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#200 絹と商会

 

 昼食を終えて、部屋で休んでいた俺が侍女に呼ばれて入った部屋は…午後のお茶会の席だった。

 だが、参加者に問題がある。

 30人近く、数人ずつの丸いテーブルに座っているのは、着飾った婦女子だったからだ。

 

 「婿殿。こちらじゃ!」

 御后様が、扉の所で呆然と立ち尽くしていた俺に、おいでおいでと手を振る。

 呼ばれて、その席に近づき顔ぶれを見ると、御后様にキャンディ様それにサンドラさんが姉貴と共にテーブルを囲んでいた。

 

 ちょっと濃いメンバーだけど、他に逃げ出す場所も見受けられない。

 進めれれるままに席に着くと、とりあえず頭を下げてご挨拶だ。


 「そんなに緊張なさらずとも…。」

 キャンディ様がそんな事を言って、オホホホ…と笑っている。羽扇で口元を隠すのはお約束だ。

 「この席に殿方を招くのは初めての事ですわ。でも、皆様が是非にと仰いまして…。」

 サンドラさんが俺を見てにこやかに言ったけど、そう言う事なら前例を作らずにいてくれたほうが助かるぞ。

 それに、気がかりな点が1つ。この連中ってどんな人なのかだ。

 

 「サンドラさんのサロンに集まる貴族の婦女子みたいよ。将来の王国を守っていく人達と言えば良いのかしら?」

 「国王の施政は貴族を交えた会議で決められるのが表向きですが、国王の諮問機関として、このサロンがあるのです。サロンに集まるのは、必ずしも貴族とは限りません。ギルド長の奥方、商人の娘さんも混じっています。」

 姉貴の言葉を受けて、サンドラさんが補足してくれる。


 「表向きは、私のサロンが国政を左右すると言われています。でも、国王はサンドラ様にこのサロンを開くように命じたのです。」

 キャンディ様の言葉でようやく納得した。


 表向きは御后であるキャンディ様のサロンに貴族の婦女子は集まる。世間的にはエントラムズで最上のサロンとなる形だ。当然政事の裏取引も頻繁に行われ、それなりに派閥も出来上がるだろう。有力な貴族の夫人は当然の如く夫の意を汲んで御后様に働きかけてこよう。

 そんな場を設けていれば、例え陳情の成果がかんばしくなくとも、ガス抜きには出来る。

 そして、国の行く末を案じる女性だけの集会が、此処で行われている事を隠すカムフラージュにもなる。

 ここでは、下級貴族や平民等の身分を問う者はいない。ただ、国の行く末を案じる者達で構成されているのだ。

 この場で決められた案であれば、流石に国王も異を唱えられないのかも知れない。

 意外とモスレムの武闘派奥さん連中より手ごわいような気がしてきたぞ。


 「さて、皆さんにご紹介致しましょう。ミズキさん達は先程紹介しましたから、アキト様が最後ですわ。」

 そう言いながらサンドラさんは席を立つと、パンパンと手を鳴らした。

 すると、騒がしかった各テーブル席が静まり返り、全員の視線がサンドラさんに集まった。


 「皆さん。ご紹介致しますわ。今回のザナドウ狩りの功労者にして、虹色真珠を得るハンター、そしてレグナスを狩りたる者。モスレムのハンター…アキト殿です。残念ながら、アキト殿にはモスレムの剣姫様が降嫁なされておいでですし、更に許婚の相手もおいです。真に残念な限りですが、将来を楽しみに待ちましょう。我がエントラムズとの縁は切れぬように思います。」


 サンドラさんはそう言うと、俺にスピーチを迫る。

 「え~と…。アキトです。あまり狩りは得意ではないんですが、何時の間にか皆さんと会う機会も出来ました。…モスレムの御后様には何時もお世話に成っていますから、皆さんとの縁もこれが最後とは思えません。その時はどうぞよろしく。…そうだ。取って置きの情報を1つ。来年以降は絹が少し安く手に入るかも知れません。これは、国王の英断によるものです。」


