#215 ゴールドラッシュ?
次の日の朝食を終えると、姉貴はディオンさん相手に色々と確認を始めた。
何でも、貰った物がどの程度の物かを知りたいらしい。
それで判った事は、別荘だけだと思っていた贈り物が、周辺の土地を含むものだと言う事だ。
何と、別荘を基点に東西北方向に1.5km。南は海までだから、ちょっとした町より広い。
まぁ、この範囲には畑も、森もなく荒れた土地だから、それこそ二束三文の土地らしいんだけどね。
「どうする?…とりあえずは夏のバカンス用にしか利用できない土地だと思うけど。」
「そうだね。でも、貰った以上役に立てたいね。…俺としてはとりあえず緑を増やしたいな。リオン湖の辺とまではいかなくても、散策とか、薪採り用に林は必要だと思うよ。」
「それに、東の土地は漁師町の発展に必要だわ。此方は、テラスの階段を終えた場所までにして、そこから東は町に寄付しましょう。でも植林する時は、寄付した土地も一緒に行なえば町の人も喜ぶはずよ。」
そんな事を姉貴と相談して、書類を書いてディオンさんに渡すと、早速ディオンさんはその書類を近衛兵に頼んで王都に届けさせた。
次の日、戻ってきた近衛兵の差し出した書類を見て俺達は驚いた。
国王からの新たな贈答品の目録が添えられていたのだ。
それには、西の土地を新たに10M(1.5km)贈与すると共に、植林用の苗木1000本を贈ると書かれていたのだ。
植林作業には滞在する近衛兵を使うようにとまで二伸がしたためられている。
早速、姉貴はカストルさんとボルスさんを呼んで、植林計画を説明している。
2人とも、殺風景な景色を変える事が出来るのを喜んでいたし、それ以上に漁師町に寄与出来る事を喜んだ。
「あの町の木材や燃料は遠くの村から運んでいるのです。近くに林が出来ればどんなにか喜ぶでしょう。でも、この近場に林が無いのも理由があるのです…。」
「水場が無いって事でしょ。」
2人の隊長は頷いた。
「これを見て頂戴。」
姉貴は、ディーの作った地図を見せる。そこには別荘の北西部に広がるなだらかな丘陵地帯が描かれていた。
「これだけの大きさの丘陵だと、かなりの水量をその中に蓄えているはずなの。この一帯は荒地と言う事で、誰も詳細な調査はしていないと思うけど、絶対に小さな泉が何箇所か湧き出てるはずよ。場所と水量…先ずはそれを調べましょう。」
「それは、我等に任せるのじゃ。」
離れたテーブルで地理の勉強をしていた4人が名乗りを上げた。
それじゃぁ…と姉貴が調査範囲をアルトさんに説明している。
「了解じゃ。民の為になる事は率先すべきが父様の教えじゃ。皆出発じゃ!」
早速、4人で出かけて行ったけど、大丈夫だよな。変な獣はいないよな…。ディーを見ると、頷いてるからたぶん大丈夫だと思うけど。
「御嬢様達4人では、少し心残りです。我等の部隊から何名か同行させたいとおもいますが…。」
「大丈夫です。それにガルパスで出かけるはずですから、とても同行なんて出来ません。それより、お二方にはこちらの斜面を調べて貰えませんか。下手に漁師町があります。地下水の流れは不明ですが、泉になれないような湧き水が出ている場所があるんじゃないかと…。」
「了解しました。それ程広くはありませんから、行軍訓練を兼ねて1日で調査します。」
そう言って2人は出て行った。
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その夜、嬢ちゃんず達の調査結果で判った事は、海まで流れる事が無い小さな川とその川の水源となる2つの泉が判明した。
棒磁石で別荘と別荘のある岬から伸びる岩礁の方向を記録してきたお蔭で、地図の上にも位置が落とせる。
