表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
214/541

#211 アトレイムの別荘

 6月の中旬を過ぎるとアクトラス山脈の万年雪が頂上に残るだけになる。

 この世界には梅雨が無いから意外とさわやかだが、日中は少し汗ばむようになってきた。そろそろ夏支度に装備を変えなければならない。


 そんな、ある日の早朝。山荘の庭に亀兵隊22人が勢揃いしている。

 アルトさん達の厳しい訓練を終え、バリスタそれに対空用クロスボーの操作を完全にマスターした彼等は、任地であるマケトマムの東に新たに建造されている砦に今日旅立つのだ。


 御后様、イゾルデさん達そして俺と姉貴とディーが彼等の前に並ぶ。

 アルトさんが名簿を見ながら1人ずつ名前を読み上げ、呼ばれた亀兵隊は前に進む。

 そして、進み出た兵にミーアちゃんとサーシャちゃんがバッジを着けてあげている。1つは前と同じ終了章で嬢ちゃんずの横顔だ。もう1つはバリスタの操作終了章になっており、亀の背にバリスタが乗った図案になっている。

 

 新兵全員に終了章を渡すと、アルトさんはカインとベルアの名を呼んだ。

 姉貴が進み出て2人に銀の徽章を着けている。教導章ということらしいが、その図案は俺と姉貴の横顔だ。

 

 「以上で訓練終了とする。お前達の任地の環境は厳しく、更に国境を挟んだテーバイ王国の戦雲は高まっている。もし、テーバイからの救援要請が出たなら即応するのがお前達になる

 王都から1月以内に増援部隊が到着し、総勢200人の部隊に膨れ上がる。此処での訓練を彼等に伝授するのはお前達の仕事だ。

 以上。皆頑張った。我等もお前達の事は誇りに思うぞ!」


 カインの合図で全員が俺達に礼を行う。

 「亀乗!」…ベルアの合図で一斉に亀に跨る。

 「出発!」…俺達が答礼する中を、亀兵隊が静かに庭先を出て行った。

 嬢ちゃんずと御后様も少し離れて彼等に着いて行く。東の門で最後まで見送るつもりなんだろう。


 「行っちゃったね。」

 「あぁ、次に会うのはテーバイかな…。」

 そんな事を話しながら姉貴と自宅に帰った。


 「やれやれ、これで次の戦の布石を打てたようじゃな。」

 御后様がお茶を飲みながら呟いた。

 見送りを終えたその足で、俺達の所に寄ったみたいだけど…。

 嬢ちゃんずはギルドに寄って早速依頼を探しているようだ。


 「本当は戦にならなければいいんですけどね。」

 「そうも行くまい。テーバイの主要産業が絹であれば、莫大な利権が絡む。例え国王が出兵しなくとも利に聡い商人共が貴族を動かすであろう…。何の道、戦は避けられんよ。」

 姉貴の言葉に御后様が嘆いている。

 

 「それでじゃ、今回の報酬じゃが…ガルパス1匹と何が良い?」

 ガルパス1匹は決定事項なんだ。たぶん、リムちゃん用だな。

 「アルトさん達は何か要求してましたか?」

 「アルトは、遊んだだけじゃから報酬はいらぬ。と言っておった。とは言ってもやらぬ訳には行かぬ。…そして、アルト達への報酬は婿殿がユリシーに依頼した鎧に決めた。今頃は王都の工房で製作しているころじゃ。どんな鎧かは知らぬがガルパスに乗らぬ限り使えん鎧とは我も見てみたいものじゃ。」


 タラリと汗が額から落ちる。大鎧だぞ。華美に作れば幾らでも良い物が出来る。

 何を頼んだのかと姉貴が小声で聞いてきたので、そっと応えたけど…目を見開いたぞ。

 

 「アキトがとんでもない物を頼んだみたいで申し訳有りません。」

 「よいよい。我もな、興味があるのじゃ。モスレムを始めとした周辺諸国の鎧なぞ、革鎧と鎖帷子位なものじゃ。婿殿の国の鎧がどんな物かは、イゾルデやダリオンも気にしておったぞ。」

 

 「1つ強請って良いでしょうか?」

 「何じゃ?…称号、領地、財宝…何でも言うがよい。」

 「銀の短剣を1つ頂けませんか。」

 そう言って、姉貴に小声で理由を告げる。姉貴も、そうだねって了承してくれた。


 「ミズキには渡したはずじゃが…そうか!ミーアの分じゃな。良かろう。じゃが、短剣の刻印はアキトがするとして、鞘の家紋はミズキの家紋じゃ。家紋を持っておるのか?」

 「はい桜花紋になります。」

 そう言うと、早速簡単な図案を紙に書いて御后様に見せる。


 「花の文様なのじゃな…。ちなみに婿殿も持っておるのか?」

 俺は、姉貴の書いた文様の脇に自分の家紋を描いた。

 「菊水紋です。流れに浮かぶ花を図案化したものと聞きました。」

 「婿殿も花の文様とはのう。…雅な文化を持つ国のようじゃ。皆が羨む家紋じゃよ。」

 御后様は紙を折畳んでベルトのポーチに仕舞い込んだ。

                 ・

                 ・


 数日が過ぎて、山荘の夕食に招かれた。

 亀兵隊の訓練に対するお礼だと御后様は言っていたけど、たまに豪華な夕食を頂けるのは嬉しい限りだ。

 

