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#207 4人の商人

 

 幾ら山村とはいえ5月になれば気候は穏やかになる。

 ギルドに向かうこの村の大通りの道端にも、誰が植えたか分らないけど綺麗な花が咲き出した。

 小さな村だから出来るのだろうけど、こんなちょっとした心使いが嬉しく思う。

 ギルドの扉を開けて何時ものようにシャロンさんに挨拶をすると、掲示板に張り出された依頼書を眺める。

 と言っても、俺の受ける依頼書を探している訳ではない。嬢ちゃんず達の退屈しのぎを探してるんだけど、アルトさん達が満足できてリムちゃんに危険が及ばないような依頼って難しいぞ。

 そもそもレベル差がありすぎるんだよな。早いとこ、新兵達が来て欲しいとつくづく思う今日この頃だ。

 

 そんな事を考えながら、依頼書を眺めていると1枚の依頼書に目が止まる。

 ステーキを50匹…。例のザリガニ釣りだな。

 これなら、危なくないし、ピクニックがてらにミケランさん達を誘うのも良いだろう。

 早速、依頼書を引き剥がしてシャロンさんの所に持って行く。

 「あぁ、これですね。簡単な依頼なんですが数が多いので、皆さん受けてくれなかったんですよ。」 

 そう言いながらドンと大きな確認印を押してくれた。

 良いものが見つかったんで、帰りの道は足取りも軽い。


 「ただいま!」っと家の扉を開けると、皆が一斉に俺を見る。

 「良い出物はあったのか?」

 サイコロを手に持ってアルトさんが俺に問うた。暖炉の前にスゴロク盤を広げて嬢ちゃん達は熱戦中のようだ。

 「ステーキを50匹だ。前に釣った所で、またやるぞ。ついでに皆でピクニックだ!」

 たちまち嬢ちゃんず達はスゴロクを片付け始めた。


 「ステーキね…。しばらく食べてなかったから丁度いいかも。ミケランさん達も誘うんでしょ?」

 「勿論。あそこの淵は、危ない場所はそれ程無い。ミクとミトも喜ぶと思うよ。」

 「お弁当はどうしますか?」

 姉貴と違ってディーは現実的だな。

 「黒パンとハムを持ってけばいいよ。スープは釣り場で作るから鍋と水筒、それに具材を適当に持ってけば良い。お皿とスプーンもね。」

 「了解です。」

 ディーも外から籠を持ってきて台所からいろんな物を詰め込んでる。

 「ミーアちゃん、雑貨屋に行って乾し魚を買ってきてくれないかな。10匹位欲しいな。」

 姉貴がポーチから数枚の銅貨を渡している。お金を受取ったミーアちゃんは直ぐに走って行った。

 「サーシャちゃんはミケランさん達を誘って来てくれ。」

 俺の言葉を最後まで聞かずにサーシャちゃんも出かけていった。

 「我等は何をするのだ?」

 アルトさんとリムちゃんが俺を見上げている。

 と言っても、これで終わりだよな。…そうだ。

 「獲物を入れる籠を準備しといてくれ。50匹だから大きいほうが良いと思う。」

 直ぐに2人は家を出て行った。でも、籠は家の裏に置いてあるからそんなに急ぐ必要は無いと思うぞ。


 「手ぶらで良いよね。一応パイソンは持ってくけど…。」

 「ギルドでガトル等の依頼は無かったからそれでいいと思うよ。そうだ。ディー、ナイフは1本籠に入れといてくれ。」

 ディーは俺に頷くと腰をポンポンと叩く。そこには俺のサバイバルナイフがあった。

 そして、しばらくするとミーアちゃんが帰ってくる。

 乾し魚の紙袋をディーに渡してお釣りは姉貴に渡してる。

 

 カチャカチャ…と石畳を爪で叩く音がする。

 どうやらサーシャちゃん達が来たようだ。

 扉が開き、そこに現れたのは…御后様だった。

 「我等も同行するぞ。ステーキを釣るなぞ、何十年ぶりかのう…。」

 「「御一緒させて頂きます。」」

 王女様達も一緒だった。

 荷物をディーが外に運び始める。ガルパスが2匹。それに籠と双子を乗せて、俺達は歩いて行くことになる。


 「そうじゃった。婿殿。山荘で御用商人達が待っている。悪いが、ここは我等に任せて、婿殿には山荘に行って貰えぬか。」

 心当りはある。姉貴に御用商人と商会の住み分けを、きちんとしなければならないだろうって言われていたのだ。

 「分りました。そっちに行きます。」

 御后様にそう言って姉貴に小さく頷く。姉貴も頷いて了承してくれた。

 「壊さないでよ。」

 そう言って、俺の釣竿とタックルボックスそれにステーキ釣りに使うタコ糸を姉貴に手渡す。

 「この仕掛けで良いんだよね。…大丈夫。任せといて。」

 タックルボックスの中の仕掛けを手にとって、俺に確認してるんだけど、大丈夫かな。

 

