#232 キャサリンさんへの贈り物
続々とハンターや商人達が集まってくる。今年は何事も無く狩猟期を迎えられそうだ。
ロムニーちゃんとルクセム君は山裾の森から北門までの警備を請負ったと話してくれた。報酬は安いけど、それも大事な仕事だ。
今年も防衛軍をサーシャちゃんは結成したようで、昨年の地図と狩猟期前の狩りの依頼とつき合わせて作戦を練っているようだ。連日セリウスさんの家に集まってワイワイ騒いでいるらしい。
「話を脇で聞いている分には面白いぞ。俺は参加したいとは思わないがな。」
そう言ってセリウスさんはお茶の入ったカップを取った。
俺とセリウスさんは後3日に迫った狩猟期について、ギルドのテーブルでのんびりと話をしている。
セリウスさんは主催者側だから参加は出来ないし、俺は今年もうどんの屋台だ。
アンドレイさんに頼まれた3人は40代の黒5つのハンターだった。
「後2,3年は行けそうだが、そこで命を落とすハンターが多いんだ。俺達は腕の衰えを感じた所で廃業するよ。」
そう俺に言った3人は近衛兵と一緒に今日はうどんの出汁を作っているはずだ。
「ところで、今年は屋台を増やすと言っていたが…。」
「焼き団子の屋台を出します。これも揉めたんですが、どうにか押し切りました。」
「聞いた事が無いが、まぁ、お前達の事だ。それなりの売り上げを期待できるだろう。ユリシーがだいぶ屋台を作っていたな。あれが並ぶのであれば将来的には道幅を広げる事も必要だろうな…。」
確か40台位の注文を受けたとか言っていたし、今年になって新たな追加もあったようだ。50台を軽く超えるんじゃないかな。
「ところで、今年の屋台も昨年と同じ場所でいいんですよね。」
「あぁ、特例で認めるそうだ。他の屋台等の売り手からの苦情も無かったらしい。お前達の出店場所は山荘の出口両側で屋台5台分だ。その内屋台2台分は共同の休憩所になる。その管理も頼むぞ。」
そう言って北門から南門へ至る分岐路までの地図を見せてくれた。北門側に2台分分岐路側に3台分だ。屋台2台分の休憩所だから兵舎のテーブルを2個は並べる事が出来るだろう。
そんな事を考えながらタバコを取り出す。セリウスさんもパイプを出したので、ジッポーで火を点けてあげた。
「少し前までは、狩猟期を前にした今頃は剣を研いでいたものだが、世代が変わったと言う事かな。」
そう呟いたセリウスさんの顔は少し寂しそうだった。
「後、10年もすればミクとミトが参加するんですよ。何時までも現役ではね。」
「それは分っていた心算なんだが、いざ自分がその時を迎えると少しな…。そこで、アキトに頼みがある。テーバイ独立戦争…俺を連れて行け。俺の引き際にしたい。」
う~ん…。確かに、大掛かりな戦争になるだろう。そして、それを率いる将兵の数が足りない事も確かだ。火に油を注ぎまくる姉貴と違って、セリウスさんなら無茶なことはしないと思うし、俺としては賛成だ。
「御后様の下で姉貴が作戦と編成を考えてます。一応打診してみますけど…結果は分りませんよ。」
「それでいい。ミズキが必要とせぬのなら、また別の機会に望むまでだ。」
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家に戻ると、御后様、姉貴とジュリーさん、それにディーがテーブルに肘を着いて地図を睨んでいる。
地図は…テーバイの略図だ。という事は作戦が行き詰まってると言う事かな?
「ただいま!」
「おぉ、婿殿邪魔をしておるぞ。」
姉貴の横に座って姉貴のメモを横目で見る。どうやら、編成に悩んでいるらしい。
「後3人は欲しいところじゃな。」
「やはり国軍から出すより他に手はないかと…。」
ジュリーさんは溜息を付きながら呟いた。
「ひょっとして、指揮官が足りないとか…。」
「そうなの。亀兵隊の増強や対空対策なんかで結構な部隊編成になるんだけど…。兵が足りても指揮をとる人材がいないのよ。」
姉貴も悩んでいるようだ。
「さっきギルドでセリウスさんに会ったけど、テーバイ戦には参加したいって言ってたぞ。」
俺の言葉に3人が顔を合わせる。
「セリウスか…。奴なら申し分ない。」とか、「ミケランさんも…。」とか言う言葉が聞こえてくる。
そんな3人を見ていた俺にディーがお茶を入れてくれた。
「では、2人に頼みましょう。その間のミクちゃんとミトちゃんの世話は御后様にお願いします。」
「任せておけ、これでも4人の子供の面倒を見た身じゃ、安ずるでない。」
その結果を見ると、どんな風に育てたのかまるで想像出来ない。アルトさん、サーシャちゃんとトリスタンさん、クオーク君ではまるで正反対の結果が出ているぞ。
それでも、姉貴達は「よろしくお願いします。」何て御后様に言ってるし…。
セリウスさん達を参加させる事で、姉貴達の部隊編成は何とかなりそうな気配だ。
一覧表を早速修正している。…そして、その手が止まった。
「新たな増員で物資が足りなくなりそうです。それに、輸送部隊も増員する事になりますと、その部隊を護衛する為の部隊も必要となります。」
どれどれと編成表を見る。
亀兵隊が320、屯田兵が200、それにアン姫の弓兵が50人、ジュリーさんの魔道師部隊が20人だな。…あれ?屯田兵の残りの300人はどうするんだ?
