#206 バリスタ
朝食を終えて何時ものようにギルドに出かける。
この頃は余り依頼をこなしていないけど、村周辺の狩場の状況は確認しておく必要がある。何時大型獣の討伐依頼が来るか分らないからね。
ギルドの扉を開けてシャロンさんに片手を上げてご挨拶。シャロンさんも片手を上げて応えてくれた。早速、依頼掲示板まで歩いて行き、張り出された依頼書をざっと見て廻る。
薬草採取が殆どで、ラッピナが少しある程度だ。リスティン狩りが1枚あったが、これはもう少し待って誰もいなければ嬢ちゃんず向けに丁度良い。
そして、立ち去ろうとした時に、シャロンさんが1枚の依頼書を張り出した。
ガトルの群れの討伐だ。場所は、北の森の西側で群れの規模は10匹以上…。
「昨日、赤3つのチームが薬草採取で遭遇したようです。爆裂球で追い払ったと言っていました。赤5つの別のチームは1人怪我人を出しています。出来ればアルトさん達に何とかして欲しいんですが…。」
「伝えとくよ。今日はまだ来てないんだろう。」
俺の問いにシャロンさんが頷いた。となれば、西門の広場で練習してるはずだ。
直ぐにギルドを出ると、通りを西門に向けて足を速める。
西門とは言うけれど、実際の門は北側だ。村の西側にあるという事らしいんだけどね。
門の内側にある広場は100m程の大きさだから、普段はハンター達の練習場所にもなっている。これも村の拡張工事のお蔭だと思う。前の広場はこれ程大きくなかったから、門の外で練習を行っていたしね。
広場に近づくと、パシ!っと的に矢が当る音が聞こえる。
どうやら、ブリューさんとシグさんが弓の練習をしているらしい。遠巻きに嬢ちゃんず+1が見守っている。
「どんな感じ?」
「まぁまぁじゃな。ラッピナは無理じゃがガトル程度なら何とかいけるじゃろう。」
俺の問い掛けにアルトさんが即答してくれた。
「森の上の西側にガトルの群れが出た。赤5つのチームに負傷者が出たそうだ。行ってくれるかな?…依頼書が出ている。」
「何じゃと!」
アルトさんが、ブンと音をたてるように俺に振り返る。
「勿論じゃ。ミーア、ギルドに急ぎ依頼を受けてまいれ。サーシャ装備と亀の用意じゃ。」
2人はアルトさんの指示に頷くとそれぞれ走って行った。
「さて、2人はハンター資格を持っておるか?」
「「勿論ですわ。黒6つになります。」」
「リムは【メル】が使えたな。我のアルタイルと一緒じゃ。」
リムちゃんにおいでおいでをすると、自分の鞍の前に座らせる。
どうやら全員で出かけるみたいだけど、リムちゃんを連れてって大丈夫なんだろうか。
そんな事を考えていると、カチャカチャと爪の音が聞こえてくる。
「狩りは久しぶりじゃな…。」
御后様がシルバースターに乗って近づいてくる。その後ろにはサーシャちゃんと2匹の亀が付いて来る。
インディアンルックに薙刀を手挟んだ御后様は勇ましいけど、ガトル狩りだよな。まるで、戦に行くようにやる気満々だぞ。
その姿を見て、アルトさんが軽く舌打ちをする。
「母様が出るには及ばんと思うのじゃが…。」
「そう言うでない。我も退屈していたのじゃ。」
それを聞いて、アルトさんは俺を恨めしく見ているけど、俺は御后様のお守り担当じゃないぞ。
でも、リムちゃんを考えると御后様が一緒なのはありがたいと思う。何と言っても一騎当千の女傑だからね。
そんな所に、ミーアちゃんがタタターって走ってくる。
アルトさんに依頼書を見せると息を整えて、自分の亀に跨った。
「フム…。10匹以上の群れか。ブリューとシグはサーシャとミーアの鞍じゃ。」
2人の王女様が急いで鞍の後ろに乗る。
アルトさんは後ろを振り向き、全員亀に乗った事を確認した。
「では、出発!…遅れるな!!」
大きな声で告げると、4匹のガルパスは一気に全速力を出して森の小道を疾走して行った。
「キャー…!」って悲鳴が聞こえたけど、たぶん大丈夫だろう。ガルパスから落ちた人は今の所誰もいないしね。