 「ところで、何時我が王国にいらして頂けますか?」

 ブリューさんが姉貴に聞いた。

 そう言えば、6月の末に出掛けるような話をしていたな。あれは、亀兵隊が来る前の話しだから、姉貴はきっと忘れてるぞ。


 「お約束でしたよね。何時でも出かけられますよ。」

 「じゃが、誰が行くのじゃ?」

 姉貴の応えにアルトさんが疑問を挟む。


 「では、行きたい人!」

 小学校じゃあるまいし…と思いながらも、俺は手を上げた。周囲を見渡すと…御后様とイゾルデさんが手を上げていないぞ。


 「我等は、もう直ぐ来るクオークとトリスタンに用があるのじゃ。お前達で行くが良い。」

 残念そうに御后様が呟くと、アルトさんは目を輝かせている。

 「母様には、何か土産を見つけてくるのじゃ。ゆるりと、静養するが良いぞ。」

 心配しているように聞えるけど、顔がニヤついてるぞ。


 「ところで、俺達のアトレイム行きは、単なる遊びで良いんですよね。変なイベントはありませんよね。」

 モスレムとエントラムズでは酷い目に合ったからな。此処はきちっと確認しておく必要がある。

 

 「たぶん大丈夫でしょう。それに、アトレイムの宿は私の別荘です。ゆっくり滞在してきて下さい。」

 イゾルデさんの別荘と言う事は、王家の別荘って事になるけど…いいのかな。

 「有難うございます。10日位滞在したいと思いますが、宜しいのでしょうか?」

 「10日と言わずに1月位行ってらっしゃい。これを、別荘の管理人に渡せば後は全て彼がしてくれるわ。」

 姉貴の言葉にイゾルデさんが応えて、1通の手紙を姉貴に手渡した。


 「山荘の馬車を使うが良い。我はしばらく此処におるし、必要ならシルバースターもおる。」

 そんな訳で、俺達は2日後にネウサナトラムからアトレイムに旅立つ事になった。

 アトレイムは王都によらずに、そのまま別荘に行く。その別荘は、海際にあると言うことだから、これは海水浴に釣り三昧の日々になることは確実だ。


 次の日、ギルドに出かけてシャロンさんに旅立ちを話す。ついでに、セリウスさんにも断わっておく。今度は連れてけ!って言ってたからね。

 「そうか…少し俺達には遠すぎる。だが、大型獣を狩る事になったら必ず連絡するんだぞ!」

 セリウスさんに念を押されてしまった。

 必ず連絡します。と応えて俺はギルドを出た。

               ・

               ・


 出発の朝は、綺麗に晴れ渡った。

 キャサリンさんが俺達にお弁当を届けてくれた。

 姉貴とディーそれにアトレイムの王女様は馬車の中だけど、俺は御者台に収まっている。近衛兵の1人が御者を務めてくれるので、俺としては男同士の話しが出来て少し嬉しく思う。

 嬢ちゃんずはそれぞれのガルパスに跨っているし、アルトさんの鞍にはリムちゃんが乗っている。

 「それでは行って来ます!」

 「気を付けて行くんじゃぞ。そして狩猟期前には帰るんじゃぞ。」

 姉貴の挨拶に御后様が応えると、御者が馬車を進める。

 嬢ちゃんず達はたちまち馬車の前にガルパスを進めると、馬車の歩みに合わせて亀を走らせていく。

 通りに出て後ろを振り返ると、御后様達が手を振っていた。俺も、姿が見えなくなるまで手を振り続ける。


 東の門を出ても、まだ道がそれ程太くないし、見通しだって良くない。街道に出るまではのんびりと馬車を走らせるようだ。

 

 1時間も掛からずに街道に出る。今度は少し早足で馬車が進む。

 嬢ちゃんずは、縦隊や横隊とガルパスを操りながら走行順序を忙しく変化させている。

 そして更に1時間ほど進んだ所で最初の休憩を取る。


 藪から薪を切出して、焚火を作りお茶を沸かす。

 焚火の周りに輪になって腰掛けて取っ手の付いた木のカップでお茶を飲む。

 30分程休むと、焚火を消してまた馬車を進める。途中のサナトラムの町は通過するだけだ。

 次の休憩で昼食を取る。キャサリンさん手作りの黒パンサンドは美味しかった。

 休憩所にある立木にミーアちゃんが上ると、海賊望遠鏡で周囲を見ている。そして、下にいるアルトさんに何か告げると、アルトさんはサーシャちゃんを連れて荒地の方にガルパスを走らせた。

