#229 やって来た女の子
季節は巡り、ネウサナトラムの秋の訪れがアクトラス山脈を彩る紅葉となって知る事が出来る。その紅葉のベルトは、日を追う毎にリオン湖に近づいているように見える。
そして、ここネウサナトラムの農家は取り入れの最中となって、俺達ハンターへの依頼も増えてくる。
御后様が王都から運んできたガルパスはリムちゃんがクローディアって名前を付けたけど、何か女の人の名前なんだよな。俺にはガルパスの雌雄の区別が出来ないけど、合ってるのかな?
ガルパス4匹に嬢ちゃんず達は亀乗して、今日も元気良く畑の害獣を退治している。
ミーアちゃんとサーシャちゃんの鞍にはミクとミトが乗っているんだけど、大丈夫だよな…。一応、ミケランさんが御后様のシルバースターに亀乗して付いて行っているけどね。
姉貴とディーは、何かのシュミレーションをしているようだ。
俺は姉貴達に断わって、ギルドの状況を見に行った。
ギルドの扉を開けてシャロンさんに片手を上げると、シャロンさんが壁際のテーブルを指差した。
そこには、セリウスさんとテーブルを挟んで1人の女の子が座っていた。
「こんにちは。」
「おぉ、アキト。待っていたぞ。」
セリウスさんは俺を待ちかねたように空いている椅子を指差した。
そこに腰を下ろすと、シャロンさんが俺達にお茶を運んでくる。
「此方のお嬢さんは?」
「あぁ、前にダリオンに頼んでいた件は覚えているだろう。この村でハンターをしながらルクセムの指導が出来る者を紹介して欲しいというものだ。そして、ダリオンが選んだハンターが此処にいるロムニーだ。…赤の6つ。十分だと思う。」
「ロムニーといいます。王都から来ました。両親は小さな宿屋をしてますけど…私は長女ですが兄と弟がいます。モスレム内にいれば何処にいても良いと両親の許しも得ています。」
意外とハッキリした娘さんみたいだ。
着ている物は革の上下で小さなバッグを腰に付けている。そして得物は…片手剣に弓だな。弓は短弓だけど、そのうちに長弓をプレゼントした方が良さそうだ。
「失礼ですが…アキトさんは、ザナドウ狩りで有名なあのアキトさんですか?」
「アキト何ていう珍しい名を持つのはそうはおるまい。そのアキトだ。」
ロムニーちゃんの質問にセリウスさんが応えた。
「宿に来たハンターの人に、アキトさんの話を聞きました。王都の近衛兵隊長のダリオンさんも歯が立たなかったとか、赤7つで虹色真珠を手に入れたとか、20倍の敵と戦って勝利したとか、グライザムを殴り殺したとか…。それで、こんな話があるとダリオンさんに告げられた時、直ぐに名乗りを上げたんです。」
いったい、どんな噂が流れているのやら…。
「俺が、ロムニーちゃんにしてもらいたいのは、この村にいるハンターの指導なんだ。俺達がしてもいいんだけどあまりにもレベルの差がありすぎる。出来れば赤5、6のハンターが欲しかったんだ。」
「え~…では、アキトさんのチームに入れて頂ける訳ではないんですか…。」
ちょっとガッカリしたような顔で応えた。
「そう、ガッカリする事は無いと思うよ。俺のチームにはロムニーちゃんと同い年位のハンターもいるしね。狩りの対象に応じて人選してるんだ。此方のセリウスさんとも狩りをしたこともある。意外と一緒に狩りをするのは早いと思うよ。」
俺の言葉にロムニーちゃんはニコリと微笑んだ。
「ところで、住まい何だが…。」
「ディーと一緒でよければ、俺達の家で構いません。姉貴達の了解が要るけど…。とりあえず、一緒に行こうか。ダメなら、セリウスさん…。」
「あぁ、新築した物件を格安で提供しよう。」
という事で、ロムニーちゃんを家に連れ帰った。
「ただいま。」
と言いながら扉を開けると、姉貴とディーが目を見張る。
「どうしたの。その子?」
姉貴の言葉に、ディーも頷いている。
「ルクセム君の指導をしてくれるロムニーちゃんだ。前にセリウスさんがダリオンさんに頼んだって言ってたろ。」
「あぁ…。あれね。良かった。来てくれたんだ。」
「それで、泊まる所なんだけど…ディー。同じ部屋でいいかな?」
「その子が良ければ私に問題はありません。」
という事で、ロムニーちゃんはこの家で暮らすことになった。
