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#193 長老の教え

 

 此処は何処だ…さっきから白い空間を彷徨い続けている。

 明るいけれど、靄のような物が周囲を渦巻いている。遠くも見えないけれど、足元だって怪しい限りだ。

 いったい何時から歩いているのかも思い出せないのが不思議だ。


 「しばらくじゃの。」

 靄の中から人影が現れ、俺の前で止まった。

 現れたのは、カラメル人…しかも、この風貌はリオン湖の長老だ。


 「お久しぶりというか…奇妙な所で会いましたね。」

 「確かにのう…。」

 そう言って、長老は腕を一振りする。すると、靄が晴れて俺達の庭先が現れた。

 まだアクトラス山脈が白く覆われているがリオン湖の氷は融け、周辺の森や荒地には若葉が芽吹いているようだ。

 「少し、座るがいい。」

 俺達は、丸太を組み合わせたようなベンチに座る。


 「此処が、何処か分るかの?」

 「俺達の住むネウサナトラムの家じゃないですか。」

 「まぁ、周囲の風景はそうじゃが…此処は御主の心象世界じゃよ。…ちょっとした、アドバイスにやって来た訳なんじゃが…。御主何処まで覚えておる?」


 ん!…何処までって、ずっと歩いていたような気がするぞ。

 でも、長老が言うのは、その前の話だよな…。

 たしか…、そうだ。エントラムズの練兵場で、ケイロスさんと戦っていたんだ。

 お互い剣を捨てて、体術勝負に出たんだよな。そして、俺に向かって繰り出された拳を俺も拳で打ち合ったんだ。

 それで勝負は決まったはずだ。ケイロスさんは俺に笑うと沈んだから…。

 その後は、確かロイヤルボックスに歩いていったはずだが…その先の記憶が無い!


 「瞬間的に気を練って拳を通して相手に発動させるとは、だいぶ上達したのう…。じゃが、相変わらず全量を放出する癖が治らん。そこでじゃ、面白い訓練を教えてやろうと思うての。」

 

 そう言って長老は【メル】と呟くと小さな炎弾を作りあげた。

 「此処までは御主も出来るじゃろう。じゃがのう、気を使えばこのような事も出来るのじゃ。」

 そう言うと長老は炎弾に気を送る。すると、ソフトボール程の炎弾がみるみる小さくなってゴルフボール位の大きさになった。

 「直径を半分にすれば、この炎弾の持つ熱量は4倍になる。更に小さくすればそれなりに威力が上がるぞ。逆も可能じゃ。」

 今度はバレーボール程の大きさに変化した。

 「魔法力をつぎ込めば、大きさに応じた破壊力になるが、御主の魔法力では考えぬ方がよい。じゃが、大きさを変えるだけでも応用は広がるじゃろう。」

 確かに色々と役立ちそうな気がする。


 「そして、思い通りに気の使用量を制御する事を覚えよ。さすれば自分の意識を無くすまで気を放出する事も無かろう…。」

 そう言うと、長老の姿と、リオン湖の風景が靄の中に隠れていく。

 全てが靄に包まれると、段々と辺りが明るくなっていく。

 遠くから聞き覚えのある声がする。その方向を目指して歩き出した。

               ・

               ・


 「…アキト…アキト…。」

 ガバって、上半身を起こす。足元で布団に絡まっているのは…姉貴だ。

 「急に起きないでよ!危なくぶつかるとこだったよ。」

 もぞもぞと布団から這い出してきた姉貴が俺に小言を言う。

 

 「夢か…。」

 「ん?…何の夢を見ていたの?」

 俺の呟きを耳にした姉貴が聞いてきた。

 「あぁ、カラメルの長老に合っていたんだ。リオン湖の春の中でね。」

 「不思議ね。でも、意外と何時も私達の事を見守っているような気がするわ。…そうだ。アキトが起きたら、連れてくるように言われてるのよ。さぁ、準備して!」

 

 急いでジャングルブーツを履いて、装備ベルトを腰に着ける。そして姉貴の後に付いて小部屋を出た。

 もう、夜なのか廊下には光球が等間隔で浮かんでいる。長い通路の先にある階段を上り、先ほどよりも少し広くなった廊下を歩いて、近衛兵の立つ扉の前に来た。


 「皆さん御食事が終わったところです。さぁ、お入り下さい。」

 そう言って近衛兵が扉を開けてくれた。

 部屋の中の大きなテーブルを囲んで王様達がお茶を飲んでいた。

 アルトさんとディーもいたけど、驚いた事にケイロスさんまでテーブルに着いている。


 「やっと起きた様だね。皆が心配していたぞ。さぁ、座ってくれ。」

 侍女が王様の対面にある椅子を引いて俺達の座る席を示してくれた。

 「食事は直ぐに用意させる。…しかし、驚いた。」

 王様は余り驚いたような顔をしていない。どちらかというと嬉しそうな顔だ。

 

