に屋台を入れるようだ。確かにこの方法なら、場所取り争いも起きないだろう。


 屋台を並べると、周りの商人や俄か店主に挨拶に回る。

 上手い具合に今回も同じように食べ物を扱う屋台は無い。小間物や、木工製品それに古道具屋が俺達の周りの屋台や出店だった。

 屋台の準備を近衛兵達に任せて、北門に出掛けてみる。

 

 昨年同様に北門の櫓の柱を利用して大きな掲示板が取り付けられている。

 まだ、セリが行なわれていないから順位の隣にはチームの名を書いた板を取付けるための金具が見えるだけだ。

 はたして、ジェイナス防衛軍はどれ位まで順位を上げられるのか…。去年は、3位だったからな、今年はそれ以上を期待したいけど、怪我をしない事が大事だな。順位は2の次で見ていてあげよう。…しかし、サーシャちゃん達は何を狩るんだろう?


 広場の中央は、狩猟期の開催宣言後にセリの舞台になる。その設営の為の材料も櫓の下に置いてあった。

 広場の西側には大きな天幕が設営されており、そこが臨時のギルドになるのだ。天幕の前にはテーブルと椅子が2個置いてあった。

 今日から2週間。そこが、セリウスさんとシャロンさんの仕事場になる。

 

 屋台に戻ろうと歩き始めたら、セリウスさん達に出合った。

 防衛隊の集合場所は俺達の家らしい。セリウスさん達の前をトコトコとミクとミトが歩いている。革の上下を着込んで、短いブーツを履いた姿は、立派なハンターだぞ。頭には嬢ちゃんず達と同じような帽子を被っている。


 「シャロンに聞いた所では、赤7つから黒4つ位に多くのハンターがいるようだ。昨年のグライザム亜種の例もある。万が一の時には頼んだぞ。」

 「その時は知らせてください。直ぐに向えるよう準備しておきます。」

 俺の答えにセリウスさんが肩をドンと力強く叩く事で応える。


 俺達は山荘の小道でセリウスさんと別れて、山荘への小道を歩いて行く。

 山荘の前でミケランさん達と別れると、作業台の所に歩いて行った。

 

 「そろそろ茹で始めても良さそうです。俺達も小腹が空きました。」

 俺が作業台に着くと、そう言って一晩寝かしたうどんの生地を山荘から持ってきた。

 「じゃぁ、始めるか。最初は誰だい。」

 山荘の料理人が名乗りを上げて作業台の前に立った。

 彼は俺が頷くのを確認すると、作業台に粉を振って生地を手で伸ばしていく。

 生地を廻すように良く伸ばす。

 そして、麺打ち棒を使って、棒を転がしながら生地を伸ばしていく。


 「鍋は煮立ってるな?」

 「大丈夫です。ざると水も用意してあります。」

 「では、人数分のドンブリを用意しろ。卵と醤油それにフェイズ草だ。…誰かフェイズ草を千切りにしておけ。」

  

 俺の言葉を確認するように準備が整う。うどんが一番美味しいのは釜揚げだ。それを屋台を始める前の腹ごしらえに皆に食べて貰おうと思う。


 麺打ちが終わり、広げられた麺生地を折畳んで包丁で切っていく。切られたうどんをクルクルと手で丸めて1人分の分量にしていく。


 「じゃぁ、人数分を茹でて…。そして、水に入れないでドンブリに入れるんだ。」

 俺の指示で早速大鍋に笊に入れられたうどんが茹でられる。

 大鍋だから一度に10人分が茹でられるけど、今いるのは9人だから丁度いい。

 

 数分して茹で上がったうどんがドンブリに移される。

 俺はそのドンブリを取ると、コルキュルの卵を割って中身を入れる。そこにフェイズ草の千切りを入れて、輪を描くように醤油を垂らすとぐるぐる掻き回す。

 

