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#204 備えあれば…

 

 早朝の庭から望むアクトラス山脈は格別だ。

 鏡のようなリオン湖に、その雄大な姿を映している。

 7合目から山頂は、白い雪に覆われているけど、高山だからね。夏でも残雪が残っているし。

 井戸の水で顔を洗う。少し水が冷たく感じるようになったのは、気温が上がってきたからだろう。

 家に戻ると、ディーが朝食のスープを作っていた。


 「おはようございます。マスター。」

 「おはよう。…未だ、皆は起きてこないのかい?」

 「そうですね…。後1時間はかかりそうですよ。」

 

 それならばと、ディーにギルドに行ってくると伝えて家を出て通りに歩いて行く。

 本来のハンターは朝食前にギルドに行くって、グレイさん達が言っていた。低級ハンターだと、その日暮らしに近い稼ぎにしかならないから、少しでも早く割りのいい依頼を受けるって聞いた事がある。


 そんな少し前の出来事を思い出しながら歩いて行き、ギルドの扉を開ける。

 「おはようございます!」 

 そう言って、カウンターのシャロンさんに片手を上げる。

 ホールには、2組の若いハンターが依頼掲示板の依頼書を見入っている。邪魔をするのも気の毒だと思って、カウンターのシャロンさんの所に歩いて行く。


 「うちの連中に良さそうな依頼ってありますか?」

 俺の問いに、シャロンさんが微笑む。

 「今日の午後にはミーアちゃん達向けの依頼が出ると思うわ。北西の森の入口にある休憩所の辺りにカルキュルがいるらしいの。山菜採取の村人が見かけているし、薬草採取のハンターが追いかけられたって言ってたわ。ギルド長がどうしようかと悩んでたけど…たぶん、カルキュル狩りの依頼を出すでしょうね。」


 確かに、アルトさん達の退屈しのぎに良さそうだ。

 「貴重な情報、有難うございます。」ってシャロンさんに礼を言う。そして、依頼掲示板を見に行った。

 

 俺が掲示板に行くと、1組のハンターが依頼書を見て話し込んでいた。

 どうやら、2枚の依頼書のどちらを受けるか迷っているようだ。3人でワイワイと意見を交わしている。

 1人が俺に気が付いた。

 「申し訳ありません。直ぐ終わりにしますから…。ところで、この村のハンターの方とお見受けします。この2つの依頼書のどちらが危険が少ないでしょうか?まだ赤3つなので獣が出ては大変だと言う事で意見が分かれていたんです。」

 

 なるほど、赤3つなら獣が出ては依頼をこなせない場合だってある。

 そして、彼らが悩んでいる依頼書は…。

 1つはサフロン草の採取で、2つ目はフェイズ草…。これは悩む以前の問題だ。

 

 「此方のサフロン草が良いと思いますよ。

 フェイズ草は、採取そのものは難しくありませんが、山の奥に行かなくてはなりません。それにフェイズ草を傷つけるとカルキュルが匂いを嗅ぎつけてやってきますから、赤5つ以上になってからの方が良いと思います。

 それと、西の門を出て北に山道を上っていくと、森の手前に休憩所があるんですが、その近くでカルキュルの目撃例がありますから、なるべく村の近くで採取するのが良いでしょう。」


 「「「有難うございます。」」」

 3人は俺に礼を言うと、サフロン草採取の依頼書を持って、カウンターに急いだ。

 1人になった所で、じっくり依頼掲示板を眺める。

 やはり、採取系が殆どだ。新緑の芽吹きと共に薬草採取が一度に押し寄せてきた感じに見える。

 狩りと言えるか微妙な依頼が1枚。黒リックを10匹って言うのが在るけど…。これを受けるハンターっているのかな?まだ期間はあるから、誰もいない時には俺が受けてみよう。

 シャロンさんに片手を上げて帰りのご挨拶を済ませると家路を急いだ。


 家の扉を開けると、朝食の最中だった。

 俺がテーブルに着くと、ディーが直ぐに朝食を用意してくれる。

 「先に食べてたよ。…どうだったの?」

 姉貴が黒パンを食べ始めた俺に聞いてくる。


 「早い時間だったけど、新しいハンターが2組いたよ。レベルは低いけど、誠実そうだったな。…依頼は採取が殆どだ。だけど、サーシャちゃん向けの依頼が午後に張り出されるってシャロンさんが言ってた。カルキュル狩りだ。」


 その言葉を聞いて、サーシャちゃんがニコリと微笑む。

 「グライザムやダラシット何かは無いのじゃな…。詰まらん。」

 アルトさんは不機嫌そうだ。

 「でも、黒リック狩りの依頼があったよ。2日程待って誰も受けなければアルトさんが挑戦したら?」

 「それは面白そうじゃな。…じゃが、狩りなのか?」

 それは、俺も疑問に思う。

 「私達はトローリングで黒リックを釣るけど、他の人はどうやって獲るんだろうね。」

 姉貴が朝食後のお茶を飲みながら呟いた。


 「釣りと弓矢じゃ。釣りはアキトと違って太い針に餌を付けて石の錘で遠くに投げるのじゃ。糸も太いぞ。…弓矢は専用のやじりがある。数本の針のような先端は返しが付いておる。川の中に立ちこんで矢を放つのじゃ。当れば、鏃についている糸を手繰って引き寄せる。」

