#225 ザナドウの幼体?
漁師町に入ると早速、メイクさんの仕事場に向かう。
家々が並ぶ通りにある小さな路地を抜けると目の前に砂浜が広がっていた。
嬢ちゃんずは早速海に向かって走っていく。そんな彼女達を姉貴に任せると、俺はディーを伴って、メイクさんの仕事場を訪問した。
「おはようございます!」
「誰だ!…おぉ、お前か…。なるほど、彼女を連れて舟遊びと言う訳か。」
奥から顔を出したメイクさんは、俺達を見てそう言った。
「まだ沢山いるんですけどね。例の船を貸して貰っていいですか?」
「あぁ、かまわん。最初の船だが、知り合いの漁師に貸してな。使い勝手を試して貰ったんだが、安定性がいいと吃驚していたぞ。あれから休み無しで漁師たちの船を作り直している。今も、ほれ、あの通りだ。」
そう言って仕事場にある船を指差した。
そこにはアアウトリガーを取り付けた船が台の上に載っており、弟子達が防水塗装の最中だった。
「外洋の横波を受けても転覆しないと評判だ。それに、もう1艘の方も内海での漁に都合がいいと何艘か注文が入った。俺の所だけでは処理出来ずに、この町のもう1人の船大工にも仕事を廻している。何ともありがたいことだ。」
そんな事を呟きながら、俺達を誘って浜辺に向かう。
朝早い時間なんだけど、浜辺には大勢の人が出ている。
前の世界の海水浴を思い出す風景だ。ビーチパラソルの代わりに色とりどりのテントが砂浜に張ってある。
当然若い男女も多い訳で、女性だけのグループを巡りながらナンパしている奴がいるのもお約束の光景だ。
姉貴達を探すと…いたいた。おぉーい!って手を振ると皆でこちらに駆けてくる。
「チビッコもいるのか…。だが、これなら転覆はしないから安心だろう。これだ。この船を使え。…雑貨屋が持ち込んだ布も積んであるが、誰も使い方が判らなかった。乗せてあるが大丈夫か?」
3艘並んだアウトリガーの1艘を手の平で叩きながらメイクさんが言った。
「これは帆と言って、風の力で船を進める道具です。上手く使うと風上にも進むことが出来ますよ。」
ディーにお願いして早速帆柱に帆を取り付けて船の真ん中に付けた板の穴に帆柱を立てる。
「貿易船に乗っている奴がそんな話をしていたな。大型船ならそんな事が出来る奴を大勢乗せられるだろうが、漁師の乗る船は精々3人だ。そんなんで操れるのか?」
メイクさんが訝しげに問うた。
「それを試してみるんです。俺達初心者が操れるなら、漁師さんは簡単に出来るでしょう。転覆せずに櫂を使わずに進む舟ならば、漁の範囲が広がります。」
「まぁ、頑張ってみろ。俺達も船作りをしながら見てみるつもりだ。」
そう言うと砂浜を歩いて仕事場に戻って行った。
そんな所に姉貴と嬢ちゃんず達がやって来た。
「これか?…リオン湖のカタマランに似ておるが、転覆しないじゃろうな。」
「大丈夫だよ。カタマランよりもアウトリガーのブームが長いからこっちのほうが安定しているはずだ。」
アルトさんにそう応えたけど、余り納得していないようだ。
姉貴を見ると、ディーと一緒にテントを張っている。ポンチョとシートを組み合わせたテントだから迷彩色だ。この砂浜にはちょっと似合わないような気がするぞ。
出来上がると、俺に見張りを頼んで順番に水着に着替え始めた。
姉貴とディーはビキニだけど嬢ちゃんず達はセパレートだな。リムちゃんはスクール水着だし…。
俺も水着に着替えて、水中眼鏡を首に掛ける。
各自が小さなナイフを脛に布で巻きつけておく。初めての海だからなにが出るか判らないからね。一応の用心だ。俺はグルカをケースごと革のベルトで腰に着けた。
お弁当と水筒等を船に積み込むと準備完了だ。早速、船を岸辺に押していく。
意外と船は軽く、俺とディーで簡単に押していける。それでも、他の人が俺達を見て驚いてたけどね。
波が殆ど無い渚に船を浮かべると、早速嬢ちゃん達が乗り込んだ。姉貴が前に乗り込んでパドルを取ってゆっくりと漕ぎ出す。俺とディーも飛乗ってパドルを持って漕ぎ始めた。
嬢ちゃんず達はアウトリガーのブームに張った網の上に移動しているけど、アウトリガーの浮力が思ったよりもあるみたいでアウトリガーが沈み込む事は無い。