殆ど身一つで来たみたいだけど、まぁ、ハンターならば少しずつ揃えて行けばいい。
「宿代は要らないから、食事を手伝ってね。」
姉貴はそう言って安心させる。
ディーとロムニーちゃんが一緒に昼食を作っている。流石宿屋の娘だけ合って手際がいい。ディーも感心して見ているようだ。
出来上がったスープも中々の味だ。これで、この家で料理が出来ないのは姉貴とリムちゃんになってしまったぞ。
昼食後にお茶を飲んでいると、カチャカチャと特徴的な音が近づいてくる。
ロムニーちゃんがその音に気が付いて扉を少し開けて覗いている。そして直ぐにテーブルに帰ってきた。
「亀に乗った女の子達が来ました!」
「俺達の仲間さ。ちょっと言葉使いが、あれだけど優しい子達だよ。」
扉がバタンと開くとアルトさん達が意気揚々とした態度で入ってきた。
「今帰ったぞ!…誰じゃ?」
テーブルにいる女の子を見てアルトさんが言った。それでも、テーブルの自分達の席に気にせずに座り込む。
「ルクセム君の指導をするために王都から来たハンターよ。もう直ぐキャサリンさんが行っちゃうでしょ。」
「あぁ、聞いておる。我等も気にしておったが、ようやく来てくれたようじゃな。歓迎するぞ。我は、アルトじゃ。此方から、サーシャ、ミーア、リムじゃ。見たところ、サーシャとミーアと同い年のようじゃな。仲良くするのじゃぞ。」
そう言って、ミーアちゃんとサーシャちゃんに言い聞かせてる。
こういうところは、嬢ちゃんずのリーダーって感じだな。
「ところで、今日はどんな依頼をしてきたの?」
「渡りバタム狩りじゃ。…依頼は30匹じゃったが、50匹は倒して来たぞ。あれは強襲の練習になる。」
ミーアちゃん達もうんうんと頷いている。
何となく狩りの仕方が想像出来てしまった。きっと4方向から同時突撃なんて事をしていたに違いない。姉貴を見ると、姉貴も苦笑いをしている。
「ルクセム達も南の荒地で見かけたから、明日には会うことが出来よう。今日はのんびりと過ごすがいい。」
「ロムニーと言います。両親は王都で宿を経営しています。一応、赤6つまでいきました。得物は片手剣とこの弓です。」
アルトさんに応えるようにロムニーちゃんが自己紹介をする。
「フム、片手剣なら我も指導が出来るじゃろう。得物を見せてみよ。」
ロムニーちゃんが片手剣を抜いてアルトさんに渡す。
見るからに数打ちの片手剣だ。最初にミーアちゃんに買ってあげた片手剣を思い出す。でもこれが一般的なハンターの得物だよな。
続いて取り出した弓は短弓だ。アルトさんがグイグイと張力を確認している。
「王都周辺ならこれでも良いが、此処は山村じゃ。もう少し良い品が欲しい所じゃな。弓も悩む所じゃ。」
と言いながら首を捻っている。
そんなアルトさんを心配そうにロムニーちゃんが見ているぞ。
「亀兵隊用のグルカの試作品がもう直ぐ届くとユリシーが言っておった。それをとらせるとして、弓はクロスボーに換えるがいい。我の使っていた物じゃが、ルクセムと狩りをするなら必携品じゃ。」
そう言って、部屋から量産型クロスボーとボルトケースを持ってきた。
「ボルトは12本。それに先端に爆裂球がついたボルトが2本。使い方はこれから教えようぞ。」
「これって、弓なんですよね。矢が短か過ぎませんか?」
初めて見れば、確かにちょっと心もとないような気もするだろうな。でも、ルクセム君とラッピナ狩りをするなら確かに必携品だ。
「それは使えば分かるじゃろう。…ミーア。北門の練習場で使い方を教えるのじゃ。」
「うん。…行こう!」
ミーアちゃんはロムニーちゃんを誘って出かけて行く。サーシャちゃんとリムちゃんもクロスボーを持って付いて行った。
「アルトさん。先程、亀兵隊用のグルカって言ってましたよね。」
「あぁ、言ったぞ。前に来たカインとベルアが欲しがって…。母様に相談したところ、それなら装備品として持たせるがよい。と言っておった。あれから王都の工房で作っておるはずじゃ。その試作品を送ってくる手筈になっておる。」
姉貴の質問にアルトさんがそう言った。
実際のところ、亀兵隊が抜刀して切り込む事は考え難いけど、一種のステータスとして欲しいんだろうな。
でも、セリウスさんの両手にグルカは、決まりすぎてちょっと怖い感じがするぞ。
