#228 御后様の計略
1週間程海水浴を楽しんだ時に起こった家の連中の珍騒動は、周りの海水浴客や漁師達も巻き込んで結構大変だった。
ディーが、「ザナドウ幼体仕留めました!…今度は間違いないでしょう!!」って、海から上がって来た時は、持っている投槍の穂先に蛸が刺さっていた。
この時も、嬢ちゃんず達を納得させるのが大変だったけど、お昼に塩茹でにした蛸は皆美味しそうに食べていたっけ。
嬢ちゃんずが漁師さん達と環礁で釣りの腕を競っていた時は、サーシャちゃんが砂蛇を釣り上げてしまって船の上で大騒ぎ。リムちゃんが【メル】で始末したらしいけど、岸に持ってきた砂蛇はブツ切りにして塩焼きにしたら結構いける味だった。蛇と言うよりもウツボに近い仲間なのかも知れないが、腕ぐらいの太さで3m程の長さがあった。
サーシャちゃん曰く、「大物だと思ったのじゃ…。」
確かに大物だ。嬢ちゃん達4人で引張り上げたってミーアちゃんが言っていた。
姉貴とディーが環礁際の海底から引き上げてきたシャコ貝はそれ程大きな物ではなかったけれど、中に入っていた真珠は1cm程のものだった。
これを見た海水浴客が一斉に環礁際に潜ったもんだから、溺れる者や潮に流されて外洋に出そうになった者等が続出した為に救助活動が大変だった。
「やはり、この季節は何艘かの船を沖に置かねばダメだろうな…。」
救助した者達を砂浜に移動させたデクトスさんの感想だ。
そして、この1件が基になって、海水浴客の安全を確かめる見張り台による監視員とレスキュー隊が漁師達によって組織された。運営はボランティアみたいだけどね。
そして明日、俺達は懐かしいネウサナトラムの村に帰ることにした。
嬢ちゃん達はもう少しってごねていたけど、何時までも厄介になってはいられないしね。
夕食時に、ディオンさんにそう言って別れを告げる。
「そうですか…。しかし急な旅立ちですな。王都に連絡も出来ません。」
「別に、連絡する必要はありません。アトレイムに何かあれば駆けつけますし、また夏に来ますよ。最も、次に来るのは少し後になるかもしれませんが…。」
そう言って、出されたスープを飲む。さっぱりした海鮮スープとも、これでしばらくお別れだ。
「アトレイム王国を代表して、この度のお礼を申し上げます。そして、我が修道会としても…。」
「果樹園が軌道に乗るのはかなり先になります。地の神の御加護が修道会にありますようお祈りいたします。」
俺の言葉にディオンさんが黙礼で応える。
「ところで、あの馬車を頂いて良かったのですか?」
「マリアからのたっての希望です。私らはこの地に根を下す。馬車は必要無いと言っておりました。」
姉貴の問いにディオンさんが応えた。
ここからネウサナトラムまでは1週間近く掛かるだろう。馬車の提供は有難かった。馬車を使えば食料や燃料等も積み込める。街道に点在する休憩所を使って野宿が出来るから、旅の日程を短くすることが可能だ。
そして次の日、朝食を終えるとディオンさんと短い別れの挨拶を済ませて俺と姉貴は馬車の御者台に乗った。ディーはのんびりと馬車の中だ。
嬢ちゃんずは全員ガルパスに亀乗している。リムちゃんはアルトさんと一緒に乗っている。
侍女がお弁当を2食分馬車に積み込んでくれた。
「忘れ物は無いね!」
前方の嬢ちゃんずに尋ねると、全員が頷いた。姉貴とディーも確認済みだ。
馬車の傍に並んだディオンさんと侍女さん達に頭を下げると、馬の手綱を緩める。
「出発―っつ!」
嬢ちゃん達が一斉に別荘の小道を走りぬける。そして俺達を乗せた馬車がゆっくりと動き出した。
別荘の出口には、マリアさん達が並んで俺達を見送ってくれていた。皆が黒い法衣のような衣装に身を包んでいる。そして、ちいさな女の子が俺達に一生懸命手を振ってくれる。俺も片手を振って別れを告げる。