「確か、屯田兵は500人だったよね。派遣部隊が200人だとすると、残りの300人は?」
俺は素朴な疑問を姉貴に聞いてみた。
「森の南に備えているの。森の南は海なんだけど、幾つか入り江があるのよ。将来的には漁港に使えそうだけど、今回はこれを利用して背後から軍を進めることが可能だわ。その為に、監視をハンターに、迎撃を屯田兵に任せようと思ってるの。」
「なら、派遣する屯田兵から捻出するしか方法は無いと思いますが…。」
「もう、20人を捻出しておる。…しかし、そうじゃのう、更に20人を捻出するしか無さそうじゃ。」
俺の案に御后様が困った顔して応える。
「しかし、まだ時間がある。じっくりとこの問題は考えてみようぞ。」
そう言って、この話は一旦お終いにする。
「ところで、狩猟期まで後3日じゃ。準備は近衛兵に任せておるが、大丈夫じゃろうか?」
「スロットとネビアが確認しています。俺の方は近衛兵に任せてますけど。今現在で不足しているのは、フェイズ草と黒リックです。黒リックは明日俺が獲る予定ですし、フェイズ草は姉貴とディーに頼むつもりです。明日の昼過ぎから本格的に準備すれば間に合いますよ。」
「なら、安心じゃな。今晩にはアン達もやってこよう。我等も、狩猟期はこの問題を忘れて楽しもうぞ。」
そう言って、俺達に別れを告げると御后様達は帰って行った。
「さて、それではこの問題はひとまずお終い。…ところで、ロムニーちゃんはどうだったの?」
「あぁ、ちゃんとルクセム君と役割分担をこなしていたよ。意外としっかり者のようで安心したよ。」
「じゃぁ、キャサリンさんが欠けても安心ね。」
キャサリンさんが狩猟期を終えると王都に行く事を改めて思い出した。
「キャサリンさんへの贈り物は決めたの?」
「それが、未だなのよ。アルトさん達も準備したいって言ってるんだけどね。」
「アルトさん達は良い物を持ってるよ。キャサリンさんが凄く欲しがってた物をさ。」
「それって?」
「テーバイの女王のラミアさんから貰った、絹の反物さ。沢山あったような気がするから2本位贈れるんじゃないかな。花嫁衣裳にね。」
姉貴はパンと手を打って喜んだ。
「それがいいわね。昨夜も遅くまで悩んでたみたいだから、教えてあげるわ。」
「それで、俺達からだけど…。」
「私は、これを贈ろうと思うの。」
そう言って俺に見せてくれたのは、2個の真珠だった。
「キャサリンさんて装飾品をまるで持ってないのよ。この真珠をイヤリングに加工して貰うわ。」
「良いんじゃない。俺は、これかな?」
そう言ってバッグの袋から魔石を取り出した。透明感のある黄色の球は直径3cm位ある。
「ダラシット狩りで手に入れた魔石だ。ザナドウの嘴があるから、これはキャサリンさんにあげてもいいかなって…。」
「そうだね。私なんか忘れてたわ。魔道師の杖を使う機会は無いかも知れないけど、キャサリンさんの子供が使う事も出来るしね。」
そんな事を話している時、バタンと扉が開いた。
「「「「ただいま。」」」」と声を出しながら嬢ちゃんず達が帰ってきた。
4人がテーブルに着くと、早速ディーがお茶を用意する。
「温い相手じゃった。生憎とシャゲルがおらん。おればもう少し楽しめたものを…。」
アルトさんの言葉に3人がうんうんと頷いているが、リムちゃんはシャゲルを知らないんじゃないのかな?
「キャサリンさんへの贈り物だけどね。アキトが良い案を出してくれたわよ。」
姉貴の言葉に全員が俺を見る。早く話せと目が督促しているようでちょっと怖いぞ。
「テーバイの女王に絹の反物を貰ったよね。あれの一部を花嫁衣裳にってあげたらどうかな?」
3人の顔が輝いた。リムちゃんはキョトンとしている。
直ぐにサーシャちゃんが部屋に行って反物を確認している。
「全部で10本あるのじゃ。幾つあれば衣装が出来るのじゃ?」
「今夜、アン姫が来るそうだ。アン姫に聞けば分かるんじゃないかな。」
嬢ちゃん達が顔を見合わせて頷いている。明日早速聞いてみるつもりだな。
「アルトさんは俺達と屋台だけど、サーシャちゃん達は今年は何処を狙うんだい。」
「去年と同じじゃ。でも狙うのが少し違うぞ。」
そう言って、ミーアちゃんと顔を見合わせてニコリと笑った。
俺と姉貴も顔を見合わせて…首を振る。アルトさんも諦め顔だ。
「我にも教えてくれんのじゃ。ミケランに聞いても秘密にゃ!って言っておる。キャサリンは微笑むばかりじゃ…。」
いったい何を狙うんだ…まさか、グライザムって事は無いよな。
「危険な事は無いよね。一応ミクやミトもいるんだからね。」
「危険は無いはずじゃ。それに1度皆で狩っておる。習性は理解しておる。」
もう一度姉貴と顔を見合わせた。いったい何を狩ろうというのか…。