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#214 国王の思惑

 

 7月に入ると、南方の地であるせいか日中は汗ばむ程だが、日が落ちると涼しい海風が別荘の食堂兼リビングに入ってくる。

 光球が2個室内に浮かんでいるので結構明るい。嬢ちゃんず達は、例の地理の勉強をサイコロ片手に勤しんでいる。

 姉貴とディーは周辺の地図を作って、何やら侍女達を巻き込んで話をしているようだ。

 俺は、のんびりと甲イカ釣りのエギを作っている。

 暖炉に火を焚いて貰って、針金を曲げて作った掛け針を20本程焼入れして、鋭く先端をヤスリ掛けまで終了している。

 今は、木の棒に切れ目を入れて錘を埋め込み、掛け針を棒に取り付けながら、色の付いた糸や飾り紐を巻きつけているところだ。


 先程、ディオンさんに何をしているのか聞かれたので、獲物を取る仕掛けだと、答えたのだが、余り信用していないみたいだったな。

 ミーアちゃんも、不思議そうな顔をしながら、出来たら1個頂戴って言ってたし…。

 これでイカが釣れるとは誰も思っていないようだ。

 侍女さんの兄貴も、銛で突いて獲るような話をしていたから、この仕掛けで獲れるのが判ったら直ぐに広がりそうな気もするぞ。


 エギが出来上がったら、ウミウシの体液を表面に塗って暖炉の前に並べて乾かしておく。そして、今度は糸巻きの木枠に道糸を巻きつける。60m(200D)を巻きつけて、簡単なヨリ戻しを付けると、その先にハリス2m間隔で2個のヨリ戻しを付ける。最後のヨリ戻しの先には1m程のハリスを繋いで錘を結び付けた。

 明日、乾いたエギに1m程のハリスを付けてヨリ戻しの所に結びつければ、エギが2個付いた仕掛けの完成だ。

 糸巻きの準備を終了したところで、今夜の仕事を終えると、後片付けをしてテラスに出て、一服を楽しむ。


 テラスの擁壁にもたれ掛かりながら海辺を見ると、小船と光球が環礁の内海に沢山浮かんでいる。

 昼間、雑貨屋で見た釣り針は50cm以上もあるような魚を対象とした物だったけど、あの釣り針で漁をしているのだろうか、それとも、銛を使って寝静まった魚を突いているのだろうか。明日は双眼鏡でよく見てみようと思いながら、食堂に戻った。

 

 食堂には、姉貴とディーがお茶を飲んでいた。俺が戻った事を知ると、ディーが早速、お茶を入れてくれる。


 「出来たの?」

 「形は、どうにかね。…俺だって、甲イカは釣った事がないから、こればっかりはやって見ないと判らないけどね。」

 「でも、ちゃんと釣れたら漁師の人達に教えるんでしょ。」

 「勿論。形はあれだけど美味しいからね。それなりの収入源になると思うよ。…ただね、俺としてはスルメイカが欲しいところなんだけど、それだとどうしても外洋に出ないとね。」

 「ザンダルー対策がしっかり出来ないとダメって事か…。全てを一度には難しいよね。少しずつ安心して漁業が出来るようにしていけば良いわ。」

               ・

               ・


 1週間も過ぎた頃、2人の王女様が別荘に帰ってきた。大勢の近衛兵と国王夫妻を引き連れて…。

 早速、食堂兼リビングに侍女の案内で俺達は集まって、謁見と言うか…お茶会と言うか、微妙な顔合わせをする事になった。


 2つのテーブル合わせて大きな白い布で被えば即席の会席テーブルが出来上がる。

 上手に国王と御后様が着座して、向かい側は俺の右手に姉貴、左手にアルトさんが着席する。アルトさんの隣はディーで、姉貴の隣にサーシャちゃんとミーアちゃんそれにリムちゃんが座ってる。

 少し遅れて、御后様の隣に2人の王女様が着席した。


 姉貴が俺を肘で突付く。挨拶しなさい!って事だよな…。

 俺が立ち上がると、国王がすかさず手で着座を促がす。俺は深くお辞儀をすると着座して、俺達の紹介を始めた。

 俺が、名を告げると各自がお辞儀をする。


 「遠路、よく参られた。我がアトレイム王のカリオンじゃ。此方は后のエンディム。

 嫁いでより、この国に戻る事の無かったイゾルデじゃが、姪達と共にとんでもない贈り物を持って王宮にやって来た時には誰もが驚いたわい。

 誰もが信じられ無かった。しかし、クオーク殿の婚礼の際に、実物を見た者がそれを本物と言いおった。

 辿り着けない楽園とまで言われたザナドウを狩るハンター…。一度目にしてみたいと思ってのう。

 イゾルデやサーシャが頑張ったとしても、イゾルデ達では無理な相手じゃ。その狩りの一部始終を聞きたいと思うての、王宮ではゆっくり聞く事も出来ぬ。

 更にじゃ。如何にして20倍の敵に当ったかも聞きたいし、隣国のエントラムズの貴族追放劇も面白そうじゃ。」


 そんな国王の要望に、姉貴とアルトさんが1つずつ話を始めた。

 軽い昼食を侍女達が用意してくれたけれど、それを摘みながら話は続けられる。


 夜になって、少し疲れたのか姉貴とアルトさんの話は途切れがちになってきた。

 それでも、国王は蜂蜜酒を飲みながら聞いている。


 ディーがザナドウの切れ端を焼いて木皿に入れてテーブルに並べると、アトレイム王家の人達も俺達と一緒に手掴みで食べ始める。

 半分程食べた所でザナドウだと言って驚かすのは何時もの悪戯だけど、その内怒られるんじゃないかな。


 「成る程、全てがこのザナドウに集約されているようじゃな。…それにしても不思議な風味じゃ。これが辿り着けない楽園の味か…。」


 「私はイゾルデ様から聞き及んだ商会に興味があります。我が国としても参加にやぶさかではありません。商会設立の折には是非参加をさせて頂きます。」

 

