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#219 西の荒地を開く者

 ガラガラと馬車や荷車が通りの両脇に並んでいく。

 線が引いてある訳でもないのに、見事なまでに馬車2台分の通りの横幅を確保して海側と陸側に次々と馬車が止まり、柱と天幕が張られていく。

 そして、一際大きな天幕に、赤いケバケバシイ看板が目に付いた。


 マリアの店とだけ書いてあるけど、何となく商売の内容が分かるような店構えだ。

 感心しながら看板を見上げていると、小さな女の子がテントの中から走ってきた。俺の腰を押してテントの中に入れようとしている。

 あれれって感じでテントの中に入っていく。


 「早速のお出ましかい。未だ店は開いてないけど、せっかく来たんだ。お茶位飲んできな。」

 広いテントの中にはテーブルが1つ。そこにマリアさんが座っていた。相変わらず化粧がきついけど、薄暗いテントの中では丁度良く見えるのが不思議だな。


 マリアさんの手招きに従って、対面の椅子に座る。

 奥から、さっきの女の子が出てきて俺達の前にお茶のカップを置いた。

 リムちゃんよりちょっと小さい位だけど、マリアさんの娘さんかな?


 「今のは?」

 「不憫なものさ。…夜逃げの足手まといになるからと私の所に置いて行った。まだ、客は取れないから、私の小間使いをさせてるんだ。」

 

 生きていれば良い事もあるさ。…とは言っても、こんな小さな子を置いていく親が恨めしくなるぞ。夜逃げなら一緒に連れて行くべきだと俺は思う。


 「不憫だけど、うちの娘達は皆おなじような境遇さ。でもね、此処では誰も愚痴は言わない。私はそれが可哀想なのさ。」

 「娘さん達はこの仕事をずっと続けられるんですか?」

 「そうだね…。10~15年は続けられるさ。その後は、稼ぎを元手に町や村で商売を始める者が多いね。」

 「もし、俺が仕事を斡旋したらマリアさん達は受けてくれますか?」

 「仕事によるね。…今の境遇に負い目があることは確かさ。娘達が周囲の目を気にせずに働ける場所があればいいんだけどね…。」


 これは、姉貴達と相談だ。俺としては西に広がる荒地の緑化を2段階に実施したいと考えている。砂防林と果樹園だ。果樹が育つなら、マリアさん達の働き場所に丁度いいし、その生産果実は王国に広く流通させることが出来るだろう。


 「店開きを少し待って貰えませんか。仕事のあてがあるんで相談してきます。」

 マリアさんが俺の顔を見て笑いながらパイプを持ち出した。

 ジッポーでパイプに火を点けてあげると、自分でもタバコを1本取り出す。


 「あんたのしている事は、独善だよ。…まぁ、悪い事じゃないけど、同じような境遇の娘達は大勢いるんだ。その娘達もあんたは境遇を変えようと言うのかい?」

 「無理でしょうね。でも、少しずつでも変えていけば良いでしょう?…俺はハンターです。政事には係りたくありませんからね。」

 

 「それはどうかね。あんたの周囲には王族が集まってる。一介のハンターで無い事は確かだね。…店は明後日の夜からだ。それまでに良い知らせを聞けるといいんだがね。」

 マリアさんは小さな声で呟くように言うと顔を伏せた。

 テーブルに黒い涙がポツリと落ち始める。それを見て俺は席を立って通りに出る。

 振り返ると、小さな女の子が俺に手を振っている。片手を上げてそれに応えると更に通りを西に歩いて行く。

 

 荷馬車の並びを数台過ぎると、そこが集落の外れだった。それでも次々と荷馬車がやってくる。

 通りを離れ渚に歩いて行く。此処からでも、西に金を探す者達の姿が見える。引き潮で現れた砂浜を集中的に探しているようだ。

 

 そんな金を探す者達に混じって、武装した男達が渚を歩いている。革鎧が真新しく、装備も揃っている事から、王都からの治安維持部隊なのだろう。

 傍を通り過ぎようとすると、「止まれ!」と俺を制した。


 「ハンターだな。大分若いようだが、一人なのか?」

 5人兵隊の内、年かさの男が俺に問うた。


 「はい、ちょっと様子を見に来ました。仲間は別荘におります。」

 「別荘にいるハンター…。すまんがギルドカードを見せてくれないか?」

 首に掛けた紐を外してギルドカードを男に差し出す。

 銀色のカードを見て男達が驚いている。そして、名前を確認したとたん、口が開いたままになる。

 そして、俺に丁寧な手付きでカードを返してくれた。

 