 アルトさんが解説してくれた。

 と言う事は、誰かが受ける可能性もあるわけだ。やはり様子を見て受ける事にしよう。


 お茶を飲み終えると、嬢ちゃんずは早速準備を始めた。

 アルトさんが指揮するみたいだから、まぁ安心して任せる事が出来る。

 そんな3人を黙ってみているリムちゃんに姉貴が声を掛けた。


 「お姉ちゃん達と同じような服を買いに行くからね。…ミーアちゃん。前に使ってたクロスボーちょっと借りるね。」

 俺がミーアちゃんに作ってあげた奴だ。

 

 姉貴がミーアちゃんから受取ると、俺に預ける。

 「ユリシーさんの退屈しのぎに30個作って貰って。動滑車は使ってないから普及版にしても良いと思う。」

 「だけど、30個は多くないか?」

 「防衛に使用する予定よ。テーバイへの義勇軍を御后様は早めに用意したいらしいわ。」

 「そんなに早いの?」

 「準備だけは、早めた方が良いって御后様が言ってた。私もテーバイの王都に行って来たんだけど、スマトルの交易船が来ててね…。やりたい放題だったわ。アルトさんを抑えるのが大変だった。」

 アルトさんは正義感が強いからね。

 

 「女王様はスマトルの代替わりがテーバイの危機と考えてるらしいけど、意外と早いと思うわ。」

 となれば、亀兵隊の出動になるわけだな。あの部隊も大変だ。このままだとモスレム即応部隊として定着しそうな感じだぞ。

 「判った。防衛戦ならクロスボーは絶大な威力になると思う。頼んでくるよ。」

 早速、クロスボーを手にとって会社に出かける。


 会社のログハウスの扉を開けると、何時ものように手持ち無沙汰のユリシーさんが暖炉の傍でパイプを煙らせている。

 俺の来訪に気がつくと早速、俺を暖炉脇のソファーに座らせた。

 「前の注文はとりあえず作ってみたが、実際に使ってみなければ判らんの。綿を手に入れたら具合を見ながら改造するつもりじゃが…。それは、嬢ちゃんが使ってるのに似てるが、どうするつもりじゃ?」

 俺は、クロスボーをユリシーさんに手渡した。

 早速、構造と仕上げを確認している。そういう所は、職人なんだよな。

 

 「これは、随分前にミーアちゃん用に俺が作ったものです。手作りですから、今考えれば改良箇所が色々とあるんですが、これを30個作って欲しいんです。」

 「この弓の性能は知っている。だが、軍に持たせるには普通の弓が適していると聞いたぞ。」

 「広い場所で戦うには通常の弓が勝ってます。しかし、防衛戦では絶大な威力となります。」

 さすが、ユリシーさんだ。注文の数で軍が使用すると直ぐに判ったみたいだ。

 「じゃが、モスレムの周囲は安定しておる。カナトールは安定しておらんが、モスレムに攻め込むことは困難じゃ。」

 「モスレムの東にテーバイという王国が出来ました。御后様はテーバイとテーバイの宗主国であるスマトルが戦いを起こすと見ています。テーバイをモスレムと周辺国は応援するでしょう。その時、テーバイ王都防衛戦で使うつもりのようです。」

 

 「テーバイの話は御后様より聞いておる。気の毒な建国理由じゃ。だがそれを食い物にする奴はワシとて許せん。…良かろう。だが2日待て、5個仕上げるからそれでダメだしをして欲しい。」

