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#189 エントラムズへ

 

 姉貴と部屋に引き上げて、ベッドに寝ても中々眠れない。

 隣で寝息を立てている姉貴は、余程疲れたんだと思うけど、俺はギルドから帰って来た御后様の話が気になって仕方が無かった。


 「カナトールで革命が起きた…。王族と有力貴族は首を刎ねられ王宮の門に晒されておるそうじゃ。」

 宿の食堂の奥でテーブルを囲んでいた俺達に、御后様はそう言った。

 「自業自得じゃ。それで、誰が継ぐのじゃ?」

 「判らぬ。これだけの兵を動かしたのじゃ。財力もかなり消耗したじゃろう。末の王女だけは行方不明と聞く。上手く逃げおおせると良いのじゃが…。」


 アルトさんの質問にも、御后様は応えていない。唯思いを呟くのみだった。

 「カナトールに領土を接する王国同士で協議が始まるでしょう。分配、傀儡、自冶…いずれにせよ、カナトール王国は滅亡です。」

 ジュリーさんが替わって応えていた。


 王国だと言っても、国政を誤れば民衆の怒りを買う事になる。戦の失敗だけでは無いのだろう。圧政もあったはずだ。

 しかし、次のカナトールをどうするかを考えられる人物がいないというのは残念な限りだ。

 モスレムは今の所問題はない。

 王宮の人間も気さく過ぎる位で、常に民衆を考えながら国政を行なっている。

 しかも、王族をかなり自由にさせているのは、意外と民衆の側に立った国政を考えさせる為なのかも知れない。サーシャちゃん、アルトさん、イゾルデさんそれに御后様も、何時も王都を留守に出歩いているように思えるぞ。

 でも…。王家は絶対ではないんだな。意外と王家が恐れるのは、他国の軍隊では無く、自国の民衆なのかも知れない。


 「ねぇ…起きてる?」

 姉貴の声に隣に顔を向けると、姉貴がパッチリと目を開けていた。

 「うん、起きてるけど…。」

 「まだ、1月の終わりよね。ネウサナトラムは雪の中だよ。アルトさん達のガルパスは行けるのかな?」


 そうだった。…ガルパスは亀だ。変温動物は冬眠するぞ。ミーアちゃんも朝はチロルの動きが鈍くなるって言ってたな。という事は、大雪に見舞われているネウサナトラムにはガルパスを連れては行けないぞ。


 「御后様は村は大雪だって言ってたよね。だとするとガルパスは無理だと思うよ。…だとしたら、ちょっと他の国へ出かけてみるのも良いかもね。」

 「だよね。何処がいいかな…。」

 姉貴の返答が無いので隣を見ると、既に姉貴は寝入っていた。ホントに寝入りが早い。


 次の朝、朝食後にお茶を飲んでいた時だ。

 「これから、ネウサナトラムの雪が消える4月頃まで旅に出ます。希望はありますか?」

 「旅かの…。それも良いじゃろうのう。じゃが、それは婿殿達で行って参れ。残念じゃが、アンは援軍をサーミストに返さねばならん。それにはジュリーも同行する。そして、我とサーシャは王宮でせねばならない用件が出来た。ミーアも同行してもらいたいものじゃが、かまわぬか?」

 ミーアちゃんは、何だろうって顔をしていたが、頷いて賛同を示した。


 「となると…。旅に出るのは、アキトとミズキそれに我とディーになるの。」

 アルトさんが嬉しそうに応えると、御后様が口を開く。

 「所で、何処に行くかは決めておるのか?」

 「いいえ。でも、ずっと美味しい物が食べられませんでしたから、食べ物が美味しい国があれば紹介してください。」


 「我からの頼みじゃ。エントラムズに行ってくれぬか。」

 エントラムズって確か御后様の出身地だよな。何故に行く事が必要何だろう。

 「本場のサレパルが食べられるんですね。確かに来年の屋台を考えれば一度行く必要がありますね。」

 「それもあるが、この手紙をカネル家の当主に渡して貰いたい。その手筈はパロン家がしてくれるじゃろう。ミズキに与えた短剣をエントラムズの門を守護する衛兵の隊長に披露すれば案内してくれるはずじゃ。…依頼の報酬はこれでいいじゃろう。そして、今回の戦の指揮はご苦労じゃった。その報酬は王宮に戻りトリスタンと協議して決めるので我等がネウサナトラムに帰るのを待つがよい。」