 「貴方でしたか…。噂は聞いております。イゾルデ様が貴方達とは事を構えるなと厳命を我等に下したので、どのような大男だろうと皆で想像していました。」

 「普通のハンターですよ。あぁ、先程酒場の前の通りで3人倒しましたけど…、正等防衛ですからね。少し過剰すぎた気もしますけど…。」


 「いや、結構。…我等では貴族の私兵にまで手を出す事が出来ません。アキト様が対処してくれれば私共は助かります。それにしても、1人で3人ですか…。」

 「金で皆気持ちが浮ついている。ちょっとした事で喧嘩にもなるでしょうけど、よろしくお願いします。俺も、たまにこの辺をぶらついてますので目に余る者は対処します。」


 そう言って、彼らと別れると、また渚を歩き始める。

 ピカ!って光る物がある。急いで砂から拾い上げると小さな粒金だった。

 それにしても、壮観な眺めだ。

 老いも若きも膝を付いて砂を掻き分けている。

 姉貴達のように小さな熊手を使えばいいのに、此処にいる者達は手で掘っている。

 1日頑張れば数個は手に入るのだろうが、何時までもあるわけではないから早々に引き上げることが肝心だと思う。でも、欲がそうはさせないんだろうな…。


 キヤー!っという悲鳴が上がる。

 たちまち人だかりが出来ているから、あの辺りで何かあったようだ。水を含んだ砂は硬く走りやすい。俺は急いで悲鳴の元に駆けて行った。


 渚でおばさんがオロオロしている。そして、その視線の先には、何匹かのザンダルーに襲われている中年の男がいた。

 波を掻き分けて男の所に急ぐ。幸いにも膝位の水深だ。

 男の所に行くと、腿に噛み付いているザンダルーをグルカで切り裂く。血の匂いで寄って来るザンダルーを鎌で突き刺す。そのまま引っ掛けて砂浜に放り投げる。

 ハンターらしき男が数人俺の所にやって来て中年の男を浜に引き上げた。

 そして俺も浜に急いで戻った。


 中年の男の足は千切れる寸前の状態だ。急いで止血すると、【サフロ】を使える者を探す。

 「私が【サフロ】を使えます!」

 金を探していた者の中から1人の男が名乗り出る。

 早速、【サフロ】で手当てをしたが、足を繋ぐまでにはいかない。

 「ここで、待ってろ。俺の姉貴が【サフロナ】を使える!」

 そう言って、俺は別荘の方向に走り出した。


 遠くに姉貴達が見える。

 姉貴に走り寄ると、直ぐに理由を告げた。俺が最後まで言わない内に姉貴は渚を走り始めた。

 急いで後を追いかける。20分程走ると、先程の男が足を抱えて唸っている。


 「退いてください…。【サフロナ】!」

 姉貴が人込みを掻き分けると直ぐに【サフロナ】を男に掛ける。

 痛みに歪んだ男の顔が段々と和らいだ。


 「もう大丈夫ですよ。今夜ゆっくり休めば、また明日から金を探せますからね。」

 「有難うございます。…それで、如何程お礼を差し上げれば宜しいのでしょうか?」

 姉貴を拝んでいたおばさんが、小さな声で姉貴に告げた。

 「要りませんよ。困った時はお互い様です。それでは…。」

 そう言って姉貴は引き上げる。俺も急いで後を追った。


 嬢ちゃんずが一生懸命採取している場所に来た。

 そして、遅い昼食を取りに別荘に戻る。

 リムちゃんの小さな桶を見ると10個位の粒金が入っている。グルカショーツのポケットに入れといた渚で見つけた粒金をリムちゃんの桶に入れて上がる。

 「有難う。お兄ちゃん!」

 俺にニコって笑いながら言ったので、思わず頭をガシガシってやってあげた。

 

 食堂でサレパルとジュースの昼食を取る。 

 嬢ちゃんずは、すっかり疲れているようだ。凄い勢いで掘ってたからね。

 午後はお昼寝かな?