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俺達の馬車の前を3匹のガルパスが先行する。街道の石畳を避けて荒地を進んでいるから結構砂埃が上がるから、俺と姉貴はサングラスを掛けている。
夜は街道脇にある休憩所で野宿だ。
ディーが夜間監視をしてくれるから、全員で休むことが出来る。
3日目にエントラムズの王都を過ぎ、5日目にモスレムの王都を過ぎる。
そして、7日目の昼過ぎに待望のネウサナトラムの東の門をくぐり抜けた。
そのまま村の通りを山荘まで行って、山荘の近衛兵に馬車の保管を依頼する。嬢ちゃんずのガルパスも山荘に預かってもらい、俺達は荷物を担いで自宅に急ぐ。
荷物を家において、庭に出るとリオン湖越しにアクトラス山脈を見ながら一服を楽しむ。
海もいいけれど、この雄大な眺めは捨てがたい。此処を譲ってくれたアルトさんに感謝したい位だ。
姉貴達が荷物の整理をしているので、俺1人でギルドに到着報告に向かう。
バタンっとギルドの扉を開いて、カウンターのシャロンさんに、7人が到着した事を告げた。
「皆さん心配してましたよ。何も無かったでしょうね?」
「特に無かったと思うよ。チビッコ達も海で日焼けして帰って来たし…。」
そう言って、カウンターを離れて依頼掲示板の様子を見に行く。
10枚以上の依頼書が貼ってあるが、期限切れ寸前の物は無いようだ。それに、薬草採取が主で嬢ちゃんず達を満足させるような出物が無い。
シャロンさんに片手を上げてギルドを出る。
「ただいま!」って家の扉を開けると、皆が手分けして掃除をしている。約1月以上家を空けていたから、結構埃が溜まっていたようだ。
慌てて俺も手伝う事にする。皆が手の届かないところも多いからね。
俺達が掃除をしている傍らで、ディーが夕食の準備を整える。
今までは侍女さん達がしてくれたけど、これからは俺達で作らねばならない。
簡単な夕食を終えると、順番にお風呂に入って全員でスゴロクを楽しむ。
「そうか…。確かに、まだ刈り入れには早いからの、我等に見合う依頼は無いじゃろう。」
ギルドの状況を話すと、アルトさんがそう応えてくれた。
「ミク達と薬草を採るのじゃ。」
サーシャちゃんの発言にミーアちゃんとリムちゃんが頷いている。
結構遊んだから、少し休もうというような考えは無いらしい。
「でも、今日山荘に行ったら御后様がいなかったよね。何かあったのかしら?」
「さぁ…。俺達が必要なら伝言を残すだろうし、先週王宮に出かけました。って言ってただけだからね。その内、帰ってくるんじゃないかな。」
そんな話をしながらその日は過ぎて行った。
次の日、早速嬢ちゃん達はセリウスさんの家に出かけて行った。
俺と姉貴はディーと一緒にのんびりとお茶を飲んでいる。
トントンと誰かが扉を叩く。
ディーが扉を開けると、御后様がセリウスさんと共に立っていた。
テーブルに案内して、ディーが2人にお茶を入れる。ついでに俺達にも継ぎ足してくれた。
「大分派手にやったようじゃな…」
御后様が笑いながら俺達に言った。
「ひょっとして、アトレイムから知らせを受けたとか…。」
「まぁ、そんな所じゃが、これで我がモスレムが一番使えない貴族を多く抱える国になってしまった。何とか半減したいが良い考えが浮かばぬ。例のタレット刑が響いたらしく、次男三男の行動を厳しく監視しておる。しばらくは手が出せん状況じゃ。」
やはりどの王国も貴族には手を焼いていたらしい。
モスレム王国も貴族の総数は18家あると聞いた事がある。タレット刑と火刑になった輩を出した貴族は断絶したようだが、依然として15家の貴族が存在する。
「アトレイムより面白い品物が王宮に届いたぞ。革袋3個の粒金じゃ。税のお釣りじゃと使者が言うておった。…それを見た貴族共の目の色といったら…。」
そこで、御后様は急に笑い出した。
