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#220 マリア達の決断

 

 朝食を終えて、西の集落に出発しようとしたら、何故だかアルトさんが付いてきた。

 「今日は我も一緒じゃ。アキト1人では安心できぬからな。」

 何て言ってるけど、本当は姉貴から譲られたM36を使いたいんじゃないかと思う。俺と同じように腰のバッグの裏にホルスターを隠しているけど、さっきから何度も手が伸びている。

 14歳のアルトさんの姿でも、M36を片手撃ちする事が出来た。意外と姉貴より腕がいい。長剣を振るっていたので腕が鍛えられていたのだろう。

 

 濡れた砂浜を、嬉しそうに俺の前を駆けていく。

 でも、あんまり下を見ないから…金を狙って掘った砂浜の穴に何度も落っこちているんだ。

 その度に穴から引き揚げて砂を払ってやってるんだけどね。


 「流石に、集落内には落とし穴を掘らないようじゃ。安心して歩けるぞ。」

 馬車の並ぶ通りの真ん中を歩いていた、アルトさんが俺に振り返って言った。嬉しそうな顔をしているけど、さっき落ちた穴は落とし穴じゃないぞ。


 「少し先になるけど、どこかで休んでいく?…ジュース位は飲めると思うんだけど。」

 「そうじゃな…。結構暑いし、確かに喉がカラカラじゃ。」

 

 少し歩くと、この間の酒場のテントが見えてきた。相変わらず昼間から酔っ払った者達の声がテントの外まで聞こえてくる。

 「此処だよ。」そう言ってテントの布をめくり上げると、アルトさんと一緒に中に入り込む。

 俺達に一瞬、テント内の酔っ払いの目が集まり静かになったが、害が無さそうだと判断したためか、先程以上の喧騒で男達が話し始める。


 「何とまぁ、チビッ子を連れて来たな。…酒か?」

 「いや、ジュースでいい。これで足りるな?」

 そう言って店のオヤジに銀貨を放り投げる。馬車の荷台を滑ってきたカップを受取ると、アルトさんに渡す。

 この間の酒は酷かったが、ジュースはまともだ。金属性のコップがジュースの冷たさでうっすらと露を帯びている。

 その辺に転がっていた椅子を持ってきてアルトさんと暫し休憩だ。


 「この間の連中を殺ったそうだが、こんなチビッ子を連れて戻ってきても大丈夫なのか?」

 「問題無い。俺より強い!」

 俺とオヤジがタバコとパイプを楽しんでいると、奥のテーブルから酔っ払いが立ち上がってアルトさんの傍にふらふらと歩いてきた。

 「よく見りゃ、別嬪じゃねえか…。後5年後が楽しみってとこか…。こっちに来て俺達に酌をしな!」

 ぶつくさと1人のたまうと、いきなりアルトさんの襟を掴もうとしたところに銀色の閃光が走る。

 ギャァー!って腕を押さえながら男が血飛沫を撒き散らしながら、テントの内の砂地を転げまわっていた。

 

 「気安く触るな。…それに煩い!」

 アルトさんは、何時の間にか立ち上がってグルカを抜いている。そして、男の傍に行くと飛び上がって男の鳩尾に踵で着地した。直ぐにピョンと飛下りたけど…男は完全に気絶しているぞ。

