#199 追われる貴族達
次の日、朝食を終えて客間でくつろいでいると、侍女が迎えの馬車の到着を知らせに来た。
「さて、出かけようかの。」
御后様は、どっこいしょと言いながら席を立つ。俺達も御后様の後に続いて部屋を出た。
「サンドラ。…後は頼むぞ。」
「分っております。昼過ぎの茶の席で今後の対応を図りますわ。」
何か怪しげな会話だけど、ここはスルーしておこう。後で姉貴に聞けば概略はおしえてもらえそうだしね。
サンドラさんと侍女の見送りを受けて、俺達を乗せた馬車は王宮に向かった。
王宮に着くと、ケイロスさんの副官が玄関先で俺達を出迎えてくれた。
「では、参りましょう。」の声で、彼の後に続いて謁見の間に至る階段を上って行く。
謁見の間の扉を警護する近衛兵は、俺達の到着をまって大きな扉を開けてくれる。
広間に俺が足を踏み入れると同時に、扉の傍に待機していた役人が、良く通る大きな声で俺達の来訪を謁見の間に列席した者達に告げる。
俺達は、絨毯を踏みしめて、玉座前に歩いていき、玉座の前にある大きな四角い絨毯の所で横に並ぶ。
気のせいか、前に訪れた時よりも居並ぶ重鎮の数が減っているように思える。
再び、来訪を告げる声がして、俺達の後ろにハンターと兵士が14人並んだ。
俺達が全員揃った事を、ケイロスさんが壇上に上がって王様に耳打ちする。
王様は小さく頷くと、玉座から立ち上がる。
「よく戻って来た。流石はモスレムの誇るハンターだと思う。そして、その手助けになれる者達がわが王国に16人もいる事を我は誇りに思うぞ。」
「モスレムの山間部でザナドウを狩った時の嘴と肝臓の売り上げは、1人金貨28枚であったと聞く。今回のザナドウ狩りによって我が国にもたらせる利益は嘴6個。肝臓が1体分だ。単純に比較は出来ないが、売却利益は莫大である。よって、1人に付き金貨40枚を取らせる。」
王様が俺達にそう言うと、列席した貴族の1人が転がるように進み出た。
「おそれながら申しあげます。1人40枚の金貨は余りにも破格でございます。彼等の総数は24名。960枚の金貨となると、我が国の今年の支出予定である金貨5,000枚の2割にもなります。他の施策に影響が及びかねません。」
絨毯の毛の中に顔を埋めるように平伏しながら王様に進言する。
「ギュンターか…。財務官である御主の言う事も最もではある。だが、昨夜我に多大な寄付が届いたのだ。そして、今年度より中級以下の貴族に宛がう金貨も減らすことが可能となった。
後で正式に書面を届けるが…およそ、10,000枚の金貨が国庫に入る。」
王様は玉座に座りなおすと、平伏し続ける貴族に告げた。その言葉にガバって顔を上げると、訝しげに王様を見ている。
「理由をお聞きして宜しいでしょうか?」
「大臣を追放した。館に残った財宝が国庫に入る。」
王様の一言に謁見の間が騒がしくなる。
「静まれ。まだ報奨を与えておらぬ。…報奨を先ずは与えようではないか。」
王様は傍らに控えていたケイロスさんに小声で指示した。ケイロスさんは頷くと、一歩前に出る。
「報奨金を持て!」
近衛兵が銀のトレイに乗せられた皮袋を持ってやって来た。
ケイロスさんが壇上から下りて来て、俺達の後ろに並んだハンターと兵士達に皮袋を1個ずつ「ご苦労だった。」と労いの言葉を掛けて渡していく。
そして、俺達の番になったが、姉貴が代表して辞退する。
「私達の報酬は頂いております。狩ったザナドウの肝臓を半分。それで十分です。」
「それは困ったのう…。それなら、ザナドウの嘴を1体分と、我が王国の取り分である肝臓の半分を持って行くがよい。」
「少々お待ちを…。それだけの至宝ですと、金貨1,000枚を下りますまい。それは我が国の至宝として彼等には応分の報酬で良いと考えますが…。」