 しばらくするとラッピナをガルパスに乗せて帰ってきた。早速、近衛兵がラッピナを裁いている。今夜はラッピナシチューが食べられそうだ。


 野宿を1回、町の宿屋で1泊するとモスレムの王都に入る。王都の雑貨屋で食料を追加して次の町に急ぐ。

 更に2日後にエントラムズの王都に着いた。


 御后様の手紙をパロン家のサンドラさんに届けると、此処で1泊するように言いつけられる。

 2日程逗留して、今度こそアトレイムへ向う。

 アトレイムの国境までケイロスさんが馬で送ってくれたけど、アルトさん達のガルパスが同じように走る事に吃驚していた。

 だけど、アルトさん達はかなり速度を落としていると言ったら、笑い出していたからきっと俺の冗談だと思ったんだろう。


 アトレイムの街道はサーシャちゃんとミーアちゃんのどちらかが先導している。王都に行った事があるのは、その2人だからだろうけど、何時も後のアルトさんは少し不機嫌そうだ。


 2日後にアトレイムの王都に辿り着いた。王都の西門の広場で、ブリューさんが衛兵に声を掛ける。

 衛兵は王女だと分かると吃驚して待機所に走っていく。

 直ぐに、鎖帷子を纏った女性兵士が2人走ってきた。

 「お待ちしておりました。此処から先は私達がご案内いたします。」

 そう言って、衛兵が連れてきた馬に飛び乗って、王都の中を通り抜ける街道を案内してくれる。


 大きな十字路の2つ目を南に曲る。その先も同じような通りだが遠くに楼門が見える。

 南の楼門を抜けると、広大な田園風景が広がっている。

 その中を真直ぐ南に進む街道を俺達は進んでいった。


 そして、1日半。ようやく俺達は目的地である王家の別荘に到着した。

 石造りの別荘の門番に女性兵士が何事か告げると、門番が急いで門を開けてくれた。 

 王都から案内して着てくれた女性兵士は、俺達に別れを告げて王都に帰っていく。


 別荘の玄関にゆっくりと馬車を着けると、別荘の玄関の大きな扉が開いて老人が現れた。

 姉貴達が馬車から下りると、早速別荘の中に案内される。馬車とガルパスは近衛兵が別荘の厩舎に連れて行くみたいだ。


 王女達が老人に来訪の目的を告げると、老人は驚いたように俺達を見た。

 「若いとは聞いておりましたが…そうですか。ザナドウを狩りし者達。王都では有名な話でございます。我が孫達にもそのお話しを聞かせてやってください。」

 

 老人はそう言うと、丁寧に俺達に頭を下げる。

 「ご厄介になります。」

 老人が頭を上げるのを待って俺達は頭を下げた。


 「さぁ、此方です。お掛けください。」

 俺達が客間のテーブルに着くと早速侍女達がお茶を運んでくる。


 「イゾルデ様よりお話しは伺いました。この別荘はイゾルデ様が御后様より15歳の誕生日に贈られた物。イゾルデ様のお許しがあればそれで十分です。」

 イゾルデさんってセレブだったんだな。誕生日のお祝いに別荘って、俺には考えられないぞ。


 「イゾルデ様が嫁いでからは、王女様方がたまに訪れる程度…。貴族達がこの別荘に目を付けて何かと狙ってはおるのですが、御后様の手前表立った行動は取れずに指を咥えておりますよ。」

 そんな事を言って、ハハハと笑っている。


 「この、手紙を預かりました。イゾルデさんが管理人に渡して欲しいと…。」

 老人は手紙を受取ると早速封を切って、手紙を読み始めた。

 

 「なるほど…。イゾルデ様の御意向に逆らうわけにも行きますまい。この手紙は別荘の移管手続きの指示書でございます。別荘をイゾルデ様からアキト殿に譲る手続きを私に託しております。」

 「何ですって!!」

 姉貴が吃驚して大声を上げた。

 俺だって、危うくお茶をこぼしそうだったけど…。


 「確かにそう書いてあります。私も異存はありません。」

 「でも、私達はもう家を持っています。此処までは遠いし…。」

 いや、遠いからが問題じゃないと思うぞ。


 「でも、俺達が貰ってもこんな大きな別荘は維持出来ませんよ。管理人の人達にも給与を渡せないかも知れません…。」

 「それも、心配要りません。この別荘の名目上の持ち主がアキト様になるだけです。これで、貴族の横槍も防げますから、私には願ったり叶ったりの心境ですよ。」


 「名目って?」

 「はい。イゾルデ様が持ち主なのですが、嫁いだことを幸いに、この別荘を手に入れようとする貴族が多いことは申し上げた通りです。

 ですが、イゾルデ様がハンターであるアキト様にお譲りになった場合は、交渉先をアキト様にしなければなりません。

 貴族にとって所在不明のハンターと交渉するのは至難の業でしょう。そして、もし交渉する場合においても、我が国にザナドウを無償でもたらしたハンターにどれだけの額を提示できるでしょう。

 例え、1000枚の金貨を積まれても、笑って追い返す事が出来る立場に貴方達はいるのです。」


 要するに、貴族の手に渡らないように俺達を利用した…と言う事だな。

 流石、イゾルデさん…。将来は御后様を越える策士になれるぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