 御后様はそう言って、姉貴の前に1通の手紙と金貨を4枚置いた。


 お使いにしては高額な報酬だ。

 「多すぎませんか?」

 「エントラムズの偵察…いや、そうではないのう。エントラムズの状況をよく見てきて欲しい。」

 「この一連の出来事にエントラムズが絡んでいるとお考えなのですか?」

 「あれはあれ、これはこれじゃ。どちらかというとじゃな…3年後の下調べかの。ネウサナトラムで聞かせてくれれば良い。」

 「ははぁ~…。何となく分かりました。じっくり見てきますね。」

 「我等も明日にはマケトマムを出る。王都までは馬車で行くが良い。王都からは我が馬車を用意しようぞ。」

             ・

             ・


 次の日には、豪華な大型馬車に俺達は乗っていた。

 嬢ちゃんずはガルパスで先行しているから、乗っているのは御后様とアン姫とジュリーさんそれに俺と姉貴にディーだ。

 

 アン姫が退屈凌ぎにテーバイとの約定書を読みながら、その意味を姉貴に聞いている。

 そんな光景を御后様は楽しげに見て、時折姉貴の説明を補完してる。でも、俺にもそんな事まで考えてるとは分からなかったぞ。


 「砦から東方50M(7.5km)に国境を造るという事に意味があるのでしょうか?最初の国境は20M(3km)でした。荒地でもありますし、利用価値が殆どありません。」

 「それは、将来のためと理解してください。現在、マケトマムの村に駐在する屯田兵は500です。でも村が発展すれば彼らの耕す畑は村に与える事になるでしょう。その時、新たに開拓する土地が森から国境までの広い土地になります。」

 「そうなれば、森の東側に新たな村が出来ますね。」

 「あれだけの土地です。そして南北の広い森には獣や魔物もいるでしょう。それを狩るハンターや毛皮商人、農作物の商人も集まってくるでしょう。それに…テーバイの産業は絹です。新しく出来る村にはテーバイの絹を手に入れようとする商人が各国から集まりますよ。船を使わずに品物を仕入れる事が出来ますからね。」


 「テーバイの絹は、各国の垂涎の的になるじゃろう。今回の事で両国の絆は出来た。テーバイ女王は好戦的ではないが、戦での采配はかなりなものじゃ。手を出す国は無かろうが、万が一の場合は、屯田兵部隊と亀兵隊を応援に使うのもよいと思う。」


 「2つの国境がありますね。この意味は?」

 「どちらの土地でもない場所ですが、警告区域でもあります。この区間に入った者は警告後に立ち去らない場合は警備隊の攻撃対象となります。テーバイとの交易を一箇所に限定するためにこのような措置を取りました。」

 

 意外と物騒な話だ。その目的は相互不干渉にあるのだろうが、本当の所は絹製品の取引箇所を限定したいという所だろう。

 となれば、新たな村は相当な規模になるはずだ。砦の再建もアイアスさんは計画していたし、砦と合体した城壁都市が将来には出来上がるだろう。

 

 テーバイだって、今後は移民の受け入れが大規模に行なわれるはずだ。体に異常があって虐げられた者達はスマトル以外にもいるはずだ。その者達がこぞって集まるに違いない。そこは虐げる者がいない。虐げられた者達だけの暮す国だから…。