 嬢ちゃんずは戦果の中から大きな粒金を2個ずつ貰ってご機嫌に自室に引き上げて行った。


 俺達は食堂で涼しい風に吹かれながらお茶を飲む。

 「アキトの方はどうだったの?」

 「ゴロツキに襲われたけど返り討ちにしてきた。それと、マリアさんに会ったよ。」

 俺は、マリアさんの所で会った小さな女の子の話をした。


 「そうなんだ。ミーアちゃんも可哀相で引き取ったけど、そんな子も大勢いるんだよね。」

 俯きながら姉貴が呟く。

 「でも、今は幸せだと思うよ。…大勢のお兄さんや、お姉さんがいるし。近頃は妹も増えたからね。

 それで、マリアさん達の事を考えたんだけど、総勢で20人以上いるみたいなんだ。

 どうだろう。マリアさん達の仕事を俺達で斡旋してあげるのは?」


 「そうだね。でも、マリアさん達に何をさせるの?…あんな商売をしてきたから周りの人には受けが悪いよ。」

 「この別荘の西3kmが俺達の土地だ。これを使ってマリアさん達に果樹園を作って貰う。果物だったら直接販売しなくても商人が間に入るから、マリアさん達も気を使わずに済むと思うよ。」


 「果樹園ですか…。良いところに目を付けられましたな。しかし、商品価値が出るものを作るには10年は掛かりますぞ。」

 「その間の暮らしは、例の金を採取して得た収益で暮らすことになるね。でも、無駄金ではないから、将来的には粒金で得た収益を越える収穫が期待出来るんじゃないかな?」


 「青果、干した果物…そして酒ですか…。確かに成功すればこの地に1つの産業が生まれますな。」

 「先生は、西の荒地を果樹園に出来るとお考えですか?」

 ディオンさんの言葉にブリューさんが続けた。

 

 「出来ると思います。幸いにも水場が見つかりました。海岸近くには潮風に強い植物を植え、次には乾燥に強い植物を植えます。その植物の葉を肥料にして果物を育てる…。長く掛かりますが、彼女達にはやり遂げる事が出来るかも知れません。」

 ディオンさんが遠くを見つめながら言った。


 「それに、この別荘なら俗世間とは切り離されて生活出来ます。10年後ではまだ、マリアを覚えている者がいるかも知れません。でも、20年が過ぎれば誰も売春婦の元締めとしてのマリアを覚えている者はいないでしょう。」


 「アキト様は、この別荘をマリアさんにあげてしまうのですか?」

 「いや、貸すだけだよ。この漁師町に近い岬の別荘は夏には最高の場所だ。彼女達に維持して貰えば何時でも利用出来るしね。」

 シグさんにそう言うと、シグさんは安心したかのように俺に微笑んだ。


 「それでは、今までの話を纏めます。

 

 マリアさん達に別荘の西の開墾を任せます。その指導はディオンさんにお願いします。

 その資金はアルトさん達が見つけた粒金で賄います。

 まだ、手を付けていない鉱床を明日から採取します。採取した金は半分を王国に引き渡して、残りを私達の資金にします。

 鉱床の金の採取が終了したら、貯水池と水路を整備しましょう。これは、場合によっては資金を使って工事を発注しても良いでしょう。

 住居は追々作るとして、当座は彼女達の馬車を使用してもらいましょう。」


 姉貴が要点を纏めた。

 「1つ、いいかな。明後日、マリアの所に行くときに言って貰いたい事がある。…修道女として暮らさないか。と私が言っていたと伝えて欲しい。」

 ディオンさんが俺に呟いた。

 俺は、黙って頷いた。


 「では、明日はいよいよ宝の山を掘り始めるとしましょう。渚でもあれ位採れるんだから、凄い量が取れるはずよ。」

 

 次の日、皆で地図上赤く塗られたベルト地帯を横一列に並んで金を探し始める。

 確かに、凄い量が取れる。小さな桶がたちまち粒金で溢れていく。それをディーが持つ大きな革袋に移し変えて、なおも金を採取していく。

 たちまち、食堂には粒金を詰めた袋が積み重なっていった。


 

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