 短いスピーチを終えて席に座ると、早速数人のご夫人が俺の所にいらっしゃった。

 「私共の主人は織物の販売を手がけています。先程のお話は主人より聞いてはおりませんが、アキト様の情報源をお聞かせくださいませ。」

 ちょっと困って姉貴を見る。姉貴は知らんぷりをしてる。


 「ミズキ殿。そう無視せずとも、そろそろ計画を話してくれても良かろうと思うのじゃが…。」

 「そうですね。…モスレム、エントラムズ、サーミストそれにイゾルデさんの故郷アトレイムの4カ国で商会を作って頂きます。儲けは商会への出資率により分配すればいいでしょう。扱う品物は相手国と交渉になりますが支払いは絹として頂きます。そうすれば今までより遥かに安い価格で絹を手に入れられるでしょう。

 

 姉貴の言葉に誰も声を出さない。絹の取引は御用商人の独占なのは皆が知っている。

 1人の婦人が席を立った。

 「1つよろしいでしょうか。絹はスマトル王国の特産品。たとえ商会を設立したとしても、それによる値段の下げ幅は微々たるものではないのでしょうか?それに、新規に参入するとなると御用商人の妨害も無視できません。」


 「商会の取引先はスマトル王国ではありません。テーバイ王国になります。しかも輸送は海上ではなく陸路。新興国のテーバイは最初はスマトルと交易を進めると思いますが、直ぐに私達の商会を選ぶでしょう。

 ということで、御用商人の交易国とは異なる相手ですので、無用の軋轢を生じることもありません。」

 姉貴が疑問に答える。

 

 「さすがよのう…テーバイにザナドウ1匹分の肝臓を提供することで、今後の取引を有利に運ぶとは。じゃが、その先があるぞ。それはどのように回避するつもりじゃ。」

 そういえば、ラミアさんが言ってたな。多少不利でもしばらくはスマトルと交易が続くと、そして王が代わればその限りで無いと。

 そして、その時にテーバイを植民地と考えるスマトルが攻め入ることは有り得ることだ。

 

 「バルバロッサの東に作る砦は本格的なものです。そして、そこの開拓に携わる人も増えていきます。となれば、亀兵隊の増員も考えられますね。テーバイの危機には亀兵隊を派遣すれば十分です。」


 「たぶん駐留する亀兵隊の半分で良いじゃろう。4カ国で武装開拓団を組織するつもりじゃ。各国共に兵の老後の保障は頭の痛い話じゃ。」

 モスレムだけでは広大な土地を開拓する事は困難ということか…。屯田兵のシステムは戦乱の種がある地方では有効だが、彼らは税金を納入しない。戦に参加する事で帳消しにしているのだ。モスレムの利益にはならないんじゃないかな?


 そんなんで良いの?と、姉貴に聞いてみた。

 「衣食住が全て整う訳じゃないわ。そこには商人が出入りするのよ。そこに利益が生まれるの。そして彼らの作物からもね。屯田兵は直接的には税金を払わないけど、物の売買によって商人から税金が間接的に取れるのよ。」


 「となれば、アトレイムに話を付ける必要がありますね。」

 「明日、イゾルデさんがサーシャちゃんとミーアちゃんを連れて里帰りをするわ。お土産を持ってね。それで、話は付くはずよ。」

 俺の言葉に姉貴がすかさず応じた。


 「となると、嘴が1個残るの…。どうするのじゃ?」

 御后様の言葉でピンと来た。

 お土産はザナドウの嘴と肝臓だ。1本残ると言う事は、もう1本はテーバイにあげるつもりなんだろう。

 売るか?と考えた時に、良い考えが閃いた。


 「切断して宝玉に加工しましょう。噂では魔石より上だと言ってます。今回のザナドウ狩りの参加者に1個ずつ記念に渡すのも良いでしょう。」

 「ザナドウの嘴を魔道師の杖に着けられるなんて夢のようです。」

 俺の言葉にキャンディ様が嬉しそうに呟いた。

 「頼めるか?」

 「もちろんです。王都一のドワーフに頼みます。姉様はモスレムでお待ちください。」

 

 ふ~む。となると、俺達はこれでようやく帰れるのかな?