             ・

             ・


 王都で馬車を乗り換えて、エントラムズに向う。

 小型の馬車には、俺と姉貴それにアルトさんにディーが座って街道に広がる畑と林を見ている。ここからのアクトラス山脈の遠望は真っ白な連なりに見えるだけだ。

 途中の村で一泊して、更に街道を西に向う。

 ガタゴトと馬車が進んでいくと、国境となる広い川があった。


 橋の両側に警備の兵隊達が往来する商人や荷馬車を止めて何かを確認している。

「カナトールの一件で往来を調べているのじゃろう。我等はハンターゆえ問題は無いはずじゃ。」

 アルトさんはそう言って馬車を進めさせた。そして、一列に並んだ馬車の列に俺達の馬車は止まる。

 数名の兵士が俺達の馬車を見て走り寄ってきた。

 

 「失礼します。御身分を…。剣姫様でしたか。それとハンターの方々ですね。問題ありませんので先に御進み下さい。」

 馬車の踏み台に上り窓から俺達を確認した兵士が言った。

 「急に検問等…どうしたのじゃ?」

 「カナトールの一件で、亡命貴族の取り締まりです。トリスタン様は平民としての亡命を認めております。ですが…中には貴族風を吹かせる者がおりまして…。」

 「ご苦労じゃな。貴族は要らぬ。兄の考えは我も同じじゃ。すまぬが良く取り締まって欲しい。」

 「はい!」そう言って兵士はアルトさんに答礼する。


 長い石橋を渡って対岸のエントラムズに入る。

 ここにも検問の兵隊がいたけど、馬車の横のモスレムの紋章とアルトさんの顔ですんなり、街道に戻る事が出来た。

 

 「平民としての亡命ってどういう意味なんですか?」

 少し考え込んでいた姉貴が聞いた。

 「1人金貨1枚と手荷物。それに宝飾品は1人1点、但し金貨1枚よりも軽い物に限られる。…これが条件じゃ。財力を持ってモスレムに入れば自ずと地位を求めるようになる。それを防ぐためじゃ。」

 「およそ2年分の暮らしは確保できる訳ですね。はたしてその後は…。」

 「多くは、小村で畑を買って耕すようになる。亡命した貴族じゃ。王都や町では追っ手に殺害されるやも知れぬからの。」

 何か、平家の落人みたいな暮らしをする事になるんだな。

 国が無くなると、国を運営していた者達をそこまで追い込むのだろうか。少し哀れに思えてきた。


 街道を西に進み、途中の町で一泊する。

 次の日は、町をでてしばらく進むと、十字路があった。

 「この道を北に進むとカナトールへ続くのじゃ。我等は此処を南に進んで、エントラムズの王都に向う。」

 

 街道の両側には、まだ芽が小さい畑が広がっている。

 遠くには小さな集落も見えて、のどかな農村の風景が一面に広がっている。

 そして、昼に近い頃にエントラムズの王都が見えてきた。

 

 「エントラムズは南に貿易港を持ち西には広い穀倉地帯を持つ。更に南西の小さな山には銀山を持っておるのじゃ。財力はモスレムを上回るものがある。」

 アルトさんの説明が無くても、この王都の城壁を見てもそれは分かる。高さ約6mの城壁が楼門の東西に2kmは伸びている。

 そして、楼門自体も2階建てだ。

 王都の北門をくぐると、街道の1.5倍程の道幅でずっと南に大通りが延びている。

 その通りの前は30m四方の広場になっており、そこで警備の兵隊達が門をくぐってきた者達を調べていた。


 俺達の馬車に走り寄った兵士が用件を聞いてくる。

 姉貴は、バッグから布に包んだ短剣を取り出してその鞘を兵士に見せる。

 その鞘の紋章に気が付いた兵士は、衛兵の隊長を呼びに走って行った。


 「パロン家に用があるのですが…。」

 衛兵隊長に姉貴は説明する。

 「王宮ではないのですか…。了解しました。兵士を案内に付けます。でも、せっかくのお越しです。王も剣姫様とはお会いになりたいと思いますが。」

 「それは用件が終ってからじゃ。パロン家に厄介になっておると叔父上には伝えて欲しい。」

 1人の兵士が御者台に上がって、御者に道筋を伝える。

 そして馬車は大通りを進み、雑踏の道を今度は西に曲って進む。とたんに清楚な佇まいの屋敷が道の両側に並び始めた。

 その中の一軒の屋敷の門をくぐり、石造りの舘の玄関前に馬車は横着けして止まった。

 