そんな俺達を、浜辺近くで泳ぐ多くの若者が恨めしそうに見ている。中には小船に数人が乗り込んで銛を使って魚を獲っている者もいるけど、俺達が目指すのは10M(1.5km)程先にある環礁際だ。
岸辺から200m程離れたところで、パドルを漕ぐのを止めた。
「帆を上げるよ。横に付いてるブームが回るかも知れないから、姿勢を低くしてね。」
俺の言葉に嬢ちゃんず達が網に腹ばいになった。そこまでする事は無いと思うけど、まぁ、安心ではある。
帆を帆柱に付けた滑車で巻き上げると、ブームが風下にグルンと回る。丁度、嬢ちゃんず達の方向だ。
そして、帆のブームの先端に付けたロープを引く。滑車付だから、半分の力で帆を押さえ付けると、船は静かに海面を滑走し始めた。
どんどんと船の速度が増していく。
「チロルで海を駆けてるみたい!」
「滑るように進んでおるぞ!」
ミーアちゃんとサーシャちゃんには好評のようだ。アルトさんは…、「これで軍船を…。」なんてぶつぶつ呟いてるぞ。
環礁の手前200m位で帆を緩めて、急いで帆を下した。ブームが動くと危ないから前方に向かって姉貴に固定して貰う。
そしてゆっくりとパドルを操り環礁に近づいて行く。
「ディー、この位置を保つようにしてくれ。」
俺の指示に従って、船を風下に向けるとゆっくりとパドルで水を掻く。
小さな籠にはいろんなものが入っている。ディーの持ち込んだ投槍も籠から飛び出してる。そんな、籠の中から甲イカ釣りの仕掛けを2個取り出し1個を姉貴に渡す。更に、別の仕掛けを出すとこれはアルトさんに渡した。
「糸巻きと、錘に針…。どうやって使うのじゃ。」
不思議そうに仕掛けを眺めていたアルトさんが聞いてきた。
「針にこんな感じで餌を付けるんだ。」
薄く切ったハムを折って針にちょん掛けする。そして、仕掛けを海に投げ入れると、糸巻きの枠の対角線を両手で挟んで、少し緩める…。糸巻きが手の中で回り、道糸がするすると錘によって水中に伸びていく。
糸巻きの動きが止まり、糸フケが出来る。素早く手で手繰って海底に錘がとんとんと付くのを確認する。
「後は、こんな風に糸を持って、錘が海底すれすれになるように待てば魚が掛かってくるよ。…糸の持ち方は人差し指の上に乗るようにしておくこと。指に絡めると大きな魚が掛かったら指が切れるからね。」
そう言って、皮手袋の指を千切って作った指貫を渡す。これを付けていれば、強く糸が走っても指を切る事はないだろう。
「了解じゃ…。」
アウトリガーに足を乗せて真剣に釣りを始めたようだ。それを嬢ちゃん達が見守っている。3人でジャンケンしてたから、次の釣り手も決まっているようだ。
姉貴も仕掛けを入れて指先で当りを見ている。俺も急いで仕掛けを投入した。
これで、釣れれば面白いんだけどね。
腰のベルトに着けたポーチからタバコを取り出すとのんびりと一服を楽しむ。
姉貴や嬢ちゃん達はジュースを飲んでいる。
「来たぞ!…我が一番じゃな!!」
突然、アルトさんが大きな声を上げた。急いで仕掛けを巻き上げて、アルトさんの状況を見ると…綱引き状態だ。
「アルトさん!…引いたら緩める。弱ったら引き揚げるんだ!」
俺の言葉に頷く事で応えると、直ぐに道糸を緩める…そして手繰り上げる…その繰り返しだ。
そして、えい!って掛け声を上げてアウトリガーのブームに間に張った網の上に魚を釣り上げた。
バタバタとやっている魚は…30cm程の立派な黒鯛だ。
「黒リックと違う引きじゃな。中々面白かったが、これは何じゃ?」
「俺達は黒鯛と呼んでいる魚ですよ。煮ても焼いても美味しい魚です。釣るのは中々難しいんですけどね。」
そんな解説をすると嬉しそうにニコリと笑う。逃げられたら大変だから、早速釣り針を外して船にあった魚籠に入れておく。姉貴がシュトローで氷を作って魚籠に投げ入れた。これならこの暑さで魚が痛む事も無いだろう。
そして、次はミーアちゃんの番みたいだ。同じように餌を付けて仕掛けを投げ入れた。
「姉さん、当りはあった?」
「全然よ。ホントにいるのかなぁ?」
「別荘の侍女さんはこの辺りで取れるって言ってたんだけどね。」
俺は、糸巻きから道糸を手繰り出して、錘を遠くに飛ばした。そして海底から少し仕掛けが浮くように強弱を付けて手繰り寄せる。