 なんか、マケトマムから随分遠回りしているような気がするぞ。

 

 「そうじゃな。ネウサナトラムで待つとする。イゾルデ達は隣国訪問じゃ。我もミズキとアルトと共にモスレムの隣国を訪ねるとするかの…。」

 ん!…となると、残ってるのは俺とディーじゃないか。


 「「残念じゃが、我のシルバースターの乗員は2人じゃ。アルトのアルタイルにはザナドウの肝臓と嘴を積むので婿殿は乗れん。のんびりネウサナトラムで我等の帰りを待つが良い。」


 まぁ、たまには良いかもね。

 「大人しく釣りでもしながら待ってます。」

 と言っておく。

 

 「あのう…お話しを変えて申し訳ありませんが、大臣の取巻きの貴族達はどうなったのでしょうか。私達夫婦の付き合いはありませんが、子供はそうではありません。」

 遠くのテーブルから1人の婦人が立つと、おずおずと俺達に問いかけた。


 「国外追放と致しました。一介の平民として暮す道が残されています。唯、モスレム、サーミストそれにアトレイムは受け入れを拒否するでしょう。残る道はカナトールですね。」

 キャンディ様が告げた。

 「さらに今朝早く、貴族が数家王都を出発しました。目的はザナドウ狩りですが、どうもザナドウの生息する南西方向ではなく、アトレイムに落ちるようです。

 ということで、皆さんのチャンスが生まれます。王は計画通り貴族制度を1代限りと宣言しました。3年後の試験で、私達も表に出る事が出来ます。」


 「ふ~む。やはりエントラムズに先んじられたようじゃ。我がモスレムはどうするか、早よう王都に戻って王とトリスタンに図らねばなるまいて。」

 そう呟いた御后様はお茶のカップを持って遠くを見つめていた。


 そんな堅い話は此処まで、後はどんな獣を狩ったのか。狩りにどんな工夫をしたのかを聞かれるままに話してあげた。

               ・

               ・



 そして次の朝、俺達はパロン家を後にする。

 イゾルデさんはサーシャちゃんとミーアちゃんを連れて故郷に里帰りだ。さぞかし、アトレイムに衝撃が走るだろう。ザナドウの嘴、肝臓そして絹の利権…。さてどんな答えが返ってくるか楽しみではある。

 俺は、御后様とアルトさんそれに姉貴とディーと一緒にモスレムの王都に行って、その後はのんびりとネウサナトラムにディーと一足先に帰還する。

 姉貴達はテーバイ王国に届けものだ。

 ラミア女王も喜ぶだろう。ザナドウ1体分の肝臓でどれだけの国民が癒されるのだろう。そして、それは将来も届けられる可能性があるのだ。


 馬車2台に分乗して俺達はパロン家の門を出た。門までサンドラさんが出て俺達の馬車に手を振ってくれる。

 そして、東西の街道まで来ると馬車は左右に分かれて進む。

 ミーアちゃんに窓から手を振って分かれると東の楼門が見えてくる。そこには、ケイロスさん達の部隊が勢揃いして俺達に最敬礼をして別れを告げてくれる。

 短い間だったけど、老武人たる姿勢は感心してしまう。何となくセリウスさんにも似ているような気がする。


 途中、王都で姉貴達と分かれて、サナトラムまで馬車が進む。

 サナトラムの宿の前で馬車を下りると、御者に礼を言ってギルドにディーと歩いて行く。例え明日には町を出るとしてもギルドに到着を告げねばならない。そして明日には町を出る事も…。

 

 ギルドで手続きを終えると、ディーと短い旅の始まりだ。

 次の朝、朝食を食べて直ぐにノーランドへ向う街道を歩き出す。

 季節は春になっていた。町の周囲に広がる畑の耕作にいそしむ農民の姿も多い。途中の一里塚の休息所で適当に休みながらアクトラス山脈の緩やかな山道を上っていった。

 山の森の手前にある広場でその日は野宿をすると、次の日の昼過ぎにはネウサナトラムの村に着くことが出来た。


 早速、ギルドに向かい、シャロンさんに到着の手続きをする。

 「アキトさんとディーさんですね。…あれ?他の人は一緒じゃなかったんですか??」

 「それが…姉貴達は東に行ってるし、ミーアちゃんたちは西に行ってるんだ。俺とディーだけ、一足先に帰ってきたんだけど…。」

 「分かりました。皆さん無事なんですね。御后様が一大事じゃ!って出かけて行ってから大分経つので心配してました。」

 「まぁ、色々あったからね。その内話してあげるよ。」

 そう言って、自分達の家に向った。

 通りの脇にある石造の口に鍵を入れると、林の立木が退いて石畳の道が現れた。

 ゆっくりと小道を歩く。そして懐かしい我が家の扉を開けた。

 

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