 「王は、昼過ぎの賭けで大金を手にしたのが嬉しいのですよ。困った人です。」

 御后様が少し困ったような顔で俺達に教えてくれた。

 「嬉しくも成るじゃないか。11倍の配当だぞ。…これで王都だけでなく、少しは町村の孤児にも援助する事ができる。」

 そういえば、そんな事を言っていたな。いつもこんな事をしないでちゃんと援助すればいいのに何て考えてしまった。

 

 「確かに、アルト様とディー様、それにミズキ様の技量を全て可能とした者は、10人もいなかったでしょうな。ましてやアキト様の爆裂球を300D程投げるというのは王1人であったはずです。」

 「20倍の敵を破った事が少しは現実味を帯びて信じられるようになったよ。…それに最後の試合は見事だった。あれを見せられたら王都で逆らう者はいないはずだ。そしてどんな場末の酒場でもタダで飲ませてくれると思うよ。」

 「ワシは未だに信じられぬ。剣で負けて、体術で負けたと思うと、まだ引退は出来ぬ。後輩の指導とうつつを抜かずに自らの修行をすればと反省しておる。」

 ケイロスさんの口調は、後10年若ければという感じで聞こえてくるぞ。


 侍女達が俺と姉貴の為に運んできた料理は、デラックスな肉料理だ。フランス料理みたいに次々と料理皿が運ばれてくる。

 食べてみると、凄く美味い。もしゃもしゃと頂いていると王様が口を開いた。


 「実は、問題が出てきた。…問題かどうかは微妙なのだが、ザナドウ討伐の参加希望者が多すぎる。何とかならないものかと悩んでいるんだ。」

 「投槍は我が参加する。残りの枠は後1人、だが、希望者だけで50人を超えている。」

 「魔道師もです。2人の内1人は私が行きます。でも、残り枠に30人以上が応募していますし、今も増え続けています。」

 「それと、もう1つ分ったことがある。…どうやら、目撃されたザナドウは複数いたらしい。生還した者に再度話しを聞いたところ、目撃したザナドウは2つの群れ。彼等は3頭の群れを襲い、そして逆襲された。」


 姉貴が王様の言葉を聞いて、吃驚したらしく口に入れていた食べ物を噴出しそうになった。

 慌ててナプキンで口を押さえている。


 「ちょっと面倒ですね。概略の場所を教えて貰って、先行偵察をする必要がありそうです。」

 姉貴は口元を拭きながらそう言った。

 「参加者の選考も必要ですね。槍はアキトに任せます。例の投槍も作るんでしょう。魔道師は御后さまと相談します。」

 「ちょっと、待った。俺だって相談する人が欲しいぞ。」

 「ワシが相談に乗る。武器を作ると言ったな。明日、パロン家に迎えに行く。」

 お願いしますと丁寧に頭を下げる。

 試合に負けたことにこだわらない人で良かったと思う。


 俺と姉貴が食事を終え、ゆったりとお茶を頂いたところで王宮を辞してパロン家に帰った。

 大きな客室に戻り、早速小さなテーブルを挟んで並んでいるソファーに座り込んで今後の相談を始めた。


 「やはり、先行偵察は必要だわ。ディーお願いできる?」

 「はい。王宮で聞いた話ですと、南西の山脈にいるという話です。早速出かけますが、注意する事はありますか?」

 「出来れば概略の地図が欲しいところなんだけど、大丈夫かな?」

 「問題ありません。では、2日程留守にします。」

 ディーはそう言って、窓からピョンっと飛び出して行った。


 「1人で大丈夫かな?」

 「1人の方が安全だわ。誰かを連れて行くと、その人のお守をしなくちゃいけないもの。ディーの身体能力は人間と全く違うのよ。人間に合わせて偵察するより1人の方が安心して素早く作業を進行できると思う。」


 そんなもんなのかな。泉の森の南を偵察した時一緒に行ったけど、確かに俺ってお荷物だったような気がするけどね。


 「所で、応募者の選考をどうするのじゃ。…早くしないと暴動にも発展しかねないような顔を叔父がしていたのじゃ。早めに何とかしてあげたいのじゃが。」

 暴動は大げさだけど、確かに問題だよな。

 「選考会を開けばいいのよ。」

 「「選考会?!」」

 姉貴の言葉に、俺とアルトさんが声を合わせる。


 「投槍は飛距離と命中精度、それに威力で決めればいいわ。魔道師も同じように決められると思うしね。最終選考は皆と相談するとして、5人程度に絞る選考をしましょう。」


 確かに、投槍はそんな感じで決めればいいな。

 明日やってくるケイロスさんに相談してみよう。

              ・

              ・


 次の日、俺を訊ねて来たケイロスさんは立派な馬車でやってきた。

 「ミズキ様には後程、御后様の迎えがやってまいりますのでご準備を…。」

 そうケイロスさんの副官が姉貴に伝える。

 俺は、副官とケイロスさんの待つ馬車へと向った。

 