土煙が消えると、アルトさん達の姿が遠くに見える。あれなら今日中にガトルの群れは殲滅できるだろう。
そんな事を考えながら家路に戻ろうとして、ふと気が付いた。
弓なら投石器より距離が出て、狙いも正確なはずだ。となれば、姉貴の要求はバリスタを作る事で適うはずだ。
家に戻る道すがら、バリスタの構造を考える。確か大型から小型版まであったはず…。
家の扉を開けると、ディーの姿を確認する。
何時ものように、テーブルに座っているディーに声を掛けた。
「ディー。ディーの弓って、どれ位飛距離が出るかリオン湖で試してくれない?」
「了解しました。鉄と複合弓の両方ですね。」
そう言って、弓を壁から外して外に出て行った。
「例の奴ね。弓かぁ…。」
姉貴もお茶のカップをテーブルに置くと外に見に行った。急いで俺も後に付いていく。
「複合弓から始めます。」
そう言うと、45度の角度で爆裂球付きの矢をつがえディーが弓を引き絞る。ビュン!と弦音がすると、矢は遠くに飛んで行った。
「距離256m、です。再度試みますか?」
俺は首を振った。ディーは複合弓を下して鉄の弓を構える。
同じように発射された弓は先程よりも遠方に届く。
「距離340mです。」
姉貴が腕を組んで考え込んでいる。確かに3本の強弓をあわせた複合弓なら姉貴が望んだ距離近くに飛ぶ。鉄の弓なら十分満足するが、生憎と金属疲労が鉄の弓には起こりやすいのだ。
しかし、強弓4本をあわせれば十分に届くだろう。ディーの複合弓を持ってみると10kgは無いようだ。ガルパスの積載能力から60~80kgでバリスタを完成させたい。
「姉さん。300mは何とかなるよ。ユリシーさんの所に行ってくるけど、何を悩んでるの?」
「うん、対空射撃が出来そうかな。ってね。…でも、それは後でいいわ。先ずは船を考えましょう。」
会社へ向かう道すがら、姉貴の言葉を考える。
テーバイとの紛争では、大蝙蝠の空軍が確かに脅威だった。もっと大規模で、海上の船から出撃されると防ぎようがない。
今の所、役に立ちそうなのは至近距離からの広域魔法である【メルト】位だ。爆裂球を少なくともディー程に飛ばせないと大蝙蝠に有効な打撃を与えられない。
上空に100mの高さで矢を放てる弓兵は殆どいないだろう。かといって、これから作ろうとするバリスタが対空用に使えるとは考え難い。
会社の扉を開くと、チェルシーさんが帳簿を付けているだけで、ユリシーさんの姿が見えない。
「あれ?…今日はユリシーさん、お休みですか。」
「今日は。さっきまでいたんだけどね。たぶん作業場にいるはずだから呼んで来ます。ちょっと、待っててください。」
そう言って、ログハウスを出て行った。
少し待っていると、体の木屑をパンパンと叩き落しながらユリシーさんがやって来た。
「まだ、数は揃わんぞ。」
「いえ、今日は別件です。」
ユリシーさんの指差す暖炉脇のソファーに席を移すと早速バリスタの説明を始める。
簡単な図面を描きながら説明すると、要所要所でユリシーさんの質問が飛んでくる。それに応えながら話を進めていく。
「なるほど、大型のクロスボーということで良いな…。確かに、2M(300m)飛ばして、狙いを着けられるとなれば、前回の投石器では無理じゃろう。」
どうやら全体構造は納得してくれたようだ。
「じゃが、強弓4本を合わせた複合弓となると誰がその弓を引くのじゃ。」
「投石器ではロクロを使いました。そのロクロを改造して使います。」
俺はロクロの軸に歯車を着けてその歯車が一方向にのみ回るラッチ機構について図解する。
「なるほど、これなら弦を引くことが可能だ。しかもこのロクロに差し込む棒の軸を長くすれば1人でも可能じゃろう。…次は、大きさじゃが台車を考えねばならんの。どう考えても大人1人以上の重さになる。」
「そこを、何とか大人1人分にしてください。このバリスタはガルパスに取り付けます。」