 直ぐに仲間が駆けつけると、男の腕を布で幾重にも巻き付ける。


 「このガキ!…よくもやってくれたな!!」

 そう言いながら長剣を抜いてアルトさんに切りかかった。

 アルトさんは体を廻しながら長剣の斬撃を避けると同時に、長剣を再度振りかざす僅かな隙をついて男の腹を縦に切裂いた。


 「もう1人追加じゃ。追加した方は、手当てより止めを刺してやったほうが良いかもしれんな。」

 最初に倒された男の怪我を見ていた男にそう言うと、椅子に座ってジュースを飲み始めた。


 「とんでもねぇ、嬢ちゃんじゃな。確かにあれほどの実力ならこの集落を歩いていても問題はねぇな。」

 「だから言ったでしょ。俺より強いって…。ところで、面白い噂はありますか?」

 オヤジにそう言うと、銀貨を1枚手渡した。


 「そうだの…。そう言えば、マリアが店を構えたようじゃが、まだ店を開けん。昨夜はそれが原因で一悶着あったようだが、幸いにも怪我人は出ていない。それとな…金だが、かなり有りそうだぞ。西に向かったハンターがかなりな量を手に入れたらしい。それで、この辺りも少し人数が減ったようじゃな。お前さん程の腕なら、何処の貴族でも雇ってくれるぞ。何なら紹介してやろうか?」

 

 「本来ならそれも良いでしょうが、今は別の依頼を受けてますからね。信用問題にもなりますし、ご遠慮しておきます。」

 そろそろ出ようかとアルトさんに声を掛けようとした時に、酒場に男達が大勢やってきた。

 「俺の仲間をやったのはどいつだ!」

 大柄な男が声を張り上げる。


 「煩いのう…。静かにせぬか。そこにいる男を倒したのは我じゃが、何用じゃ?」

 アルトさんの返答が終らぬ内に、男の持つ長剣が振り下ろされる。

 アルトさんは素早く椅子から飛下りるとM36を引き抜いて男の腹を至近距離から撃った。

 パァン!っと銃声が響いた後には、長剣を振りかざしたままの男が自分の腹に空いた穴を見詰めている。呼吸に合わせて穴から血が噴出してきた。

 

 アルトさんは素早く男に2撃目を撃つ。そして、一緒に乗り込んできた男達に残りの3発を撃ちこんで腰のホルスターに戻した。

 

 「急いで【サフロナ】を使えば命は助かるじゃろう。…それとも、死に急ぐか?」

 「うるせぇ、表に出ろ!」

 これが妙齢の女性なら絵になるんだろうけど、生憎と少女の姿のままだ。

 こちらを睨み付けながら男達がテントから出て行く。

 「アキト、グルカを借りるぞ!」

 アルトさんは、俺の応えも聞かぬままに、俺のグルカを抜いて一人で外に歩いて行く。

 オヤジに「すまない!」って言いながら銀貨を1枚放ると、M29を掴んで外に出る。


 通りに出るとテント前にアルトさんが両手にグルカを持って立っている。アルトさんから3m程の距離を開けて10人程の男が半円状に取り囲んでいた。


 「未だ間に合うぞ。今なら命までは取らぬ。」

 「るせい!…いいか、一斉に掛かるぞ!」

 おう!っと言う声と共に、アルトさんに一斉に向かったんだけど、アルトさんは最初の男の脇を一瞬に通り過ぎて難なく囲みを脱出している。その上、すれ違いざまに両脇の男の脇腹をグルカで抉っているから、ギャァー!っという声を上げて男2人が通りに臓物を飛び出させてもがいている。

 アルトさんはそのまま男達の中に飛び込んでグルカを振るう。

 真近にアルトさんがいるので同士討ちを恐れて、男達の剣速がどうしても鈍くなる。

 アルトさんは、ちょこまかと動きながら、男達の脇腹を次々と薙いで行った。

 

 その後ろで別の男が魔道師の杖を振り上げる。魔法が発動する前に俺のM29の射撃を受けて、後ろに跳ね飛ばされる。

 ものの数分も過ぎない内に、通りには血溜まりの中を臓物がはみ出た脇腹を押さえながら呻いている男達が溢れていた。

 「命までは取らんが、早く手当てをせねば危ういぞ。」

 そう言って、カラメルのグルカを俺の背中のケースに返してくれた。

 ひょっとして、「これも良いのう…。」何て言いながら返してくれないんじゃないかと心配していたんだけどね。


 「退け、退け!」と言いながら野次馬を掻き分けて現れたのは、治安維持の兵隊達だ。

 早速、俺を見咎めて駆け寄ってくる。

 

