#221 闇の交換所
マリアさん達の一行は、午後のお茶の時間に別荘にやって来た。
馬車6台を連ねた一行を、マリアさん達とは誰も気付く者はいなかったろう。くたびれた馬車に地味な服そして化粧をしていない彼女達の顔は、マリアの店で見た彼女達の雰囲気とは全く別人だったからだ。
侍女に案内されて来た、マリアさん達にテーブルの椅子を勧める。
早速、侍女達がお茶を配っているが、人数が多いのでサーシャちゃんとミーアちゃんも手伝っている。
「よくいらっしゃいました。」
姉貴がマリアさんに礼を言う。
「昔から、一度は此処に来たかったけど、こんな形で別荘に来るとは思わなかったねぇ。」
キョロキョロと辺りを見渡しながらマリアさんが言った。
「貴族の娘達にも殆ど此処は利用させる事は無かった、とイゾルデ様が言っておられた。そこの扉からテラスに出て見るがいい…とても眺めが良いぞ。」
奥からディオンさんが出てきてマリアさんに告げた。
「先生がいらしたんですね。…もう私なぞ、忘れになったと思っていました。」
「マリアの話を聞いて王都での仕事を止めたよ。…そんな私をイゾルデ様が不憫に思われて、別荘の管理人にしてくれた。…どうだ、マリア。アキト殿の望みを此処で私と叶えないか?…それこそ長い年月が掛かるだろう。そして多くの幸薄い娘達が此処にやってくるだろう。だが、出来ない話ではない。そして、それが出来た時には、誰もマリア達の素性を知る者はいないと思うのだが…。」
マリアさんはディオンさんの元に歩み寄り、その足元に崩れ落ちた。
人目をはばからずに泣き出したマリアさんの頭をディオンさんが優しく撫でている。
「私らを必要とする仕事があれば、誰があんな仕事をするものですか…。有難うございます。たとえ、私等の代で出来ずともそれを継ぐ者はいるでしょう。今は金で賑わう荒地も遠い将来は緑の大地に変わるはずです。」
マリアさんの言葉に、後のテーブルにいた娘達も俯いて、涙を流す。
「さて、マリアよ。…私は修道女にならないかと言付けたのだが?」
ディオンさんの言葉に、マリアさんは頭を上げて、ディオンさんを見つめる。
「私達は、罪深い女達です。神に仕えるなぞ、恐ろしい限りです…。」
「そうではない。神に仕えようとした時点で、それ以前の行為は全て神は許したもうのだ。
私は土の神殿に連なる神官の資格を得ている。私がマリア達を修道女にする。よいかな?」
マリアさんは小さく頷いた。ディオンさんが後の席に座る娘さん達に視線を移すと、娘さん達もまちまちに頷いて賛同する。
パンパンっとディオンさんは手を鳴らした。
奥から、王女様達と嬢ちゃんず達が黒い衣装を持って現れる。
「王宮からの贈り物です。父は楽しみにしておる。と申しておりました。」
時間的に間に合うはずは無いんだが…、ディオンさんはこうなる事が判っていたんだろうか。
「有難うございます。それでは、ディオン先生が私らを導いてくれるのですね。」
「そうだ。幸いな事に土の神殿の戒律は他の神殿と比べてゆるいものだ。とは言っても、朝夕の勤めはあるし、自分達の事は全て自分達でしなければならない。私はここで別荘の管理をしばらくは続けようと思う。その間にマリア達に修道院としての暮らしを少しずつ教えていこうと思っている。」
そう言うとマリアさんの手を取って立たせる。
「着替えなさい。そして、修道女のマリアになりなさい。」
マリアさん達は黒い衣装を持つと早速馬車に向った。
ディオンさんは改めて俺達を見る。
「後は、私にお任せください。」
そう言うと彼女達の向った馬車に向かって、ゆっくりと歩いて行った。
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「さて、これで修道院による果樹園経営計画が始まるわね。…後は、悪徳商人とそれに便乗する貴族の始末を考えればいいわ。」
姉貴が俺達に告げる。
「それについて、ちょっと疑問があるんだけど…。」
「疑問も何も無いじゃろう…。襲ってきた奴を片っ端から片付ければ良いのじゃ。」
実にアルトさんらしい考えだけど、俺の疑問はそれとは違う。
「2回ほど集落に行ったけど、未だハサンの店を見かけないんだ。マリアさんに言わせるとかなりの悪徳商人らしんいんだけど、あの集落で見かけないなんて、ちょっと信じられなくてね。」
「未だ店を出していない…。確か、アキトの話を聞いてかなり乗り気だったんでしょう?」
「そうなんだ。あの集落に結構店も増えている。そこにいないのがちょっと気になってね。」
俺の話を聞いて姉貴は首を傾げている。
「マリアさんも警戒する程の商人なんだよね…。と言う事は、とっくに店を出してるけどアキトにはそれが分からなかったと見るべきだよね。
そして、目立つ事無く商っていえるのは…、そうか!そういう事なんだわ。」
ぶつくさ言ってたけど、自己完結してしまったぞ。