 ユリシーさんに礼を言うと、チェルシーさんに手を振って会社を後にした。


家に帰ってみると、ディーが1人でテーブルを拭いていた。

 「あれ?皆は?」

 「アルトさん達は、ギルドに出かけました。先を越されないようにって掲示板を見張るそうです。…ミズキ様はリムさんを連れて雑貨屋に出かけてます。」


 そう言って手を休めると、俺にお茶の入ったシェラカップを出してくれた。

 ありがたく頂いていると、扉が開いて姉貴達が帰ってきた。

 「ただいま。…アキト。どう?可愛いでしょ。」

 そう言って、背中に隠れているリムちゃんを前に出す。

 ちょっと、恥ずかしそうに俺を見てるけど、うん。可愛いぞ。

 「良く似合ってて、可愛いよ。…アルトさん達も喜ぶと思うよ。」

 綿のシャツに革の上下だ。フリフリが一杯着いてるし、背中の肩付近に花の模様が3つ着いている。アルトさん達も欲しがるんじゃないかな。

 幅広の革のベルトには後の腰に中位のバッグが付いてるし、右脇には小さなポーチ、そして左脇にはスコップナイフがケースに入れて付いていた。

 武器は、背中に斜めに片手剣を背負っている。剣は初心者用だが、格好は立派なハンターだな。


 「まだ、アルトさん達は帰ってこないの?」

 「どうやら、カルキュルの依頼書をギルドで待ってるみたいだ。」

 「まぁ、アルトさんらしいと言えばそれまでだけど…。その情報は確かなんでしょうね。」

 俺は姉貴に頷いたけど、確約では無い。

 ちょっと不安になってきたぞ。


 「私達は、早速採取依頼を受けたんで、出かけようと思ってるんだけど…。ディーを連れてっていいよね。」

 確かに、ディーを連れてけば周囲1kmの動きがわかるから獣に襲われる危険は全く無い。もし襲われてもディーと姉貴がいればグライザムさえ迎撃可能だ。

 「いいよ。それと、ユリシーさんの了解が取れた。2日で数台作るからダメだしをして欲しいって言ってたよ。」

 

 俺達の会話を聞いていたディーが早速お弁当を作り始めた。と言っても簡単な黒パンサンドなんだけどね。

 出来上がると、テーブルに俺と嬢ちゃんずのお弁当を置いて3人は出掛けて行った。


 さて、アルトさん達は依頼を手に出来るかな。なんてちょっと他人事のように考えていると、トントンと扉を叩く音がする。

 扉を開けてみるとジュリーさんと御后様達だ。早速、中に入れてテーブルに招いた。


 俺がお茶の用意を始めると、ジュリーさんが見かねたように「私がしますわ。」って代わられてしまった。

 「どうじゃ、うまくやっておるか?」

 「はい。お姉ちゃんが一杯いますからね。今は、姉貴と一緒に薬草採取をしてるはずです。」

 「それは何よりじゃ。これで、あの世に行っても友に顔が立つ。」

 でも、それはかなり先のような話だと思うぞ。


 「また、そのような事を申されて…。」

 ジュリーさんが御后様に呟いた。案外、気弱になってるのかな。そんな風には見えないんだけど。

 「所で、婿殿…。例の報酬じゃが、迷っておる。地位、領地、報奨金…。多分全てを否定されるような気がしての。」

 「特に欲しい物が無いことは確かです。俺達は一介のハンターですから、衣食住が足りていればそれ以上望むものはありません。」

 俺の言葉に、やはりのうって小さく呟いた。


 「そうじゃ。これがエントラムズより届いておる。我も1個頂いた。残りは婿殿の取分じゃよ。」

 そう言って小さな革袋を取り出した。

 中を開けてみると、黒いビー球のような物が一杯詰まっている。

 「ザナドウの嘴じゃよ。とんでもない威力じゃとエントラムズの同行した魔道師達が言っておったそうじゃ。」

 やはり、魔石を凌ぐという言葉は本当だったらしい。

 中身は20個以上入っている。俺は2個取り出すと、ジュリーさんの前に置いた。

 「使ってください。1個はマハーラさんに…。」

 ジュリーさんが恐る恐る嘴で作った球体を手に取る。


 「確かに、魔石を凌ぎます。これをこの杖に付けたら…里の長老の持つ杖よりも威力は増すでしょう。でも、宜しいのですか?」

 「ジュリーさんには散々世話になってます。俺達にこれが必要かどうか分かりませんが、ジュリーさんには必要な時が来るかも知れません。姉貴も賛成してくれるでしょう。」

 

 「ホンに欲が無いのう…。それ1つで金貨100枚は下るまい。」

 「その代わりと言っては何ですが…。エルフの言伝えを教えてくれませんか?」

 しばらくジュリーさんは考えていた。

 「エルフ族の言伝えとは、ユグドラシルの事ですね…。」

 俺は小さく頷いた。

 「エルフの里に使いを出して長老の許可を得る必要があります。確約は出来ません。それでも宜しいですか?」

 「それで構いません。」

 これで、少しは情報が手に入るだろう。


 「所で、クロスボーの量産を先程ユリシーさんにお願いしてきましたが、テーバイの独立戦争が早まるとお考えですか?」

 「来年には間違いなく起きる。…父思いの女王ではあるが、我慢の限界はある。そしてかの王国の実権は父王ではなく王子が握っておるそうじゃ。

 そこでじゃ。亀兵隊を倍増する。先の戦による損耗を補って、総勢200とする。また新たな兵の訓練をアルト達にお願いすることになりそうじゃ。」

 

 亀兵隊200人と屯田兵500人を効果的に使えば、結構な戦力になるはずだ。そして相手は海を越えてやってくる。橋頭堡を作っても補給が続かなければそれでお終いになる。


 「じゃが、援助はそこまでじゃ。宗主国からの独立を図ろうとする者達に多大な援助を行なえば、我等が見返りを要求する事になる。王都の貴族達はこぞってテーバイの利権を求めに出かけるじゃろう。モスレムがエントラムズのように貴族を制御出来るのはもう少し時間が必要じゃのう…。」

 

 ということは、亀兵隊の更なる戦力向上を目指すしか無いという事になるのだろうか。

 人的に2倍。それだけではかなり厳しいものになろう。ここは姉貴とゆっくり相談してみるか。

 

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