「母様は言っておったぞ。アトレイムよりもたらされた粒金はお前達で好きに使うがよいとな。我はその資金で亀兵隊の装備を充実させたいと思っておるのじゃが…。」
「私は、賛成だわ。…アキトはどう?」
そう言って姉貴が俺を見る。
「賛成だ。しかし、俺としては屯田兵についても考えるべきだと思っている。国境争いで亡くなった者達も多いんだ。」
「アキトはどんな装備がいいと思ってるの?」
それは意外と難しい。亀兵隊は基本的に騎兵モドキだからある程度の重量に耐えられるだろう。そんな発想から、嬢ちゃんずの大鎧が出て来たんだけどね。
でも、屯田兵は歩兵だから、装備品の重量が重くなると機敏性が失われるし、戦闘疲労も出てくるだろう。
「ちょっと考えさせてくれ。直ぐには効果的なアイデアは出ないよ。」
「じゃが、時はあまり無いようじゃ。母様は来年の夏には…と言っておったぞ。」
その言葉に姉貴が考え込んだ。
「やはり、独立戦争が早まるのね…。なぜ、そっとしておいてあげないのかしら…。」
「テーバイは母様が金貨を産む国じゃと言うておった。支配したい輩は多いじゃろう。」
桑を植えたと言っていたな…、あれは荒地に強い作物だ。灌漑さえしっかりすれば十分に育っているに違いない。ひょっとしたら、最初の生糸が取れたかも知れない。そして、来年には確実に絹織物が出来るだろうし、年々その出荷量は増えていくはずだ。
まさに、金貨を産む国となるだろう。
夕方近く、ロムニーちゃん達が帰って来た。
早速、ディーのお手伝いをしているが、その合間に練習の成果を教えてくれた。
「あんなに当る弓は始めてです。前の弓が玩具に思えてなりません。」
「確かに当るかもしれない。でもね、次を撃つのに時間が掛かるんだ。狩りで使う時は、次の攻撃の合間に十分気を付けるんだよ。」
クロスボーに感動しているロムニーちゃんに少し水を差しておく。武器を信頼するのは良い。でも過信は禁物だ。ハンターは少し臆病な位が丁度良いと俺は思う。
夕食は野菜中心のスープに黒パン、そして干した果物だったけど、大勢で食べるのは、それだけで美味しさが増すような気がする。皆、残さず食べたぞ。
食事の後片付けが終ると、嬢ちゃん達は暖炉の前でスゴロクを始める。ロムニーちゃんもやった事があるらしく、直ぐに皆に溶け込んでいる。
そんな時、扉を叩く音がした。
ディーが急いで扉を開けると、キャサリンさんが立っていた。
「お久しぶりです。…皆さん大分、黒くなりましたね。」
そう言いながらテーブルに着く。
「海で遊んでましたからね。皆日焼けで真っ黒ですよ。ところで…。」
「セリウスさんから、ルクセム君を託すハンターが来てくれたと聞いてやってきました。私も、どんなハンターなのか知りたくて…。」
「ロムニーちゃん。ちょっと来てくれない!」
姉貴が暖炉の前に陣取っている嬢ちゃん達に呼び掛ける。
そして、とことこと姉貴の所にやって来た女の子をキャサリンさんに紹介する。
「この子がロムニーちゃんです。赤6つのハンターですよ。」
「初めまして、ロムニーです。王都から来ました。」
そう言って、キャサリンさんに頭を下げる。
「初めまして。私はキャサリン。貴方より少し小さい男の子と一緒に採取系の仕事をしているの。
もう直ぐ私は王都に行かなきゃならないから、男の子の指導を貴方に代わって貰いたいのよ。
出発は冬の初めになりそうだわ。それまでは、一緒に仕事をしましょう。」
キャサリンさんはじっとロムニーちゃんの顔を見ながら優しい声で言った。
「だいたいの話はアンドレイさんとセリウスさんに聞きました。採取なら大丈夫だと思います。そして、村の周辺を良く教えてください。」
「じゃぁ、早速明日から始めましょう。ギルドで待ってるわね。」
そう言うとキャサリンさんは席を立って、俺達に別れを告げて出て行った。
「キャサリンさんには俺達もハンター成り立ての時に世話になったんだ。優しい人だから安心して教わるといいよ。」
「分かりました。明日から早速始めます。」
俺にそう応えると、中断していたスゴロクの輪に入って行った。
しょっぱなから、フェイズ草は採取しないと思うけど、どんな採取になるのか、明日は遠くから様子を見てみよう。