「何だと。それでは城を攻めるのか?」
ユリシーさんは移動の容易性を直ぐに攻撃用だと見抜いた。
「城というよりは、船です。陸から敵の軍船を狙います。」
「上陸前に殲滅する…か。なるほど、御后様の言うことが少し分かった気がするぞい。良いじゃろう。これはワシが作る。矢も特別製じゃな。10日程待て。」
俺はユリシーさんに深々とお辞儀をすると会社を後にした。
家に帰ってみると、イゾルデさんとダリオンさんが姉貴とお茶を飲んでいる。
2人に挨拶して何時もの席に座るとディーがお茶を運んできた。
マグカップ風の木のカップには取っ手が付いている。簡単な構造だけど遥かに飲みやすくなった。
「今、アキト君の噂をしてたのよ。」
イゾルデさんがそう言って俺にニコリと笑う。
あまり良い噂では無さそうだ。
「イゾルデさんは、私達にアトレイムに遊びに来ないか。って誘ってくれるんだけど…。」
姉貴が俺に呟いた。
確かに微妙な時期だしな。今は無理だと思うぞ。
「ケイロスと戦ったそうだな。片腕粉砕とは全くとんでもない奴だ。」
ダリオンさんがニカって顔をほころばせたけど、リムちゃんの前でその顔は止めて欲しい。絶対に泣き出すぞ。
「何とかです。やはり、トラ族の人と戦う時は全力で当らないと此方は怪我位では済みそうにありません。」
「そう言ってくれるだけで我が種族は満足だろう。ザナドウを倒し、レグルスを倒せし者。その者が我が種族に一目置いてくれると言うのは嬉しい限りだ。」
ダリオンさんが小さな声で呟いた。
「出来ました。余りありませんが、蜂蜜酒です。」
ディーが小皿に盛った肴とマグカップを持って来た。
早速カップを手に取り乾杯する。
そして、これはザナドウだな…肴を手にとって口にする。
「どうかしら…。確かに微妙な時だとは分かってるけど、直ぐに戦端が開くとは思っていないんだけど。」
「そうですね。戦端は来年位だろうと御后様も言っています。でも、もう直ぐ亀兵隊の新兵達がやってきます。彼らに戦い方を教えるとなると、1月位掛かるかも知れません。その後であれば…。」
「それでいいわ。その間、王女達を預けます。…彼女達も貴方を狙ってるわけじゃないと思うわ。狭い王宮を出て少しの間羽根を伸ばしたいに違いないと思うの。」
「そんな理由であれば、此処は退屈しないでしょう。今は5月。では、6月の終わりにアトレイムに王女様達を御送りします。」
姉貴はイゾルデさんにそう応えた。
「しかし、この肉は初めて食べるぞ。此方は黒リックだとは分かるがどんな風に加工すればこのような味が出るか全く見当が付かん。」
「今食べているのは、スモークと言う調理法で作ったものです。火は使っていませんから生ですよ。そっちの炙った肉がザナドウです。」
それを聞いたとたん、ダリオンさんが酒を噴出した。
ゴホンゴホンと咳き込んでいる。
「ザナドウだと!」
小皿を指差して俺に叫んでいる。
「美味しいでしょ。その味が辿り付けない楽園の味です。」
「…確かに。…これがザナドウか。危険でなければ酒飲みに狩り尽くされていたかも知れんな。」
その言葉は真理だと思う。
でも、何とかイカを手に入れたいものだ。そうすれば、周辺王国を含めて酒飲みに絶大な信頼を得られるだろう。
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アルトさん達は昼過ぎに帰ってきた。
16匹のガトルを狩ったらしい。1人45Lになったとアルトさんが喜んでた。余った5Lは駄菓子を買って分けたって言っていた。
リムちゃんもガルパスに結構慣れたみたいだ。中々上手く【メル】を当てていたとアルトさんが褒めていた。
2人の王女様は、最初はミーアちゃん達にしがみ付いていたらしいけど、ガトル狩りが始まるころにはすっかり慣れて弓を撃っていたとサーシャちゃんが教えてくれた。
帰ったら、ガルパスを強請るんだろうな。