 庭先に全員が勢揃いすると、姉貴の「出発~つ!」の合図でぞろぞろと歩き始めた。

 「まぁ、待っておれ。今夜はステーキを焼くぞ!」

 アルトさんはそう言って嬢ちゃんず達と一緒に俺に手を振った。

 確かに美味しそうに聞こえるんだけど、肉じゃなくてロブスター焼きなんだよな。


 皆が通りに出るまで見送って、俺も山荘に歩いていく。

 利権が絡む以上、商人も妥協はしないだろう。この交渉は長くなるかも知れない。

 山荘の扉を叩くと、侍女さんが早速リビングに案内してくれる。

 俺の到着を待っていたのであろう、直ぐに4人の商人が現れた。ケルビンさんとラジアンさんは知っているが残りの2人は初めて見る顔だ。


 「アキト殿もお忙しい中、我等の為においで頂き有難うございます。こちらの2人は初めてでしたな。私の隣がデグリ、エントラムズの御用商人です。そしてその隣がセルシン、アトレイムの御用商人でございます。」

 モスレムと周辺諸国の御用商人が揃っている訳だ。


 「俺は貴族を恐れませんが、貴方方は別です。ある意味、王族よりも恐れています。その私が唯一恐れる各国の大商人が4人此処におられる理由は何でしょうか?」

 「失礼ですが、我等を恐れる理由は何故ですかな?」

 セルシンさんが老人にしては太った体を俺に向けて問うた。


 「流通を抑えているからですよ。」

 俺は即答した。

 「確かに流通を抑えてはいるが…それは重要な事なのでしょうか?」

 「それなくしては、庶民の暮らしが立ち行きません。何かを作り、何かを消費する。決して両者は同じではありません。その介添えが流通です。貴族が無くとも、王族が無くとも流通は行われるでしょう。庶民は困りません。…しかし、流通が滞ったならば、これは大問題です。場合によっては暴動、革命さえ起きるやも知れません。」


 突然、ラジアンさんが大声で笑い出した。

 「わははは…いや、済まん。…どうじゃ。ワシが言った通りの人物じゃろう。どだい、我等の事は手に取るように理解しておる。」

 「アキト殿。確認したい事があって我等4人、此処に参ったのじゃ。」

 「それは…絹ですか?」

 4人が一斉に驚きの表情を浮かべる。

 そして、渋い顔をしながら頷いた。

 

 扉が軽く叩かれて侍女がお茶を運んでくる。これは取っ手付きのカップだな。御后様は早速手に入れたみたいだ。

 侍女が下がるのを待って、ラジアンさんが口を開く。

 「その通り。絹貿易は我等と海を挟んだマケルト、スマトル両王国との間の取引であり、両国共に他の参入者を認めておりません。しかし、4カ国のご婦人方が近々商会を設立する動きがあります。そして、その主要取引品目は絹…。何故にマケルトとスマトルは商会との取引を合意したのでしょう。」

 

 俺は、お茶を1口飲んだ。

 「商会はその両国と一切の係りを持っていません。それに船は持っていないはずですよ。」

 「それです。その裏のからくりを知りたくて我等馳せ参じた次第なのです。」

 「発起人は何れも名だたる王族の奥方。最初は詐欺ではないかと疑いましたが…。よくよく話を聞いてみると必ずアキト様の名前が出て来ます。」


 あの御婦人方は動き始めたんだな。

 銀のケースよりタバコを1本抜き取ってジッポーで火を点ける。

 でも、侍商売になっても気の毒だ。ここは、姉貴の思惑通りに話を進めて行こう。


 「今年、モスレムの東方に新興国が出来たのはご存知ですか。われらはモスレムの精鋭を率いて約20倍の敵を何とか退けました。そして、その後の国境線の交渉で面白い話を聞いたのです。」

 俺の言葉に4人の商人がジッと耳を傾ける。

 「俺は聞きました。…モスレムの東方は遥かに続く荒地。産業はどうするのかとね。そして、その答えが、桑を育てるというものでした。」

 

 「桑とは植物のようですが、それで国民を食べさせることが出来るのですか?」

 商人の1人が俺に尋ねる。

 「十分に食べさせることが出来ます。桑とは絹を作るために絶対に必要な植物だからです。」

 「アキト様は絹がどのような手段で作られるかご存知なのですか?」

 「昔、住んでいた場所は絹織物の産地でした。俺も、ミズキも知っていますよ。」

 「私は一度その桑という植物を見た覚えがあります。潅木のような物でしたが、桑の実から絹は取れるのですか?」

 「それは、かの国々の秘密なのでしょう。俺が軽々しく教えられるものでも有りません。でも、絹の作られている場所を見たら、ご婦人であれば10人が10人とも叫び声を上げて逃げ出す事は確かです。」

 