「あははは…済まぬ。貴族達は驚いておった。使者が言うには、アキト殿への返礼に譲った土地から出た粒金と言っておった。同じ袋で50袋を越えていると聞いて皆驚いておったぞ。
そして、使者が次の言葉を発した時は、使者の前じゃと言うのに皆うろたえておった。
その言葉は、今回の件についてアキト殿はアトレイム国王より土地を譲られた。その土地には更なる粒金が埋まっており袋に100は軽く超えるであろうとな。」
再び御后様は笑い出した。
「その話は本当か?…それならその地でのんびりと暮らすことが出来ように…。」
セリウスさんが俺と姉貴を訝しげに見ながら言った。
「本当です。でも、粒金の採取は命掛けですよ。貰った土地は海岸地帯の荒地と砂の海。草木すら生えない過酷な地です。そしてサンドワームが沢山生息しているようです。」
「済まんな。あの時の遣り取りを思い出すと笑いが止まらん。…話を戻すぞ。その土地の話を聞いた貴族が、ハンターに土地を与えるなぞ持っての外、ハンターに与えられた土地は我等が管理すべきと言いおった。
確かにハンターの所領等と言うものは聞いた事が無い。自宅を持つ者はおるがの。
今日、我が来た目的は、婿殿の所領をモスレムに寄贈して貰う為じゃ。」
「寄贈は構いませんが、別荘と修道院についてはどう致しましょうか?」
「それは問題ないであろう。そもそもはイゾルデの持物と聞く。上納して欲しいのは、新たにアトレイムの国王が婿殿に譲った西の集落より更に西の地じゃ。貴族とて修道院と争って勝ち目があるとは思えんじゃろう。」
「ひょっとして、御后様はその地に、貴族達を追い出すお考えですか?」
姉貴の言葉に、御后様はにやりと口元で微笑む。
「分るか?…その通りじゃ。アトレイム王国より示された土地の面積だけを見るとモスレムの三分の一程の大きさがある。しかも粒金付きじゃ。こぞって貴族共が開発を請負うのは目に見えておる。我は条件付きで貴族に請負わせようと思う。
条件は、開発が完了せぬ限り帰国を許さぬ。10年以内に開発を終了させる。開発の成果は20G(40kg)の穀物袋に100袋の穀物が収穫出来た事を持って完了とする。開発した土地はその開発を行った者の所領とする…。以上じゃ。」
あの土地に水があれば、それも可能だろう。だが、全く水が無い。【フーター】で出したお湯を貯水槽にためて使用することは可能かも知れないが一体どれ位の水が必要になるか見当も付かない。そして、灌漑設備としての水路網も必要だ。
現場を見ないで、請負う貴族がどれ程いるのか…。ちょっと可哀想な気がしないでもない。
「その条件ですと、貴族達が行ったきりになります…。それが狙いですか?」
「そうじゃ。モスレム貴族の排斥…これが最後の手じゃ。我も開発が成功するなぞと考えてはおらん。イゾルデに状況を聞いておるからの。じゃが貴族共は知らんはずじゃ。」
俺の問いに御后様が応えた。
俺としては酷いだまし討ちのような気がするけどね。
でも早々に諦めれば、被害を最小限にして国を出ることは可能だ。これが追放だと、財産の没収が伴うから、かなり穏便な方法ではある。
それでも、地理に明るい貴族や忠誠心のある貴族は残るだろうけど、此処までの事をする王族に反旗を翻す者はいないだろう。格段に政務が行い易くなると思うぞ。
「どうじゃ。婿殿。新たな領地をモスレムに寄贈してくれぬか?」
「良いでしょう。どうぞ使ってください。」
御后様は懐からノートのような物を取り出した。
俺の前に出された物をよく見ると、ノートではなく豪華な調印書だ。
内容は…ハンター・アキトにアトレイム国王が新たに付加した領地の寄贈に関するもので、先程の御后様の言葉と同じ物だ。
早速、寄贈書の下に設けられたサイン欄にサインを入れて御后様に渡す。
「さて、どれ位の貴族が食いついてくるかのう…。」
そう言って御后様は寄贈書を大切に懐に入れた。