貴族の1人がとんでもない事だと言う様な顔をして、数歩王様の前に進み出て進言する。そしてそれに数人の貴族が追従して進み出た。
「確かに至宝ではある。だが、これは単なる宝玉ではない。モスレムよりもたらされたザナドウの肝臓により、王都の多くの臣民の命が救えたことも確かだ。
彼等が何故、肝臓を欲したか…。それは、テーバイ王国の救済だ。そこには一切の利益は絡んでおらん。
他国の救済に動くのも、我が王国の使命だとは思わんか?」
「それは、その王国が抱える問題でしょう。我が国の至宝は我らの物。我らで分かち合うのがスジと考えますが…。」
王様の前に進んだ貴族は、尚も言いつのる。
「もう良い…、ケイロス。こやつらにザナドウ狩りの投槍を与えよ。
サムエル。そしてサムエルに同調した者達は、その槍を持って南西の山脈に赴きザナドウを狩れ。まだ沢山いると聞いたぞ。狩ったザナドウをどう使おうと御主の好きにいたせ。
彼らは15日もかけておらん。2倍の一月の裕度をやろう。一月過ぎて帰らぬ時は、館と荘園は国庫に取り入れる。」
近衛兵が数本の投槍を持って来ると、彼らに1本ずつ与えた。
「我等は貴族ですぞ。狩りなぞハンターがすべき事。我等は彼らの狩った獲物を上納させれば良いのです。」
別の貴族が言った。
「では、そうするが良い。期間は一月。早く、ギルドに出かけるのだな。」
「出かけずとも、此処にいるではないですか。…おい、お前達。再度狩りをして我等にザナドウを届けるのじゃ!」
先程の貴族が俺の前に来て命令する。
「依頼を受けるか否かは、我等の判断によるもの。命令で動くものではありませんが…。」
「何だと!」
俺の言葉に、顔を真っ赤にして声を荒げる。
「頑張って、ザナドウを狩ってください。南西の名も無い村から山に入り3日も歩けば見つけることが出来るでしょう。」
俺の言葉に余程頭に血が上ったのだろう。俺に詰め寄った貴族はいきなり腰の剣を抜いた。
ズン!っと鈍い音が謁見の間に広がると、貴族の手が剣と共に床に落ちる。
ウギャァァー!
大声で叫びながら、切断面を手で押さえながら貴族は床を転げ回る。
「見苦しい…。タレットの穴にそのままぶち込め!」
王様の一言に居並ぶ貴族達に動揺が走る。
1人の老貴族が王様の前に進み出た。
「王様…。タレット刑は厳罰ですぞ。なにとぞ罪を減じて頂きたい。」
「ゲルフィム、確かに御主の言う通りだ。だが、コヤツは我が姪が降嫁した相手に剣を向けたのだ。
幸い、姪がいち早く腕を落とした為に大事に至らなかったが、危うくモスレムと戦になるやも知れぬ出来事だ。
タレット刑以外に、コヤツのしでかした罪を償わせる方法が見出せぬ。」
老貴族はしばらく考えていたようだったが、静かに顔を王様に向けた。
「一族を挙げてザナドウ狩りをやらせるのが良いでしょう。他の4貴族の一族を合わせれば総勢で30人は優に超えます。狩れば獲物は彼らのもの。そして、現時点で彼らの財産を全て没収するが良いでしょう。無論、ザナドウ狩りの予算は与える事です。金貨を各人に1枚…。我等は彼らの帰還を待つことに致しましょう。」
「ザナドウ狩りの成功により罪を許すと言う事か。確かにタレット刑は残酷だ。それで良い。」
王様は老貴族に頷いた。
「外に、我の裁断に異論のあるものはおるか…。では、そのように致す。」
王様の言葉が終るのを待って、ケイロスさんが部下を指図して貴族達を連れ去る。
「では、我等はこれで失礼致します。」
俺がそう言うと、全員が王様に一礼して部屋を出て行く。
「アキト殿、しばしお待ちを…。」
ケイロスさんの言葉で下がりかけた俺達はその場に立止まった。
「まぁ、そんなに急くな。せっかく来たのだ。ゆるりと致せ。」