俺達全員、不思議そうに姉貴を見つめていた。
「ミーアちゃん。カストルさんとボルスさんを呼んで来て!」
「分かった!」そう言うと、ポンっと席を飛び下りて奥に走って行った。
しばらくすると、ミーアちゃんの後に2人の近衛兵隊長が現れた。
「お呼びと聞きましたが…。」
「ちょっと、教えて貰いたくてね。そこに座って頂戴。」
2人は、姉貴の指差した席に着座する。
「教えて欲しいのは、金を売る場合の交換比率と税金なんだけど…。」
「それでしたら、1G(2kg)60,000Lですね。そしてその後税金が掛かります。税率は3.5割のはずです。」
「アキト、また集落に行ってきなさい。金を少し持っていくのよ。そして、闇の金交換所を探しなさい。」
姉貴の言葉に2人の近衛兵隊長は驚いてる。
「ちょっと待ってください。闇の交換所はそれ自体が国法に触れます。もし、そんな所にアキト様が金を持ち込んだら…。」
「だから、2人を呼んだのよ。捜査上の囮行為を黙認して貰う為にね。…囮でも使わなければ闇の交換所なんて見つけられないわ。」
「確かにそうですが…。」
「それに、売却した金の代金は全て国庫に入れれば問題ないでしょ。」
2人はしばらく小声で話していたが…。
「分かりました。本来は重罪ですが、囮である事とそれによって得た報酬が無いことを考慮して、不問とします。これは、あくまで闇の交換所を探す事が目的ですからね。」
意外と渋っていたのは理由があるんだろうか。
「ところで闇の交換所の運営を行っていた者が発見された場合はどうなるんですか?」
「重罪です。財産没収の上、犯人は斬首。そして家族は銀貨10枚を渡されて国を追われます。」
しかし、これほどまでに罰則がきびしいのか…。
「罰則が重いのは、アトレイムを始めとして、周辺諸国の国王が発行する金貨が兌換金貨だからです。
金貨の重量比では、とても額面の価値はありません。その金貨をその額面に見合った金と等価に交換する事を各国の国王は保障しています。
王国に金が入ると、それに見合った分の金貨が発行されます。闇の交換所を黙認したら、この兌換方法に支障が生じます。…よって、金の闇取引は重罪になるんです。金の取引が出来るのはギルド、もしくは王都の徴税局の交換所のみです。」
ブリューさんが姉貴に言った。
更に、姉貴は考えている。
「アキトに行って貰おうとしたけど…今度は、私が行くわ。私とディーなら大丈夫でしょう。アキトはボルスさんと酒場で待機。銃声が聞えたら、助太刀お願い!」
確かに、俺とアルトさんは顔が覚えられてる可能性が高い。相手も油断はしてくれないだろう。
姉貴とディーなら、俺とアルトさん以上に凶暴なコンビだぞ。集落毎吹き飛ばすなんて事も可能だと思う。
「ミーアちゃん。小さな革袋に一杯金を詰め込んできて!」
ミーアちゃんが自室に走っていった。
「じゃぁ、俺達は先に行くよ。酒場の酒は最低だけど、ジュースは結構いけるんだ。」
俺は、ボルスさんを誘って早速集落に出かけていった。
夕闇の迫る渚はちょっと幻想的だけど、男2人で歩くのはなぁ…。たぶんボルスさんも同じ事を考えてるかも知れないけどね。
「しかし3日で大分大きくなりましたね。数百人はいるような気がします。」
「更に西に伸びてますからね。でも気をつけてください。無法者は多いですし、金が絡んでますから気が立ってます。」
「金の魔力って奴だな。慎ましく暮らすには銀貨がたまに手に入れば十分だろうに…。」
それはそうだけど、人間の欲望に限りは無いって言うし…。
渚伝いに集落に入った。夕暮れ近いから、皆金探しを止めて、酒場や食堂を探してうろうろしている。馬車2台がすれ違える通りが狭く感じるほどだ。
何時もの酒場に入ると、カウンターを前に2人で座る。
オヤジに銀貨を放り投げ、ジュースを2つ頼んだ。
「今度は野郎を連れてきたのか…。まぁ、あの嬢ちゃん程お転婆じゃなければ結構だ。」
「大分混んでるな?」
「西に探しに行っていた奴等が帰ってきたようだ。お前が言っていた通り西にもあるようだが、良く奴等を見てみろ…。」
オヤジが最後は小声で俺に囁いた。
奥のテーブルを囲んでいる男達の怪我が酷そうだ。無傷な者は殆どいない。
「サンドワームにやられた様じゃ。命があっただけでも見つけもんじゃ。」
オヤジが吐き捨てるように言った。
「サンドワームは砂漠に特化した生物です。管虫が大型化した姿を想像すればいいでしょう。口には半D位の牙が円周状に並んでいます。胴の太さは2D(60cm)以上、長さは50D(15m)位あります。数匹が行動を共にしますから、奴等に狙われて命があっただけでも大したものです。」
ボルスさんが小声で教えてくれた。
そして、俺達はジュースを片手に、タバコを楽しむ事にした。
何かあれば銃声が聞えるはずだ。それまでは、この酒場の雑踏の中で話される、今日の戦果の自慢話に耳を傾ける事にしよう。