すると、突然鈍い手応えがあった。少しずつ道糸を手繰り寄せられるから、根掛かりとも違う…どうやら、イカか蛸が仕掛けに上手く乗ったようだ。
「姉さん…来たよ!」
俺の声に、姉貴とミーアちゃんが急いで仕掛けを手繰り寄せる。
少しずつ道糸を緩めないようにして、手元に引き寄せる。
そして、獲物が見えてきたかな?と思った時、ディーが立ち上がるといきなり投槍を掴んで力いっぱい海に投げ入れた。
皆が唖然としてディーを見る。
ディーは浮き上がってきた投槍の柄を掴んでそれを引き揚げた。
「ザナドウの幼体をし止めました!」
にゅーっと槍先に串刺しになった甲イカを俺達の前に見せる。40cm程の立派な甲イカだ。
でもそれを見て、キャー!!って嬢ちゃん達が後ろに後ずさったもんだから、ミーアちゃんとリムちゃんが足を踏み外して海に落ちてしまった。
慌てて、俺は海に飛び込んでリムちゃんを船に引き揚げた。ミーアちゃんは泳げるから自力でアウトリガーを足場に這い上がってきた。
俺も急いで船に戻ると、姉貴が一生懸命に、槍に串刺しにされた甲イカがザナドウではない事を皆に説明している。
「…だから、それは、ザナドウではなくて、美味しいイカなのよ。」
姉貴の説明に、全員が俺を見詰める。その目は、「本当か?」って疑いの眼だな。
「前に言っただろ。俺達はザナドウによく似た奴を知っているってね。それがこれなんだ。煮ても焼いても美味しいし、何と言っても命掛けで狩らなくてもいいんだ。
別荘の侍女さんにこれが環礁際にいることを聞いてね。何としても釣ろうと色々道具を拵えたんだ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」
「これを食べたことがあるから、ザナドウも食べてみたのじゃな。何となく理解はしたが、よく似ているのう…。」
そう言ってアルトさんが近づくと嬢ちゃん達も恐々と近づいて穂先に刺さったままの甲イカを見ている。
「ディー、分った?」
「理解しました。外形の類似点はいくつかありますが、根本的にザナドウとは異なります。」
そう言って、槍先の甲イカを魚籠に入れた。
さて、もう少し環礁に近づけた方が良いみたいだ。ディーにお願いして環礁際に船を近づける。
そして、新たなポイントで釣りを始める。
今度のポイントはベストポイントのようで、次々と魚が掛かるし、甲イカも釣れる。
昼近くになった頃には、魚籠から魚がはみだしてきた。
船で昼食を食べようと思っていたけど、岸辺で早速焼いて食べようと言う事になり、畳んであった帆を広げると、滑るように船が進む。ちょっと風が逆向きなのでジグザグに進んでいるが、船がタッキング(方向転換)する時に大きく帆が回るのが嬢ちゃん達には面白いらしい。キャー!って言いながらブームで薙ぎ払われるのを体を低くして避けている。
岸に近づくと大勢の人達が集まってくる。
そして、砂浜にザザァーって乗り上げると、砂浜に船を引き上げるのを手伝ってくれた。
「これで、あの速度が出せるのか?」
「漕がなくて良いなんて信じられない。」
色々と言っているが、どうやら小型のヨットを初めて目にするみたいだ。
「確か、メイクの仕事場で作った物だな?」
「はい、そうです。慣れないと風に逆走するのは難しいかもしれませんが…。」
俺の言葉を聞くと、皆がメイクさんの仕事場を目指して歩き出した。早速作ってもらうのだろう。
そして、俺達はテントの前で小さな焚火を作ると早速獲物を捌いて焼く事にした。
遠火でじっくりと焼き上げ、最後に軽く醤油を垂らしてもう一度焼く。焚火の周りには香ばしい、醤油の焼ける匂いが漂い始める。
嬢ちゃん達は早速甲イカの姿焼きに齧り付いた。10匹位釣れたから皆で1匹ずつ食べられる。
「なるほどのう…。ザナドウと同じ食感じゃな。味は此方の方が上じゃ。何とかして、母様にも届けたいが、この季節、そうもいかんか…。」
アルトさんの言葉にサーシャちゃんも頷いている。
何とかしてやりたいが、方法が判らん。後でメイクさんにでも聞いてみるか。
ミーアちゃんとリムちゃんは互いのむしゃぶりついた顔が可笑しいのか笑いながら食べてるぞ。
俺と、姉貴は前の世界を思い出しながら少しずつ頂いている。