#205 お姫様がやって来た
何日か過ぎて、ユリシーさんが弟子のドワーフを伴って家にやって来た。
テーブルで黒リックのスモークを肴に蜂蜜酒を飲んでいる。
「依頼の品じゃが、弓の強さを変えておる。弱、並、強の3種類じゃ。最終的に量産するクロスボーはお前達で試射して決めるがいい。30個であれば10日で出来よう。」
テーブルの片隅には真新しいクロスボーが6個置いてある。トリガーガードの近くに星が着いている。数は1、2、3個の種類がありどうやら星の数で弓の強度を示しているらしい。
さらに、トリガーの少し前に突起が出ている。
「安全装置じゃよ。それを手前に引かない限りトリガーを引いても弦は開放されない。多人数で撃つのであれば必要となるじゃろう。」
クロスボーを1つ手にとって、訝しげに突起を見ていた俺に、ユリシーさんが教えてくれた。
言われて、突起を手前に引くと、カチリと軽い音がした。トリガーを引くと、弦を止めている金具が連動して動く。
「気が付きませんでした。ありがとうございます。」
「な~に、少しは役立ててやるぞい。所で、砦の投石器は全て破壊されたのじゃろう。もう作らぬのか?」
「少し、考えがあるんですが、まだ形になっていません。もう少し待ってください。」
「なるべく、変わった形がいいぞ。…それと、前に御主から提案のあったものじゃ。」
ユリシーさんの言葉を待っていたかのように弟子が袋からカップを取り出した。
ちょっと無骨だけど、マグカップのような形の木製のカップが出来上がった。
手に取ると、無垢ではなく何かの樹脂を表面に塗ってある。
「防水性を考慮して取っての接着はウミウシの体液を使用しました。表面はゼムの樹液を薄く塗ってあります。熱湯を掛けても塗りが剥がれる事はありません。」
「中々良いと思いますよ。…出来ればもう少し小ぶりで、丸みを持たせれば上流階級の人達にも需要が出来るでしょう。それと、このカップの下に敷く薄い皿も欲しいですね。こんな形です。」
手近な紙にカップとお皿の絵を描いて彼に見せる。
「有難うございます。早速作ってみます。この試作品は使ってみてください。10個あります。」
「良かったの。各国に出回ればお前の名前も一族に知れるだろう。両親も喜ぶに違いない。」
ユリシーさんはそう言って、腰を上げる。
「では、後で量産をどれにするか知らせろよ。…馳走になった。またな。」
俺に、そう告げると、弟子を連れて帰って行った。
夕方に帰って来た嬢ちゃんずに、クロスボーの試射を頼む事にした。
「大分、簡素じゃな。我らのクロスボーより少し形も小さいぞ。これが、次の戦の切り札になるのか?」
アルトさんが、試作品を散々いじりながら呟いた。
「数を揃えるとなると、なるべく単純な方が良いんだ。壊れにくいしね。」
「そんなものかのう…じゃが、この星3つは我らには無理じゃ。星3つはスロットにでも頼むとしよう。」
3人とも星3つのクロスボーは弦を引ききれなかった様だ。スロットでも無理なら、セリウスさんクラスじゃないとダメって事になる。
リムちゃんも頑張ってるけど、星2つはどうにかってとこだな。星1つは易々と弦をセット出来るみたいだけどね。
そして、次の日の報告で、星1つが100D(30m)、星2つが200D(60m)、星3つが250D(75m)の有効射程を持つという事が判った。
「スロットめ、これ見よがしに容易く星3つを引きおって…。じゃが、兵士であれば星3つで十分じゃろう。…1つ問題がある。星3つでも爆裂ボルトでは200Dを切るぞ。150D(45m)が良いとこじゃ。」
後ろにいる3人がうんうんと頷いている。
「という事で、これは我等が頂く事にする。リムには星1つで丁度良い。ラッピナ狩りが出来るし、ガトルにも使える。我等は星2つで良いが1つ足らん。これはユリシーに頼んでおいた。ついでに量産の方も指示しておいたぞ。星2つが20に星3つが30じゃ。」
こうなる事は分ってたけど、料金はどうするんだろう。ちょっと心配になってきた。
「後はボルトじゃな。我等のボルトでは重過ぎるようじゃ。ミーアの前に使ったクロスボーのボルトが丁度良い事が分った。それを3000本注文したぞ。ついでにボルトケースもミーアの物を参考に頼んでおいた。」
これは支払いが大変だ、って考えてると報告を聞いていた姉貴が口を開いた。
「ご苦労様。とりあえずは1部隊出来るわね。」
「後は新兵じゃな。母様が20人程を訓練して欲しいと言うておうた。前の実績があるから10日程で何とかなるじゃろう。」
そう言うと、暖炉の傍で4人でスゴロクを始めた。
「後は、アキトに考えて貰うしかないわ。300m以上の距離を正確に爆裂球を飛ばす方法と相手の反撃を回避する方法とね。」
そう言って俺を見る。
だけど、そんなに簡単じゃないぞ。前の投石器でさえ飛距離は300~400D(90m~120m)ってとこだ。300mとなるとロープの捩れでは対応不可能…。明らかに発想を変える必要がある。
それに、何に使うんだ。拠点防御なら投石器で十分なはず…。それを、300m以上で且つ正確さを要求するということは…。
「姉さん。ひょっとして、軍船を狙うの?」
俺の問い掛けに姉貴は頷いた。
「テーバイの戦力は、1500程度。モスレムの援軍も300出せれば良い方だと思う。対するスマトルは最低で3000…場合によってはマケルトの援軍も考慮する必要があると思う。その場合は5000を相手にする事になる。出来れば上陸前に叩きたいと思うの。」