 そして、ズルリ!っと箸で口に掻き込んだ。「美味い!」と声を上げて皆を見渡す。

 ワイルドな食べ方をちょっと吃驚してみていたが、早速真似をしてうどんを食べ始める。

 「「「美味い!」」」

 全員が同意してくれた。


 「これが釜揚げうどんの食べ方だ。上品に出汁で食べるのも良いけど、俺はこれが一番だと思っている。」

 俺の言葉に皆が頷いてくれる。言葉が無いのは、うどんが口にあるからだ。


 俺達がうどんを食べている脇を3匹のガルパスがミケランさんの乗ったガルパスの後を付いて行く。ミクとミトは2匹目のガルパスに2人で乗っている。

 「後で、皆で食べに行くにゃ。」

 そう言って俺達に手を振ると、ミクとミトも俺達に手を振ってくれた。

 俺達もドンブリを台に置くとミク達に手を振る。

 

 通りからオォ!…っという声が上がる。

 まぁ、ガルパスは珍しいからね。それでも、歓声が上がるという事は結構人通りが増えてきたという事だ。

 「さて、腹ごしらえも出来た事だし。…今日は初日だ。頑張るぞ!」

 「「「オォ!」」」っと皆が応じてくれた所で、早速後片付けをして、うどんを茹で始める。

 

 「出来たら、持ってきて!」

 と近衛兵とハンターの1人に言いつけて、俺達は通りの屋台に出向く。

 屋台のカマドに火を入れて、鍋や鉄板を熱くする。団子を焼く火鉢にも炭を追加した。


 そんな所に、スロットがやってきた。

 「女性陣も支度を始めましたよ。私はこれで団子を手伝いましょう。」

 そんなスロットは綿の上下に大きなエプロンを付けている。デフォルメされたガルパスのアップリケが似合ってるぞ。


 「婿殿…どうじゃ。今年は決まっとるじゃろう。」

 そういいながら御后様が俺の目の前でクルリと回る。

 思わず鼻先が熱くなってきた。

 

 今年の衣装は昨年同様のゴスロリメイド服なんだが、去年がモノトーンだったのに対して今年は赤と黒。その上破壊力抜群の膝上30cm。更に、レースのカチューシャとあっても無くてもいいような小さなレース地のエプロン。そして、ハイヒールは何処で買ってきたと聞きたいようなピンヒールだ。

 絶対に王様とトリスタンさんに言いつけてやるぞ。と硬く心に誓う。


 そんな、服装をイゾルデさん、アン姫、姉貴とディーとアルトさん、そしてネビアがしている。

 俺は料理で客を集めたいが、俺達の屋台を囲んでいるこの人だかりは、絶対に屋台の後ろで開店準備をしている女性陣が目当てだろう。


 「早速準備します。」

 そう言うと、笊とフェイズ草の束を持って通りにディーが歩いて行く。

 カツカツとピンヒールをものともせずに通りの真中に出ると、俺達を取り囲んでいた人々がササーっと後ず去り、ディーの周りに人がいなくなる。


 フェイズ草の束を空高く投げ上げると、腰からサバイバルナイフを取り出して、シュタ!っと空中高く飛び上がる。

 ナイフを目まぐるしく回転させるとストン!っと通りにディーが下りてきた。

 笊でフェイズ草の束を受けると、フェイズ草は笊に触れたとたん千切り似成って高く積みあがった。

 

 「マスター。千切り終了です。」

 そう言いながら俺の傍にやってきたディーをオォー!っと群集が感嘆の声を上げた。

 俺は気にせずに、ディーが渡してくれたフェイズ草の千切りを引き出しの中に入れた。


 「さて、今年も頑張るかの。目標は昨年の1割増しじゃ。皆も良いな!」

 御后様が檄を飛ばす。

 こんな感じで、俺達の狩猟期が始まった。

 後2週間…。最後まで頑張れるかな。御后様達の衣装を見てつくづくそう思う。


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