 「では、絹織物を商会は陸路で手に入れることが出来ると言うことですか?」

 「そうです。ただし量はそれ程でもないでしょう。大量に手に入れられるのは数年後からになると思います。」

 「我等もその売買に参加する事は可能でしょうか?」

 「新興国の名はテーバイと言いますが、女王は言いました。一部は入札にする、とね。その入札に参加する事は可能でしょう。そして、その一部の比率は少しずつ拡大する事になります。」

 

 「それを聞けば十分じゃ。早速、テーバイに向かう事にしよう。」

 「それは無理です。モスレム国境は完全に閉鎖しています。将来的には交易所を作る事にしていますが現時点では国境を越える者は全て問答無用で矢の洗礼を受けますよ。」

 

 「理由があるはずじゃ。話して欲しい。」

 「テーバイの建国理由と、来年にも起きるであろう独立戦争の為です。」

 「絹を巡ってマケルト、スマトルの争いが起きるという事じゃな。」

 

 俺は小さく頷いた。

 「だとすれば、尚更援助が欲しいのではないのか?」

 「援助には必ず思惑が絡みます。商会は少しの援助をするでしょう。でもそれには一切の思惑は有りません。」


 「それでは我々は絹取引から足を洗う事を考えねばなりませんな。少なくとも取引量は減少するでしょうから…。」

 セルシンさんが呟いた。中年を過ぎた辺りに見える姿が、その言葉と共に小さく見える。


 「いいえ。取引量が大幅に増えるんです。商会は販路を持っておりません。商会が絹を仕入れても売る手段は持っていませんからね。反物を仕入れ貴方方に販売する。商会の役割はそれだけですよ。それに、テーバイに売る商品を商会は持っていません。何処から買うかと言えば貴方達からですよ。」

 

 「商売の窓口となるのが商会と言うことですか…。しかし、その利益は製品の値上げとなりますが…。」

 「少なくとも、マケルト、スマトルの商人よりは何割か安く提供出来るでしょう。絹製品は全体を見れば安くなります。と言っても庶民が買える値段ではないでしょうが、中産階級であれば晴れ着の1つとして持てるようになるでしょうね。」

 

 「マケルトの悪徳商人の機嫌を取らずに良くなるだけでもありがたい。我等はてっきり絹の商売全体を商会が取り仕切るものだと思っておりました。」

 「待て待て…。アキト殿が考えておられるのは、絹だけでは無いはずだ。この前は、綿織物について良い話を聞かせて貰いました。種はマケトマムの開拓民に贈呈しましたぞ。そして、綿花そのものは茎ごと数本持ってまいりました。この後、アキト殿は何をなさるおつもりですかな?」


 どうやら、やっと手に入れてくれたみたいだ。これで、屯田兵の暮らしが立つ。

 そして、綿繰り器と綿スキ器の調子も見ることが出来る。


 「それを考えるのは商人たる貴方達だと思いますよ。商人の資質は、先を見る目と物を見る目それに信用だと思います。御用商人たる貴方達は十分な信用を各王国から得ています。後は貴方達の才覚です。」


 商人達は俺の言葉に頷いている。


 「なるほど…ご指摘の通りです。では、別の問いを致しましょう。貴方は何が欲しいのですか?」

 「調味料ですね。塩はあります。砂糖も少量ありました。でもそれだけです。食べるからには美味しく食べたい。これは誰もが持っている欲求だと思います。」

 俺は腰のバッグから調味料のセットを取り出した。そして、コショウのミルの蓋を開けてコショウの粒を取り出す。


 「この粒を指で潰して、少し嘗めてみてください。」

 商人達は言われるままに指で潰して、口に含むと、とたんに顔をしかめる。


 「何なんですか。この粒は…何かの実のようですが…。」

 「かつて、私の国で黄金と同じ重さで取引されたコショウの実です。これを細かくすり潰して塩と一緒に焼肉にかける…。話しているだけで涎が出てしまいます。」

 

 「なるほど、未だ我等の知らない商品価値が高いものが世界にはあるという事ですか。絹の取引に必要な船が少なくなれば、その船でそれらを探して来いと言う事ですな。」


 ケルビンさんの言葉に俺は頷いた。

 

 「しかし、アキト様との会話は為になる。自宅で番頭達と商売の計画を話すよりもずっと、先が見えてくる。どうでしょう。我等と年に1度位酒を酌み交わしませんか。酒を飲みながらのんびりと先程のような話をしたいものです。」

 

 デグリさんが言うと、他の商人達も賛同する。

 「俺はハンターですから普段は何処にいるか判りませんが、狩猟期には戻ってきます。その時期でよければ…。」


 商人達が嬉しそうに頷いた。

 「今年の狩猟期が楽しみですな。我等は互いに商売敵、1年に1度位は敵と思わず互いの状況を語り合うのも子孫の為かと思います。」

 「そうじゃのう。孫を連れてくるのも良いかも知れぬ。」

 

 たぶん、その場を使ったお見合いなんかもあるんだろうな。

 そうすると、この御用商人4家の結びつきが強まり、1つの勢力となりそうだけどね。

 でも、それはずっと先の事になるだろう。俺としては独占企業にならなければそれで良い。

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