「あまり利用されたく無いのじゃが…。」
王様に御后様が応える。
意外と、御后様って兄が苦手なのかも…。
「そう言うな。お蔭で、役に立たぬ貴族を10人近く王都から追放出来たのだ。確かに少し利用させては貰ったが、他意は無いぞ。」
王様は御后様をなだめるように言った。
「しかし、我が国の貴族がだいぶ少なくなりましたぞ。かれらが役目はいかが致しましょうや?」
「今の王宮には各家より1人を登用している。これを拡大する。優秀なものなら次男、三男…女子でも良いぞ。停滞した施政を改革するには良い機会だ。
そして、3年後より全ての役職は試験で決める。永代貴族はお前達が最後だ。3年後からは全て、一代限りの貴族とする。」
残った貴族達は驚愕の表情に変る。
「我は建国時に王族を助けた一族の子孫ですぞ…。それを…。」
「それは先祖であって、お前ではない。子孫が何時も父祖の能力を持っている訳ではないのだ。
先程の貴族を見ろ。自分の事のみ大事と考えておる。建国時にはそのようなものはおらなかったはずだ。
貴族は、我等王族と民衆の中間に位置する。民の意見を吸い上げ、我の施政の方向性を正す。それが役割ではないのか?」
王様の言葉に、謁見の間が静まり返る。
「判りました。とりあえずは我等の中より2人目の登用をお許し頂けるのですな。そして、3年後に役職を試験で決めなさる。…我等の所領はどうなるのででしょうか?」
「お前達の所領は父祖より代々伝わるもの。それは我にも手を出しかねる。貴族の称号無くして所領を経営するのも良いだろう。」
王様が老貴族に言った。
「我等所領を持たぬ貴族は如何にすれば良いのでしょう。もしも、試験に落ちる事あらば、路頭に迷う事態になりまする。」
「ならば、頑張る事だ。少なくとも、お前達を路頭に迷わせる事は無い。試験の結果に見合った役職を与える。」
王様の考えている事は科挙の試験みたいな気がするぞ。それはそれで問題があると思うけど、少なくとも永代貴族の横暴と施政のマンネリ化はしばらく防ぐ事が出来るだろう。
「しかし兄様も思い切ったことをする。これはモスレムも少し考えるべきじゃな。」
御后様が考え深げに言った。
「でも、モスレムの貴族の態度は例の事件でかなり改善しておりますよ。」
「まだまだじゃ。少なくとも後10家程は潰さねばならぬ…。」
イゾルデさんにアルトさんが呟いた。
「しかし、モスレムは凄いな。稀代のハンターと縁戚となり、そのハンターの働きで20倍の敵を寄せ付けず、さらには敵対した王国と友好を結ぶなぞ、とても我が国では真似の出来ぬ話だ。」
「ほほほ…全ては縁よのう。我も退屈はせんで済む。じゃが、もう一体の肝臓の半分を我等に託すのは、テーバイとの繋がりを得たいが為じゃな。その英断は後の臣民に喝采されようぞ。今は言えぬが、直ぐに分かる。」
御后様の言葉を聞いて王様はニコリと笑う。ひょっとして、テーバイの産業を知っているのだろうか?
「さて、では引き上げようかの…。兄様、くれぐれも短慮はせまいぞ。兄様が出来ねば、王子がその意を継ぐであろう。そして困る事あらば、我の婿殿を頼るが良い。」
そう言って御后様は先頭に立って謁見の間を立ち去ろうとした。
「待て、そう急ぐな。…確かに頼る事があろう。これを渡す。」
王様は自分の腰に差した短剣を鞘ごと引き抜くと、俺に向けて放り投げる。
「これは…。」
「我が父王より頂いた短剣だ。その鞘の紋章を見せれば如何なる時でも王都と王宮の門は開く。」
「ありがたく頂戴します。」
そう俺が頭を下げると、軽く王様は頷いた。
王宮の玄関先には馬車が停めてある。そして、荷台には大きな包みが2つ。ザナドウの嘴と肝臓の半分だ。
俺が最後に馬車に乗り込むと、静かに王宮を馬車は離れていった。