「でも、マケルトはモスレムに使節団を送っているんじゃなかった?友好国だと思うんだけど…。」
「普段ならね。…でもね、国庫収入に係わるとなれば話は別になるわ。
絹は海の向こうの産業で、それを一部の商人が独占的に売買しているの。綿も、そうみたいだけどね。
その販売ルートが別に出来て、しかも別ルートの方が安かったらどうなると思う。彼らにとっては大問題だわ。
…その阻止は2つ。完全に属国として、独占的に絹の取引行なうか、テーバイ王国から絹を無くすことよ。
一旦外に出た桑と蚕を撲滅することは不可能。となれば、属国化の戦争が始まる。」
絵に描いたような独立戦争だな。そして、テーバイの完全な独立がなされたら、スマトルとマケルトの没落が始まりそうだ。
「分かった。…考えてみるよ。」
とは、言ったけど…意外と難問だよな。
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そんなある日の昼下がり、のんびりと姉貴とお茶を飲んでいた時だ。
トントンと扉を叩く音がする。
急いでディーが扉を開けると、イゾルデさんとダリオンさん達だ。早速、ディーがテーブルに案内すると、見知らぬ女性が2人一緒だった。
1人はアダルト姿のアルトさん位の歳だろう、もう1人は姉貴と同じ位に見える。顔が似ているから姉妹なのかも知れない。そして、薄い鎖帷子に身を包み、ヘルメットを小脇に抱えてハート型の槍を持っている。大きなブルーの瞳と金髪巻毛につんとした鼻と小さな唇。…アルトさん並みの美人だぞ。そして、その姿も均整が取れている。
正しくバルキューレそのものだ。
俺達の前にイゾルデさんと娘さん2人が座り、ダリオンさんは横に座った。
ディーが俺達全員にもう一度お茶を入れてくれる。
「紹介しますわ。私の姪の、ブリュンヒルデとシグルーンです。今年20歳と18歳になります。」
2人の娘さんが、イゾルデさんに名を呼ばれると、俺達に深々と頭をさげた。ブリュンヒルデさんがお姉さんみたいだ。
「初めまして、チームヨイマチのミズキです。此方がリーダーのアキト、それにディーです。外に4人いますけど今は狩りに出てます。もうそろそろ帰ってくるとは思うんですが…。」
姉貴は戸惑い気味に呟いた。
「アトレイムの王宮に衝撃が走りましたわ。重鎮の多くがザナドウの嘴を見たことも無く、昔話の一種だと思っていたようです。老いた老魔道師が一目でそれを言い当てた時の宴席の騒ぎと言ったら…おほほほほ。」
笑い出してしまった。余程ツボにはまったのかも知れない。
「父様の婿にせよ…。は、余興とは言え我等2人に取っては良い口実。…はい。と返事をして旅に出て参りました。」
ただ、一度見てみたかった。…という訳だな。ちょっと、安心したぞ。
「それは、遥々ご苦労様でした。でも、少し間が悪い時でもあります。もう直ぐモスレムの精鋭を鍛えなければなりません。東方の戦乱が完全に集束した訳ではありませんから。」
「叔母様から事情は聞いております。そこで見学をお許し願いないかと。」
姉貴に懇願するかのようにシグルーンさんが言った。
バタンと扉が開いた。
嬢ちゃんず+1のお帰りだ。
「アトレイムの娘達じゃな。良くぞ参った。…山荘に獲物を届けておいた。母様が皆で来いと言うておったぞ。」
小さな女の子がぞんざいな言葉を使うのを不思議に思って、イゾルデさんに確かめているようだ。
そして、その顔が驚愕に変わる。
「剣姫様でしたか…初めてお会い致します。ブリュンヒルデとシグルーンと申します。お見知りおきを…。」
「サーシャから、大まかな事情は聞き及んだ。我等の邪魔をせねば問題は無い。…さて、出かけるぞ。」
と言う事で、俺達は全員山荘に出かける事になった。
山荘の大きなリビングで、アルトさん達の狩ったリスティンの焼肉、御后様手作りのサルパル、そして黒リックのスモークという豪華なご馳走を食べて、アトレイムの2人の姫君の要望でアルトさん達がテーバイとの国境紛争の顛末を話してあげた。
アルトさん達とドラゴンライダーの戦いは、食い入るようにアルトさんの話を聞いている。
そんな2人を見ると、やはりイゾルデさんの身内なんだと思ってしまう。
「少し分からないんですが…。」
「うむ、何じゃ?」
「亀に乗って戦うなんて、そんなのんびりした戦だったのですか?…それに、私でも爆裂球を投げられる距離は100D(30m)程度です。300Dを投げるとは信じられないのですが。」
だよな。皆、吃驚してたからね。アンドレイさん達も、疾走するリスティンに亀を駆って並行して進むミーアちゃん達に一瞬狩りを忘れて見ていたと言ってたからな。
「明日、我等の狩りを見せようぞ。モスレムの新兵を機動戦の精鋭に仕上げて見せた我等の狩りをな。そして、その前にアキトに爆裂球を300D投げる所を見せて貰うのじゃな。…所で御主達は弓の腕はどうじゃ?」
「狩りをするに槍も良いが、弓も良いぞ。此処にいる間に覚えるが良い。我が新兵に教えるのは弓と紐じゃ。それで十分な働きが出来る。」
「その新兵じゃが、近々やってくるぞ。ガルパス付きでじゃ。」
御后様が俺達にそう言った。
また、あの騒がしくて楽しい日々がやってくるのかも知れない。
それを思ってか、嬢ちゃんずの顔が綻ぶ。リムちゃんは訳が分からずキョトンとしているけどね。
そして、その中にアトレイムから来た御姫様達も混じるんだろうか?
ちょっと面白くなって来たぞ。