 「派手にやりましたね。」

 「いや、今回は俺じゃない。あの子だ。」

 と小さくアルトさんを指差した。

 途端に治安維持部隊の隊長の顔が険しくなる。

 「ひょっとして…アルテミアさまですか?」

 俺が頷くと、直ぐにアルトさんの前に走って行って片膝を着いた。

 「この度は…。」

 「良い。運動にもならぬ。じゃが、後は頼むぞ。もっとも早めに止めを差してやった方が良いようにも思えるがの。」

 隊長の言葉を途中で遮って、隊長に後始末を頼んでる。

 いいのかな…。何て考えていると、俺の手を握って「ほら、行くぞ!」って急かされた。

 隊長に頭を下げると、アルトさんと連立って通りを西に歩いて行く。


 やがて、目の前に大きな天幕が現れた。

 「ここか。…それにしても派手な看板じゃな。」

 そう言うと、スタスタとテントの中に入って行った。慌てて俺も後に続く。


 「大分派手にやったようだね。」

 俺の顔を見るなり面白そうな顔をしてマリアさんは言った。そして、テーブルの椅子を勧める。

 俺達は勧めにしたがって椅子に腰を下ろす。直ぐに奥から、この間の女の子がお茶を運んできた。じっとアルトさんを見ている。同じ年頃の子供と話した事が無いのだろうか…。

 「これ、あんまりジロジロ見るんじゃないよ。姉さん達の所に行ってな。」

 マリアさんの言葉は少しきついけど、顔は怒っていない。

 女の子は渋々と奥に入って行った。


 「それで、いい仕事の当てはあったのかい?」

 「ある。じゃが、お主達がやりおおせるかが問題じゃ。」

 大人ぶった言葉を話すアルトさんをマリアさんはじっと見つめる。


 「通りが騒がしいので、さっきの娘に見に行かせた。小さな女の子が10人の荒くれを倒して、やって来た兵隊の隊長が女の子に跪いていた。と言っていたが…。

 もしや、モスレムの剣姫様!」

 

 「アルトでよい。我はその2つ名は好きになれん。それに今は姫ではない。このアキトに降嫁した身じゃ。」

 アルトさんは面白く無さそうな顔で告げた。


 「話を始めて宜しいですか?」

 「あぁ、そうだったね。聞かせておくれ。」

  

 俺は、別荘の敷地の緑化計画と果樹園作りの話を始めた。

 国王より賜った敷地に2つの泉があること。枯れた川筋で金を見つけたこと。

 そして、この騒動が始まった事…。


 「私らを使って、あんたの領地に果樹園を作らせるのかい?」

 「いいえ。貴方達に別荘と果樹園の管理一切をお任せするんです。俺達の住処はモスレムの山村にあります。冬は3ヶ月も雪に閉ざされる厳しい所ですけど、村人と一緒に色々と暮らしを良くするための努力をしています。