 「ここがパロン家です。少しお待ちください。」

 兵士が玄関横の潜り戸を開けて中に入っていく。

 直ぐに玄関の扉が開くと、数名の侍女が扉の両側に控える中、御后様に良く似た女性が現れた。

 

 「ようこそ、エントラムズへ。さぁ、中にお入りください。」

 早速、豪華なサロンに案内される。

 小さなテーブルを囲んでいるソファーは座ると沈み込みそうな位に柔らかい。


 「私は、パロン家に降嫁したアテーナイ姉さまの妹、サンドラです。アルトの叔母になります。」

 そうにこにこしながら俺達に自己紹介をしてくれた。

 御后様もそうだが、このサンドラさんも若く見えるぞ。前の世界で駅前なんか歩いていたら何回ナンパされるか分かったもんじゃない。


 「あちらから、アキト、ミズキそれにディーじゃ。しばらく厄介になりたいのじゃが…。」

 「かまいませんよ。クオーク様の披露宴のお話しは主人から聞いております。私も行きたかったのですが、孫が重病だったので行く事が叶いませんでした。でも、主人が持ち帰ったお土産で全快いたしました。今は元気に飛びまわっています。」

 

 「不幸中の幸いという奴じゃな。確かに効き目がある。お蔭で母様も床を上げることが出来た。今は我等の邪魔をしておる。」

 アルトさんの話が何処かのツボに触れたのだろう。サンドラさんは上品に口元を押さえて笑っている。


 「その恩もあります。でも、その前に御用向きを聞いた方がいいかも知れませんね。王宮によらず真直ぐ私を訪問する理由を…。」

 悪戯っぽい目をして、サンドラさんは俺を見た。


 「実は、御后様から文を預かりました。カネル家の当主にと仰せつかっております。そして、その手筈をパロン家がしてくれるだろうと言われましたので、ここに訊ねたのですが…。」

 姉貴が来訪の目的を放すと、サンドラさんはお茶を手に持ち、その香りを楽しみながら素早く考えを廻らせているようだった。


 「今夜にでもカネル家の当主を御呼びしましょう。」

 それだけの情報でサンドラさんは何が判ったのだろうか。さっきの笑顔は微塵もない真剣な顔を俺に向ける。


 「主人は王宮におります。早く帰ってくるように使いを出しますが、アルト様は王宮には御出でにならないのですか?」

 「一応降嫁した身分じゃ。のこのこと叔父上に合う事も出来ぬじゃろう。」

 アルトさんの言葉にサンドラさんは目を丸くする。

 「では、あの噂は本当でしたのね。アテーナイ姉様が試合に負けたと言うのは…。」

 「負けではなく、相打ちでした。それで…。」

 「十分です。姉様にそこまで出来た男子は今だかつておりません。…これはエントラムズのサロンを持つ私としてもアキト様を皆に披露しなければなりませんね。こうしてはおられません。早速準備しなくては…。」

 

 なんか急に、サンドラさんがそわそわして来たぞ。

 「よろしければ、侍女をお1人御貸し願えないでしょうか。ギルドに到着報告を今の内にしてきたいのですが…。」

 早速、1人を案内人として用意してもらい、何か上の空の状態になっているサンドラさんを置いて、俺達はギルドに出かけることにした。

 

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[一言] >国が無くなると、国を運営していた者達をそこまで追い込むのだろうか。少し哀れに思えてきた 原始社会主義や共産主義による革命でもない限り領民に慕われていれば身の危険などそれまでと大差のない範…
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