近衛兵達も水場を1つ見つけてきた。湧き出る水は少しだったらしいが、掘ってみると結構な量が噴出してきたらしい。位置は漁師町よりも別荘にかなり近いということらしいから、町の水脈とは別物と考えられるとの事だった。
「西の荒地の灌漑は川の流れを変えればいいみたいね。東の方は貯水池を作って、必要な時に流す方法で行くしかなさそうだわ。」
姉貴は近衛兵の見つけた水場近くに小さなダムを作るらしい。そして漁師町へ続く道の南側に水路で水を運び、そこに貯水池を作って植林した木の畝に水を流す事を考えているみたいだ。
「でも、水路なんか作ると工事が大変だよ。」
「土管で結びましょ。幸い素焼きは作れるしね。地下1m位に並べておけば十分よ。道路だってそれだけ深ければ土管が壊れる事は無いわ。」
「となれば、資材費と人工費が問題だね。貯水池は荒地の石を積み上げれば何とかなるにしても、土管は買うしかないよ。それに工事に必要な人を集める事も大変だ。」
「それは、私達に任せて貰えませんか?」
俺達にお茶を運んできた王女様が言った。
「貯水池の建設と土管の施工は工兵の訓練に丁度良さそうです。野戦砦の構築と塹壕作りの練習に一部隊をお借りしてきます。」
確かに、その手は使えそうだけど…。でも土管は工兵には作れないよな…。
「お願いします。では…これを資材費に。」
姉貴は、そう言ってバッグから金貨を5枚出した。
ブリューさんは、その中から1枚だけを受取ると、妹を連れて食堂を出て行った。
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そして、3日程経つと、ドワーフの兵隊が俺達を訊ねてきた。
「王女様の頼みで来たのじゃが、貯水地と地下水路は何処に作れば良いのじゃ?」
早速、ドワーフの工兵隊長を姉貴は食堂に招き入れ、地図を見せながら説明を始める。
「成る程、3Dで勾配が分かるのか…。これなら事前の測量は要るまい。この地図は貰っても良いのじゃな。」
「どうぞ、持って行ってください。…でも、この2つの貯水池に土管を敷設するのは大変だと思いますが…。」
「簡単な工事等ありゃしない。じゃが、これは比較的楽な部類だと思う。新人の工兵に丁度良いわい。」
そう言って、後は任しとけって言いながら、ドワーフの工兵隊長は去って行った。
鉱山開発はドワーフの得意技だって聞いた事があるから、工兵隊の指揮はドワーフが適任だとは思うけど、そこまでして貰って良いのだろうかと思う。
「これで、東の植林と漁師町の畑作に目処が立ちましたね。父は感心してましたよ。先ず領民を優先させるとはとね。」
ブリューさんが優雅な手付きで銀のカップでお茶を飲みながら感想を告げた。
そこに、バタバタと嬢ちゃんず達が走りこんできた。
「大変じゃ!…落ち着いている場合ではないぞ。皆も直ぐに来るのじゃ!!」
アルトさんが息を切らしながら俺達に迫る。
「どうしたの?」
事情が分からない俺達にミーアちゃんが握っていた掌を開ける。
そこには…キラキラと輝く金属って、金か?
「今日は4人で川の流れを変える場所を見に行ったのじゃ。途中に枯れ沢があったので、利用できないか川底を少し掘ったのじゃが…これが出て来よった。」
「沢山ありましたか?」
シグさんが問うた。
「これ位の幅をこれ位掘って、4つ見つけたのじゃ。」
サーシャちゃんが両手を広げながら説明してくれたけど、それで、この小指の先より小さい位の粒金が4つなら、それが知れたならとんでもないことになりそうだ。
「真っ直ぐ、此処に来たの?」
「町のギルドによってこれが本物かを確認してきました。」
ミーアちゃんの答えだと、これはもう町中に知れた事になる。
でも、俺達の土地の中だからどうしようもないから、精々町長辺りが寄付を強請る位だろう。
問題はその後だ。明日には王都に知れる。その時、貴族達は動くのか?