 「武器を造ると言っていたな。武器屋に先ず向かってみるか。」

 ケイロスさんが窓を開けて御者に武器屋へと指示する。

 「近衛兵御用達の店だ。支払いは全て国が持つ。…ところで何を造らせるのだ?」

 「投槍です。ザナドウ狩り専用のね。」

 

 「通常の投槍では間に合わんのか?」

 「はい。ザナドウの外套膜は極めて厚い筋肉の塊です。それを貫通するだけの穂先が必要です。」

 

 そんな事を話していると、馬車が止まった。

 俺達は馬車を下りて、剣の交差した看板のある店に入る。

 店は2階建ての石造りだ。さすが、近衛兵御用達だけあって重厚な店構えになっている。

 俺達3人が入ると、早速店の主人が飛んできた。腰の低い中年の男がこの店の主人らしい。

 「これは、ケイロス様。この度は何をお探しですか?」

 「この男が依頼主だ。投槍を探しているという。扱っている投槍を見せてやって欲しい。」

 主人がパンパンと手を叩くと若い男がやってきた。男に素早く指示を与えると、俺達に窓際にあるソファーを勧める。

 「直ぐにご用意いたします。しばらく此処でお待ちください。」

 小さな女の子が俺達にお茶を運んできた。

 俺達の前にある小さなテーブルにお茶を並べる。


 「もうだいぶ良くなったようだな。」

 「はい。おかげさまで…一時は私も諦めていたのですが、あの一切れがこれ程効くとは思いませんでした。」

 「礼はこの男に言った方がいい。彼はアキト…。聞いた事があるだろう?」

 「では!このお方が…有難うございます。」


 いきなり店の主人が俺の前に跪く。

 俺は吃驚してケイロスさんを見た。

 「先程の娘も、病で臥せっていたのだ。この国にもたらされたザナドウの肝臓は極僅かだ。だがそれは王都の多くの命を救ったのだ。」

 

 「あれを狩ったのはたまたまですから、そんな事はしないで下さい。それより今日来たのは…。」

 「分かっております。ザナドウを狩る武器を仕入れにでしょう。唯…その話を聞いたハンター達がザナドウを狩りにこの店で装備を整えて出掛けて行きました。何れも最上の武器を用意いたしましたが、帰ってきたのは3人です。」

 

 主人は心配そうに俺の様子を覗う。

 「ザナドウを狩るのには、それなりの武器が必要です。もし、ここに無ければ、造っていただきたいのですが、可能でしょうか?」

 「どんな特注にも応じる事が出来ます。…ところで、先程投槍と言われましたが、その他の武器は必要ないのですか?」

 「武器ではないんですが、もう1つ作って頂きたい物があります。筆記用具があればお貸しください。」


 早速、紙に投擲具の図面を描く。要所の寸法を書いて、槍の石突部分を保持する突起は金属製の金具にする。

 「これを10個、投槍とは別に製作してください。」

 俺が図面を主人に渡すと、ケイロスさんが不思議そうな顔で図面を見ている。

 「これも、武器なのか?…とても武器には見えぬが。」

 「狩りに必要な道具です。」

 と応えておいた。

 そんな話をしていると、数人の男が投槍を持って俺達の前にやってきた。


 「さて、投槍にも種類があります。どれをご用意致しましょうか?」

 主人の言葉に、1本1本投槍を見ていく。

 どれも穂先が短い。長いものでも30cm程の穂先だ。これでは、ザナドウの外套膜を付き抜く事は困難だ。

 穂先を別にして、柄の握りと全体の長さから1本を選びだした。


 「この投槍でいいでしょう。2つ改造してください。穂先ですが、長さを3Dとしてください。そして柄の尻には親指の爪半分が隠れるほどの丸い穴を開けてください。全体の長さはこの投槍の長さで問題ありません。」

 穂先が3Dと聞いて主人とケイロスさんが驚いた。


 「3Dだと!」

 「はい。ザナドウの皮の厚さは1D以上あります。この穂先では皮すら突き通せません。」

 「分かりました。それで何本入用ですか?」

 「20本用意してください。…そうだ!穂先はこんな鋸のような刃を付けられませんか?その方が外れなくていいんですが。」

 「承りました。10日待って下さい。お届け先は近衛兵の兵営で宜しいでしょうか?」

 「いや、ワシの執務室に運んでくれ。」

 

 そう言ってケイロスさんは席を立った。

 俺達は武器屋の主人の見送りを受けて帰ることになった。

 「アキト殿は予定がお有かな?」

 「いえ、特にありませんが…。」

 「では、我等に付き合って欲しい。例の選考で近衛兵達の隊長が言い争っているのだ。出来ればよい案を提示願いたいのだが…。」

 

 そんな訳で、俺はケイロスさんの執務室にお邪魔する事になった。

 選考会については、姉貴から知恵を付けて貰っているから、場合によってはその案を出しても良いだろう。

 

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