 アトレイムの現実主義者は御后様になるのかな…。

 「イゾルデさんはアトレイムが参加すると言っていましたから、何れ連絡が入ると思います。」

 「しかし、モスレムは羨ましい限りですわ。絹、綿、そして陶器…どれも貴方達が関わっておられると聞いております。…もし貴方達がアトレイムに居住して頂けるならと色々考えておりましたが、地位、所領、富…全て望まぬ人達であると…。」


 「確かに、今時珍しい位に無欲じゃな。王宮の貴族に爪の垢でも飲ませたい位じゃ。」

 御后様の言葉に国王が続けた。


 「モスレムもじゃが、エントラムズ国王は上手くやったようじゃ。古参の貴族を排斥して、将来は1代貴族にするなぞ、良くも上手く立ち回ったものよ。…そうなると、問題が1つ。今貴族が跋扈しているのは、我が国だけになるのじゃな。」


 国王の呟きに御后様は頷いた。

 「アキト様達を利用させて頂きましょう。聞けば、モスレムやエントラムズでもアキト様達が貴族排斥に関わっておいでとか。我が国でも同じような手で行けば貴族が上手く掛かるかも知れませぬ。」


 貴族限定のゴキブリホ〇ホ〇って感じで俺達を見てるような気がするぞ。

 国王夫妻って、利用できるものは何でも利用しようというのが基本方針みたいだ。はっきり分かるだけに、驚きを通り越して感心してしまう。さすが、イゾルデさんを生み出した王国だけの事はありそうだ。

 姉貴も話を聞いてて驚いたらしく、口をポカンって開けてるぞ。


 「さて、そこでアキト殿にお願いじゃ。この王国で自由に過ごして欲しい。最低1月はこの辺をぶらついて貰いたい。餌は此処に置いておく。直ぐに掛かって来る筈じゃ。そして、獲物に情けは無用じゃ。ハンターとして始末しても構わんぞ。…しかし、アキト殿に全てを任せるのも気の毒じゃ。」


 国王は手を叩いた。すると、奥から、2人の近衛兵の隊長と思しき若者が現れる。1人は人間、もう1人はネコ族だ。


 「彼らはワシの切り札じゃ。2人とも銀3つ。アキト殿には見劣りするやも知れぬが、それぞれ20人の近衛兵を従えておる。貴族の私兵なぞ問題外じゃ。彼らをアキト殿の周辺に置く。」


 2人は俺の所にやって来て、礼をすると自分の名を告げた。

 人間の方がカストルでネコ族がボルスと言うらしい。

 

 「我等は離れて見ておりますから、アキト殿は普段通りにお過ごし下さい。」

 そう言って食堂を下がっていった。


 「決してアキト殿を貶める事はせぬ。我が王国にも貴族の弊害があるのは良く分かっておる。

 しかし、我等の前では犬のように従順なのじゃ。影では好き放題にしておることは分かってはおるのじゃが、言い逃れが上手いのも貴族なのじゃよ。

 我が国以外の国々に貴族の弊害が無くなれば、何れは我が国の貴族が反撃に出よう…。そうなればカナトールの二の舞じゃ。多くの領民が路頭に迷うじゃろう。それを避けるためにも、我の代に荒療治をしなければならん。」


 確かに、3国の内、モスレムとエントラムズの貴族勢力は少しずつ削がれている。サーミストは貴族連合みたいな感じだけど、そんなに貴族が多いわけでもない。となれば、アトレイムだけが旧態全とした貴族社会を維持する事になり、他国への食指を伸ばす可能性もなきにしもあらず…と言う事か。

 次期の王座は王女に譲る事になる事を知っているからこそ、自分の代で…と言う事になるんだろうな。血生臭い事は父に任せよ…良い親父だと思うぞ。利用されるのが気になるけどね。


 「国王様の目指すのは、貴族の粛清なのですか?」

 「いいや、貴族の間引きじゃよ。まだ使える…貴族の本来の役割を愚直にこなす者もおる。彼らはアトレイムの宝じゃよ。」

 

 姉貴の質問に、淀みなく国王が応える。

 「分かりました。なるべく普通に過ごします。」

 「有難い。…そうじゃ、これを取らす。この別荘の権利書じゃ。この別荘はお前達の物じゃ。たまに夏を此処で過ごすのも良かろう。」


 そう言って胸のポケットから小さな紙切れを姉貴に差し出した。

 有難うございますって姉貴は受取ったけど、俺達の家からは大分離れているように思えるぞ。


 しかし、近隣諸国の目指す政治形態は何なんだろう?

 小さな都市国家に近い国々が少しずつ貴族を排除していくと最終的に残るのは王族になる。

 その王族が婚姻関係で密接に結びつくとやがて1つの大きな国になるんだろうか?

 侵略によらずに国を大きくする事が出来るならばそれに越した事は無いだろうけど、そうなった時は商人達の権利争いが熾烈になるんだろうな。

 経済戦争をどう防ぐか…これは難しいと思うな。


 国王夫妻が近衛兵の半分を引き連れて王都に帰ったのは次の日だった。

 そして、山荘には、2人の王女様と42人の近衛兵が残った。

 

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