 此処に、来るのは数年に1度位でしょう。こんな広い場所を頂いても、俺達には利用することは余りありません。

 そこで、マリアさん達にこの別荘の管理をお願いしたいわけです。

 俺達の物である以上、貴族ですら手を出すことは出来ません。そして、俗世間と離れて暮らすことが出来ます。

 それに、上手く軌道に乗ればアトレイムの産業に大きな貢献となります。」


 「だけど、あれだけの荒地だ。どの位の期間を考えているんだね。」

 「早くて10年。遅ければ20年をかけることになります。その間の収入は皆無ですから、金の採取で得た報酬をそれに当てます。」


 「だが、此処で取れる金で20年を過ごせるとは思えないよ。」

 「ここではね。…もっと取れるところが別にあると言ったら…。」

 「十分可能だ思うよ。…ひょっとして、あるのかい?」


 俺は小さく頷いた。

 「そして、マリアさんに伝えて欲しいと頼まれた言葉があります。…修道女として暮らさないか。とディオンさんが言っておいでです。」


 「先生は私を覚えていてくれたんだね…。分かった。だが、娘達の意向もあるだろう。」 

 そう言うと、手をパンパンと叩いた。

 直ぐにさっきの女の子がやってきた。


 「姉さん達を呼んできな。マリアの急用だって言うんだよ。」

 女の子は頷くと直ぐに奥に走って行った。


 そして、ぞろぞろと厚化粧の娘さん達が現れた。数人ずつ固まって此方を見ながらヒソヒソと小声で話をしている。

 「全員かい?」

 「はい。急用と聞いて皆やってきました。どうしましたか、お姉さん?」

 ちょっと年かさの女性が、俺のほうをちらちら見ながら言った。


 「此処にいるのは、滅多に見られないハンターだよ。虹色真珠を持つハンター。その発言力は貴族を超えて王に匹敵するとまで言われている。その隣の女の子は、その身なりで10人以上の荒くれを手玉に取れるだけの腕を持っている。聞いた事もあるだろう。モスレムの剣姫様だよ。

 この2人が私らに仕事を持って来てくれた。だが、その仕事は数日で終わるものじゃ無いらしい。早くて10年は掛かると言っている。

 もし、お前達がこの商売を止められれば、私はこの店を畳もうと思っているんだが…。」

 とたんにテントの中が騒がしくなった。

 パシン!と先程の女性が手を打つ。

 「静かに、お客さんがいるんだよ。…お姉さん、その仕事ってどんな仕事なの?」

 「そうだね。まだ言ってなかったね。…此処に来る途中に別荘が見えたろう。あの別荘の所領に果樹園を作るのさ。

 この、兄さんがすっかり準備を整えているらしい。そして、あの別荘はこの兄さんの物だという事だ。」

 マリアさんが俺の耳元を指差した。


 「これが虹色真珠だよ。これを着けた者に邪心を持つ者無しとまで言われている。だからこそ、貴族と争った場合は国王は虹色真珠の保持者を選ぶのさ。

 その彼が、私等に別荘と領地の管理を任せると言っているのさ。さらに、果樹園が出来るまでの私等の面倒を見ると言っているんだ。」

 マリアさんの言葉にまたテントの中が煩くなってきた。


 「こら!…静かにしないか。私は、いい話だと思うし、姉さんと一緒に行こうと思う。あんた等はどうするんだい!」

 後で騒いでいる娘達に一喝した。

 

 「それは、私だって、この仕事は嫌です。でも…、何人その仕事に行けるんですか?」

 端の方で様子を見ていた娘さんが聞いてきた。

 「全員だ。そして、今後増えるかも知れない。」

 「似たような境遇の娘もいるじゃろう。…もし、本人が望めば、別荘で働らいてもらうつもりじゃ。」

 俺の言葉にアルトさんが続けた。


 「いいかい。良く考えるんだよ。今まで通り此処で身を売るか。太陽の下で汗水流して働くか。2つに1つだ。…いいかい。出て行くと言うものは手を上げな。…このままでいいというものは?…いいんだね。」


 「これが私等の決意だ。…さて、この後どうするね。」

 俺を振り返ってマリアさんが言った。


 このままでいいという者は、あの小さな女の子でさえ手を上げなかった。

 全員がマリアさんと同行してくれるという事だな。

 

 「全員で別荘に来てください。宿舎が足りませんので、馬車ごと来てくれると助かります。テントはこのままでもいいでしょう。少しずつ生活の道具を整えていく事になります。」

「分かった。昼食を食べて出発するよ。なに、客前に出るわけじゃないんだ。身一つ、変えの服1つでいいやね。それに食器と鍋があれば暮らしていけそうだしね。」


 護衛はいるかと聞くと、そんなものは要らないって断わられた。

 娼婦が昼間に出歩くなんて誰も思っちゃいないだろうし、この浜辺に来る人は皆が興味を持つだろうけど、去る人間なんて誰も興味は持たないだろうって言っていた。


 俺とアルトさんはテントを出て帰路に着く。前と同じように渚伝いに別荘に向かって歩き出した。

 

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