王女達を餌に誘き寄せようとしていたけど、違った形で目の色を変えてやって来そうな感じがするぞ。
「でも、私達は土地は頂いたかも知れないけど地下資源までは頂く訳にはいかないわ。その粒金はアトレイムにお返しするのよ。」
姉貴の言葉に渋々と4人は粒金をテーブルに乗せた。
「いいえ。それは貴方達の物です。土地を与えたという事は地下資源まで含みます。まさか、金があるとは誰も思いませんでしたでしょうし、そこで金を見つけたのも貴方方ですから。」
ブリューさんは言い切った。
「その考えで問題ないはずです。それをとやかく言うような国王ではございません。」
ディオンさんもその通りだと言っている。
「では、半分を頂いて残りは王国に寄付する事にしましょう。その資金で西の植林が出来るはずです。この粒金は記念に貰って置きなさい。でも、次からは半分は国の物ですからね。」
嬢ちゃんず達は嬉しそうにテーブルに置いた粒金を回収してバッグに入れた。
「アルトさん。明日、ディーを連れて現場を再度調査してくれない。鉱脈があるとは思えないけど、分布位は確認しておきたいわ。」
「了解じゃ。…さて、我等は今日も勉強があるのじゃ。」
そう言って、離れたテーブルに着くと早速スゴロクを始めた。
「アキト…。」
「判ってる。明日、町の様子を見てくるんだろ。船の方も気になるから俺1人で行ってくるよ。」
何か、トラブルの匂いがするんだよな。俺1人なら、何とかなるだろう。
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そして次の日、昼食を終えると1人でテラスから階段を下りて漁師町に出かける。
物騒な刀は仕舞っておき、背中にはグルカ1つだ。それでも腰のM29の重さは何となく頼りがいがあるし、杖代わりの鎌だって役に立つ。
ギルドの扉を開くと、結構な人だかりだ。何時ものように掲示板の依頼書を眺めて、狩りの依頼と期限切れ寸前の依頼書を探すが、生憎と見つからなかった。
少しガッカリしながらテーブルに着くと、片手を上げてお茶を注文する。
お姉さんが運んできたお茶を受取り、トレイに1Lを乗せる。
銀のケースからタバコを取り出してお茶を飲みながらタバコを楽しんでいると、風体のあまり良くない男が俺の所にやって来た。
「聞きましたか?…別荘の連中がどこかで金を探し当てたようですぜ。」
「金なら、探さずとも依頼をこなせば入ってくるだろう。」
「いや、それが硬貨じゃなくて、本物の金だってことらしくてね。何とか場所が分かればと思ってるんですがね…。」
「別荘の連中が探したなら、彼らの土地じゃないのか?俺達に分かってもどうしようもないさ。」
「それが、そうでも無いらしいんで…。あそこのテーブルの身なりの良い連中がいるでしょう。彼らは貴族のぼっちゃん達らしく、王都の噂を聞いてやってきたらしいんですが、場所が分かれば親を動かして土地を取り上げようという魂胆らしいですよ。」
早速、来たみたいだ。しかし、素早いな。
「しかし、複数の貴族が狙えば現場は混乱しますからね。その時が狙い目です。」
成る程、この男なりに今後の展開が予想出来るという訳だ。その混乱を突くには、やはり場所が分からない限り無理なのだろう。
そんな話を、俺にするのも彼らなりの情報収集なのだろう。
「何か分かれば教えてください。」
そう言うと男は人込みの中に紛れてしまった。
さて、船を見に行こうかと席を立とうとした所に別の男が現れた。
「この辺じゃ見かけねぇ、風体だな?」
グルカショーツにTシャツは絶対に見かける訳が無いだろう。
「俺に用ですか?先を急ぐんですが…。」
「いいから、聞きな。あそこの男爵様達のぼっちゃんが用があるらしい。直ぐに来い!」
これだからな。自分が偉いと思っているその理由が知りたいとつくづく思う。
「俺は用がありません。」
そう言って席を立つとギルドを出る。
メイクさんの仕事場を目指して歩いていくと、俺の後に付いて来る者がいるようだ。
立止まって振り返ると先程の男と数人の男がいた。俺が振り返ったのを見ると急いで駆け寄り、通りのど真ん中で俺を取り囲んだ。
「さっきは良くも俺の顔に泥を塗ってくれたな。大人しくしてれば良い儲け話が聞けたのに残念だ!」
話を終えるよりも先に俺に殴りかかってきた。ヒョイと避けながら鎌の柄で足を払うと盛大に通りに転がった。
「よくも…。」と言いながら俺を睨み上げた顔は鼻血で汚れている。
数人が揃って短剣や片手剣を抜く。
俺の隙を窺っているらしいが、正直な話ガトルの方が迫力があるぞ。
俺に向かってきても、軽く避けられるし、お返しで鎌の頭で胴を横殴りにするのが面白いように当る。ハンターじゃないな。唯のゴロツキみたいだ。
そう、考えると次の一撃で1人ずつ腕の骨を砕いていく。片腕が大丈夫なら、薬草採取でもすれば食べて行けるだろう。
通りで折られた腕を抱えながら蹲る男達を残して、メイクさんの仕事場に急いだ。